風雨の晩の小僧さん 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)都会《とかい》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 -------------------------------------------------------  都会《とかい》のあるくつ店《てん》へ、奉公《ほうこう》にきている信吉《しんきち》は、まだ半年《はんとし》とたたないので、なにかにつけて田舎《いなか》のことが思《おも》い出《だ》されるのです。 「もう雪《ゆき》が降《ふ》ったろうな。家《いえ》にいれば、いま時分《じぶん》炉辺《ろべ》にすわって、弟《おとうと》や妹《いもうと》たちとくりを焼《や》いて食《た》べるのだが。」  そう思《おも》うと、しきりに帰《かえ》りたくなるのであります。けれど、出発《しゅっぱつ》のさいに、 「信吉《しんきち》や、体《からだ》を大事《だいじ》にして、よく辛棒《しんぼう》をするのだよ。」と、目《め》に涙《なみだ》を浮《う》かべていった母親《ははおや》の言葉《ことば》を思《おも》い出《だ》し、また、同時《どうじ》に、 「どうせ一|度《ど》は世《よ》の中《なか》へ出《で》なければならぬのだ。どこへいっても家《いえ》にいるようなわけにはいかぬ。奉公《ほうこう》が辛《つら》いなどといって、帰《かえ》ってきてはならぬぞ。」と、父親《ちちおや》のいったことを思《おも》い出《だ》すと、いかに恋《こい》しくても帰《かえ》られはしないという気《き》がしました。  そうかと思《おも》うと、白髪《しらが》の祖母《そぼ》の顔《かお》が、眼前《がんぜん》に見《み》えて、 「信《しん》や、いつでも帰《かえ》ってこいよ。おまえには家《うち》があるのだから、ひどくしかられたり、辛棒《しんぼう》ができなかったり、また病気《びょうき》にでもかかったなら、いつでもお暇《ひま》をもらってくるがいい。そのときは、そのときで、田舎《いなか》に奉公口《ほうこうぐち》のないではなし。」と、祖母《そぼ》は、いったのでした。  彼《かれ》が、故郷《こきょう》のことを思《おも》い出《だ》すと、まずこのやさしい祖母《そぼ》の姿《すがた》が浮《う》かんだのです。 「あんないいおばあさんに、僕《ぼく》はよく悪口《わるぐち》をいって、まことにすまなかった。」と、信吉《しんきち》は、後悔《こうかい》するのでした。  彼《かれ》は、なにかいい口実《こうじつ》が見《み》つかったら、田舎《いなか》へお暇《ひま》をもらって帰《かえ》りたいと思《おも》いました。奉公《ほうこう》が辛《つら》いなどといったら、きっと厳《きび》しい父親《ちちおや》のことだからしかるであろう。けれど、病気《びょうき》であったなら、母《はは》も、祖母《そぼ》も、かならず口《くち》をそろえて、「おおかわいそうに。」といって、帰《かえ》った自分《じぶん》を慰《なぐさ》めてくれるにちがいない。彼《かれ》は、故郷《こきょう》を慕《した》うのあまり、病気《びょうき》になればとさえ考《かんが》えていたのでした。  このごろの寒《さむ》さに、彼《かれ》は、かぜをひいたのです。すると、そのことを田舎《いなか》へ手紙《てがみ》で知《し》らせてやりました。しかし、もとよりたいしたこともなかったので、すぐなおってしまいました。この店《みせ》の主人《しゅじん》は、やはり小僧《こぞう》から今《いま》の身代《しんだい》に仕上《しあ》げた人《ひと》だけあって、奉公人《ほうこうにん》に対《たい》しても同情《どうじょう》が深《ふか》かったのでした。信吉《しんきち》が病気《びょうき》にかかると、さっそく医者《いしゃ》に見《み》せてくれました。そして、やがて、床《とこ》から起《お》きられるようになると、彼《かれ》に向《む》かって、 「早《はや》くなおってよかった。これからもあることだが、すこしぐらいのことを田舎《いなか》へいってやってはならない。どのみち、親《おや》たちに心配《しんぱい》をかけるのは、よくないことだからな。こうして、家《いえ》を出《で》たからには、何事《なにごと》も自分《じぶん》のことは、自分《じぶん》の力《ちから》でするという決心《けっしん》が肝要《かんよう》なのだ。そして、親《おや》に心配《しんぱい》をかけるのが、なによりも不孝《ふこう》であると知《し》らなければならない。」と、主人《しゅじん》は、諭《さと》すように、いったのでした。これを聞《き》いたときに、信吉《しんきち》は、いままでの自分《じぶん》の意気地《いくじ》なしが、真《しん》に恥《は》ずかしくなりました。 「ああ、こんなもののわかった主人《しゅじん》を持《も》ちながら、それを幸福《こうふく》と思《おも》わずに、いつまでも田舎《いなか》を恋《こい》しがったり、ちょっとした病気《びょうき》でも知《し》らしてやったりして、ほんとうに悪《わる》かった。」と、後悔《こうかい》しました。彼《かれ》は、自分《じぶん》のまちがった行為《こうい》に気《き》づくと、すぐに心《こころ》から反省《はんせい》する純《じゅん》な少年《しょうねん》であったのです。  彼《かれ》は、そろそろ仕事《しごと》ができるようになったので、田舎《いなか》の両親《りょうしん》へあて、はがきを出《だ》しました。 「寒《さむ》くなりましたが、ご両親《りょうしん》さまには、お変《か》わりもありませんか。私《わたし》のかぜは、もうすっかりなおって、起《お》きられるようになりましたからご安心《あんしん》ください。今後《こんご》よく辛棒《しんぼう》して働《はたら》きます。大《おお》きくなって出世《しゅっせ》いたします。」と、それには書《か》いてありました。  前後《ぜんご》して親《した》しかった友《とも》だちから、手紙《てがみ》がとどきました。        *   *   *   *   *  なつかしき信吉《しんきち》くん。  こちらは、毎日《まいにち》ちらちらと雪《ゆき》が降《ふ》っている。二、三|日前《にちまえ》田圃《たんぼ》にたくさんのはまねこが降《お》りていた。おそらく海《うみ》も荒《あ》れて、魚《さかな》が捕《と》れないからであろう。僕《ぼく》が石《いし》を投《な》げると、一|時《じ》に空《そら》へ舞《ま》い上《あ》がって、それはきれいであった。しかも、奇怪《きかい》な風景《ふうけい》という感《かん》じがした。空《そら》は、毎日《まいにち》灰色《はいいろ》に曇《くも》っている。そして、寒《さむ》い風《かぜ》が吹《ふ》いている。関東《かんとう》の空《そら》は、これから青空《あおぞら》つづきだと聞《き》いたが、日本海岸《にほんかいがん》と、太平洋岸《たいへいようがん》とでは、それほど相違《そうい》があるのだろうか。もっとも山《やま》一つ越《こ》せば、雪《ゆき》が降《ふ》らないのに、こちらは、雪《ゆき》が四|尺《しゃく》も五|尺《しゃく》もあるのだから、まったく自然《しぜん》の現象《げんしょう》ばかりは奇妙《きみょう》なものだ。  君《きみ》は、その青空《あおぞら》の下《した》で、朗《ほが》らかに働《はたら》いていることだろう。僕《ぼく》たちは、夜《よる》となく、昼《ひる》となく、あのゴーウ、ゴーウとほえるような、また遠方《えんぽう》で、ダイナマイトで石《いし》を砕《くだ》くような海鳴《うみな》りを聞《き》きながら、家事《かじ》のてつだいをしたり、やがてくる春《はる》の日《ひ》の用意《ようい》に怠《おこた》りがない。  なつかしき信吉《しんきち》くん。  君《きみ》は、あの谷川《たにがわ》のほとりのほおのきを知《し》っているだろう。二人《ふたり》がやまばとの巣《す》を捕《と》りにいって、もう先《さき》にだれかに捕《と》られてしまって失望《しつぼう》したことがあったね。僕《ぼく》は、あのあたりの景色《けしき》が好《す》きだ。君《きみ》が出発《しゅっぱつ》する前《まえ》に、平常《ふだん》から親《した》しくしていた、たつ子《こ》さんと三|人《にん》で、あすこの石《いし》の上《うえ》で、なつみかんや、ゆで卵《たまご》を食《た》べて、形《かたち》ばかりの送別会《そうべつかい》をやった、そのとき、ちょうど、ほおのきの花《はな》が咲《さ》いていたのを覚《おぼ》えていないか。僕《ぼく》は、いつまでも、あのときのことを忘《わす》れずにいる。なぜなら、あの日《ひ》は、独《ひと》り君《きみ》だけの送別会《そうべつかい》でなく、たつ子《こ》さんとの送別会《そうべつかい》にもなってしまったからだ。たつ子《こ》さんは、君《きみ》が東京《とうきょう》へ立《た》って後《のち》まもなく、上州《じょうしゅう》の製糸工場《せいしこうじょう》へいってしまったのだ。  この冬《ふゆ》は、僕《ぼく》にとっていつになくさびしい。かるたを取《と》って遊《あそ》ぶにしても、またスキーをして遊《あそ》ぶにしても、僕《ぼく》は、親《した》しい二人《ふたり》の姿《すがた》が見《み》えないので、なんとなく独《ひと》りぼっちのような気《き》がする。しかし僕《ぼく》たちは、いつまでも子供《こども》ではおられないだろう。みんなは大《おお》きくなって、この世《よ》の中《なか》のためにつくし、親《おや》に孝行《こうこう》をしなければならぬのだ。  どうか、いつまでも、学校時代《がっこうじだい》に培《つちか》われた健全《けんぜん》な精神《せいしん》の持《も》ち主《ぬし》であってくれ、そして、たとえ遠《とお》くわかれていても、おたがいに手《て》を握《にぎ》り合《あ》ってゆこうよ。こちらのさびしいのにひきかえて、東京《とうきょう》は、いつもにぎやからしい。おひまがあったら、いろいろとおもしろいことを知《し》らしてもらいたい。        *   *   *   *   *  信吉《しんきち》は、手紙《てがみ》を懐《ふところ》にしまって、両方《りょうほう》の目《め》を赤《あか》くしながら、しばたいていました。  日《ひ》が暮《く》れて、雨《あめ》が降《ふ》り出《だ》しました。信吉《しんきち》は、仕事場《しごとば》へ出《で》て、平常《いつも》のごとく働《はたら》いていました。 「きょうの天気予報《てんきよほう》は当《あ》たった。あのいい天気《てんき》が、急《きゅう》にこんなに変《か》わったからな。」と、年上《としうえ》の職工《しょっこう》は、仕事台《しごとだい》の上《うえ》へ前屈《まえかが》みになって、朋輩《ほうばい》と話《はなし》をしました。  このとき、主人《しゅじん》は、ふいに思《おも》い出《だ》したように、 「このあいだいらしたお嬢《じょう》さんの、オーバーシューズは今晩《こんばん》までのお約束《やくそく》でなかったかな。」と、仕事場《しごとば》を見《み》まわして、いいました。 「そうです。私《わたし》が、いま造《つく》っています。もうじきにできあがりますが。」と、茶色《ちゃいろ》のセーターを着《き》た職工《しょっこう》が、電燈《でんとう》の下《した》で手《て》を働《はたら》かせながら、答《こた》えました。 「お約束《やくそく》なのだ。できたらすぐにおとどけしてくれよ。」と、主人《しゅじん》は、いっていました。        *   *   *   *   * 「お母《かあ》さん、たいへんな雨《あめ》ね。私《わたし》、明日《あした》オーバーシューズがなくて困《こま》るわ。」 「きょうの晩《ばん》までというお約束《やくそく》だったでしょう。だけど、この雨風《あめかぜ》では、できていてもとどけられないでしょう。」 「学校《がっこう》で、オーバーシューズがないと、おくつを脱《ぬ》いで、スリッパをはかないとしかられるのよ。」 「お天気《てんき》になりしだい、私《わたし》が催促《さいそく》にいってきますから、明日《あした》、もう一|日《にち》だけ我慢《がまん》をしてくださいね。」  母《はは》と娘《むすめ》は、戸外《こがい》に叫《さけ》ぶ雨風《あめかぜ》の音《おと》に耳《みみ》を澄《す》まして、火鉢《ひばち》のそばでお話《はなし》をしていました。それは夜《よる》の八|時《じ》ごろでありました。  隣《となり》のペスが、垣根《かきね》の内《うち》からしきりにほえているのが聞《き》こえます。この犬《いぬ》は、知《し》らぬ人《ひと》を見《み》るとよくほえる犬《いぬ》で、いつか郵便屋《ゆうびんや》さんが、手紙《てがみ》の配達《はいたつ》ができないと怒《おこ》っていたことがありました。その後《ご》、しばらく鎖《くさり》でつないであったが、またこのごろは、放《はな》しておくようであります。 「よくほえる犬《いぬ》だこと、なににほえているのでしょうね。」と、かね子《こ》は、読《よ》んでいる雑誌《ざっし》から目《め》を上《あ》げて、外《そと》のけはいを聞《き》き取《と》るようにしていました。 「あの犬《いぬ》がいると用心《ようじん》はいいけれど、外《そと》を通《とお》る、なんでもない人《ひと》までが迷惑《めいわく》しますね。」と、お母《かあ》さんは、娘《むすめ》が正月《しょうがつ》に着《き》る赤《あか》い色合《いろあ》いの勝《か》った衣物《きもの》を縫《ぬ》いながら、おっしゃいました。 「ごめんください。」  このとき、玄関《げんかん》のあたりで、小《ちい》さい声《こえ》がしました。その声《こえ》は、雨風《あめかぜ》の音《おと》に、半分《はんぶん》消《け》されてしまったのです。 「だれかきたのでない?」 「どなた!」といって、お母《かあ》さんは、立《た》ち上《あ》がられました。かね子《こ》は、全神経《ぜんしんけい》をお母《かあ》さんの足音《あしおと》の消《き》えていく方《ほう》へ集《あつ》めていました。 「まあ、この雨《あめ》に、とどけていただいたのですか、すみませんでしたねえ。」  お母《かあ》さんの、こういっていられる言葉《ことば》を聞《き》くと、 「オーバーシューズが、できてきたのだわ。」と、かね子《こ》は、すぐに走《はし》って、お母《かあ》さんのところへいきました。 「かね子《こ》、この雨風《あめかぜ》の中《なか》を持《も》ってきてくださったのだよ。」  お母《かあ》さんは、くつ屋《や》の小僧《こぞう》さんに対《たい》して、心《こころ》からねぎらっていられました。かね子《こ》は、いままで不平《ふへい》がましいことをいったのが、なんだか気恥《きは》ずかしく感《かん》じられて、顔《かお》を赤《あか》らめました。しかし、さすがに喜《よろこ》びを禁《きん》じられなかったのです。そして、そこに、やっと十二、三の少年《しょうねん》が、ぬれねずみになって立《た》っているのを見《み》ると、目頭《めがしら》が熱《あつ》くなりました。軒燈《けんとう》の火《ひ》が、マントを照《て》らして、流《なが》れ落《お》ちるしずくが光《ひか》っています。 「お足《あし》に合《あ》いますでしょうか?」と、ふろしきを解《と》いて、オーバーシューズを出《だ》して、少年《しょうねん》はいいました。 「そうですね、だいじょうぶでしょう。かね子《こ》、ちょっとくつに合《あ》うか、当《あ》ててごらんなさい。」と、お母《かあ》さんは、おっしゃいました。  かね子《こ》は、玄関《げんかん》わきの戸《と》だなを開《あ》けて、くつを取《と》り出《だ》しました。そして、オーバーシューズをはめてみますと、すこし小《ちい》さいようです。 「どれ、私《わたし》にお見《み》せなさい。」と、お母《かあ》さんは、かね子《こ》の手《て》からオーバーシューズを受《う》け取《と》って、みずからくつにはかせようとしましたが、やはり小《ちい》さくて入《はい》らないのでした。これを見《み》ていた、小僧《こぞう》さんは、 「すこし小《ちい》さいようですね。持《も》って帰《かえ》りまして直《なお》してまいりましょう。そして、明朝《みょうちょう》早《はや》くおとどけいたします。」といいました。 「朝《あさ》は、学校《がっこう》が早《はや》いのですから、七|時《じ》までに持《も》ってきてもらわないとまにあわないのですよ。」 「承知《しょうち》いたしました。」  小僧《こぞう》さんは、オーバーシューズを包《つつ》んできたふろしきへふたたび包《つつ》みかけていました。 「この雨風《あめかぜ》の中《なか》をせっかく持《も》ってきてもらってお気《き》の毒《どく》ですね。」 「どういたしまして、こちらが悪《わる》いのです。寸法《すんぽう》をまちがえましてすみません。」  小僧《こぞう》さんは、丁寧《ていねい》にお辞儀《じぎ》をして帰《かえ》ってゆきました。  それを見送《みおく》っていた、かね子《こ》さんは、小僧《こぞう》さんの姿《すがた》が闇《やみ》の中《なか》に見《み》えなくなる時分《じぶん》、 「かわいそうね。」と、しみじみとした調子《ちょうし》で、お母《かあ》さんに向《む》かって、いいました。 「みんな、ああして修行《しゅぎょう》をして、大《おお》きくなって、いい商人《しょうにん》になるのですよ。」と、お母《かあ》さんは、いって、しばらく考《かんが》えていらっしゃいました。        *   *   *   *   *  信吉《しんきち》は、朝早《あさはや》く目《め》を覚《さ》ますと、昨夜《さくや》からの雨《あめ》は、まだやまずに降《ふ》りつづけていました。 「そうだ、お嬢《じょう》さんの学校《がっこう》へいかれる前《まえ》に、オーバーシューズをおとどけしなければならない。」  彼《かれ》は、起《お》きると、早《はや》くそうじをすまして、雨《あめ》の中《なか》を出《で》かける仕度《したく》をしました。昨夜《さくや》は、はじめての道《みち》を歩《ある》いて、家《いえ》を探《さが》すのにずいぶん骨《ほね》がおれたけれど、今日《きょう》は、その心配《しんぱい》がなかったのです。 「ああ、ここだったな。」と、彼《かれ》は、犬《いぬ》にほえられた家《いえ》の前《まえ》へくると思《おも》い出《だ》しました。  この雨《あめ》では、ああいったけれど、小僧《こぞう》さんは学校《がっこう》へいく前《まえ》にはとどけられないだろうと、食卓《しょくたく》に向《む》かって、かね子《こ》が思《おも》っているところへ信吉《しんきち》は、ちょうど玄関《げんかん》を開《あ》けて入《はい》ったのです。  これに対《たい》して、かね子《こ》もお母《かあ》さんも感心《かんしん》してしまいました。そして、二人《ふたり》は、いっしょに玄関《げんかん》へ飛《と》び出《だ》してきてお礼《れい》をいったのでした。  信吉《しんきち》は、ただ約束《やくそく》を守《まも》って、なすべきことをしたまでだと思《おも》ったが、こうして感謝《かんしゃ》されると、自分《じぶん》の体《からだ》がいくら雨《あめ》にぬれてもうれしかったのであります。  その日《ひ》、故郷《こきょう》の父親《ちちおや》から久《ひさ》しぶりに便《たよ》りがありました。今年《ことし》の夏《なつ》は、ひじょうに暑《あつ》かったかわりに、作物《さくもつ》がよくできて、村《むら》は、景気《けいき》がよく、みんなが喜《よろこ》んでいる。我《わ》が家《や》でも、日《ひ》ごろからほしいと思《おも》った牛《うし》を一|頭《とう》買《か》ったと書《か》いてありました。信吉《しんきち》は、心《こころ》の中《なか》で、幾《いく》たびも万歳《ばんざい》を叫《さけ》んだのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社    1977(昭和52)年9月10日    1983(昭和58)年1月19日第5刷 底本の親本:「小学文学童話」竹村書房    1937(昭和12)年5月 ※表題は底本では、「風雨《ふうう》の晩《ばん》の小僧《こぞう》さん」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年5月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。