窓の下を通った男 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)毎日《まいにち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|軒《けん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  毎日《まいにち》のように、村《むら》の方《ほう》から、町《まち》へ出《で》ていく乞食《こじき》がありました。女房《にょうぼう》もなければ、また子供《こども》もない、まったくひとりぽっちの、人間《にんげん》のように思《おも》われたのであります。  その男《おとこ》は、もういいかげんに年《とし》をとっていましたから、働《はたら》こうとしても働《はたら》けず、どうにもすることができなかった、果《は》てのことと思《おも》われました。  町《まち》へいけば、そこにはたくさんの人間《にんげん》が住《す》んでいるから、中《なか》には、自分《じぶん》の身《み》の上《うえ》に同情《どうじょう》を寄《よ》せてくれる人《ひと》もあろうと思《おも》って、男《おとこ》は、こうして、毎日《まいにち》のように、田舎道《いなかみち》を歩《ある》いてやってきたのです。  しかし、だれも、その男《おとこ》が思《おも》っているように、歩《ある》いているのをとどまって、男《おとこ》の身《み》の上話《うえばなし》を聞《き》いて、同情《どうじょう》を寄《よ》せてくれるような人《ひと》はありませんでした。なぜなら、みんなは自分《じぶん》たちのこと考《かんが》えているので、頭《あたま》の中《なか》がいっぱいだからでした。まれには、その男《おとこ》のようすを見《み》て、気《き》の毒《どく》に思《おも》って財布《さいふ》からお金《かね》を出《だ》して、ほんの志《こころざし》ばかりでもやっていく人《ひと》がないことはなかったけれど、それすら、日《ひ》によっては、まったくないこともありました。男《おとこ》は、空腹《くうふく》を抱《かか》えながら、町《まち》の中《なか》をさまよわなければなりませんでした。  美《うつく》しい品物《しなもの》を、いっぱい並《なら》べた店《みせ》の前《まえ》や、おいしそうな匂《にお》いのする料理店《りょうりてん》の前《まえ》を通《とお》ったときに、男《おとこ》は、どんなに世《よ》の中《なか》を味《あじ》けなく感《かん》じたでしょう。彼《かれ》はしかたなく、疲《つか》れた足《あし》を引《ひ》きずって、田舎道《いなかみち》を歩《ある》いて、さびしい、自分《じぶん》の小屋《こや》のある、村《むら》の方《ほう》へ帰《かえ》っていくのでした。  ここにその途中《とちゅう》のところで、道《みち》ばたに一|軒《けん》の家《いえ》がありました。そう大《おお》きな家《いえ》ではなかったが、さっぱりとして、多分《たぶん》役人《やくにん》かなにかの住《す》んでいる家《いえ》のように思《おも》われました。この道《みち》をいく人々《ひとびと》は、ちょうど、その窓《まど》の下《した》を通《とお》るようになっていたのであります。  ある日《ひ》のこと、男《おとこ》は、その窓《まど》の下《した》に立《た》って、上《うえ》を仰《あお》ぎながら、あわれみを乞《こ》うたのでありました。どうせ、家《いえ》の内《うち》からは返答《へんとう》がないだろうと思《おも》いました。なぜなら、町《まち》では、あのように、顔《かお》を見合《みあ》わせて、手《て》を合《あ》わせて頼《たの》んでも、知《し》らぬふうをしていき、また振《ふ》り向《む》こうともしないものを、窓《まど》の下《した》から、しかも外《そと》の往来《おうらい》の上《うえ》で頼《たの》んでも、なんの役《やく》にも立《た》つものでないと考《かんが》えられたからです。 「どうぞ、哀《あわ》れなものですが、おねがいいたします。」と、男《おとこ》は、重《かさ》ねていった。  ひっそりとして、人《ひと》のいるけはいもしなかったのが、このとき、ふいに窓《まど》の障子《しょうじ》が開《あ》きました。顔《かお》を出《だ》したのは、眼鏡《めがね》をかけた色《いろ》の白《しろ》い、髪《かみ》のちぢれた女《おんな》の人《ひと》でした。その人《ひと》は、たいへんやさしそうな人《ひと》に見《み》えました。  男《おとこ》は、頭《あたま》を下《さ》げて、 「どうか、なにかおめぐみください。」と願《ねが》いました。  その女《おんな》の人《ひと》は、男《おとこ》が思《おも》ったように、ほんとうにやさしい、いい人《ひと》でありました。じっと、男《おとこ》の顔《かお》を見《み》ていましたが、 「そういうように、おなりなさるまでには、いろいろなことがおありでしたでしょうね。」といいました。  男《おとこ》は、はじめて、他人《たにん》からそういうように、やさしい言葉《ことば》で問《と》いかけられたのでした。 「よくお聞《き》きくださいましてありがとうぞんじます。妻《つま》には死《し》に別《わか》れ、頼《たよ》りとする子供《こども》も、また病気《びょうき》でなくなり、私《わたし》は、中風《ちゅうふう》の気味《きみ》で、半身《はんしん》がよくきかなくなりましたので、働《はたら》くにも働《はたら》かれず、たとえ番人《ばんにん》にさえも雇《やと》ってくれる人《ひと》がありませんので、おはずかしいながら、こんな姿《すがた》になってしまったのです。」と、涙《なみだ》ながらに答《こた》えました。女《おんな》の人《ひと》も、やはり、目《め》をうるませていました。 「私《わたし》の父《ちち》が、ちょうどあなたの年《とし》ごろなんですよ。都合《つごう》のために、遠《とお》くはなれてくらしていますが、あつさ・さむさにつけて、父《ちち》のことを思《おも》い出《だ》します。だれでも、若《わか》いうちに働《はたら》いてきたものは、年《とし》をとってからは、楽《らく》にくらしていけるのがほんとうだと思《おも》います。それが、この世《よ》の中《なか》では、思《おも》うようにならないんですのね。」と、女《おんな》の人《ひと》はいいました。  男《おとこ》は、だまって、うなだれて女《おんな》の人《ひと》のいうことを聞《き》いていました。  女《おんな》の人《ひと》は、いくらか銭《ぜに》を哀《あわ》れな男《おとこ》に与《あた》えました。男《おとこ》は、しわだらけな、色《いろ》つやのよくない手《て》をのばしてそれを受《う》け取《と》って、いただきました。その銭《ぜに》は、たとえすこしではありましたけれど、深《ふか》いなさけがこもっていましたので、男《おとこ》には、たいへんにありがたかったのです。  男《おとこ》は、いくたびもお礼《れい》を述《の》べて、そこを立《た》ち去《さ》りました。そのうしろ姿《すがた》を女《おんな》の人《ひと》は、気《き》の毒《どく》そうに見送《みおく》っていました。  その後《ご》、男《おとこ》は、町《まち》へいくたびに、この家《いえ》の窓《まど》の下《した》を通《とお》ったのでした。けれど、たびたびあわれみを乞《こ》うては悪《わる》い気《き》がしました。よくよく困《こま》ったときででもなければ、願《ねが》うまいと決心《けっしん》したのであります。  しかし、その長《なが》い間《あいだ》には、雨《あめ》の降《ふ》る日《ひ》もあれば、また風《かぜ》の吹《ふ》く日《ひ》もありました。そして、一|日《にち》町《まち》の中《なか》を歩《ある》いても、すこしも、もらわないような日《ひ》もあったのであります。  彼《かれ》はしかたなく、この家《いえ》の窓《まど》の下《した》に立《た》って、 「どうぞお願《ねが》いいたします。」と、上《うえ》を仰《あお》いで、いわなければならなかった。  すると、障子《しょうじ》が開《あ》いて、眼鏡《めがね》をかけた、色《いろ》の白《しろ》い、髪《かみ》のちぢれた女《おんな》の人《ひと》が、顔《かお》を出《だ》しました。そして、いやな顔《かお》もせずに、 「さあ、あげますよ。」といって、銭《ぜに》を男《おとこ》の手《て》に渡《わた》したのでした。  乞食《こじき》の男《おとこ》は、それをいただいて、 「ありがとうぞんじます。」と、いくたびも礼《れい》をいって立《た》ち去《さ》りました。  風《かぜ》の吹《ふ》く、さびしい村《むら》の方《ほう》へ男《おとこ》は帰《かえ》っていきました。たとえ、わずかばかりのお金《かね》であっても、空腹《くうふく》をしのぐことができたのであります。  この広《ひろ》い世《よ》の中《なか》に、だれ一人《ひとり》、自分《じぶん》のために思《おも》ってくれるもののないのに、こうして心《こころ》から同情《どうじょう》してもらうということは、頼《たよ》りない男《おとこ》に、どれほど、明《あか》るい気持《きも》ちを与《あた》えたかしれません。男《おとこ》は、毎日《まいにち》、この家《いえ》の窓《まど》の下《した》を通《とお》るときに、この家《いえ》の人々《ひとびと》の身《み》の上《うえ》に幸福《こうふく》あれかしと祈《いの》らないことはなかったのです。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  こうして、長《なが》い月日《つきひ》が過《す》ぎました。ある日《ひ》、男《おとこ》はいつものように村《むら》から、道《みち》を歩《ある》いてきますと、いつになく、その家《いえ》の窓《まど》の雨戸《あまど》が堅《かた》くしまっていました。どうしたことだろうと思《おも》いました。それから、子細《しさい》に周囲《しゅうい》をしらべてみますと、その家《いえ》は、空《あ》き家《や》になっていました。  あのやさしい、しんせつな、女《おんな》の家《いえ》の人《ひと》たちは、どこへか越《こ》していったと思《おも》われました。 「どこへお越《こ》しになったのだろう……。」と、男《おとこ》は思《おも》った。  それから、近所《きんじょ》の人々《ひとびと》に、それとなしに聞《き》いてみると、なんでも遠方《えんぽう》へ越《こ》していかれたようです。相手《あいて》が、きたならしい乞食《こじき》であるので、だれもくわしく、しんせつにものをいって教《おし》えてくれるものがなかったのです。男《おとこ》は、ついに知《し》ることができませんでした。  哀《あわ》れな男《おとこ》は、またまったく世《よ》の中《なか》から、見捨《みす》てられた、さびしい人間《にんげん》となってしまいました。いつまで、同《おな》じところに、さまよっていてもしかたがなかったから、村《むら》から村《むら》へ、町《まち》から町《まち》へあてもなく、さすらいの旅《たび》をすることとなりました。その間《あいだ》に、また、長《なが》い月日《つきひ》は、しぜんにたっていきました。いろいろの土地《とち》を歩《ある》きましたが、乞食《こじき》の男《おとこ》は、ふたたび、あのしんせつな女《おんな》の人《ひと》にめぐりあうことはなかったのです。  男《おとこ》は、どうかして、もう一|度《ど》めぐりあいたいものだと思《おも》いました。しんせつにしてもらった恩《おん》を忘《わす》れなかったのであります。  ある年《とし》のこと、男《おとこ》は、街道《かいどう》を歩《ある》いていました。北《きた》の方《ほう》の国《くに》であって、夏《なつ》のはじめというのに、国境《くにざかい》の山々《やまやま》には、まだ、ところどころ、白《しろ》い雪《ゆき》が消《き》えずに残《のこ》っていたのでした。けれど、野原《のはら》にはいろいろの花《はな》が咲《さ》いて、澄《す》んだ空《そら》の下《した》で、日《ひ》の光《ひかり》にかがやき、また、どこともなく吹《ふ》く風《かぜ》に、さびしそうに揺《ゆ》らいでいました。  男《おとこ》は、そんな景色《けしき》を見《み》ながら歩《ある》いているうちに、死《し》んだ女房《にょうぼう》のことや、子供《こども》のことなどを思《おも》ったのでした。また、自分《じぶん》が子供《こども》の時分《じぶん》、友《とも》だちと竹馬《たけうま》に乗《の》って、駆《か》けっこをしたり、往来《おうらい》の上《うえ》で輪《わ》をまわして、遊《あそ》んだことなどを記憶《きおく》から呼《よ》び起《お》こしたのであります。しかし、それは、遠《とお》い昔《むかし》のことであり、また、自分《じぶん》のうまれた国《くに》は、たいへんにここからは離《はな》れていたのでありました。  ちょうど、このとき、あちらの方《ほう》に汽車《きしゃ》の笛《ふえ》の音《おと》がしたのでした。やがて平原《へいげん》を、こちらに向《む》かって走《はし》ってくる汽車《きしゃ》の小《ちい》さな影《かげ》を認《みと》めたのでした。男《おとこ》は、しばらくなにもかも忘《わす》れて、子供《こども》のようになって、その汽車《きしゃ》を見《み》まもっていました。  静《しず》かな、うららかな天気《てんき》の日《ひ》であったのです。よく子供《こども》の時分《じぶん》に、迷信《めいしん》ともつかず、ただ、魔法《まほう》を使《つか》うのだといって、口《くち》のうちで、おなじことを三べんくりかえしていうと、きっと思《おも》ったとおりになると信《しん》じたことがありましたが、男《おとこ》は、ふと子供《こども》の時分《じぶん》に、やったことを思《おも》い出《だ》して、 「とまれ、とまれ、とまれ!」と、汽車《きしゃ》の走《はし》ってくるのをながめながら、ぜんぜん子供《こども》の気持《きも》ちになって、汽車《きしゃ》に向《む》かっていったのでした。  普通《ふつう》に考《かんが》えてみても、そんなことをいったとて、汽車《きしゃ》がとまる道理《どうり》がありません。けれどこの年《とし》とった男《おとこ》は、いまにもとまりはしないかと空想《くうそう》に描《えが》きながら、汽車《きしゃ》を見《み》つめていました。  汽車《きしゃ》は、だんだん近《ちか》づいてきました。そして、見《み》ていると、その速力《そくりょく》がしだいにゆるくなってきて、彼《かれ》が、あまりのふしぎに、胸《むね》をとどろかしながら見《み》ていると、すぐ前《まえ》にきたときに、まったく汽車《きしゃ》はとまってしまったのでした。  男《おとこ》は、どうしたらいいだろうかとあわてて、すぐにも逃《に》げ出《だ》そうかとしました。汽車《きしゃ》に乗《の》っている人々《ひとびと》は、みんな窓《まど》から顔《かお》を出《だ》して、何事《なにごと》が起《お》こったのだろうかと線路《せんろ》の上《うえ》をながめていました。  運転手《うんてんしゅ》や、車掌《しゃしょう》や、汽車《きしゃ》に乗《の》っている係《かかり》の人々《ひとびと》は、汽車《きしゃ》から降《お》りて、機関車《きかんしゃ》の下《した》あたりをのぞいていました。  機械《きかい》の力《ちから》で動《うご》いている汽車《きしゃ》が、機械《きかい》に故障《こしょう》を生《しょう》じた時分《じぶん》に止《と》まるのは、なんのふしぎもないことでした。ただ、男《おとこ》が、そんなことを口《くち》の中《なか》でいったときに、偶然《ぐうぜん》、機械《きかい》に故障《こしょう》を生《しょう》じたのがふしぎだったのであります。  男《おとこ》は、頭《あたま》を上《あ》げて、汽車《きしゃ》の窓《まど》からのぞいている人々《ひとびと》の顔《かお》をながめていました。 「この人《ひと》たちは、どこまでいくのだろう……。」と、そんなことを思《おも》ったのでした。  そのうちに、男《おとこ》は、はっとして、びっくりしました。金縁《きんぶち》の眼鏡《めがね》をかけて、色《いろ》の白《しろ》い、髪《かみ》のちぢれた女《おんな》の人《ひと》が、やはり、汽車《きしゃ》の窓《まど》から顔《かお》を出《だ》して、のぞいていたからです。その人《ひと》は、数年前《すうねんぜん》に、あの家《いえ》の窓《まど》の下《した》を通《とお》った時分《じぶん》に、しんせつに恵《めぐ》んでくれたその人《ひと》そっくりでありました。  けれど、ただちがっていることは、いま、前《まえ》に見《み》る人《ひと》は若《わか》く、あのときの人《ひと》は、もっと年《とし》をとっていたことです。 「あの女《おんな》の人《ひと》の子供《こども》さんにしては、大《おお》きいし、この人《ひと》は、あの人《ひと》の妹《いもうと》さんであろう……。」と、男《おとこ》は思《おも》いました。  いつか、その女《おんな》の人《ひと》は、自分《じぶん》を見《み》て、遠《とお》くはなれている父親《ちちおや》のことを思《おも》うといったが、これは、またなんという奇妙《きみょう》なことであろうと、男《おとこ》は考《かんが》えたのでした。そして、前《まえ》に汽車《きしゃ》の窓《まど》から、顔《かお》を出《だ》している若《わか》い女《おんな》の人《ひと》を、あの女《おんな》の人《ひと》の妹《いもうと》さんであると心《こころ》に決《き》めてしまいました。  若《わか》い女《おんな》の人《ひと》は、若《わか》いりっぱな服装《ふくそう》をした紳士《しんし》といっしょに乗《の》っていたのでした。  男《おとこ》は、心《こころ》から、その人《ひと》たちの未来《みらい》の幸福《こうふく》を祈《いの》ったのであります。  このとき、汽車《きしゃ》の故障《こしょう》は直《なお》って、汽笛《きてき》を鳴《な》らすと、ふたたびうごき出《だ》しました。  男《おとこ》は、その汽車《きしゃ》のゆくえをさびしそうに見送《みおく》っていましたが、やがてとぼとぼと平野《へいや》を一人《ひとり》であてなく歩《ある》いていったのであります。 [#地付き]――一九二六・五―― 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集1」丸善    1927(昭和2)年1月5日発行 初出:「赤い鳥」    1926(大正15)年7月 ※表題は底本では、「窓《まど》の下《した》を通《とお》った男《おとこ》」となっています。 ※初出時の表題は「窓の下を通つた男」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2020年9月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。