エロディヤッド HERODIADE ステファンヌ・マラルメ Stephane Mallarme 上田敏訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)噫《あゝ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)無爲|寂寞《じやくまく》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから7字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)こと/″\ *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ (例)〔HE'RODIADE〕 アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html ------------------------------------------------------- [#ここから7字下げ] [#ここから29字詰め] ヒュイスマンスの小説『さかしま』の主人公ジァン・デ・ゼッセントが愛吟、マラルメ作『エロディヤッド』の斷章 [#ここで字詰め終わり] [#ここで字下げ終わり] [#4字下げ]一[#「一」は中見出し] ……………………噫《あゝ》なんぢ、鏡よ、 愁《うれへ》によつてその縁《ふち》の中に凍りたる水よ、 いくたびも、いく時も、我が夢を悲《かなし》み痛みて、 なんぢが底深き氷の下《した》に沈みたる 落葉《らくえふ》に似たるわが思出を求めつゝ、 われは汝《なんぢ》の奧にはるかなる影とあらはる。 しかも、あゝ、夕《ゆふべ》となれば冷然《れいぜん》たる泉の中《なか》に、 亂れ散るわが夢のはだか身を知る怖《おそれ》かな。 [#4字下げ]二[#「二」は中見出し] [#1字下げ]エロディヤッド げに唯《たゞ》わが爲《ため》にわが爲に、孤《ひと》り空《むな》しくわれは咲きにほふと、 汝等《なんぢら》こそは知れ、眩《まば》ゆくも入組みたる谷窪《たにくぼ》の奧に、 はてしなく埋もれて、紫水晶《むらさきずゐしやう》の色に映《は》ゆる園生《そのふ》よ、 太古《たいこ》の土のをぐらき眠の下《した》に隱れゐて、 上《かみ》つ世の光を守る、人知らぬ黄金《わうごん》よ、 または純《じゆん》なる珠玉《しゆぎよく》の如きわが雙《さう》の眼が 嚠喨《りうりやう》たるその明光《めいくわう》を假《か》り來る汝《なんぢ》寶石《はうせき》よ、 つゞいては、このわが若き盛《さかり》の雲の髮に、 末恐ろしき美々《びゞ》しさとおもたげの振《ふり》とを添ふる汝《なんぢ》諸金銀よ、 さて汝《なんぢ》女人《によにん》よ、小賢《こざか》しき末の世に生れあひて、 口寄巫女《くちよせみこ》が栖《す》む洞穴《ほらあな》の惡事《まがごと》をなすべき身なるに、 めづらしや、人間の語《ご》を引いて、匂《にほひ》はげしき空焚《そらだき》の薫《くん》じたる わが打掛の花の蕚《うてな》のもなかより、 裸體《らたい》の白き身慄《みぶるひ》は、ぬけいでむといふか、 さらば豫言せよ、おのづから女も衣《きぬ》を解《と》くといふ 肌ぬるき眞夏《まなつ》の青空《あをぞら》の眼に、 星の如く慄《ふる》ふわが耻《はぢ》の身の觸《ふ》れたらば、 われは絶入《たえい》らむと。 [#10字下げ]われは處女《しよぢよ》の荒《すさ》まじさを愛す、 ねがはくば、この髮の毛に浮ぶ怖《おそれ》を身につけまとひ、 夕ざれば臥所《ふしど》に入りて、このまだ犯されぬ 蛇《へび》の如きわが無益《むやく》なる肌身《はだみ》を 汝《なんぢ》が蒼白《さうはく》の光に散る冷《ひや》ききらめきに任《まか》さむ、 今ぞ限と見ゆる汝《なんぢ》よ、淨《きよ》き心に燃ゆる汝《なんぢ》よ、 垂氷《たるひ》は光り、無情の雪降る白き夜《よる》よ。 また孤獨なるその妹《いもと》、噫《あゝ》永久のわが妹《いもと》、 わが夢つねに汝《なんぢ》に向はむ、かく思ふ時早くも わが心、世に珍らしく澄みわたりゐて、 無爲|寂寞《じやくまく》の國に孤《ひと》り立つを覺《おぼ》ゆ、 周圍の萬物《ばんぶつ》皆|悉《こと/″\》く一面《いちめん》の鏡にむかひて、 眠るに似たるそが靜寂のおもてなる、 夜光《やくわう》の玉の眼差《まなざし》のエロディヤッドの影を拜す、 噫《あゝ》究極の美なるかな、げにわれこそは孤《ひと》りなれ。 [#1字下げ]めのと 悲しや、姫ははかなくなり給ふか。 [#1字下げ]エロディヤッド [#10字下げ]否《いな》とよ、おうな、 心靜かにこゝを去れ、立去《たちさ》りながら、わが無情をゆるせかし、 まて、そのまへにこの窓の戸を閉ぢよ、 厚きぐらすを透きて、セラフ天女《てんにん》の如くほゝゑみたる その青空《あをぞら》、清き青空《あをぞら》は堪《た》へ難くうるさし。 [#10字下げ]見よ夕波の たゆたひて、知らずや、かしこ掻曇《かきくも》る夜《よる》の一天《いつてん》、 葉越《はごし》にもゆる金星のものすさまじき 憎しみの眼をもて瞰《にら》むかの邦《くに》を。 われはそこへ行かむ。 [#10字下げ]ともしびをまたも挑《かゝ》げよ、 をさな氣《ぎ》の戯《たはむれ》ならず、蝋《らふ》の火は輕き焔《ほのほ》に、 金燭《きんしよく》を空しくなめて、珍らしき涙流しつ、 また………… [#1字下げ]めのと さてまた [#1字下げ]エロディヤッド [#ここから10字下げ] さらば、さらば      噫《あゝ》わが唇の裸の花は [#ここで字下げ終わり] 眞《まこと》を言はず。 [#3字下げ]何事かえ知らぬ事の近づくよ、 或《あるひ》は蓋《けだ》しわが口は、身に迫り來る不思議をも おのが叫《さけび》の心をも、つひに曉《さと》らで傷つける 幼き年の滅びゆく吐息を洩《もら》し夢の緒《を》に 貫《ぬ》きたる冷《ひや》き寶玉《はうぎよく》の散りこぼるゝを思ふらむ。 底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店    1962(昭和37)年12月16日第1刷発行    2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行 初出:「三田文学 六ノ九」    1915(大正4)年9月 ※原題の「〔HE'RODIADE〕」と著者名の原綴り「〔Ste'phane Mallarme'〕」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「HERODIADE」、「Stephane Mallarme」としました。 入力:川山隆 校正:岡村和彦 2012年11月5日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。