カラカラ鳴る海 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)港《みなと》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|本《ぼん》 -------------------------------------------------------  この港《みなと》は山《やま》の陰《かげ》になっていましたから、穏《おだ》やかな、まことにいい港《みなと》でありました。平常《いつも》はもとより、たとえ天気《てんき》のよくないような日《ひ》であっても、この港《みなと》の中《なか》だけはあまり波《なみ》も高《たか》く立《た》たず、ここにさえ逃《のが》れれば安心《あんしん》というので、たくさんな船《ふね》がみんなこの港《みなと》の内《うち》に集《あつ》まってきたのであります。  ある日《ひ》のこと、沖《おき》の方《ほう》がたいへんに荒《あ》れたことがありました。沖《おき》を航海《こうかい》していたいろいろな船《ふね》は、みんなこの港《みなと》を目《め》がけていっしょうけんめいにはいってきました。港《みなと》の内《うち》は諸国《しょこく》の船々《ふねぶね》でいっぱいになりました。  赤《あか》い船《ふね》や、白《しろ》い船《ふね》や、黒《くろ》い船《ふね》や檣《マスト》の三|本《ぼん》あるもの、また二|本《ほん》あるもの、長《なが》い船《ふね》やあまり長《なが》くないのや、いろいろありました。また旗《はた》を立《た》てている船《ふね》にも、三|角《かく》の旗《はた》や四|角《かく》の旗《はた》や、いくつも旗《はた》を立《た》てているのや、ただ一つぎりのやさまざまでありました。また煙突《えんとつ》から黒《くろ》い煙《けむり》を上《あ》げているのもあれば帆船《はんせん》もありまして、それは見《み》るだけでも海《うみ》の上《うえ》はにぎやかでありました。  港《みなと》の人々《ひとびと》はみんな海岸《かいがん》に出《で》てながめていました。その中《うち》には老人《ろうじん》もあれば子供《こども》もありました。若者《わかもの》もあれば娘《むすめ》もありました。また子供《こども》を負《おぶ》っている母親《ははおや》もあれば、またお嫁《よめ》さんになったばかりの、髪《かみ》を美《うつく》しく結《ゆ》った若《わか》い女《おんな》もありました。  老人《ろうじん》はみんなを振《ふ》り返《かえ》りながら、 「私《わたし》は、もう幾《いく》十|年《ねん》の昔《むかし》から、この港《みなと》の内《うち》で朝晩《あさばん》送《おく》ってきたものだ。この港《みなと》にはいってくるような船《ふね》で知《し》らない船《ふね》は一つもない。たいていの船《ふね》はみな見覚《みおぼ》えがあるばかりでなしに、私《わたし》よりみんなずっと船《ふね》の年《とし》も若《わか》いものばかりだ。古《ふる》くて今《いま》から二十|年《ねん》と上《うえ》に出《で》る船《ふね》はあるまい。私《わたし》の若《わか》かったころの船《ふね》は、もはやたいてい年《とし》を取《と》ってしまって、長《なが》い航海《こうかい》の役《やく》にはたたなくなったとみえる。そしていつとなしにこの港《みなと》へもその姿《すがた》を見《み》せなくなってしまった。ごく若《わか》いのはやっと半年《はんとし》から一|年《ねん》、二|年《ねん》というようなのが、この中《うち》にまじっている。この港《みなと》へはいってくるほどの船《ふね》で私《わたし》の顔《かお》を知《し》らないものはない。みんなきっと一|度《ど》は私《わたし》にあいさつをして水《みず》をいれるなり石炭《せきたん》を積《つ》むなりするにきまっている。私《わたし》はまたその船《ふね》をよく覚《おぼ》えている。この船《ふね》はどこの国《くに》の船《ふね》だかということをよく知《し》っている。沖《おき》が荒《あ》れているので、このとおりみんなこの港《みなと》にはいってきたのだ。おまえたちもなにかと、頼《たの》まれたりしんせつに世話《せわ》をしてやるがいい。お天気《てんき》になるまでは、みんなこの港《みなと》の内《うち》に滞在《たいざい》していることだろうから……。」と、老人《ろうじん》はいいました。  若者《わかもの》たちのうちでは、朝《あさ》のうちから艀《はしけ》に乗《の》って港《みなと》の内《うち》をこぎまわっていました。なにか変《か》わったことがないか? こう知《し》らない他国《たこく》の船《ふね》がたくさん集《あつ》まっているのだから、まちがいが起《お》こってはならないというのでありました。  若者《わかもの》たちは、たくさんな船《ふね》の間《あいだ》をこぎまわっていますと、この港《みなと》へ上《あ》げるために小舟《こぶね》へ荷《に》をおろしている船《ふね》もありました。またこの港《みなと》から貨物《かもつ》を積《つ》んでゆくために、小舟《こぶね》で荷《に》を運《はこ》んでいる船《ふね》もありました。また船《ふね》の甲板《かんぱん》を洗《あら》っているのや、港《みなと》の町《まち》へ遊《あそ》びにゆこうとして艀《はしけ》をこぎはじめているのや、それは一|様《よう》でなかったのでした。  しかしどの船《ふね》もなんとなく活気《かっき》づいていました。天気《てんき》になるのを待《ま》って、また長《なが》い波路《なみじ》を切《き》って出《で》かけようとするので、その前《まえ》にこれを機会《きかい》に骨休《ほねやす》みをしているように見《み》られました。ある船《ふね》からは、勇《いさ》ましい歌《うた》の声《こえ》などがきこえたのでした。  このとき、これらのたくさんな船《ふね》の中《なか》にまじって、一そうの見《み》なれない船《ふね》が停泊《ていはく》していました。その船《ふね》には、一つの旗《はた》も立《た》っていなければ、乗《の》り込《こ》んでいる人《ひと》たちの姿《すがた》すら、甲板《かんぱん》にはあらわれていなかったのです。そして見《み》るからに、なんとなく陰気《いんき》な船《ふね》であって、その船《ふね》の名《な》さえ書《か》いてなければ、もとよりどこの国《くに》の船《ふね》ともわからなかったのでありました。 「俺《おれ》たちはいままでこんな船《ふね》を一|度《ど》も見《み》たことがない、どこの国《くに》の船《ふね》だろうな。」と、若者《わかもの》たちは目《め》をみはりました。  彼《かれ》らはこの陰気《いんき》な、国籍《こくせき》もわからない船《ふね》の近《ちか》くに停泊《ていはく》している他《た》の船《ふね》がありましたから、ようすをきこうとその船《ふね》へ近《ちか》づいて、乗組人《のりくみにん》に、「あの船《ふね》はどこの船《ふね》か知《し》らないか。」と、港《みなと》の若者《わかもの》たちはたずねました。すると、その船《ふね》の乗組員《のりくみいん》らは、 「じつは私《わたし》たちもあの船《ふね》を見《み》ておかしな船《ふね》だと思《おも》っていたのです。なんでも昨夜《さくや》、真夜中《まよなか》ごろ、どこからか石炭《せきたん》を運《はこ》んできて、積《つ》み込《こ》んだようなけはいでした。そして乗《の》っている人《ひと》たちは、みな顔《かお》を包《つつ》んで目《め》ばかり出《だ》しているので、こちらの国《くに》の船《ふね》とも外国《がいこく》の船《ふね》とも見当《けんとう》がつかないのです。」と答《こた》えました。 「ますます、不思議《ふしぎ》だ!」と、若者《わかもの》たちはいって、さっそく艀《はしけ》を陸《りく》へこぎつけると、老人《ろうじん》のもとへやってきました。老人《ろうじん》ならたいていの船《ふね》のことも知《し》っているからです。  ちょうど老人《ろうじん》は、そこに立《た》っているみんなを振《ふ》り向《む》きながら自慢話《じまんばなし》をしていたときでありました。  若者《わかもの》たちは老人《ろうじん》のそばにやってきて、不思議《ふしぎ》な身柄《みがら》のわからない船《ふね》が、港《みなと》の内《うち》にはいっていることを告《つ》げたのであります。 「どこにその船《ふね》はいる?」 と老人《ろうじん》はいって、沖《おき》の方《ほう》を見《み》やりました。 「あの赤《あか》い船《ふね》のうしろにいる、あまり大《おお》きくない黒《くろ》い船《ふね》です。」と、若者《わかもの》は指《ゆび》さしました。  老人《ろうじん》は黙《だま》ってうなずきました。 「船《ふね》の名《な》も書《か》いてなければ、またどこの国《くに》の船《ふね》か旗《はた》も立《た》てておりません……。」と、若者《わかもの》の一人《ひとり》がいうと、他《た》の一人《ひとり》は、 「なんでも乗組人《のりくみにん》は、顔《かお》を隠《かく》して目《め》ばかり出《だ》しているといいます。」といいました。  また、そのそばに立《た》っていた他《た》の一人《ひとり》の男《おとこ》は、 「なんでも夜中《よなか》に石炭《せきたん》をどこからか運《はこ》んできて船《ふね》の中《なか》に積《つ》み込《こ》んだともいうことです……。」といいました。  この話《はなし》をきいた人々《ひとびと》は、いずれも首《くび》をのばして、その船《ふね》のいる方《ほう》を見《み》ました。そして、 「見《み》える、見《み》える、なるほど怪《あや》しげな船《ふね》があすこに泊《と》まっている!」と、口々《くちぐち》にいっていました。  老人《ろうじん》は独《ひと》りおちつきながら、 「天気《てんき》がよくなったら、明日《あす》にもどこかへいってしまうだろう。」と答《こた》えました。  すると、血気《けっき》にはやる若者《わかもの》たちは、そんなのんきなことをいってはいられんというふうで、 「海賊船《かいぞくせん》かもわからないものを、このままに黙《だま》ってはいられない。すぐに届《とど》け出《で》なければ……。」と、一人《ひとり》がいいました。  また、他《た》の一人《ひとり》は、 「この港《みなと》のものが知《し》っていて、黙《だま》っていたということがわかれば、こちらの手落《てお》ちになるのだから、どうしてもこのままにしておくことができない。」といいました。  見《み》ている人々《ひとびと》の中《なか》からも、「このことを港《みなと》じゅうのものに知《し》らして、あの船《ふね》を押《お》さえてしまったほうがいい。」といったものもありました。  けれど老人《ろうじん》一人《ひとり》だけは、やはり黙《だま》っていました。 「おまえさんは目《め》が悪《わる》くなってあの船《ふね》が見《み》えないからだろう。」と、中《なか》には皮肉《ひにく》をいって、いままで自慢《じまん》をしていた老人《ろうじん》の鼻《はな》を折《お》ってやろうと思《おも》ったものもありました。 「なに、私《わたし》にあの船《ふね》が見《み》えないことがあるもんか。あの船《ふね》は昨日《きのう》の晩方《ばんがた》、あらしの最中《さいちゅう》にどこからかこの港《みなと》の内《うち》に逃《に》げてきたのだ。私《わたし》はそのときちゃんと知《し》って、身柄《みがら》のわからない……今《いま》までに、見《み》たことのない船《ふね》だなとは思《おも》っていた。」と、老人《ろうじん》は答《こた》えました。 「そんならなぜ、いままで黙《だま》っておいたのですか?」と、艀《はしけ》から上《あ》がってきた、若者《わかもの》の一人《ひとり》がたずねました。  老人《ろうじん》はうなずいて、 「あらしのために困《こま》って逃《に》げてきたのだ。天気《てんき》になればどこへかいってしまうと思《おも》って、黙《だま》っていたんだ。」といいました。  若者《わかもの》たちは老人《ろうじん》にかまわず、その船《ふね》を処分《しょぶん》することにしました。中《なか》にはこの船《ふね》を取《と》り押《お》さえてしまおうというもの、届《とど》け出《で》たほうがいいというもの、またはすぐにこの港《みなと》から追《お》いたててしまったほうがいいというもので議論《ぎろん》はもめたのでした。  しかし、けっきょく、すぐに追《お》いたてるということにきまって、彼《かれ》らはふたたび艀《はしけ》に乗《の》って出《で》かけました。手《て》に手《て》に万《まん》一の場合《ばあい》を慮《おもんぱ》かって、短銃《たんじゅう》や猟銃《りょうじゅう》などを携帯《けいたい》しながら、この怪《あや》しげな船《ふね》を目《め》ざしてこいでゆきました。  若者《わかもの》たちは怪《あや》しげな船《ふね》のそばにゆくと、大《おお》きな声《こえ》でどなりました。しばらくするとはたして、顔《かお》を隠《かく》して目《め》ばかり出《だ》した男《おとこ》が、首《くび》を出《だ》しました。若者《わかもの》たちはすぐにこの港《みなと》から出《で》てゆくように、もし聞《き》かなければ、その船《ふね》を取《と》り押《お》さえるなりその筋《すじ》へ訴《うった》え出《で》るなり、するからといったのであります。  すると、その怪《あや》しげな船《ふね》の中《なか》から幾《いく》つも頭《あたま》を出《だ》しました。どの首《くび》も目《め》ばかり出《だ》して黒《くろ》い布《ぬの》で包《つつ》んでいます。そしてその黒《くろ》い頭《あたま》をぺこぺこ下《さ》げて、どうか今夜《こんや》だけもう一晩《ひとばん》ここに泊《と》めておいてくれと頼《たの》みました。しかし若者《わかもの》たちは承知《しょうち》をしなかったのです。 「ここの港《みなと》には規則《きそく》があるのだから、すぐ出《で》てゆかなければ処分《しょぶん》をする……。」といいました。  黒《くろ》い頭《あたま》が、みんな船《ふね》の中《なか》に引《ひ》っ込《こ》んでしまいました。それからまもなく、その陰気《いんき》な船《ふね》は動《うご》き出《だ》して、影《かげ》のようにこの港《みなと》の内《うち》から、外海《そとうみ》へ出《で》ていってしまったのであります。  この怪《あや》しげな船《ふね》の姿《すがた》が見《み》えなくなってしまったとき、若者《わかもの》たちは艀《はしけ》をこいで陸《りく》へ上《あ》がってきました。そして老人《ろうじん》に向《む》かって、 「みんなが頭《あたま》をぺこぺこ下《さ》げて、今晩《こんばん》だけもう一晩《ひとばん》泊《と》めておいてくれいと頼《たの》みました。」と、その有《あ》り様《さま》を話《はな》しました。  この人《ひと》のよさそうな老人《ろうじん》は、やはりうなずきながら、そうだろうといわぬばかりに、 「今夜《こんや》は、昨夜《さくや》よりも大《おお》きいあらしになりそうだ……。いま、あの船《ふね》をこの港《みなと》から立《た》たせるのは、みんなを殺《ころ》してしまうようなものだからな。」と、深《ふか》いため息《いき》をもらして答《こた》えました。  人々《ひとびと》が、海岸《かいがん》から散《さん》じてしまって夜《よる》になりかけたころでした。ほんとうに海《うみ》の上《うえ》はひじょうなあらしになったのであります。それは老人《ろうじん》のいったとおりでした。若者《わかもの》たちは老人《ろうじん》の言葉《ことば》を思《おも》い出《だ》し、またあの船《ふね》を無理《むり》に追《お》いたてたことなどを思《おも》い出《だ》して、さすがにいい気持《きも》ちはしませんでした。  若者《わかもの》たちはめいめい心《こころ》がとがめて、一|夜《や》じゅうよく眠《ねむ》ることができなかったのです。  あくる日《ひ》の朝《あさ》になって、あらしが幾分《いくぶん》かおさまったころ、昨夜《さくや》この港《みなと》へ入《はい》ってきた船《ふね》があるということをききましたので、若者《わかもの》たちはさっそく小舟《こぶね》に乗《の》って、その船《ふね》のところへ出《で》かけてゆきました。その船《ふね》はよくこの港《みなと》へやってくる船《ふね》でありました。 「あなたがたは外海《そとうみ》の方《ほう》で、どこかほかの船《ふね》におあいになりませんでしたか?」と、若者《わかもの》たちはたずねました。すると、昨夜《さくや》はいってきたという船《ふね》の中《なか》から、 「そんなに大《おお》きくもなかったが、黒《くろ》い船《ふね》で一そう浪《なみ》にもまれて、いまにも沈《しず》みかかっていたのを見《み》ました。けれど暗夜《あんや》のことで、それにあの大暴風雨《だいぼうふうう》ではどうすることもできなかった。ただ、不思議《ふしぎ》なのは、その船《ふね》はこの港《みなと》に入《はい》ろうとはせずに、あのあらしの中《なか》を沖《おき》へ沖《おき》へといったのはどうしたことかと、みんなが不思議《ふしぎ》がっていたのだ。いまごろはきっとどこかで沈《しず》んでしまったであろう……。」といったものがありました。  若者《わかもの》たちは、まさしくあの船《ふね》のことであると思《おも》いました。かわいそうなことをしたと感《かん》じられたのでした。しかし、いまとなってはどうすることもできませんでした。  二日《ふつか》めです。暴風《ぼうふう》が静《しず》まってしまうと、港《みなと》じゅうに群《むら》がっていた船《ふね》たちは、いつのまにか、思《おも》い思《おも》いにいずこへとなく出《で》ていってしまいました。人々《ひとびと》もあらしのことを忘《わす》れてしまい、海《うみ》の上《うえ》は平穏《へいおん》にさながら鏡《かがみ》のように輝《かがや》いていました。  ある日《ひ》のこと、白《しろ》い船《ふね》が一そうこの港《みなと》の中《なか》にはいってきました。そして港《みなと》の内《うち》に停泊《ていはく》すると、小舟《こぶね》に幾《いく》つも箱《はこ》を積《つ》んで陸《りく》をさしてこいできました。 「私《わたし》たちは南《みなみ》の国《くに》から、はじめてみかんを積《つ》んでこの港《みなと》にはいってきたものです。いくらでもいいから今後《こんご》の取引《とりひき》のために、安《やす》くまけますからこのみかんを買《か》ってください。」といいました。  港《みなと》の人《ひと》たちはそこに集《あつ》まってきました。そして、「どんなみかんだか箱《はこ》のふたを取《と》って見《み》せよ。」といいました。船《ふね》のものは一つの箱《はこ》を砕《くだ》いて内《うち》を見《み》せました。するとみごとなみかんがいっぱい詰《つ》まっていました。  そこで取引《とりひき》は、ぞうさなくきまってしまいました。  陸《りく》の方《ほう》からも艀《はしけ》を出《だ》して、白《しろ》い船《ふね》の積《つ》んできたみかんの箱《はこ》を町《まち》へと運《はこ》びました。やっとその荷《に》を運《はこ》び終《お》わると、 「さようなら。」といって、白《しろ》い船《ふね》はこの港《みなと》から出《で》ていってしまいました。 「いいみかんをたんとまあ、安《やす》く買《か》ったものだ。これで今年《ことし》はこの町《まち》は大《おお》もうけをするだろう。」と、みなは口々《くちぐち》にいってうれしがりました。 「なんという名《な》まえの船《ふね》だったかな、だれか憶《おぼ》えていたであろう。」と、一人《ひとり》がいいました。 「さあ、なんといったかな?」と、そこに集《あつ》まった問屋《とんや》のものは、たがいに顔《かお》を見合《みあ》わしました。  すると、一人《ひとり》の若者《わかもの》が、 「そのことだ! 俺《おれ》は、いおうと思《おも》って忘《わす》れていた。あの白《しろ》い船《ふね》にはなんにも名《な》まえが書《か》いてなかったようだ。」といいました。 「まるできつねにつままれたような話《はなし》だ。」と、みんなは口々《くちぐち》にいって、その日《ひ》は暮《く》れてしまいました。  翌日《よくじつ》、箱《はこ》の中《なか》のみかんを取《と》り出《だ》そうとしますと、どの箱《はこ》の中《なか》からも、出《で》てくるのはみかんでなくて、円《まる》い石塊《いしころ》ばかりでありました。みんなはどんなにびっくりしましたでしょう。 「みかんにしては重《おも》い箱《はこ》だと思《おも》っていた。」といったものもありました。  そしてそのとき、全部《ぜんぶ》の箱《はこ》をあらためて見《み》なかったのを悔《く》いたのでありました。みんなは悪《わる》い船《ふね》にだまされたといって、その黒《くろ》い石《いし》をすっかり海《うみ》の中《なか》に投《な》げ捨《す》ててしまいました。  それから後《のち》のことであります。あらしがきたときに、この港《みなと》のものは、みんなが震《ふる》え上《あ》がらなければなりませんでした。なぜというに、いつか海《うみ》の中《なか》へ捨《す》てた黒《くろ》い石《いし》が、すっかり生《い》きてでもいるようにカラカラカラッと鳴《な》って、波《なみ》の押《お》し寄《よ》せるたびに岸《きし》へ打《う》ち上《あ》げられて、また波《なみ》の退《ひ》くたびに海《うみ》の底《そこ》へもぐり込《こ》むように隠《かく》れたからでした。そしてあらしのやむまでは、カラ、カラ、カラッといって、昼《ひる》となく夜《よる》となく、黒《くろ》い石《いし》が鳴《な》ってやまなかったのであります。  平常《ふだん》は静《しず》かな山蔭《やまかげ》の港《みなと》も、あらしの日《ひ》にはじつに気味悪《きみわる》い港《みなと》でありました。船乗《ふなの》りらはこの石《いし》の音《おと》をきくと、ひやりと体《からだ》じゅうが寒《さむ》くなるといいます。そしてこの港《みなと》はいつしか石《いし》ばかりになって、船《ふね》のはいれないまでになってしまいました。いまだにあらしの日《ひ》には、その海《うみ》が冷笑《あざわら》うように鳴《な》るのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷 ※表題は底本では、「カラカラ鳴《な》る海《うみ》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:江村秀之 2014年1月23日作成 青空文庫作成ファイル: 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