カンタタ ポオル・クロオデル Paul Claudel 上田敏訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)今宵《こよひ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)吾等|二人《ふたり》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから3字下げ] 〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ (例)〔LAE&TA〕 アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html ------------------------------------------------------- [#ここから3字下げ] 〔LAE&TA〕………悦子 FAUSTA………幸子 BEATA………福子 [#ここで字下げ終わり] 悦。今、春と夏とのさかひ、このひと時…… 幸。今宵《こよひ》と明日《あす》とのさかひめに、ひとつ介《はさ》まるこの時よ…… 福。眠れ、眠入《ねい》らで、日のまたも生《うま》るる前に…… 悦。夜《よる》無き夜《よる》に…… 幸。影みせぬ百鳥《もゝとり》の羽掻《はねがき》絶間《たえま》なく、明《あ》けぬればその歌をきかむ…… 悦。……若葉は戰《そよ》ぎ、一聲《いつせい》ほのかに、さゞめき低く、物音《ものおと》して…… 幸。瀧《たき》の音《おと》は遠し、風は吹きすぐ。 悦。春過ぎて、 福。あすは、それ、眞夏《まなつ》の初《はじめ》。 幸。日の光《ひかり》無量《むりやう》。 悦。地《ち》の果《み》も無量《むりやう》。 幸。日は永し、 福。空清し、照日《てるひ》妙《たへ》なり。 悦。さて、いまだ夜《よ》は明《あ》けず、 幸。しばし、まだ…… 悦。……更《かう》闌《た》けて曉方《あけがた》近く…… 福。今こそは、夏の來《こ》ぬ間《ま》の終《はて》の夜《よる》。 幸。あはれ深き、こよひかな。 悦。見よ、絶間《たえま》無きかの相圖《あひづ》を空《そら》に聳《そび》やぐあの松林…… 幸。鬱《うつ》として嚴《おご》そかに立てる影かな。 悦。歌へ、語れ、呼ばはれ、鳥よ、容鳥《かほどり》よ。 福。噫《あゝ》、われら、正《まさ》しくも受く可《べ》き福《さいはひ》を取らずして、 [#ここから2字下げ] 空《むな》しく唯《たゞ》に過ぐべきか、 またと無き夜をあだにして。 [#ここで字下げ終わり] 幸。この一刻《いつこく》にすべては定まらむ。 悦。一年のいとも貴き一語《いちご》なり。 [#ここから2字下げ] 憧《あこが》れて、語り出《い》でたき地の言葉。 [#ここで字下げ終わり] 幸。また空《そら》の言葉。 [#ここから2字下げ] 胸もとどろなる空、すべてを知つて時を待つ空《そら》の言葉か。 [#ここで字下げ終わり] 悦。曙《あけぼの》と夕暮とけぢめなき時 幸。夢見る晝《ひる》の胸の上 [#ここから2字下げ] 眠りてあれば、やうやうに、記憶の綱は解かれ來て、 [#ここで字下げ終わり] 福。悔《くい》も望《のぞみ》も消えうせつ、 悦。殘るはなに。 福。さいはひぞ。 悦。われは聞く、唯《たゞ》微風《そよかぜ》の音なひ咽《むせ》び泣く水の聲《こゑ》、 幸。……わが胸の音もきこえず…… 悦。忽《たちま》ち流星《りうせい》あり、長く光を曳《ひ》いて、終《つひ》に飛散すれど、 福。おん身が聞きえぬならむ。 悦。天《あま》の戸はしばし開けて、 幸。唯《たゞ》夜《よる》を示すのみ。 福。おん身に見えぬならむ。 幸。おん身も何か語り給へ、ここなる一人《ひとり》とわれとに、吾等|二人《ふたり》に。 福。粧《よそほ》ひ飾《かざ》りたるわれら三人《さんにん》…… 悦。腕《かひな》も胸もあらはに…… 幸。腰うちかけて…… 福。空《そら》を仰ぎて…… 幸。ともに皆、顏|見合《みあ》はさず…… 悦。……腰うちかけて、身は半《なかば》、仰向《あをむき》なれば、 [#ここから2字下げ] 式《しき》の袍《うはぎ》の裳裾《もすそ》には、 金《きん》を飾れる足の指。 [#ここで字下げ終わり] 幸。わが愛する人は…… 悦。……あくる朝、わが夫《つま》となる人、 [#ここから2字下げ] いつまでも愛し給ふか。 [#ここで字下げ終わり] 幸。わが愛する人、 [#ここから2字下げ] 旅に出《い》でゝ遠くある人《ひと》、 あすにならば歸《かへ》り給ふか。 [#ここで字下げ終わり] 福。わが愛する人は、 [#ここから2字下げ] 世にあらず、いつの朝もわれに返さじ。 [#ここで字下げ終わり] 悦。さては、はや世に無き君か。 幸。いつの朝もかの君をおん身に返さじ、 福。いつまでも、いつまでも、君は忘れじ。 悦。しかも、おん身はさきのほど、世の福《さいはひ》を説き給ひぬ。 福。滅ぶるものは身にとりてすべて空《くう》なり。 幸。すべての空《くう》となる時に、殘るはなにぞ。 福。晝《ひる》にあらず、夜《よる》にあらざるこの一刻《ひととき》。 幸。始《はじめ》ある物は終《をはり》あり。 福。唯《たゞ》ひとつ終なきもの、 [#ここから2字下げ] 春と夏とのさかひ、今ひと時。 [#ここで字下げ終わり] 底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店    1962(昭和37)年12月16日第1刷発行    2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行 ※「〔Deux Poe`mes d'e'te'〕」の中の「〔La Cantate a` trois voix〕」の部分訳です。 入力:川山隆 校正:成宮佐知子 2012年11月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。