お母さん達 新美南吉 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)お母《かあ》さん |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|匹《ぴき》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから2字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)だん/\ -------------------------------------------------------  お母《かあ》さんになつた小鳥《ことり》が木《き》の上《うへ》の巣《す》の中《なか》で卵《たまご》をあたためてをりました。するとまた今日《けふ》も牝牛《めうし》がその下《した》へやつて來《き》ました。 「小鳥《ことり》さん、今日《こんにち》は。」と牝牛《めうし》がいひました。 「まだ卵《たまご》は孵《かへ》りませんか。」 「まだ孵《かへ》りません。」と小鳥《ことり》は答《こた》へていひました。 「あなたの赤《あか》ちやんはまだですか。」 「だん/\お腹《なか》の中《なか》で大《おほ》きくなつてまゐります。もう十日《とをか》もしたら生《うま》れませう。」と牝牛《めうし》はいひました。  それから小鳥《ことり》と牝牛《めうし》はいつものやうにまだ生《うま》れてゐない自分《じぶん》たちの赤《あか》ん坊《ばう》のことで、自慢《じまん》をしあひました。 「牝牛《めうし》さん、聞《き》いて下《くだ》さい。私《わたし》の可愛《かは》いい坊《ばう》や達《たち》はね。きつと美《うつく》しい瑠璃色《るりいろ》をしてゐて、薔薇《ばら》の花《はな》みたいによい匂《にほひ》がしますよ。そして鈴《すゞ》をふるやうなよい聲《こゑ》でちる/\と歌《うた》ひますよ。」 「私《わたし》の坊《ばう》やはね、蹄《ひづめ》が二つに割《わ》れてゐて、毛色《けいろ》はぶちで尻《し》つぽもちやんとついてゐて、私《わたし》を呼《よ》ぶときは、もう/\つて可愛《かあい》い聲《こゑ》で呼《よ》びますよ。」 「あら可笑《をか》しい。」と小鳥《ことり》は笑《わら》ひをおさへていひました。 「もう/\が可愛《かあい》い聲《こゑ》ですつて。それに尻《し》つぽなんか餘計《よけい》なものよ。」 「何《なに》を仰有《おつしや》るのですか。」と牝牛《めうし》も負《ま》けずにいひました。 「尻《し》つぽが餘計《よけい》なものなら、嘴《くちばし》なんかも餘計《よけい》なものよ。」  こんな風《ふう》に話《はなし》をしてゐたら、お終《しまひ》には喧嘩《けんくわ》になつてしまひませう。ところが喧嘩《けんくわ》にならない前《まへ》に、一|匹《ぴき》の蛙《かへる》が水《みづ》の中《なか》からぴよんと跳《と》び出《だ》して來《き》ました。 「何《なに》をそんなに一生《いつしやう》けんめいに話《はな》していらつしやるのですか。」と緑色《みどりいろ》の蛙《かへる》は聞《き》きました。そして、牝牛《めうし》と小鳥《ことり》からそのわけを聞《き》くと、蛙《かへる》は眼《め》をまんまるくして、 「それは大變《たいへん》よ。」といひました。何《なに》が大變《たいへん》なのか牝牛《めうし》と小鳥《ことり》が心配《しんぱい》さうにきくと、蛙《かへる》はいひました。 「あなた方《がた》は赤《あか》ちやんがもうぢき生《うま》れるといふのに、子守歌《こもりうた》を習《なら》ひもしないで、そんな暢氣《のんき》なことを言《い》つていらつしやる。」  牝牛《めうし》と小鳥《ことり》は、どうしてこんなにうつかりしてゐたのでせう。早速《さつそく》子守歌《こもりうた》を習《なら》はなければなりません。ところで誰《だれ》に習《なら》つたものでせう。 「ぢやあ、私《わたし》が教《をし》へてあげます。」と蛙《かへる》がいひました。牝牛《めうし》と小鳥《ことり》は大變《たいへん》喜《よろこ》んで、蛙《かへる》に子守歌《こもりうた》を教《をし》へて貰《もら》ひました。  けれども、こんなにむづかしい子守歌《こもりうた》はありません。とてもむづかしくて牝牛《めうし》と小鳥《ことり》はちつとも覺《おぼ》えられませんでした。それはかういふ子守歌《こもりうた》でした。 [#ここから2字下げ] げつ げつ げつ げろ げろ げつ ぎやろ ぎやろ げろ げろ ぎやろ げろ げつ [#ここで字下げ終わり]  牝牛《めうし》と小鳥《ことり》は、一生《いつしやう》けんめいに習《なら》ひましたが、それでも覺《おぼ》えられないのでお終《しまひ》にはいやになつてしまひました。けれど蛙《かへる》が、「子守歌《こもりうた》を知《し》らないでどうして赤《あか》ん坊《ばう》が育《そだ》てられませう。」といひますので、また元氣《げんき》を出《だ》して、「げつ げつ げつ」と習《なら》ふのでした。そしてそれは夕方《ゆふがた》、風《かぜ》が凉《すゞ》しくなる頃《ころ》までつづきました。 底本:「校定 新美南吉全集第三巻」大日本図書    1980(昭和55)年7月31日初版第1刷発行    1992(平成4)年2月25日第4刷発行 初出:「幼稚園と家庭 毎日のお話」育英書院    1936(昭和11)年11月15日 ※「可愛《かは》いい」と「可愛《かあい》い」の混在は底本の通りです。 入力:Juki 校正:富田倫生 2012年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。