春さきの古物店 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)広《ひろ》やかな |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|軒《けん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き]――一九二五・一二―― -------------------------------------------------------  広《ひろ》やかな通《とお》りには、日《ひ》の光《ひかり》が暖《あたた》かそうにあたっていました。この道《みち》に面《めん》して、両側《りょうがわ》には、いろいろの店《みせ》が並《なら》んでいました。ちょうどその四《よ》つ辻《つじ》のところに、一|軒《けん》の古道具《ふるどうぐ》をあきなっている店《みせ》がありました。そこに、各種《かくしゅ》の道具類《どうぐるい》が置《お》かれてある有《あ》り様《さま》は、さながら、みんなは、いままで働《はたら》いていたけれど、不用《ふよう》になったので、しばらく骨休《ほねやす》みをしているというようなようすでありました。  どんなものが、そこにあったかというのに、まず壁《かべ》ぎわには、張《は》り板《いた》が立《た》てかけられてあり、その下《した》のところに、乳母車《うばぐるま》が置《お》いてあり、その横《よこ》に机《つくえ》があり、その他《た》、火《ひ》ばち・針箱《はりばこ》・瓶《びん》というように、いろいろな道具類《どうぐるい》が並《なら》べられてありました。  しかし、張《は》り板《いた》と乳母車《うばぐるま》と机《つくえ》とが、いちばんたがいに距離《きょり》が近《ちか》かったものだから、話《はなし》もし、また親《した》しくもしていました。彼《かれ》らは、このごろは仕事《しごと》もないし、ただ空想《くうそう》にふけったり、昔《むかし》のことを思《おも》い出《だ》したりしているよりほかはなかったのであります。  そのなかでも乳母車《うばぐるま》は、ちょうど腰《こし》の曲《ま》がったおばあさんのように、愚痴《ぐち》ばかりいっているのでした。 「まだ、あなたは、その年《とし》でもないのに、なぜそう愚痴《ぐち》ばかりおっしゃるのですか。また、これから世《よ》の中《なか》へ出《で》て、どんなおもしろいめをしないともかぎりますまいに……。」と、机《つくえ》はよく、乳母車《うばぐるま》に向《む》かっていったことがあります。  すると、青《あお》いペンキのところどころはげ落《お》ちた乳母車《うばぐるま》は、急《きゅう》に、元気《げんき》づいた調子《ちょうし》になって、 「ほんとうに考《かんが》えればそうなんですよ。けれど、こうして、じっとしていますと、つい気《き》がめいりまして、しかたがないもんですから……。」と、乳母車《うばぐるま》は答《こた》えました。 「ああ、もうじき春《はる》がくるよ。そうすれば、おれたちは、きっとおもしろいことがあるだろう。そう長《なが》いことでもあるまい……。」と、張《は》り板《いた》が、身柄相応《みがらそうおう》な大《おお》きな声《こえ》を出《だ》して、口《くち》をいれました。  今日《きょう》も、乳母車《うばぐるま》は、日《ひ》のあたたかそうにあたって、黄色《きいろ》なほこりが、人間《にんげん》の歩《ある》くげたのさきから、また荷車《にぐるま》のわだちの後《あと》から起《お》こるのを見《み》ていましたが、いつしか、いつものごとく訴《うった》えるような調子《ちょうし》で、 「わたしにも、おもしろいことも、おかしいことも、ありましたっけ。あれはどこだったろう。いい音楽《おんがく》の聞《き》こえてくる坂道《さかみち》を、赤《あか》ん坊《ぼう》をのせて登《のぼ》ると、そこには桜《さくら》の木《き》が幾本《いくほん》もあって、みごとに花《はな》が咲《さ》いていました。吹《ふ》いてくる風《かぜ》は、なんともいえず気持《きも》ちがよかったし、いつまでもその木《き》の下《した》で遊《あそ》んでいました。もう一|度《ど》あんなところへいってみたいと思《おも》います……。」  乳母車《うばぐるま》は、語《かた》るともつかず、ひとりで、こういって、空想《くうそう》にふけっていると、 「乳母車《うばぐるま》さん、あなたが、昔《むかし》のことをなつかしがりなさるのも、無理《むり》はないが、だれにだって、そうした思《おも》い出《で》というようなものはあるものです。しかしそれがどうなるもんでしょうか?」と、机《つくえ》がいいました。  乳母車《うばぐるま》は、机《つくえ》のいったことは、耳《みみ》にはいらず、なにかいっしんに沈《しず》んだ顔《かお》をして考《かんが》えていました。  このとき、突然《とつぜん》にも、壁《かべ》に寄《よ》りかかっている張《は》り板《いた》が口《くち》を開《ひら》いたのです。 「机《つくえ》くん、君《きみ》にも、なにかそんなはなやかな思《おも》い出《で》があるのかね。君《きみ》の姿《すがた》を見《み》たのでは、どんな虐待《ぎゃくたい》を人間《にんげん》から受《う》けてきたかと思《おも》われるくらいだ。僕《ぼく》は、また君《きみ》こそ、過去《かこ》の苦痛《くつう》の連続《れんぞく》であって、こうしてのんきにしていられるのが、どんなに君《きみ》にとって幸福《しあわせ》のことかしれないと思《おも》ったが、やはり、昔《むかし》が恋《こい》しいとみえるのは不思議《ふしぎ》なくらいだが……。」と、張《は》り板《いた》はいったのでした。  机《つくえ》は、感慨深《かんがいぶか》そうな顔《かお》つきをして、張《は》り板《いた》のいうことに耳《みみ》を傾《かたむ》けていました。 「そう思《おも》われるのは、無理《むり》はありません。この体《からだ》をしていては……。」といいました。  なぜなら机《つくえ》の四《よ》つ角《かど》は、小刀《こがたな》かなにかで、不格好《ぶかっこう》に削《けず》り落《お》とされて円《まる》くされ、そして、面《かお》には、縦横《じゅうおう》に傷《きず》がついていたのであります。張《は》り板《いた》がその過去《かこ》に、どんなひどいめにあわされてきたかと疑《うたが》ったことに、すこしのふしぎもなかったからです。しかし、机《つくえ》はそのことについて語《かた》りはじめました。 「もと私《わたし》は、なかなかりっぱな机《つくえ》でした。その時分《じぶん》、お嬢《じょう》さまは、私《わたし》の前《まえ》にすわって、歌《うた》をお作《つく》りなされました。お嬢《じょう》さまは、夏《なつ》の山路《やまじ》という題《だい》について、秋《あき》の野原《のはら》という課題《かだい》について、虫《むし》や、露《つゆ》について、また雨《あめ》にぬれた花《はな》などについて、どんなにかぎりない美《うつく》しい空想《くうそう》を、私《わたし》の前《まえ》で読《よ》み、歌《うた》われたかしれません。そして、あるときは故郷《こきょう》を思《おも》い出《だ》しては、悲《かな》しいやるせない、それは、私《わたし》には、あまり微妙《びみょう》でいいあらわせないような、もっとも尊重《そんちょう》されなければならぬ感情《かんじょう》を、私《わたし》にばかり、惜《お》しげもなく見《み》せられたかしれません……。このことは、あなたたちには、まったく、想像《そうぞう》のつかないことです。」といいました。 「それだのに、なぜ君《きみ》は、そんなかたわ者《もの》にされたんだね。」 「まあ、聞《き》いてください。お嬢《じょう》さまが結婚《けっこん》なされたときに、私《わたし》もいっしょに、お伴《とも》をしてまいりました。どうです、私《わたし》は、それほどのお気《き》にいりであったのでした。そのうちに、坊《ぼっ》ちゃんが生《う》まれました。坊《ぼっ》ちゃんが三つのとき、なにかのはずみにあやまって、私《わたし》の角《かど》で頭《あたま》をお打《う》ちになったのです。すると、気《き》の短《みじか》いご主人《しゅじん》は、なにか私《わたし》が悪《わる》いことでもしたように誤解《ごかい》されて、前後《ぜんご》の考《かんが》えもなく、腹《はら》だちまぎれに、私《わたし》の四《よ》すみの角《かど》をみんな小刀《こがたな》で削《けず》り落《お》としてしまわれました。そのときから、私《わたし》は、こんなかたわ者《もの》になったのです。それからというもの、私《わたし》は、なにかにつけて手荒《てあら》く取《と》り扱《あつか》われましたが、しまいに、大《おお》きくなった坊《ぼっ》ちゃんのために、またこんなに面《かお》にまで傷《きず》をつけられてしまいました。しかし、それまでの、長《なが》い間《あいだ》の栄華《えいが》な生活《せいかつ》を思《おも》い出《だ》せば、私《わたし》は、しあわせのほうで、なにも、うらむことはないのであります。」と、机《つくえ》は答《こた》えました。  張《は》り板《いた》は、なんと思《おも》ったか、あざ笑《わら》いました。 「あなたが、こんなように、角《かど》を削《けず》り落《お》とされずにいたなら、ここへは、まだおいでにならなかったでしょう……。みんな、運命《うんめい》というもんでしょうね。」と、乳母車《うばぐるま》がいいました。 「うらむ、うらまないといって、もう二|度《ど》と君《きみ》は、栄華《えいが》の日《ひ》を見《み》ることはあるまい。」と、張《は》り板《いた》がいいました。 「ほんとうに、あのとき、坊《ぼっ》ちゃんがころんで頭《あたま》を私《わたし》の角《かど》で打《う》ちさえしなければ、こんなことにはならなかったのです。」 「わたしも、やはりそうなんです。引《ひ》っ越《こ》しのときに、私《わたし》の小《ちい》さな体《からだ》では、無理《むり》なほど重《おも》い、大《おお》きなものを積《つ》み重《かさ》ねられましたので、そのとき、体《からだ》の具合《ぐあい》をいけなくしてしまったのです。もうすこし、私《わたし》の身《み》を思《おも》ってくれたらと思《おも》いますが、今《いま》となってはしかたがありません。また、そのうちには、いいこともないとかぎりますまいから……。」と、乳母車《うばぐるま》はいいました。 「そうだ。おまえさんなどは、そうおいぼれたばあさんでもないから、春《はる》になったら、どこへか売《う》れ口《くち》がないものでもない。」と、脊高《せだか》な、口《くち》だけは達者《たっしゃ》であるが、そのわりに能《のう》のなさそうな張《は》り板《いた》はいったのです。 「張《は》り板《いた》さん、あなたはどうなんですか。私《わたし》どもから見《み》れば、あなたは、しごく、のんきなように見《み》えまが、それでも苦労《くろう》はありますかい。」と、机《つくえ》は、張《は》り板《いた》に向《む》かって、たずねました。 「おれには、なに、苦労《くろう》なんかあるものか。おれみたいに、みんながのんきに暮《く》らしていれば、べつに悲観《ひかん》することもないのだ。せま苦《くる》しい家《うち》の中《なか》にいるときはべつだが、いつも天気《てんき》のいい日《ひ》は外《そと》に出《で》て、通《とお》る人間《にんげん》をながめたり、あたりの景色《けしき》をながめているのさ。病気《びょうき》をしてみたいと思《おも》っても病気《びょうき》のしようがないのだ。」 「それで、退屈《たいくつ》はなさいませんか?」と、乳母車《うばぐるま》がやさしい声《こえ》できいたのです。 「元来《がんらい》おれなどは、怠《なま》け者《もの》だから……なにを見《み》てもおもしろいね。とんぼの飛《と》ぶのを見《み》ても、犬《いぬ》がけんかをするのを見《み》ても、子供《こども》が輪《わ》をまわして遊《あそ》ぶのを見《み》ても……。だから、退屈《たいくつ》はしたことがない。」 「そうでございますか。」 「ここで、こうして、おたがいに仲《なか》よくなったのですから、たとえここを出《で》てしまっても、おたがいに幸福《こうふく》に日《ひ》を送《おく》りたいものですね……。」と、机《つくえ》が、いまさら感《かん》じたらしくいいました。 「ほんとうに、そうでございます。いつまたみんなが、一つところに落《お》ち合《あ》うことでございましょう?」 「いや、もうけっして、落《お》ちあうことはありますまい。」  このとき張《は》り板《いた》は、からからと笑《わら》いながら、 「だれに、明日《あす》のことがわかるもんか。しかし、悪《わる》くなったって、よくなりっこはないだろうな。なぜって、こうして、骨休《ほねやす》みをしている楽《らく》にこした、楽《らく》はあるまいからな。机《つくえ》くんなどは、こんど働《はたら》きに出《で》れば、きっと重《おも》いものの台《だい》にでもなるだろう。そうすれば、一生《いっしょう》浮《う》かぶ瀬《せ》がない。乳母車《うばぐるま》さんだって、どうせ楽《らく》な日《ひ》はありっこない。まあ、こうして、一|日《にち》でも長《なが》くいられるにこしたことがない……。」といいました。みんなは、なるほどそうかなと考《かんが》えられたのです。  一|日《じつ》、客《きゃく》がこの店《みせ》にはいってきました。主人《しゅじん》は、なにかその客《きゃく》と話《はなし》をしていました。張《は》り板《いた》・机《つくえ》・乳母車《うばぐるま》は、めいめいに自分《じぶん》が買《か》われてゆくのでないかと、胸《むね》をどきどきさしていました。それは、不安《ふあん》なうちにどこか明《あか》るい希望《きぼう》のあるような感《かん》じでもありました。  そのうちに、主人《しゅじん》は、一|方《ぽう》のすみの方《ほう》から、手《て》を延《の》ばして、あまり大《おお》きくないものをつかみ出《だ》しました。みんなは、それがなんであるかと目《め》を向《む》けますと、鼻《はな》がねずみに食《く》われて欠《か》けていた、古《ふる》いひな人形《にんぎょう》でありました。いつか、みんなは、この人形《にんぎょう》が仲間入《なかまい》りをしたときに、大《おお》いに笑《わら》ったものです。その後《ご》、その存在《そんざい》すら忘《わす》れられていたのでした。客《きゃく》は、どういうつもりか、その人形《にんぎょう》を買《か》ってゆきました。  店《みせ》さきが、ふたたび静《しず》かになったとき、みんなは顔《かお》を見合《みあ》わせて、いまさら運命《うんめい》というものの不可思議《ふかしぎ》を考《かんが》えさせられたのであります。 [#地付き]――一九二五・一二―― 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷発行 初出:「赤い鳥」    1926(大正15)年3月 ※表題は底本では、「春《はる》さきの古物店《こぶつてん》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:雪森 2013年5月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。