錬金道士 L'ALCHIMISTE ルイ・ベルトラン Louis Bertrand 上田敏訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)其《その》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)其|弩《おほゆみ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)ヸ ------------------------------------------------------- [#ここから7字下げ] [#ここから29字詰め] 吾徒の術を修する法二あり。一は師に就いて口より口へ授かり、はたまた悟徹と示現とによつて過を知らんとす。また一の法は斯道の書を讀むにあれど、其《その》文難解にして頗《すこぶ》る晦澁《くわいじふ》なれば、人もしここに理と眞とを求めんとすれば、其心まづ精緻にして根氣よく勤勉にして且つ細心ならざる可《べ》からず。 [#地付き]ピエロ・ヸコ「哲學奧義解」 [#ここで字詰め終わり] [#ここで字下げ終わり]  まだいかぬ――而もわが身は三日三晩のその間、燈火の薄暗い光のもとにライムンド・ルルリの祕法書を繙いてゐた。  どうもいかぬ、唯ちらちらする蘭引の滾《たぎ》る音につれて、火蛇《ひへび》の精の嘲笑《せゝらわらひ》が聞えるばかり。彼はわが冥想を亂さうとして戯弄するのか。  或時は彼、わが鬚の中に爆發物を仕掛け、また或時は其|弩《おほゆみ》よりして、わが上衣の上に火矢《ひや》を放つ。  また彼が其|武具《ものゝぐ》を磨き立ててゐる時は、爐の下の灰が、呪文書の紙の上、机に載せた墨汁の中に吹きつけて來る。  その時蘭引はいよいよ、ちらついてきて、滾《たぎ》り嘯《うそぶ》く其聲は、聖エロイ樣の火箸で鼻を撮《つま》まれた鬼の泣聲によく似てゐる。  然しまだいかぬ――そしてわが身はもう三日三晩のその間、燈火の薄暗い光のもとにライムンド・ルルリの祕法書を繙いてゐよう。 底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店    1962(昭和37)年12月16日第1刷発行    2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行 初出:「アルス 二号」    1915(大正4)年5月 入力:川山隆 校正:岡村和彦 2012年11月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。