薄紗の帳 UNE DENTELLE S'ABOLIT ステファンヌ・マラルメ Stephane Mallarme 上田敏訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)薄紗《はくしや》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)牕 〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ (例)〔Ste'phane Mallarme'〕 アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html ------------------------------------------------------- 薄紗《はくしや》の帳《とばり》たれてあれど、 こよなき「あそび」は思ふらく、 げにもゆゆしき涜《けがれ》かな、 徒《いたづら》なりや床《とこ》は無し。 この一面に白妙《しろたへ》の 房《ふさ》と房《ふさ》とのからみあひ、 蒼《あを》みて曇る玻璃《はり》の戸を 空《むな》しく打つて事も無し。 されど黄金《こがね》の夢の身には 樂《がく》の音《ね》籠《こ》もる虚《うろ》のなか、 琵琶《びは》悲《かな》しげに眠りゐて、 いづこの牕《まど》か知《し》らねども、 よそにはあらず、われとわが 胎《たい》より生《あ》るる子《こ》はあらむ。 [#ここから3字下げ] 註―― Une dentelle s'abolit の句を以《もつ》て起るマラルメの難解詩を譯してみた。薄紗の帳白く垂れて輕く窓の板玻璃を打つ景を詩人が見て、之《これ》はどうしても帳中に伉儷《かうれい》の契淺からぬ相思の人の床が無ければならぬと「こよなきあそび」即《すなわ》ち藝術の方面から推察するところ、實は之が空しく、そこに何も無いと知つて、宛《あたか》も冒涜《ぼうとく》の感を起すといふのが、初、二節の意である。然《しか》し「黄金の夢」即ち空想豐かなる詩人の胸には琵琶が常に藏《かく》れてゐる。この空想よりして詩人は外物の助をからず、われとわが身より物象を創作する、此《この》場合について言はゞ、「床」を創作し得るのだ。この一篇の中心思想は藝術の特權を説いたところにあるのだらう。 [#ここで字下げ終わり] 底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店    1962(昭和37)年12月16日第1刷発行    2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行 初出:「アルス 一ノ五」    1915(大正4)年8月 ※著者名の原綴り「〔Ste'phane Mallarme'〕」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「Stephane Mallarme」としました。 入力:川山隆 校正:岡村和彦 2012年11月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。