母 アダ・ネグリ Ada Negri 上田敏訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)生《せい》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)我|汝《なんぢ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)帕 /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)もろ/\ ------------------------------------------------------- わが生《せい》の奧深く、微かなる聲《こゑ》のわれを呼ぶを感ず。 當來の命《いのち》よ、眠れるわれを覺《さま》さむとして來《きた》るは汝《なれ》か。 嗚呼《あゝ》、命、新らしき命……わが内臟はとどろきぬ、 岸破《がば》と跳《をど》りぬ。そはなれが呻吟《うめき》の聲か接吻《くちづけ》か。 なれこそは未知なれ。あるは恐る、悲《かなしみ》に絶望に捧げむと、 わが血もてなれを養ひ、わが心もてなが心を形造《かたちづく》るを。 しかすがに此《こ》の手を延べて、靜かなる慰撫《いたはり》の手振《てぶり》優しく、 命に醉《ゑ》ひしわれは笑ふ、力の夢、美の夢おもひ。 我|汝《なんぢ》を愛す、我汝を招《まね》ぐ、嗚呼《あゝ》、わが兒《こ》、善惡の名によりて。 そは永久《とこしへ》の聖《せい》なる自然、汝《なれ》を此世《このよ》に呼びたればなり。 是時《このとき》われ思ふ、大衆《たいしゆう》の女人《によにん》を、恐ろしき刻《とき》の近づくままに、 誰《たれ》もひとしき嚴《おごそか》の念《おもひ》、胎《たい》を溢《あふ》れて心《むね》に滿つるを…… 女人大衆《によにんたいしゆう》は其《その》眼に神祕の喜悦あり、戰慄《せんりつ》あり。 この神祕ありて、其胎《そのたい》は肉と心との新らしき生《せい》を迎ふ。 愛の花瓶《はながめ》よ、諸《もろ/\》の男子の上《うへ》に、諸の冷《つめ》たき學術の上《うへ》に、 無心の勢力《せいりき》萬物《ばんぶつ》の種《たね》は、祭壇に捧ぐる如く、汝《なれ》を奉《ほう》ぜむ。 種《たね》は聖《せい》なり。これ凡《すべて》なり、力なり、光なり、愛なり。 胎《たい》こそは讚《ほ》むべきかな、惱《なや》みてこれを養ふ。      * あはれ、眼《まなこ》は大空《おほぞら》の閑《のど》かなる影を映して、 襁褓《むつき》を縫ひ、面帕《かほぎぬ》を縫ふ白妙《しろたへ》の手によりて、 あはれ、其日《そのひ》待つ當來《たうらい》の命《いのち》の呼吸、眼に見えぬ深き處《ところ》に ひよめき、うごめく胎兒《たいじ》の蠢動《しゆんどう》によりて、 鮮血《あけ》は泉と迸《ほとばし》り、母の全身色|失《う》する 一期《いちご》の悲鳴によりて、最後の苦惱によりて、 薔薇色《ばらいろ》の裸形《らぎやう》の兒《こ》――哀《かなし》いかな――或《ある》は惱《なやみ》の床《とこ》に 又《また》或《ある》は死の床に生れ落つる幼兒《えうじ》の名によりて告ぐ。 地上の男子よく聞き給へ――何事ぞ互《かたみ》に劍《つるぎ》磨《と》ぎ給ふは―― よく聞き給へ、聞き給へ、人は皆|同胞《どうはう》なり。 眞《まこと》にわれ汝等《なんぢら》に告ぐ――嗚滸《をこ》なりや、忘れやしつる―― われら皆|裸《はだか》にて生れ、母の胎《たい》を裂《さ》きて生る。 眞《まこと》にわれ汝等に告ぐ、哀願の腕《かひな》かくの如く延べたり。 汝等を生まむとして開きたる母の胎《たい》を辱《はづか》しむる勿《なか》れ。 相和《あひやはら》ぎて樂《たのし》みて、自他の別《べつ》無き畝《うね》に種子《たね》撒《ま》け、 強き女子等《によしら》は搖籃《えうらん》の傍《そば》に歌ひて微笑《ほゝゑ》まむ。 照日《てるひ》の畠《はた》の收穫《とりいれ》に、歡喜《よろこび》の野の麥苅《むぎかり》に、 母なる自然の前に額《ぬかづ》き、平和の感謝捧げなむ。 底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店    1962(昭和37)年12月16日第1刷発行    2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行 初出:「スバル 創刊号」    1909(明治42)年1月 入力:川山隆 校正:成宮佐知子 2012年11月3日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。