人間と湯沸かし 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)日《ひ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|日《にち》 -------------------------------------------------------  ある日《ひ》のこと、女中《じょちゅう》はアルミニウムの湯沸《ゆわ》かしを、お嬢《じょう》さんたちが集《あつ》まって、話《はなし》をしていなされたお座敷《ざしき》へ持《も》ってゆくと、 「まあ、なんだね、お竹《たけ》や、こんな汚《きたな》らしい湯沸《ゆわ》かしなどを持《も》ってきてさ。これは、お勝手《かって》で使《つか》うのじゃなくって?」 と、お家《うち》のお嬢《じょう》さんは、目《め》をまるくしていわれました。  お友《とも》だちの方《かた》も、その方《ほう》を見《み》て、みんなが、たもとを口《くち》もとにあてて笑《わら》われました。なぜなら、その湯沸《ゆわ》かしは、黒《くろ》くすすけて、まるでいたずらっ子《こ》の顔《かお》を見《み》るように、墨《すみ》を塗《ぬ》ったかと思《おも》われたほどだからです。  お竹《たけ》は、気《き》まりわるく、顔《かお》を真《ま》っ赤《か》にして、その湯沸《ゆわ》かしを持《も》って、あちらへはいりました。そして、今度《こんど》座敷用《ざしきよう》の湯沸《ゆわ》かしに、お湯《ゆ》を入《い》れ換《か》えて持《も》ってまいりました。  すすけた湯沸《ゆわ》かしは、お勝手《かって》もとの冷《つめ》たい板《いた》の間《ま》に置《お》かれたときに、お竹《たけ》はその湯沸《ゆわ》かしを見《み》て、かわいそうになりました。なぜなら、一|日《にち》よく働《はたら》いて、自分《じぶん》の身《み》をきれいにする暇《ひま》もなかったからです。それにくらべると、茶《ちゃ》だなの上《うえ》に飾《かざ》られてある銀《ぎん》の湯沸《ゆわ》かしや、たばこ盆《ぼん》や、その他《た》のきれいな道具《どうぐ》たちは、一|日《にち》働《はたら》きもせずに、じっとしていて、それでも、みんなに大事《だいじ》にされていました。そのことを考《かんが》えると、彼女《かのじょ》は、このよく働《はたら》く湯沸《ゆわ》かしが、かわいそうでならなかったのでした。 「ほかの人《ひと》が、おまえをばかにしても、わたしだけはかわいがってあげるわ。ほんとうに、おまえばかりは、毎朝《まいあさ》、わたしといっしょに起《お》きて、いっしょに、よく働《はたら》いてくれるのだもの。こんなにみんなのためにつくしていて、それでばかにされる道理《どうり》はないはずだわ。ほかの道具《とうぐ》たちこそ、怠《なま》けたり、ぼんやりして遊《あそ》んでいたり、平常《へいぜい》はなんの役《やく》にもたたなくていばっているのだから、しゃくにさわってしまう。ほんとうに、おまえの気持《きも》ちのわかるのは、この家《うち》では、わたしばかりかもしれないわ。」 といって、彼女《かのじょ》は、湯沸《ゆわ》かしをなぐさめたのであります。  ものをいわない湯沸《ゆわ》かしは、ガラス窓《まど》から射《さ》し込《こ》むうすい日《ひ》の光《ひかり》に照《て》らされて、鈍色《にぶいろ》に沈《しず》んでいました。じっとしていると、疲《つか》れが出《で》てくるものと思《おも》われました。  お竹《たけ》が、同情《どうじょう》をしたように、このアルミニウムの湯沸《ゆわ》かしは、町《まち》から買《か》われて、この家《うち》にきてから、すでに久《ひさ》しい間《あいだ》働《はたら》いてきました。お竹《たけ》が雇《やと》われてきてから一|年《ねん》あまりになりますが、もっとその以前《いぜん》から、あったものです。あるときは、炭火《すみび》のカンカン起《お》こる上《うえ》にかけられて、煮立《にた》っていました。あるときはガスの火《ひ》が、青白《あおじろ》く燃《も》え上《あ》がるところへ乗《の》せられて、身《からだ》にその炎《ほのお》を浴《あ》びていることもありました。さすがにこのときばかりは、忍耐強《にんたいづよ》い湯沸《ゆわ》かしも苦《くる》しいとみえて、うん、うん、うなり声《ごえ》をたてていたのであります。そればかりではありません。お嬢《じょう》さんや、坊《ぼっ》ちゃんたちは、すこしもこの湯沸《ゆわ》かしにたいして、同情《どうじょう》はありませんでした。犬《いぬ》や、ねこや、まりや、ハーモニカのようなものにたいしては、やさしい、しんせつなお子供《こども》さんたちでありましたが、どういうものか、この湯沸《ゆわ》かしをかわいそうだとも、気《き》の毒《どく》だとも思《おも》われなかったのでした。しかし、そんなにされても湯沸《ゆわ》かしは、べつに不平《ふへい》をもらしたことはありません。それどころでなく、 「シン、シン、シン、シャン、シャン、シャン……。」と、おもしろそうに、またのんきそうに、火《ひ》にかけられながら歌《うた》などを唄《うた》っていることもありました。  たとえ、どんなに体《からだ》がじょうぶで、そのうえ忍耐強《にんたいづよ》く、また、のんきな性質《せいしつ》であっても、運命《うんめい》には敵《てき》することはできません。不幸《ふこう》な湯沸《ゆわ》かしは、あまり体《からだ》を乱暴《らんぼう》に取《と》り扱《あつか》われすぎたせいもあって、ついに底《そこ》の方《ほう》に、小《ちい》さな穴《あな》があいたのでありました。  ある日《ひ》のこと、火《ひ》の上《うえ》にかかっていると、火《ひ》から、湯沸《ゆわ》かしは苦情《くじょう》を申《もう》されました。 「湯沸《ゆわ》かしさん、そう私《わたし》の頭《あたま》から水《みず》をかけては困《こま》るじゃありませんか。せっかく、私《わたし》たちは、これから楽《たの》しく燃《も》え上《あ》がろうとしているのに……。」 と、火《ひ》がいいました。 「いや、それは、私《わたし》のせいではありません。もとをただせば、あなたたちが、あまりはげしく私《わたし》の体《からだ》を苦《くる》しめたせいです。」 と、湯沸《ゆわ》かしは、答《こた》えました。 「そんないいがかりをするものでありません。いつ私《わたし》たちは、あなたを苦《くる》しめましたか?」 と、火《ひ》は赤《あか》くなって、怒《おこ》り出《だ》した。この争《あらそ》いの最中《さいちゅう》、ふと気《き》づいたのは女中《じょちゅう》のお竹《たけ》でありました。 「あ、とうとう湯沸《ゆわ》かしがもるようになってしまった。」 といって、火《ひ》の上《うえ》から離《はな》すと、穴《あな》のあいたところを指《ゆび》で押《お》さえてながめていました。  それから彼女《かのじょ》は、それを持《も》って、主人《しゅじん》たちのいる方《ほう》へやってきました。 「奥《おく》さま、湯沸《ゆわ》かしがもりますが、どういたしましょう。」 と、申《もう》しました。 「あまり、おまえが、手荒《てあら》く使《つか》うからだよ。」 と、奥《おく》さまはいわれた。お竹《たけ》は、悲《かな》しくなりました。すると、だんなさまが、そばから、「もう長《なが》く使《つか》ったから、底《そこ》がうすくなったにちがいない。直《なお》しにやってもだめだろうから、新《あたら》しく買《か》ったがいい。それは捨《す》てておしまい。」 といわれました。  お竹《たけ》は、湯沸《ゆわ》かしを持《も》って、勝手《かって》もとへもどりました。だんなさまのいわれたように、いよいよこの湯沸《ゆわ》かしを捨《す》てなければならぬのかと思《おも》った。  彼女《かのじょ》は、これまで、どれほど、この湯沸《ゆわ》かしが役《やく》にたったかを考《かんが》えました。また、自分《じぶん》がこの湯沸《ゆわ》かしの熱《あつ》くしてくれた湯《ゆ》で、痛《いた》むほど冷《つめ》たい手《て》をあたためたことなどを思《おも》い出《だ》しました。 「いろいろ、この湯沸《ゆわ》かしの世話《せわ》になったわ。」 と、彼女《かのじょ》は、ひとり言《ごと》をしながら、じっと、もはや傷《きず》ついて役《やく》にたたなくなった湯沸《ゆわ》かしをながめていたのであります。  その日《ひ》の晩方《ばんがた》、奥《おく》さまは、町《まち》から、新《あたら》しいぴかぴかした湯沸《ゆわ》かしを買《か》ってこられました。 「お竹《たけ》や、大事《だいじ》におつかいなさい。」 といわれて、手《て》に渡《わた》されました。  お竹《たけ》は、穴《あな》のあいた、黒《くろ》くすすけた湯沸《ゆわ》かしを見《み》て、かつて、これもこんなに、新《あたら》しくてぴかぴか光《ひか》っているときが、あったのだろうと考《かんが》えたのでした。 「お竹《たけ》や、古《ふる》い湯沸《ゆわ》かしは、もう役《やく》にたたないのだから、捨《す》てておしまいなさい。」 と、あくる日《ひ》奥《おく》さまに注意《ちゅうい》されたので、いよいよ、もう、この湯沸《ゆわ》かしともお別《わか》れだと思《おも》って、それを持《も》って、ごみ箱《ばこ》のところへまいりました。  ちょうどそのとき、一人《ひとり》のみすぼらしいおじいさんがかごをかついで、 「くずーい、くずーい。」 といって、門《もん》からはいってきました。そして、いま女中《じょちゅう》さんが、アルミニウムの湯沸《ゆわ》かしをごみ箱《ばこ》へ捨《す》てようとしているのを見《み》つけて、 「ねえさん、それをお捨《す》てになるのですか? もったいない。もしお捨《す》てになさるなら、わしにください。穴《あな》があいていましたら直《なお》して、家《うち》で使《つか》います。磨《みが》けばりっぱになりますから……。」といいました。  お竹《たけ》は、にっこりと笑《わら》って、くず屋《や》のおじいさんの顔《かお》を見《み》ました。すると、おじいさんは、 「私《わたし》は、けっして、売《う》りはいたしません。自分《じぶん》の家《うち》で大事《だいじ》にして使《つか》いたいのです。そしてこの湯沸《ゆわ》かしがある間《あいだ》、ねえさんからおもらいしたことを思《おも》い出《だ》します。」 と、つづけていいました。  お竹《たけ》は、快《こころよ》く、それをおじいさんにやりました。おじいさんは、たいそう喜《よろこ》んで、湯沸《ゆわ》かしをもらって、しわの寄《よ》った指《ゆび》でそれをなでながら出《で》てゆきました。彼女《かのじょ》は後《うし》ろ姿《すがた》を見送《みおく》りながら、どことなく、正直《しょうじき》そうなおじいさんだと思《おも》いました。もしおじいさんが、あの湯沸《ゆわ》かしを直《なお》して使《つか》ってくれたら、湯沸《ゆわ》かしは幸福《こうふく》だと思《おも》いました。また、まんいち、あれを、おじいさんが他人《ひと》に売《う》ったにしても、湯沸《ゆわ》かしは、ごみための中《なか》に転《ころ》がっているよりか、どれほどしあわせであるかしれないと考《かんが》えました。  ほんとうに、おじいさんにもらわれていった湯沸《ゆわ》かしは、この後《のち》、どんな生活《せいかつ》を送《おく》るでありましょう。 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集3」丸善    1928(昭和3)年7月6日発行 初出:「婦人倶楽部」    1927(昭和2)年4月号 ※表題は底本では、「人間《にんげん》と湯沸《ゆわ》かし」となっています。 ※初出時の表題は「人間と湯沸」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2020年8月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。