からすの唄うたい 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)田舎《いなか》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|羽《わ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き] -------------------------------------------------------  ある田舎《いなか》の街道《かいどう》へ、どこからか毎日《まいにち》のように一人《ひとり》のおじいさんがやってきて、屋台《やたい》をおろして、チャルメラを吹《ふ》きならして田舎《いなか》の子供《こども》たちを呼《よ》び集《あつ》め、あめを売《う》っていました。  おじいさんは、小《ちい》さな町《まち》の方《ほう》から倦《う》まずに根気《こんき》よくやってきたのです。空《そら》の色《いろ》がコバルト色《いろ》に光《ひか》って、太陽《たいよう》がにこやかに、東《ひがし》のいきいきとした若葉《わかば》の森《もり》にさえ微笑《ほほえ》めば、おじいさんは、かならずやってきました。  チャルメラの音《ね》をきくと、子供《こども》は、たちまち地《ち》の下《した》からでもわき出《だ》したように、目《め》の前《まえ》に集《あつ》まってきました。おじいさんは、青《あお》や、赤《あか》や、黄色《きいろ》の小旗《こばた》の立《た》ててある屋台《やたい》のかたわらに立《た》って、おもしろい節《ふし》で唄《うた》をうたいました。  子供《こども》らばかりでなく、この街道《かいどう》を通《とお》って、あちらの方《ほう》へ旅《たび》をする商人《しょうにん》などまでが、松並木《まつなみき》の根《ね》に腰《こし》を下《お》ろして、たばこをすったり、おじいさんからあめを買《か》って、それを食《た》べながら、唄《うた》をきいていました。  あたりは、穏《おだ》やかで、のどかでありました。くわの刃先《はさき》が、ちかり、ちかりと圃《はたけ》の中《なか》から見《み》えて、ひばりはあちらの空《そら》でさえずっています。それは、もう眠《ねむ》くなるのでありました。  ある日《ひ》のこと、おじいさんは、いつものように、屋台《やたい》を街道《かいどう》の松《まつ》の木《き》の下《した》におろして、チャルメラを吹《ふ》きますと、いつも自分《じぶん》が、その笛《ふえ》を吹《ふ》いた後《あと》でうたう唄《うた》を、すぐそばで歌《うた》ったものがあります。  おじいさんは、びっくりしました。だれが俺《おれ》のまねをするのだろう? あたりを見《み》まわしたけれど、だれも、そこにはいませんでした。おじいさんは、不思議《ふしぎ》に思《おも》って、また、チャルメラをあちらに向《む》いて鳴《な》らしました。  すると、また、いつもおじいさんが歌《うた》うような節《ふし》で唄《うた》をうたったものがあります。おじいさんは、人《ひと》のまねをするやつは、なにものだろうと、こんどは、本気《ほんき》になって、あたりを見《み》まわしました。  枯《か》れた木《き》の枝《えだ》に、一|羽《わ》のからすが止《と》まって、頭《あたま》をかしげていました。おじいさんは、いま、唄《うた》をうたったのはこのからすだなと思《おも》いました。 「からすは、人《ひと》まねをするというが、こいつにちがいない。」と、おじいさんは、しばらく、からすをにらんでいました。  からすは、今日《きょう》はじめて、ここにいたのではなかったのです。もう、長《なが》いこと、この野原《のはら》の中《なか》にすんでいました。からすは、毎日《まいにち》、平和《へいわ》な日《ひ》を送《おく》っていましたが、あまり平和《へいわ》と無事《ぶじ》なのに飽《あ》きてしまいました。ちょうど、そこへ町《まち》の方《ほう》から、おじいさんがきたのであります。  からすは、おじいさんが、チャルメラを吹《ふ》き、唄《うた》をうたうのを、あちらの木《き》に止《と》まって、毎日《まいにち》のように聞《き》いていました。  また、子供《こども》や、旅人《たびびと》などが、その唄《うた》を感心《かんしん》してきいている有《あ》り様《さま》をながめていました。からすは、自分《じぶん》もひとつその唄《うた》を覚《おぼ》えてやろうと思《おも》いました。それから、口《くち》の中《なか》で、幾《いく》十|度《たび》、幾《いく》百|度《たび》とくりかえしているうちに、とうとう覚《おぼ》えてしまいました。  からすは、こんどおじいさんがやってきたら、ひとつうたってみようと思《おも》っていました。チャルメラの音《ね》をきくと、からすは、しぜんに唄《うた》がうたわれたのであります。 「人《ひと》のまねをするなんて、いまいましいやつだ。」と、おじいさんは、怒《おこ》りましたが、また、からすが、こんなにうまく人間《にんげん》の口《くち》まねをするのにびっくりしました。  このからすは、りこうなからすだ。こんなからすは、そう世間《せけん》にたくさんあるものでないと思《おも》うと、おじいさんは、怒《おこ》る気《き》になれませんでした。 「どれ、もう一つ、チャルメラを吹《ふ》いて、からすに唄《うた》をうたわせてみよう……。」と、おじいさんは、思《おも》って、チャルメラを吹《ふ》き鳴《な》らしました。すると、からすは、おじいさんがいつも唄《うた》をうたうと同《おな》じ節《ふし》で、 「あめの中《なか》から、キンタさんと、オツタさんと飛《と》び出《で》たよ……。」とうたいました。  おじいさんは、ここへくる度《たび》に、子供《こども》らのいないときは、からすを相手《あいて》としました。あめを投《な》げてやったり、チャルメラを吹《ふ》いて聞《き》かせたりしますうちに、からすは、だんだんおじいさんに馴《な》れてしまいました。  しまいには、木《き》の枝《えだ》から降《お》りてきて、屋台《やたい》の上《うえ》に止《と》まるようになり、それから、おじいさんの肩《かた》の上《うえ》に、手《て》の上《うえ》に止《と》まるようになったのであります。  からすは、こうして、おじいさんに、馴《な》れましたけれど、知《し》らない、ほかの人《ひと》には、馴《な》れませんでした。子供《こども》らが集《あつ》まってきたり、いろいろの人《ひと》たちがいるときには、あちらの木《き》の枝《えだ》の上《うえ》に飛《と》んでゆきました。  おじいさんは、どうかして、からすに唄《うた》わせて、それをみんなに聞《き》かせたら、きっとそのことが評判《ひょうばん》になって、あめがよく売《う》れるにちがいないと思《おも》いましたから、 「どうだ。これから、俺《おれ》といっしょに町《まち》へいってみようじゃないか。」と、おじいさんは、からすに向《む》かっていいました。  からすは、いつも見《み》ているこのあたりの野原《のはら》や、林《はやし》や、丘《おか》や、森《もり》や、そうした変化《へんか》のない景色《けしき》に飽《あ》きていました。おじいさんが自分《じぶん》をかわいがってくれて、またうまいものを食《た》べさしてくれるなら、自分《じぶん》は、しばらくの間《あいだ》は、どこへいってもいいと思《おも》いました。 「おまえが、俺《おれ》といっしょに歩《ある》いて、唄《うた》をうたってくれるなら、きっと、俺《おれ》のあめはたくさん売《う》れるだろう……。そうすれば、晩《ばん》には、うまいものをたくさんおまえに食《た》べさせてやることができる……。」と、おじいさんは、からすに向《む》かっていいました。  さんしょうの実《み》のように光《ひか》る、円《まる》い目《め》をくるくるさして、からすは頭《あたま》を傾《かたむ》けておじいさんのいうことをきいていましたが、それを承知《しょうち》したと答《こた》えるように、うなずきました。 「おまえさえ承知《しょうち》してくれれば……。」と、おじいさんは喜《よろこ》んで、からすの足《あし》をひもで結《むす》び、からすを屋台《やたい》の上《うえ》に止《と》まらせて、こんどは、街道《かいどう》から、小《ちい》さな町《まち》へと歩《ある》いてゆきました。 「からすのおじいさんがきた。」  町《まち》では、子供《こども》らも、大人《おとな》も、おじいさんが吹《ふ》くチャルメラの音《ね》を聞《き》くと、こういって、わざわざ家《いえ》の外《そと》へ出《で》てみました。それほど、おじいさんは、また町《まち》でも知《し》られてしまいました。 「さあさあ、あめを買《か》った、買《か》った、おいしいあめを買《か》った。あめを買《か》ってくださると、からすが唄《うた》をうたってきかせます。」と、おじいさんはいいました。  子供《こども》らは、おじいさんのまわりに寄《よ》ってきました。おじいさんは、町《まち》の四《よ》つ角《かど》のところにくると屋台《やたい》を下《お》ろしました。 「おじいさん、あめをおくれ。」 「わたしにも、おくれ。」  子供《こども》らは、口々《くちぐち》にいって、小《ちい》さい手《て》をさし出《だ》しました。  子供《こども》らが、あめを買《か》ってくれると、おじいさんは、チャルメラを取《と》って、青《あお》い空《そら》を仰《あお》ぎながら、高《たか》らかに吹《ふ》き鳴《な》らしました。からすは、その音《ね》といっしょに待《ま》っていましたといわぬばかりに、 「あめの中《なか》から、キンタさんと、オツタさんと飛《と》び出《で》たよ。」という唄《うた》を、頭《あたま》を上下《じょうげ》に振《ふ》りながら歌《うた》いだしたのであります。  みんなは、おもしろがって、笑《わら》いました。  これを見《み》たり、聞《き》いたりしていた、一人《ひとり》の男《おとこ》が、おじいさんに向《む》かって、 「からすに、これほど芸《げい》を仕込《しこ》むのは容易《ようい》なことじゃない。もっとにぎやかな都《みやこ》へ持《も》っていったら、どんなに金《かね》もうけができるかしれない。」といいました。  おじいさんは、この男《おとこ》のいったことをほんとうと信《しん》じました。どうかして、都《みやこ》へいってみたいものだ、そんなにたくさんの金《かね》をもうけなくとも、にぎやかなところを見《み》てきたいものだと思《おも》いました。  おじいさんは、からすをつれて、とうとう都《みやこ》をさして旅立《たびだ》ちました。幾日《いくにち》かの後《のち》には、おじいさんの姿《すがた》は、にぎやかな、華《はな》やかな、都《みやこ》の中《なか》に見《み》いだされたのであります。  おじいさんの粗末《そまつ》な屋台《やたい》は、大《おお》きなにぎやかな街《まち》の中《なか》では、すこしも目《め》だちませんでした。だれも、青《あお》や、赤《あか》や、黄《き》の小旗《こばた》に目《め》をとめるものもなかったのです。  おじいさんは、あちらの町《まち》、こちらの町《まち》と、チャルメラを吹《ふ》きながら歩《ある》きましたが、田舎《いなか》にいるときのように、子供《こども》らがなつかしそうに寄《よ》ってはきませんでした。都《みやこ》の子供《こども》たちは、もっとほかに珍《めずら》しいものがたくさんにあるからです。  しかし、からすが唄《うた》をうたうことは、みんなに珍《めずら》しがられました。おじいさんは、おかげで、あめも相当《そうとう》に売《う》れて宿賃《やどちん》にも困《こま》らずにすみましたが、都会《とかい》は、田舎《いなか》とちがって空気《くうき》のよくないことや、のんきに暮《く》らされないので、いろいろそんなことが原因《げんいん》となって、おじいさんは、病気《びょうき》になってしまいました。おじいさんは、金《かね》を持《も》っていませんから、医者《いしゃ》にかかるのにも、また薬《くすり》を買《か》って飲《の》むのにも、すぐ困《こま》ってしまいました。 「どうしたら、いいだろう。」と、おじいさんは、青《あお》い顔《かお》をして、みすぼらしい宿屋《やどや》で考《かんが》え込《こ》んでいました。  宿屋《やどや》の主人《しゅじん》が、おじいさんに向《む》かって、 「おじいさん、唄《うた》をうたうからすというようなものは、めったにあるものでありません。きっとこれを売《う》ったら、いい金《かね》になります。あなたは、その金《かね》で療治《りょうじ》をなさったらいかがですか。幸《さいわ》い、私《わたし》は、からすを好《す》きな金持《かねも》ちを知《し》っていますから話《はなし》をしてあげてもよろしい。」といいました。  おじいさんは、どうしたらいいだろうかと思《おも》いました。  あの田舎《いなか》をいっしょに出《で》てきて、今日《こんにち》まで自分《じぶん》といっしょに暮《く》らし、自分《じぶん》のためになってくれたからすを売《う》るというようなことはしのびないことであったからです。けれど、こうして旅《たび》で病気《びょうき》になってしまっては、どうすることもできませんでした。その鳥《とり》を好《す》きな金持《かねも》ちがからすを大事《だいじ》にしてかわいがってくれたら、からすも自分《じぶん》とこうしているよりはしあわせであろうかと考《かんが》えました。おじいさんは、外《そと》へ働《はたら》きに出《で》ることができなかったから、からすにうまいものを買《か》って食《た》べさせることもできなかったのです。  おじいさんは、困《こま》った末《すえ》に、とうとうからすに悲《かな》しい別《わか》れを告《つ》げて、それを宿屋《やどや》の主人《しゅじん》から、金持《かねも》ちに売《う》ってもらうことにいたしました。 「さあ、これがお別《わか》れだ……。しかし、またどんな不思議《ふしぎ》な縁《えん》で、この世《よ》であわないともかぎらない。達者《たっしゃ》でいてくれよ。」と、おじいさんはからすに向《む》かっていいました。  からすは、宿屋《やどや》の主人《しゅじん》の手《て》から金持《かねも》ちへ売《う》られました。金持《かねも》ちというのはある工場《こうじょう》の持《も》ち主《ぬし》でした。家《うち》にはおうむやいんこなどが、きれいなかごの中《なか》にいれて飼《か》われていました。 「このからすが、唄《うた》をうたうというのだな。」と、主人《しゅじん》は、宿屋《やどや》の主人《しゅじん》にたずねました。 「さようでございます。おじいさんにつれられて街々《まちまち》を歩《ある》いて、唄《うた》をうたったからすはこれでございます。」と、宿屋《やどや》の主人《しゅじん》は答《こた》えました。  工場《こうじょう》の主人《しゅじん》は、からすをやはりきれいなかごにいれて、他《た》のおうむや、いんこなどと並《なら》べて、縁側《えんがわ》にかけました。からすが唄《うた》をうたうのを聞《き》くのを楽《たの》しみにしていました。  他《た》の鳥《とり》は羽《はね》は美《うつく》しく、ちょうど美《うつく》しい織物《おりもの》か、また彩《いろど》られた絵《え》を見《み》るように華《はな》やかであったけれど、からすは真《ま》っ黒《くろ》で、その体《からだ》には珍《めずら》しい、美《うつく》しい、色彩《しきさい》もついていませんでした。この家《うち》の、お嬢《じょう》さんや坊《ぼっ》ちゃんは、 「なんだい、こんな黒《くろ》いからすなんかつまらないなあ。」といって、かごの前《まえ》に立《た》って、悪口《わるくち》をいいましたけれど、主人《しゅじん》は、そんなことに頓着《とんちゃく》せず、ただからすが唄《うた》をうたうのを聞《き》くのを楽《たの》しみにしていました。  日《ひ》はたちましたけれど、いっこうからすは唄《うた》をうたいませんでした。からすは、毎日《まいにち》とまり木《ぎ》に止《と》まってじっとしていました。そして、驚《おどろ》いているように、黒《くろ》いさんしょうの実《み》のような円《まる》い目《め》をくるくるとしていました。 「場所《ばしょ》が変《か》わったので、それで鳴《な》かないのだろう。なにしろ、この機械《きかい》の音《おと》がしたり、いろいろな物音《ものおと》がしては、馴《な》れるまで鳴《な》かないのも無理《むり》がない。」と、主人《しゅじん》は思《おも》いました。  おうむや、いんこは、からすの知《し》らないような、人間《にんげん》の言葉《ことば》を、巧《たく》みにまねてみんなを喜《よろこ》ばせたり、また、笑《わら》わせたりしていましたが、からすは、まだ独《ひと》りでさびしそうにしていました。  この家《うち》へきたお客《きゃく》さまたちは、からすの前《まえ》へやってきました。 「これが唄《うた》をうたうからすというのですか。ひとつ唄《うた》をきかしてもらいたいものです。」といいました。  しかし、だれもまだ、からすの唄《うた》をうたうのを聞《き》いたものがありません。 「お父《とう》さん、このからすを殺《ころ》してしまいましょうか?」と、坊《ぼっ》ちゃんは、乱暴《らんぼう》なことをいいました。 「お父《とう》さん、つまらないじゃありませんか。こんな鳴《な》かないからすなんか逃《に》がしてしまったほうがいいのに。」と、お嬢《じょう》さんはいいました。  工場《こうじょう》の主人《しゅじん》は、まあ、しばらく置《お》いてみようといって、そのままにしておきました。他《た》の鳥《とり》たちは、朝《あさ》から、晩《ばん》までおしゃべりをしていました。そして、無口《むくち》の芸《げい》なしのからすをあざわらっていたのです。  ある日《ひ》のこと、街《まち》のあちらからチャルメラの音《ね》がきこえてきました。からすはくびをかしげて、じっとその音《ね》をきいていましたが、とつぜん、 「あめの中《なか》から、キンタさんと、オツタさんと飛《と》び出《で》たよ。」と、唄《うた》をうたいました。  これをきいたものは、みんな手《て》をたたいて笑《わら》いました。主人《しゅじん》は、さも感心《かんしん》したように、じっとかごの中《なか》のからすを見《み》ていました。チャルメラの音《ね》が、あちらですると、また、からすは、 「あめの中《なか》から、キンタさんと、オツタさんと飛《と》び出《で》たよ。」と、唄《うた》をうたいました。  主人《しゅじん》は、あのチャルメラを吹《ふ》いているのは、もとこのからすを飼《か》っていたあめ売《う》りのおじいさんであったかもしれないといって、人《ひと》をやって、もしおじいさんのあめ売《う》りだったら、つれてくるようにといいました。  まもなく、そこへ、赤《あか》や、紫《むらさき》や、青《あお》の小旗《こばた》を屋台《やたい》に立《た》て、病気《びょうき》のなおったおじいさんがつれられてきました。そして、おじいさんは、一目《ひとめ》からすを見《み》ると、うれしさのあまり、涙《なみだ》を流《なが》して喜《よろこ》びました。からすはかごの中《なか》でしきりに頭《あたま》を動《うご》かして、おじいさんを見《み》てなつかしがりました。おじいさんがチャルメラを吹《ふ》かないのに、からすは唄《うた》をうたったりして、きかせたのであります。  この有《あ》り様《さま》を見《み》て、工場《こうじょう》の主人《しゅじん》は感心《かんしん》しました。 「私《わたし》も、子供《こども》の時分《じぶん》は、静《しず》かな田舎《いなか》で育《そだ》ったのだ。あの時代《じだい》のことを思《おも》うと、なにからなにまでなつかしい。年《とし》よりは、こんな空気《くうき》の悪《わる》い街《まち》の中《なか》に暮《く》らさないで、田舎《いなか》へ帰《かえ》ったほうがいい。」といって、主人《しゅじん》は、旅費《りょひ》とからすをおじいさんに与《あた》えたのであります。  おじいさんもからすも喜《よろこ》びました。その後《ご》、幾日《いくにち》かたってから、ふたたび田舎《いなか》の街道《かいどう》へおじいさんは現《あらわ》れ、からすは放《はな》たれて木《き》の枝《えだ》に止《と》まって唄《うた》をうたっていました。 [#地付き]――一九二五・四作―― 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷    1977(昭和52)年C第2刷 底本の親本:「小川未明童話全集 第4巻」講談社    1950(昭和25)年12月 初出:「時事新報」    1925(大正14)年5月7日〜19日 ※表題は底本では、「からすの唄《うた》うたい」となっています。 ※初出時の表題は「鴉の唄うたひ」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2020年12月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。