胡弓 LA VIOLE DE GAMBA ルイ・ベルトラン Louis Bertrand 上田敏訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)窶《やつ》れ [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから7字下げ] ------------------------------------------------------- [#ここから7字下げ] [#ここから29字詰め] こはいかに、紛ふ無き親友ジァン・ガスパル・ドビュロオ、綱渡の一座中世に隱れ無き道化ものゝ蒼ざめ窶《やつ》れたる姿にあらずや。 惡戲《いたづら》と温順とを浮べたる名状し難き顏色にてこなたを見詰めたり。 [#地付き]テオフィル・ゴオティエ――「オニユウリユス」 [#ここで字詰め終わり] [#ここから4字下げ] 月夜の晩に ピエロオどのよ、 文《ふみ》がやりたい その筆かしやれ、 明《あかり》が消えて 見えなくなつた。 後生《ごしやう》だから早く この戸をおあけ。  俗謠 [#ここで字下げ終わり]  唱歌の長が弓を當てて胡弓の唸《うなり》を試《た》めしてみると、樂器は忽ち哄笑《たかわらひ》や顫音《ふるへごゑ》のおどけた鳴動をして答へた。伊太利亞狂言がよく消化《こな》れずに腹の中にあるのだらう。  まづ始には女目付《をんなめつけ》のバルバラが呟《つぶや》くやう、あのピエロオの拔作め、氣の利《き》かないのも程がある、カサンドル樣の假髮《かづら》の箱を落《おと》して、白粉《おしろい》を皆《みんな》播《ま》いて了つたぞ。  そこでカサンドルは大事さうに假髮《かづら》をお拾ひなさる、アルルカンは粗忽者の尻をいやといふほど蹴飛すと、コロムビイヌは笑ひこけて涙を拭《ふ》く、ピエロオは厚化粧の苦笑《にがわらひ》で耳までも口を開《あ》いた。  然し間もなく月夜になると、明《あかり》を消したアルルカンは友達のピエロオに懇願して、ちよいと戸をあけて、火《ひ》をつけさせてくれろといふ、さては親仁《おやぢ》の金箱ぐるみ、娘をつれて驅落するのか。  琴屋の畜生、ヨブ・ハンスめ、こんな絲を賣り居つたなと唱歌の長は小言をいひつつ、埃《ほこり》だらけの箱の内へ埃《ほこり》だらけの胡弓を仕舞つた。絲は切れたのである。 底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店    1962(昭和37)年12月16日第1刷発行    2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行 初出:「アルス 創刊号」    1915(大正4)年4月 入力:川山隆 校正:岡村和彦 2012年11月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。