おばあさんと黒ねこ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)薬《くすり》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|匹《ぴき》 -------------------------------------------------------  いまでは、いい薬《くすり》がたくさんにありますけれど、まだ世間《せけん》が開《ひら》けなかった、昔《むかし》は、家伝薬《かでんぐすり》などを用《もち》いて病気《びょうき》をなおしたものであります。  この話《はなし》も、その時分《じぶん》のことで、雪《ゆき》の降《ふ》る北《きた》の国《くに》にあったことでした。  おじいさんは、働《はたら》いて、たくさんのお金《かね》をおばあさんに残《のこ》して、先《さき》へこの世《よ》の中《なか》から去《さ》ってしまった。後《あと》に残《のこ》されたおばあさんは、独《ひと》りさびしく暮《く》らしてゆかなければなりませんでした。  おじいさんとおばあさんの間《あいだ》には、ただ一人《ひとり》の子供《こども》もなかったのです。おばあさんは、おじいさんの残《のこ》していってくれた、たくさんのお金《かね》がありましたから、なに不自由《ふじゆう》なく暮《く》らしていくことができました。  しかし、おばあさんもまたしあわせな人《ひと》ではありませんでした。ふと目《め》を患《わずら》って、それがだんだん悪《わる》くなって、ついに両方《りょうほう》の目《め》とも見《み》えなくなってしまったのです。  おばあさんの家《うち》に、一|匹《ぴき》の黒《くろ》ねこが飼《か》われていました。このねこは、おばあさんが病気《びょうき》にならない時分《じぶん》に、ある日《ひ》のこと、犬《いぬ》に追《お》われて裏《うら》の高《たか》いすぎの木《き》に逃《に》げてきて上《あ》がったのでした。 「あのねこを殺《ころ》してしまえ。」と、村《むら》の子供《こども》たちは、犬《いぬ》にけしをかけて木《き》の下《した》にやってきました。そしてねこを目《め》がけて石《いし》を投《な》げつけたり、棒《ぼう》を持《も》ってきて突《つ》き落《お》とそうとしたりしたのでありました。  黒《くろ》ねこは、いっしょうけんめいに、すぎの木《き》の枝《えだ》にしがみついていました。小石《こいし》は、四|方《ほう》から飛《と》んできて、体《からだ》のまわりをうなって飛《と》んでゆきました。それが一つ当《あ》たろうものなら、いくらねこは、しっかりしがみついていても、目《め》がくらんで落《お》ちずにいられませんでした。ねこはそれを思《おも》うと、ぶるぶる震《ふる》えていたのです。 「もっと長《なが》いさおを持《も》ってこいやい。」と、子供《こども》たちは叫《さけ》んでいました。  このとき、おばあさんは、家《いえ》の内《うち》で仕事《しごと》をしていましたが、あまり犬《いぬ》が吠《ほ》えますので、何事《なにごと》が起《お》こったのであろうと裏《うら》へ出《で》てみました。  すると村《むら》の子供《こども》らがおおぜい寄《よ》り集《あつ》まってきて、すぎの木《き》に逃《に》げて上《あ》がった、ねこを突《つ》き落《お》として、犬《いぬ》に殺《ころ》させようとしていたのであります。おばあさんは、悪《わる》いことをする子供《こども》らだと思《おも》いました。 「ああ、みんないい子《こ》だから、そんなことをするものでない。」と、おばあさんはいいました。  子供《こども》らは、おばあさんのいうことなどを耳《みみ》にいれません。 「あのねこは、鶏《にわとり》のひなを取《と》った悪《わる》いねこだもの、殺《ころ》したってかまいはしない。」 「あのねこは、宿《やど》なしなんだから、だれもしかりゃしないんだ。」  子供《こども》たちは、かってな理屈《りくつ》をつけて、さおにさおを継《つ》ぎ足《た》して、どうかして高《たか》い木《き》の枝《えだ》までとどくようにしたいと苦心《くしん》していました。  犬《いぬ》は、上《うえ》を仰《あお》いで、おおぜいの子供《こども》たちの加勢《かせい》があるので、ますます猛《たけ》り吠《ほ》えていたのです。  おばあさんはこの有《あ》り様《さま》を見《み》ると、木《き》の上《うえ》にしがみついているねこがかわいそうでなりませんでした。 「そのねこは、家《うち》がないなら私《わたし》におくれ、飼《か》ってやりましょう。そのかわり、そこにいるみんなにお銭《あし》をあげるから……。」と、おばあさんはいいました。  子供《こども》たちは、お銭《あし》をくれるといわれたので、たちまちおとなしくなってしまいました。おばあさんはみんなにお銭《あし》を分《わ》けてやりました。子供《こども》たちは、犬《いぬ》をつれてどこへとなく去《さ》ってしまったのです。ねこは、ようやくにして危《あや》うい命《いのち》をおばあさんに助《たす》けられました。おばあさんは、ねこの好《す》きそうな魚《さかな》をさらにいれて裏口《うらぐち》に置《お》いてやりました。日暮《ひぐ》れ方《がた》になると、ねこは、まったくだれもあたりにいないのを見《み》すまして木《き》から降《お》りてきました。こうして、この黒《くろ》ねこは、その日《ひ》からおばあさんの家《うち》に養《やしな》われたのでした。  ある日《ひ》、おばあさんは、ねこに向《む》かって、 「私《わたし》は、このように目《め》が見《み》えなくなってしまった。おまえは、これから、私《わたし》の力《ちから》になってくれなければいけぬ。」といわれました。  この村《むら》の人《ひと》たちは、おばあさんが金持《かねも》ちだということを知《し》っていました。そこで、村《むら》は小《ちい》さくて、いたって戸数《こすう》は少《すく》なかったけれど、おばあさんの家《うち》を除《のぞ》いては、いずれも貧乏《びんぼう》でありました。  中《なか》には、困《こま》ると、おばあさんのところへお金《かね》を借《か》りにやってきました。おばあさんは、いい人《ひと》でありましたから、いやだとはいえませんでした。それに、自分《じぶん》は一人《ひとり》でいるし、また村《むら》の人《ひと》たちの世話《せわ》にならないともかぎらないからと思《おも》って、お金《かね》を貸《か》してやりました。 「おばあさんから借《か》りたのだから、早《はや》く持《も》っていって返《かえ》さなければならない。」といって、正直《しょうじき》な人《ひと》は、金《かね》ができると返《かえ》しにゆきました。しかし、よくない人間《にんげん》もあって、 「どうせおばあさんは盲人《めくら》だ。それに金《かね》を持《も》っているのだから、すぐに返《かえ》すことはない。」 といって、約束《やくそく》の日《ひ》がきても返《かえ》さないものもありました。  黒《くろ》いねこは、よく人間《にんげん》を見分《みわ》けたのでした。 「おばあさん、困《こま》っていますから、お金《かね》を貸《か》してください。」と、村《むら》の人《ひと》がいってきても、ほんとうに困《こま》っていて、また約束《やくそく》を違《ちが》えずに返《かえ》す人《ひと》なら、ねこは、おばあさんのひざの上《うえ》に乗《の》って、のどをゴロゴロ鳴《な》らしていましたけれど、きた人《ひと》がおばあさんをだまして、金《かね》を取《と》る考《かんが》えであると、ねこは、その人《ひと》の腹《はら》の中《なか》を見破《みやぶ》りました。 「おばあさん、この人《ひと》に、金《かね》を貸《か》してやるのは、およしなさい。」といわぬばかりにみえました。  おばあさんは、ねこがそういって鳴《な》いたときは、金《かね》を貸《か》してやるのを見合《みあ》わせました。いつしかおばあさんの家《うち》の黒《くろ》ねこは、人間《にんげん》よりりこうだという評判《ひょうばん》がたちました。なかにも正直者《しょうじきもの》の人々《ひとびと》は、黒《くろ》ねこをほめましたけれど、腹《はら》のよくない、おばあさんをだまそうと思《おも》っているようなものは、黒《くろ》ねこを悪《わる》くいって、あんなのを生《い》かしておいては、末《すえ》になって、怖《おそ》ろしいなどといいふらしたのであります。  また、あるときは、黒《くろ》ねこのことを、 「あのねこは化《ば》けますよ。ひとりで障子《しょうじ》を開《あ》けたり、閉《し》めたりします。また、おばあさんが、目《め》が見《み》えないと思《おも》って、手《て》ぬぐいをかぶって、踊《おど》ったりするのです。」といって、どうかして、黒《くろ》ねこを退治《たいじ》してしまおうとしました。しかし、なかには、黒《くろ》ねこをかばうものもあり、また黒《くろ》ねこがりこうで、容易《ようい》に、その人《ひと》たちの手《て》にかからなかったのです。  おばあさんには、べつに身内《みうち》のものというほどのものもなかった。病気《びょうき》になると村《むら》の人《ひと》たちが、しんせつに世話《せわ》をしてやりました。おばあさんはいい年《とし》でもありましたから、病気《びょうき》にかかるとほどなくこの世《よ》から去《さ》ってしまいました。  村《むら》の人《ひと》たちは、おばあさんに世話《せわ》になったものが多《おお》かったから、その人《ひと》たちの手《て》で葬式《そうしき》はすまされたのです。 「さあ、葬式《そうしき》もすんだが、おばあさんは、お金《かね》をどうしたろう?」と、いったものがありました。 「なるほど、おばあさんは金持《かねも》ちだった。きっとどこかへ隠《かく》してあるに違《ちが》いない。」と、あるものはいいました。  集《あつ》まった人《ひと》たちは、家《いえ》の内《うち》をくまなく探《さが》しはじめたのです。けれど、ほんのわずかばかりの金《かね》が財布《さいふ》の中《なか》にあったほかには、まとまった金《かね》というものが見当《みあ》たらなかった。 「お金《かね》のないはずがない。きっと天井張《てんじょうば》りの上《うえ》だろう……。それでなければ、畳《たたみ》の下《した》にちがいない。」と、あるものはいいました。  天井張《てんじょうば》りの上《うえ》も、畳《たたみ》の下《した》も探《さが》しましたけれど、やはり金《かね》は見《み》いだされなかったのでした。 「おばあさんは、もう金《かね》をもっていなかったのじゃないか。そして金《かね》がなくなると、ちょうど自分《じぶん》の命《いのち》もなくなってしまったのだろう……。」と、いったものもありました。  みんなが、こうして大騒《おおさわ》ぎをしているのを、黒《くろ》ねこはあさましそうに黙《だま》って見《み》ていました。 「おお、この黒《くろ》ねこが知《し》っているはずだ。さあ、どこにお金《かね》がしまってあるか、いえ! いわなけりゃ、だれも、飯《めし》をやらないぜ。」と、人々《ひとびと》は、黒《くろ》ねこに向《む》かっていいました。  黒《くろ》ねこは、とうとうその日《ひ》から、主人《しゅじん》を失《うしな》いました。そして、ひとりさびしい暗《くら》い空《あ》き家《や》にすんでいましたが、だれも、飯《めし》をくれるものもなかったから、夜《よる》になると外《そと》へ出《で》て、あたりのごみためをあさっていたのです。  そのうちに、寒《さむ》い、怖《おそ》ろしい冬《ふゆ》がやってきました。ごみための上《うえ》まで雪《ゆき》が深《ふか》く積《つ》もってしまいました。哀《あわ》れな黒《くろ》ねこは、ひもじい腹《はら》を満《み》たすことができないので、悲《かな》しい、うらめしい声《こえ》をあげて深夜《しんや》に雪《ゆき》の上《うえ》をうろついたのでした。  家《いえ》の中《なか》では、人々《ひとびと》が目《め》をさまして、悲《かな》しそうに鳴《な》くねこの声《こえ》に耳《みみ》を傾《かたむ》けていました。 「かわいそうに、おばあさんがなくなられてから、だれも、食《た》べ物《もの》をやるものがないから、ああして鳴《な》きながら、探《さが》して歩《ある》いているのだ……。」と、いっていました。  それは、吹雪《ふぶき》のした、寒《さむ》い、寒《さむ》い晩《ばん》のことでした。黒《くろ》ねこは圃《はたけ》の中《なか》で凍《こご》えて死《し》んでいました。村《むら》の人《ひと》は、それを見《み》つけたけれど、気味悪《きみわる》がって、その死骸《しがい》に手《て》をつけるものはなかったのです。 「もう一|度《ど》、はげしい吹雪《ふぶき》がすれば、黒《くろ》ねこは隠《かく》れてしまうだろう……。」  そう思《おも》って、人々《ひとびと》は、雪《ゆき》の上《うえ》にある黒《くろ》ねこの屍《しかばね》を見《み》ていました。しかし、一|度《ど》、その黒《くろ》い動物《どうぶつ》の体《からだ》は、吹雪《ふぶき》のために隠《かく》れたけれど、天気《てんき》になると、また黒《くろ》く、雪《ゆき》の上《うえ》に現《あらわ》れたのでした。  そのとき、どこからか、たくさんのからすが集《あつ》まってきて、圃《はたけ》の中《なか》におり、黒《くろ》ねこの死骸《しがい》をつつきました。村《むら》の人々《ひとびと》は、雪球《ゆきだま》を投《な》げたりしてからすを逐《お》ったけれど、二、三|日《にち》は、そのあたりを、ガアガアと鳴《な》いて去《さ》りませんでした。雪《ゆき》が積《つ》もって、山《やま》にも、里《さと》にも、食《た》べ物《もの》がなくなったからでありましょう。彼《かれ》らは、黒《くろ》ねこの屍《しかばね》を食《く》いつくすとまた、どこへともなく、飛《と》んでいってしまいました。  村人《むらびと》がそのことを忘《わす》れてしまった、雪《ゆき》の消《き》えたころです。ふたたびどこからともなくからすが集《あつ》まってきて、おばあさんの家《いえ》の裏手《うらて》の、いつか黒《くろ》ねこが犬《いぬ》に追《お》われて、逃《に》げてきて上《あ》がった、高《たか》いすぎの木《き》の枝《えだ》に巣《す》を造《つく》りはじめたのでした。  山《やま》の方《ほう》から、また丘《おか》を越《こ》えて、海《うみ》の方《ほう》から枯《か》れ枝《えだ》や、海草《かいそう》や、毛《け》のようなものをくわえてきて、からすは巣《す》を造《つく》りました。 「おばあさんの家《いえ》の裏《うら》へ、からすが巣《す》を造《つく》りましたね。」 「あの家《いえ》は、黒《くろ》ねことか、からすとか、いろいろなものがくる、みょうな家《いえ》ですこと。」  村《むら》の人《ひと》たちは、こんな話《はなし》もしたのでした。  ある日《ひ》のこと、みんなが、わいわいいって空《そら》をながめていました。  晩方《ばんがた》の空《そら》にからすがてんでに、ぴかぴか光《ひか》るものをくわえて、すぎの木《き》の頂《いただき》を飛《と》びまわっていたのであります。 「あれは、なんでしょうか?」  村《むら》の人《ひと》たちは、木《き》の下《した》にやってきました。そして、中《なか》には、わざわざ木《き》の上《うえ》へ登《のぼ》ってゆくものもありました。からすは、巣《す》の中《なか》へ、光《ひか》るものをくわえてはいるのもあれば、また、これをくわえて山《やま》の方《ほう》へ、丘《おか》を越《こ》して海《うみ》の方《ほう》へ、思《おも》い思《おも》いに飛《と》び去《さ》ってしまうものもありました。  木《き》の上《うえ》へ登《のぼ》っていったものは、ようやくのことで、からすに頭《あたま》をつつかれたり、目《め》をねらわれたりするのを防《ふせ》いで、巣《す》の中《なか》から光《ひか》るものを一|枚《まい》取《と》り出《だ》してみたのでした。 「金《きん》の小判《こばん》だ!」と、木《き》の上《うえ》から叫《さけ》びました。  木《き》の下《した》に立《た》っている人《ひと》たちは、まさか金《きん》の小判《こばん》をからすがくわえてくるはずがないといって信《しん》じませんでした。そのうちに、木《き》から降《お》りてきたものが、それをみんなに見《み》せると、ほんとうに、金《きん》の小判《こばん》でありました。  村《むら》の人《ひと》たちは、大急《おおいそ》ぎをして、からすの持《も》っている金《きん》の小判《こばん》を奪《うば》おうとしました。しかし、からすは、それをくわえて、いずこへとなく、みんな散《ち》ってしまって、村人《むらびと》の手《て》にはいった小判《こばん》は、やっと二|枚《まい》しかありませんでした。 「おばあさんは、金《かね》を持《も》っていなされたはずだが、なくなられても金《かね》がどこにも見《み》つからなかったのはおかしいと思《おも》っていた。からすが、どこからか見《み》つけ出《だ》して、くわえていったのだろう……。」 「まだ、どこかに、隠《かく》してあるかもしれない。」  彼《かれ》らは、宝探《たからさが》しでもするように、おばあさんの家《いえ》の周囲《まわり》を掘《ほ》りはじめたのです。けれど、なにも見《み》いだすことができなかった。  この話《はなし》が、まったく、不思議《ふしぎ》な話《はなし》として伝《つた》わりました。その翌年《よくねん》のこと、村《むら》に悪《わる》い病気《びょうき》が流行《りゅうこう》しました。ちょうど、そのとき、旅《たび》の薬売《くすりう》りが村《むら》へはいってきたので、村《むら》の人《ひと》は、その薬売《くすりう》りから薬《くすり》を買《か》いました。  その薬《くすり》は、たいへんに病気《びょうき》によくきいたのであります。薬売《くすりう》りは、あちらへ呼《よ》ばれ、こちらへ呼《よ》ばれしました。 「なにか、この村《むら》にたたっているのではありませんか?」と、薬売《くすりう》りはいった。  村《むら》の人《ひと》は、べつに、たたるものもないが、おばあさんが死《し》んだけれど、だれも、墓《はか》を建《た》ててやるものがないということを告《つ》げました。  薬売《くすりう》りは、頭《あたま》を振《ふ》りながら、 「それは、よくありません。村《むら》の人《ひと》のお世話《せわ》になった、おばあさんの墓《はか》を建《た》ててあげないという法《ほう》はありません。」といいました。 「薬屋《くすりや》さん、あなたのいわれるのは、もっともなことです。けれど、この村《むら》は、いつだって貧乏《びんぼう》です。そんなにお金《かね》がないのです。」と、村《むら》の人《ひと》は答《こた》えました。  薬屋《くすりや》は、考《かんが》えていましたが、 「私《わたし》の持《も》っている薬《くすり》は、どれも家伝《かでん》の名薬《めいやく》です。この薬《くすり》の造《つく》り方《かた》を、この村《むら》の人《ひと》たちに教《おし》えてあげましょう。そのかわりに、からすのくわえていたという二|枚《まい》の金《きん》の小判《こばん》を私《わたし》にください。私《わたし》はそれを土産《みやげ》にして故郷《こきょう》へ帰《かえ》り、この不思議《ふしぎ》な話《はなし》をいたします……。」といいました。  村《むら》の人《ひと》たちは、集《あつ》まって相談《そうだん》をしました。そして、二|枚《まい》の小判《こばん》を薬売《くすりう》りにやりました。薬売《くすりう》りは疫病《えきびょう》にきく薬《くすり》の製造法《せいぞうほう》と、下熱剤《げねつざい》の造《つく》り方《かた》を村《むら》の人《ひと》に伝授《でんじゅ》しました。  この旅人《たびびと》は、小判《こばん》を携《たずさ》えて、いずこへか去《さ》ってしまいました。その後《あと》で村《むら》の人《ひと》は、薬売《くすりう》りから教《おし》えられた薬《くすり》を製造《せいぞう》しました。この薬《くすり》もたいへんによく病気《びょうき》にきいたのであります。 「こうなったのも、おばあさんのしてくだされたことだ。」と、村《むら》の人《ひと》はおばあさんに感謝《かんしゃ》しました。そして、黒《くろ》ねことからすの絵《え》を薬《くすり》の袋《ふくろ》に描《か》くことにしました。  疫病《えきびょう》にきく、毒下《どくくだ》しの薬袋《くすりぶくろ》には黒《くろ》ねこの絵《え》を描《か》き、下熱剤《げねつざい》の薬袋《くすりぶくろ》にはからすの絵《え》を描《か》きました。村《むら》の人《ひと》は、造《つく》った薬《くすり》をおぶって、それから、山《やま》を越《こ》えて他国《たこく》へ売《う》りに出《で》てゆきました。国々《くにぐに》を春《はる》、夏《なつ》、秋《あき》、冬《ふゆ》と巡《めぐ》って、薬《くすり》が尽《つ》きると、また自分《じぶん》の村《むら》へ帰《かえ》ってきたのです。  北国《ほっこく》のさびしい村《むら》は、こうしていつしか名高《なだか》い薬《くすり》の産地《さんち》と知《し》れ、富《と》んだ町《まち》となりました。 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷 ※表題は底本では、「おばあさんと黒《くろ》ねこ」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:江村秀之 2014年1月18日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。