なつかしまれた人 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)町《まち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|台《だい》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き] -------------------------------------------------------  町《まち》の運輸会社《うんゆがいしゃ》には、たくさんの人《ひと》たちが働《はたら》いていました。その中《なか》に、勘太《かんた》というおじいさんがありました。まことに、人《ひと》のいいおじいさんであって、だれに対《たい》してもしんせつであったのであります。  若《わか》いものたちがいい争《あらそ》ったりしたときは、いつもおじいさんが中《なか》にはいって仲裁《ちゅうさい》をしました。 「まあ、すこしのことでそんなに怒《おこ》るものでない。ここに働《はたら》いているものは、いわば兄弟《きょうだい》も同《おな》じことだ。たがいに力《ちから》になり、助《たす》け合《あ》うのがほんとうだのに、争《あらそ》うということはない。すこしくらい腹《はら》がたつことがあっても忘《わす》れて、仲《なか》よくしなければならない。」といいました。  おじいさんに、やさしくいわれると、だれでもなるほどと思《おも》わずにはいられませんでした。そして、自分《じぶん》たちのしたことがまちがっていたと気《き》づくのでありました。  おじいさんは、また仲間《なかま》が、病気《びょうき》にでもかかると、しんせつにしてやりました。自分《じぶん》の家《うち》を離《はな》れて、他人《たにん》の中《なか》で病気《びょうき》にかかっては、どんなに心細《こころぼそ》いことだろう、そう思《おも》って、できるだけしんせつにしてやったのであります。  こうした、おじいさんのしんせつは、みんなに感《かん》じられたので、いつか自分《じぶん》の親《おや》のように思《おも》ったものもあれば、またいちばん親《した》しい人《ひと》のごとく考《かんが》えたものもあったのでした。 「おじいさんの生《う》まれた国《くに》は、どこですか。」といって、聞《き》いたものがあります。けれど、おじいさんは、答《こた》えずに、ただ遠《とお》い国《くに》だとばかりいっていました。  また、おじいさんには子供《こども》や、身頼《みよ》りのものがいるかしらんと、そのことを聞《き》いたものもあります。すると、おじいさんは、さびしく笑《わら》いながら、 「やはり、おまえさんくらいな、いいせがれがあるが……。」と、答《こた》えたのでした。  そんないいせがれがあるのに、どうして、こんないいおじいさんが旅《たび》へ出《で》ているのだろう、なぜ親《おや》と子《こ》がいっしょに暮《く》らすことができないのか……。おじいさんは、この年《とし》になって、自分《じぶん》の故郷《こきょう》を離《はな》れていたら、さびしかろうと思《おも》ったものもありました。 「おじいさんは、なぜこうして旅《たび》へなど出《で》ているんですか。」と、若者《わかもの》の中《なか》の、一人《ひとり》は、その理由《りゆう》を知《し》りたいと思《おも》って問《と》いました。  おじいさんは、自分《じぶん》の身《み》の上《うえ》のことについては、なにを聞《き》かれても、ただ笑顔《えがお》を見《み》せて、あまり語《かた》らなかったのであるが、 「自分《じぶん》の手足《てあし》がきいて、働《はたら》かれる間《あいだ》は、だれの世話《せわ》にもなりたくないと思《おも》ってな……。子供《こども》たちのそばにいて働《はたら》いたのでは、子供《こども》たちが、心配《しんぱい》すると思《おも》って、それで旅《たび》へ出《で》てきたのだ。」と、いったのでありました。  みんなは、はじめておじいさんの心持《こころも》ちがわかったような気《き》がしました。子供《こども》たちに対《たい》しても、そうしたやさしい心《こころ》をもつのであるから、自分《じぶん》たちに対《たい》しても、やはりこうしてやさしいのであろうと思《おも》いました。 「じゃ、おじいさんは、いつかまた国《くに》へ帰《かえ》んなさるときがあるんですね。」 「それはあるにはあるが、そうすると、こうして仲《なか》よくしているみんなに別《わか》れなければならぬ。考《かんが》えると、そのことがつらいのじゃ。」と、おじいさんは、長《なが》い間《あいだ》、苦辛《くしん》をしてきた、日《ひ》にやけて、しわの寄《よ》った顔《かお》をしゃくるようにして、小《ちい》さな目《め》をしばたたいたのです。破《やぶ》れた鳥打帽子《とりうちぼうし》の下《した》から見《み》える髪《かみ》は、もう灰色《はいいろ》になっていました。  この言葉《ことば》をきくと、若《わか》いものたちも、ほっと歎息《たんそく》をつきました。 「俺《おれ》は、自分《じぶん》の父親《ちちおや》のように思《おも》っているのだが、おじいさんと別《わか》れるのはつらいな。」と、いったものがあります。 「ほんとうにそうだ。まあ、おじいさん、いつまでも俺《おれ》たちといっしょにいてください。」と、いったものもありました。  こうして、勘太《かんた》じいさんは、この会社《かいしゃ》に働《はたら》いている若《わか》い人《ひと》たちから、愛《あい》されていました。  おじいさんは、よく働《はたら》きました。みんなの間《あいだ》にまじって、いっしょになって重《おも》い荷《に》も運《はこ》べば、またかついだりしました。たとえ、年《とし》をとっていても、仕事《しごと》のうえで、若《わか》いものに負《ま》けることはなかったが、若《わか》いものは、なるたけ、この年《とし》をとった、しんせつなおじいさんをいつもいたわっていたのであります。  こうして、働《はたら》く人々《ひとびと》の社会《しゃかい》には、美《うつく》しい人情《にんじょう》の流《なが》れる、明《あか》るいところがありました。そして、またこうしてしんせつなおじいさんが、だれか一人《ひとり》、若《わか》いものの中《なか》にいなければならなかったのは、ちょうど、人間《にんげん》の社会《しゃかい》ばかりでなく、他《た》の獣物《けもの》の集《あつ》まりの中《なか》でも、経験《けいけん》に富《と》んだ、年寄《としよ》りがいて、野原《のはら》から、野原《のはら》へ、山《やま》から、山《やま》へ旅《たび》するときには、その年《とし》とったのが道案内《みちあんない》となって、みんなが、あとからついてゆくのと同《おな》じでありました。  勘太《かんた》じいさんは、毎日《まいにち》、みんなといっしょに働《はたら》いていました。しかし、ついに、みんなから別《わか》れていかなければならぬときがきました。しかも、それは不意《ふい》であったのです。  おじいさんの息子《むすこ》が、田舎《いなか》で成功《せいこう》をして、はるばるおじいさんを迎《むか》えにきたのでありました。 「おじいさん、長《なが》い間《あいだ》、苦労《くろう》をさせまして申《もう》しわけがありません。私《わたし》は、このほど、ようやく仕事《しごと》のほうが都合《つごう》よくいくようになりましたから、もうこの後《のち》おじいさんに苦労《くろう》をかけることもないと思《おも》って、迎《むか》えにまいりました。弟《おとうと》や、妹《いもうと》たちは、はやくおじいさんの顔《かお》を見《み》たいと待《ま》っていますから、どうかすぐに私《わたし》といっしょに帰《かえ》ってください。」といいました。  おじいさんは、息子《むすこ》の成功《せいこう》をしたというのを聞《き》いて、どんなに喜《よろこ》ばしく思《おも》ったかしれません。どんなに、久《ひさ》しぶりで、子供《こども》や、孫《まご》たちにあわれるのをうれしく思《おも》ったかしれません。けれど会社《かいしゃ》にいるみんなから、しんせつにされているのを、別《わか》れて帰《かえ》らなければならぬかと思《おも》うと、またかぎりなく悲《かな》しかったのであります。 「それは、まあなによりうれしいことだ。」と、口《くち》には、いいながら、おじいさんは、自分《じぶん》の着《き》ている半纒《はんてん》や、汚《よご》れて土《つち》などのついている股引《ももひ》きを見《み》ながら、すぐに帰《かえ》ろうとはいわずにちゅうちょしていました。  息子《むすこ》はもどかしがって、 「おじいさん、さあ早《はや》く帰《かえ》りましょう。会社《かいしゃ》の汽車《きしゃ》にまにあわせたいものです。なにを考《かんが》えていなさるのですか。こんなに汚《よご》れた半纒《はんてん》や、破《やぶ》れた帽子《ぼうし》や、土《つち》のついた股引《ももひ》きなどは、もう用《よう》がないのですからお脱《ぬ》ぎなさい。そして、私《わたし》がここに持《も》ってきた、新《あたら》しい着物《きもの》にきかえて、早《はや》くここを出《で》かけましょう……。」といいました。  おじいさんは、長《なが》い間《あいだ》、自分《じぶん》の身《み》につけていた仕事着《しごとぎ》を未練《みれん》惜《お》しそうに脱《ぬ》ぎながら、 「せっかくそういって、迎《むか》えにきてくれたのだから、どうしても帰《かえ》らなければなるまい。俺《おれ》はまだ、もうすこしくらいはここにいて、働《はたら》いていたいのだけれど……。」と、独《ひと》り言《ごと》のようにもらしていました。  おじいさんは、新《あたら》しい着物《きもの》にきかえて、自分《じぶん》のいままで身《み》につけていた半纒《はんてん》や、股引《ももひ》きや、破《やぶ》れた帽子《ぼうし》をひとまとめにして、そばにあった、貨物自動車《かもつじどうしゃ》の荷《に》の上《うえ》に乗《の》せておきました。 「さあ、おじいさん、仕度《したく》がすんだら、すぐに出《で》かけましょう。」と、息子《むすこ》はいいました。  おじいさんは、そこに居合《いあ》わせた、仲間《なかま》に別《わか》れを告《つ》げました。すると、その人《ひと》たちは、 「おじいさん、あんまり急《きゅう》じゃないか。名残惜《なごりお》しいな。しかし、めでたいことで、なによりけっこうだ。無事《ぶじ》に暮《く》らさっしゃい。」といいました。 「さよなら。」 「達者《たっしゃ》で暮《く》らさっしゃい。」  仲間《なかま》は、口々《くちぐち》にいって、おじいさんの出《で》てゆく姿《すがた》を名残惜《なごりお》しそうに見送《みおく》っていました。それから、みんなは、また、自分《じぶん》たちの仕事《しごと》にとりかかって忙《いそが》しそうに働《はたら》いていました。  このとき、一|台《だい》の貨物自動車《かもつじどうしゃ》が、会社《かいしゃ》の門《もん》から出《で》て、町《まち》を過《す》ぎ、ある田舎道《いなかみち》にさしかかったのであります。車《くるま》の上《うえ》には、世帯道具《しょたいどうぐ》がうずたかく積《つ》まれていました。  もう、やがて春《はる》になろうとしていたが、まだ寒《さむ》い風《かぜ》が、野《の》や、林《はやし》を吹《ふ》いていました。雲切《くもぎ》れのした、でこぼこのある田舎道《いなかみち》を貨物自動車《かもつじどうしゃ》は、ちょうど酔《よ》っぱらいの人《ひと》の足《あし》どりのように、躍《おど》りながら、ガタビシといわせて走《はし》っていたのでした。たぶん、ある家《うち》の引《ひ》っ越《こ》しででもあるとみえます。車台《しゃだい》の上《うえ》では、机《つくえ》が、いまにも道端《みちばた》へ飛《と》び出《だ》しそうになるかと思《おも》うと、箱《はこ》が、いまにも転《ころ》げて落《お》ちはしないかと見《み》られましたが、それでも、それらは、車《くるま》にしがみついて乗《の》せられたまま走《はし》っていました。ちょうど、そのとき、なにかしらない別《べつ》のものが、道《みち》の上《うえ》に落《お》ちたのです。自動車《じどうしゃ》は、そんなことには気《き》づかず、そのまま走《はし》り過《す》ぎてしまいました。そして、さびしい道《みち》には、だれも見《み》ているものはありませんでした。  車《くるま》の上《うえ》から、落《お》ちたものは、勘太《かんた》じいさんの会社《かいしゃ》を出《で》るときまで身《み》につけていた、半纒《はんてん》と股引《ももひ》きと帽子《ぼうし》でありました。おじいさんが、ひとまとめにして、荷《に》の上《うえ》に乗《の》せておいたのが、そのまま走《はし》り出《だ》して、ついに振《ふ》り落《お》とされたのであります。  日暮《ひぐ》れ方《がた》を告《つ》げるからすが、あちらの林《はやし》の方《ほう》で鳴《な》いていました。  町《まち》の会社《かいしゃ》では、その後《のち》、みんなが思《おも》い出《だ》しては、勘太《かんた》じいさんは、どうしたであろうとうわさしましたけれど、おじいさんからは、そののち、なんのたよりもなかったのです。そして、みんなからも、だんだん忘《わす》れられていこうとしました。  かれこれ一|年《ねん》ばかりもたってからのことです。会社《かいしゃ》で働《はたら》いている一人《ひとり》の若者《わかもの》が、ある日《ひ》、町《まち》から五|里《り》ばかり、東《ひがし》の方《ほう》へ離《はな》れている街道《かいどう》を貨物自動車《かもつじどうしゃ》で通《とお》ってくると、勘太《かんた》じいさんが、ここに働《はたら》いていた時分《じぶん》のようすそっくりで、とぼとぼと街道《かいどう》を歩《ある》いているのを見《み》たといいました。  おじいさんを知《し》っている人々《ひとびと》は、この話《はなし》をきくと目《め》をみはりました。 「それは、人違《ひとちが》いだろう……。おじいさんは、息子《むすこ》が迎《むか》えにきて、新《あたら》しい着物《きもの》にきかえて帰《かえ》ったのだから、また昔《むかし》のようすにかえるというはずがない。」と、あるものはいいました。 「いいや、勘太《かんた》じいさんに相違《そうい》ない。俺《おれ》は、よほど、自動車《じどうしゃ》を停《と》めて、声《こえ》をかけようと思《おも》ったが、急《いそ》いでいたものだから、つい残念《ざんねん》なことをしてしまった。」 「おじいさんを見《み》て、自動車《じどうしゃ》を停《と》めないということがあるものか?」 「しかし、おじいさんなら、困《こま》れば、またここへやってくるにちがいない。」 「いや、ああしていったん帰《かえ》ったのだから、きまりわるがっているのかもしれない。人間《にんげん》の運命《うんめい》というものは、いつまたどんな境遇《きょうぐう》にならないともかぎらないからな。」 「俺《おれ》、こんど見《み》つけたら、無理《むり》にも自動車《じどうしゃ》に乗《の》せてつれてこよう……。」と、若者《わかもの》はいったのでありました。  ある日《ひ》のこと、おじいさんを見《み》たという若者《わかもの》は、また自動車《じどうしゃ》に乗《の》って、その街道《かいどう》を走《はし》っていたのであります。 「いつか、この街道《かいどう》で、おじいさんを見《み》たのだが、見《み》つかってくれればいいがな。今日《きょう》ばかりは、おじいさんをつかまえてやろう。そこで、場合《ばあい》によったら、自動車《じどうしゃ》に乗《の》せてつれてゆこう……。」と、前方《ぜんぽう》をながめながら思《おも》っていました。  あちらに、森《もり》があって、その下《した》に人家《じんか》の見《み》えるところへ近《ちか》づいたときに、若者《わかもの》は、行《ゆ》く手《て》に勘太《かんた》じいさんが、あの破《やぶ》れた帽子《ぼうし》をかぶり、見覚《みおぼ》えのある半纒《はんてん》を着《き》て、股引《ももひ》きをはいて、その時分《じぶん》よりはずっと元気《げんき》がなく、とぼとぼと歩《ある》いている後《うし》ろ姿《すがた》を見《み》たのであります。 「おお、おじいさんがゆく……。」といって、若者《わかもの》は、それに追《お》いつくと自動車《じどうしゃ》を止《と》めました。 「勘太《かんた》おじいさんじゃないか?」と、若者《わかもの》は、わめきました。  おじいさんはたちどまりました。そして、うしろを振《ふ》り向《む》きました。 「勘太《かんた》おじいさんじゃないか……。」 「ああそうだ。」と答《こた》えました。 「おじいさんか……。」といって、若者《わかもの》は、顔《かお》をのぞくと、いつのまにかひどくおいぼれて、両方《りょうほう》の目《め》が腐《くさ》っていました。 「おまえは、どうして、そんなにおちぶれたい……。」といって、若者《わかもの》はため息《いき》をついたのです。 「いろいろ不幸《ふこう》がつづいてな。」 「息子《むすこ》さんは、どうしたい。」 「死《し》んでしまった。」 「それは! おまえも不運《ふうん》なことだのう……。なぜ、また早《はや》く、町《まち》へ出《で》てこなかったのだ。」 「町《まち》へ……。」 「これからゆくか? もう、おまえに、そんな元気《げんき》がないか?」 「ああ、ゆく。」――若者《わかもの》は、あまりに変《か》わりかたがひどいので、どうしようかと思《おも》いましたが、みんなにつれていって、おじいさんを見《み》せてやりたいような気《き》もしました。  このとき、あちらから、若《わか》い女《おんな》と、子供《こども》らがこちらへ駈《か》けてきました。 「おらのおじいさんを、どこへつれていかっしゃるつもりだ。」と、女《おんな》は大《おお》きな声《こえ》でいいました。  若者《わかもの》は、びっくりしました。 「町《まち》へ……。」 「町《まち》へ、なにしにさ。だれがたのんだい。」 「俺《おれ》は、勘太《かんた》じいさんと、町《まち》でいっしょに働《はたら》いたものだ。」  女《おんな》は、あきれたような顔《かお》つきをして、 「勘太《かんた》じいさんなんて知《し》らない。うちのおじいさんは、もうろくしているで、働《はたら》けやしない。」 「じゃ、人違《ひとちが》いか……。この着物《きもの》はどうしたのだ。」と、若者《わかもの》はききました。  この貧乏《びんぼう》な、もうろくをしたおじいさんは、どこからか、捨《す》ててあったのを拾《ひろ》ってきて、それを着《き》ていたということがわかったのです。若者《わかもの》は、このおいぼれたじいさんが、勘太《かんた》じいさんでなかったのをしあわせと思《おも》いましたが、またべつな痛《いた》ましい感《かん》じがして、そこを立《た》ち去《さ》りました。なにも知《し》らぬ子供《こども》らはめずらしそうに、あちらを向《む》いて、自動車《じどうしゃ》の遠《とお》ざかりゆく影《かげ》を無心《むしん》にながめていたのであります。 [#地付き]――一九二六・一―― 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集2」丸善    1927(昭和2)年9月20日発行 初出:「童話」    1926(大正15)年3月 ※表題は底本では、「なつかしまれた人《ひと》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2020年5月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。