大きなかしの木 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)野《の》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き]――一九二四・一一作―― -------------------------------------------------------  野《の》の中《なか》に、一|本《ぽん》の大《おお》きなかしの木《き》がありました。だれも、その木《き》の年《とし》を知《し》っているものがなかったほど、もう、長《なが》いことそこに立《た》っているのでした。  木《き》は、平常《ふだん》は、黙《だま》っていました。だれとも話《はなし》をするものがなかったからです。あたりにあった木《き》はいずれも小《ちい》さく、背《せ》が低《ひく》うございました。その木《き》の親《おや》たちは、かしの木《き》を知《し》っていましたが、もうみんな枯《か》れてしまって、子《こ》や孫《まご》の時代《じだい》になっていたのでした。そして、子《こ》や、孫《まご》は、昔《むかし》のことを語《かた》ろうにも知《し》ってはいないからでした。  山《やま》から飛《と》んできた小鳥《ことり》も、たいていはちょっと枝《えだ》に止《と》まることがあるばかりで、いずれも、秋《あき》ならば赤《あか》く実《み》の熟《じゅく》した木《き》へ、春《はる》ならば、つぼみのたくさんについている枝《えだ》へ降《お》りていって、長《なが》くこの木《き》と話《はなし》をしているものもなかったのです。  この木《き》も、若《わか》い時分《じぶん》は、ほかの木《き》にまけないほどに、美《うつく》しくなりました。しなやかな枝《えだ》には葉《は》の色《いろ》は銀色《ぎんいろ》に光《ひか》って、なよなよと風《かぜ》に動《うご》いていたものですが、年《とし》をとるにしたがって、だんだん木《き》は、気《き》むずかしくなりました。そして、いつのまにか、のびのびとした、しなやかさはなくなり、葉《は》の色《いろ》も暗《くら》く黒《くろ》ずんで陰気《いんき》になり、そして、木《き》は、たいへんに無口《むくち》になってしまったのです。 「ほかの木《き》には、あんなにきれいな花《はな》が咲《さ》くじゃないか。なぜ俺《おれ》には、咲《さ》かないのだろう? またほかの木《き》には、あんなに美《うつく》しい鳥《とり》や、ちょうが、毎日《まいにち》のようにおとずれるのに、なぜ、俺《おれ》のところへはやってこないのだろう?」と、かしの木《き》は、不平《ふへい》をいいました。  気《き》むずかしい木《き》は、すこしの風《かぜ》でも腹《はら》をたてていました。そして、不平《ふへい》がましく叫《さけ》びをあげました。 「そんなに怒《おこ》るもんじゃないよ。」と、からかい半分《はんぶん》に、風《かぜ》は、かしの木《き》に向《む》かっていいました。南《みなみ》の方《ほう》から吹《ふ》いてくるやさしい風《かぜ》は、どの木《き》にも草《くさ》にもしんせつで、柔和《にゅうわ》でありましたけれど、北《きた》の方《ほう》から吹《ふ》いてくる風《かぜ》は、小《ちい》さいのでも大《おお》きなのでも、冷酷《れいこく》で、無情《むじょう》で、そのうえ寒《さむ》く冷《つめ》たいのでありました。  それも、そのはずで、南《みなみ》からくるのは、橄欖《かんらん》の林《はやし》や、香《かお》りの高《たか》い、いくつかの花園《はなぞの》をくぐったり、渡《わた》ったりしてきます。これに反《はん》して北《きた》からの風《かぜ》は、荒々《あらあら》しい海《うみ》の波《なみ》の上《うえ》を、高《たか》い険《けわ》しい山《やま》のいただきを、谷《たに》に積《つ》もった雪《ゆき》の面《おもて》を触《ふ》れてくるからでありました。そして、この孤独《こどく》な木《き》を慰《なぐさ》めてやろうとはせずに、かえってからかったり、打《う》ったり、ゆすぶったりするのは、いつも北《きた》から吹《ふ》いてくる風《かぜ》であったのです。 「なにをしやがるんだい、  折《お》れて、たまるもんか。  あんな、めめしい木《き》や草《くさ》と、  俺《おれ》は、ちがうんだ。  裂《さ》けたり、折《お》れたりするもんか。」  かしの木《き》は、風《かぜ》に向《む》かってこう叫《さけ》ぶのでありました。  しかし、風《かぜ》のない日《ひ》は、孤独《こどく》のかしの木《き》は、うなだれていました。疲《つか》れて、眠《ねむ》ってでもいるように、その黙《だま》った、陰気《いんき》なようすはさびしそうに見《み》られたのでした。  夜《よる》になると、雲《くも》の間《あいだ》から、星《ほし》が、下界《げかい》の草《くさ》や、木《き》を照《て》らしたのです。そこには、美《うつく》しい紅《べに》や、紫《むらさき》や黄色《きいろ》の花《はな》が咲《さ》いている花園《はなぞの》がありました。花園《はなぞの》には、ちょうや、みつばちが、花《はな》の上《うえ》に止《と》まったり、葉蔭《はかげ》に隠《かく》れたりして、平和《へいわ》に眠《ねむ》っていました。また、かしの木《き》が独《ひと》りぼっちで、いつものごとく寂《さび》しそうに黙《だま》って眠《ねむ》っていました。  星《ほし》は、平常《いつも》孤独《ひとり》で、不平《ふへい》ばかりいっているかしの木《き》を哀《あわ》れに思《おも》ったのでありましょう。そのやさしい、涙《なみだ》ぐんだ目《め》つきで、こんもりと黒《くろ》ずんだ木《き》を照《て》らしていましたが、 「ああして、華《はな》やかに咲《さ》いている花《はな》は、じきにしぼんでしまわなければならぬ。さらばといって、あの孤独《こどく》なかしの木《き》が幸福《こうふく》で、秋《あき》になると枯《か》れてしまう草《くさ》が、はたして不《ふ》しあわせであるということができるだろうか?」と、星《ほし》は、独《ひと》り言《ごと》をしました。  ある年《とし》の春《はる》の、ちょうど終《お》わりのころでありました。どこからか、きれいな小鳥《ことり》が、親鳥《おやどり》とひな鳥《どり》といっしょに飛《と》んできて、この年《とし》とったかしの木《き》に巣《す》を造《つく》りました。  いままで、この木《き》にとって、こんなことはなかったのです。このあたりの山《やま》や、原《はら》にたくさんいるような小鳥《ことり》は、たまには木《き》にきて止《と》まったことがありましたけれど、旅《たび》からきた、このような美《うつく》しい鳥《とり》で巣《す》を造《つく》ったような記憶《きおく》は、かしの木《き》の過去《かこ》になかったことでありました。  孤独《こどく》の木《き》は、どんなに、喜《よろこ》びましたでしょう。 「そう、俺《おれ》だって、みんなから振《ふ》り向《む》かれないものでもない。こんなに、美《うつく》しい鳥《とり》が、俺《おれ》の枝《えだ》にりっぱな巣《す》を造《つく》ったじゃないか?」と、広々《ひろびろ》とした野原《のはら》を見渡《みわた》しながら、誇《ほこ》り顔《がお》にいいました。  旅《たび》からきた小鳥《ことり》は、このあたりにいる小鳥《ことり》とはくらべられないほど美《うつく》しゅうございました。赤《あか》に、焦《こ》げ茶《ちゃ》に、紫《むらさき》に、白《しろ》に、いろいろの毛色《けいろ》の変《か》わった着物《きもの》を被《き》ていました。そして、おしゃべりでした。 「お母《かあ》さん、いいところですね。」と、ひな鳥《どり》は、親鳥《おやどり》に向《む》かっていいました。 「ああいいところです。これから、毎日《まいにち》、いろいろめずらしいところへ連《つ》れていってあげますよ。」と、母鳥《ははどり》はいいました。 「まあ、うれしいこと、うれしいこと。」と、ひな鳥《どり》は、喜《よろこ》びの声《こえ》をあげました。  木《き》の枝《えだ》に巣《す》ができあがりますと、親鳥《おやどり》はひな鳥《どり》をつれて、あるときは青々《あおあお》とした大空《おおぞら》を飛《と》んで海《うみ》の方《ほう》へ、あるときは、また山《やま》を越《こ》えて町《まち》のある方《ほう》へとゆきました。そして、夕方《ゆうがた》になると、彼《かれ》らは、楽《たの》しそうにして帰《かえ》ってきました。  かしの木《き》は、美《うつく》しい鳥《とり》たちが、無事《ぶじ》に、その日《ひ》の晩方《ばんがた》になって帰《かえ》ってくるのを待《ま》っていました。昼《ひる》の間《あいだ》鳥《とり》たちがいないのは、木《き》にとって寂《さび》しかったのです。どこからでも、この野原《のはら》にこんもりと背高《せだか》く立《た》っている木《き》のようすはながめられました。鳥《とり》たちが、この木《き》の姿《すがた》を目《め》あてに、雲《くも》はるかのかなたから飛《と》んでくると思《おも》うと、木《き》はいっそう高《たか》く背伸《せの》びをするように、夕日《ゆうひ》の中《なか》に輝《かがや》いたのでした。  木《き》は、無口《むくち》で、そして、こんなに年《とし》をとっていましたけれど、遠慮深《えんりょぶか》くありました。鳥《とり》たちから、南《みなみ》の国《くに》の話《はなし》をききたいと思《おも》いましたけれど、つい、鳥《とり》に向《む》かって、たずねることがありません。晩《ばん》に、鳥《より》がもどってきたら、聞《き》こうと思《おも》いましたが、いざそのときになると、 「お母《かあ》さん、今日《きょう》は、遠《とお》くまでいってくたびれましたのね。」 「お父《とう》さんは、まだ、遠《とお》くへいこうとおっしゃったのだけれど、おまえたちが、くたびれるだろうと思《おも》って、わたしが、反対《はんたい》したんですよ。」 「お母《かあ》さん、また、明日《あした》の朝《あさ》、早《はや》く出《で》かけましょうね。」 「さあ、早《はや》く、お休《やす》みなさい。」  木《き》は、鳥《とり》たちのこんな話《はなし》を聞《き》くと、また、つぎの機会《きかい》まで待《ま》とうと思《おも》いました。  ある日《ひ》のことであります。  ひな鳥《どり》は、母鳥《ははどり》とこんな話《はなし》をしていました。 「お母《かあ》さん、いつまでも私《わたし》たちは、ここにすんでいますの?」と、ひな鳥《どり》がたずねました。  孤独《こどく》な、かしの木《き》は、そのとき熱心《ねっしん》に耳《みみ》を傾《かたむ》けていました。すると、母鳥《ははどり》は、これに答《こた》えて、 「ああ、そんなに、ここがおまえたちの気《き》にいったのなら、いつまでもいますよ。」といいました。  この話《はなし》を聞《き》いて、喜《よろこ》んだのは、ひな鳥《どり》よりも、もっと、この年《とし》とった大《おお》きなかしの木《き》のほうでありました。 「ああ、なんの話《はなし》も、いま聞《き》くにはおよばない。冬《ふゆ》のものさびしい時分《じぶん》になってから、ゆっくり南《みなみ》の方《ほう》の話《はなし》を聞《き》くことにしよう。」と、かしの木《き》は思《おも》ったのであります。  輝《かがや》かしい、希望《きぼう》に満《み》ちた、夏《なつ》の間《あいだ》は、かなり長《なご》うございました。しかし、そのうちに、秋《あき》となったのであります。  年《とし》とったかしの木《き》は、周囲《しゅうい》にあったいろいろの木《こ》の葉《は》が、いつしか霜《しも》のために色《いろ》づいたのを見《み》ました。また、足《あし》もとの草《くさ》が、枯《か》れてゆくのをながめました。しかしこれは、毎年《まいねん》のことでありました。  ある日《ひ》のことでした。朝《あさ》の日《ひ》の光《ひかり》の中《なか》を、翼《つばさ》を輝《かがや》かしながら、青《あお》い空《そら》へ舞《ま》い上《あ》がって、どこともなく飛《と》んでいった、美《うつく》しい旅《たび》の鳥《とり》たちはその日《ひ》、太陽《たいよう》が西《にし》の空《そら》に沈《しず》みかけても帰《かえ》ってきませんでした。 「どうしたのだろう?」と、かしの木《き》は、いぶかしく思《おも》いました。  その晩《ばん》は、かしの木《き》は、まんじりとも眠《ねむ》りませんでした。鳥《とり》たちの身《み》の上《うえ》を気遣《きづか》ったからであります。それに、寒《さむ》い北風《きたかぜ》が吹《ふ》いて、かしの木《き》に向《む》かって戦《たたか》いを挑《いど》んだからでありました。  ああまた、長《なが》い、物憂《ものう》い冬《ふゆ》の間《あいだ》、この年《とし》とった木《き》と、北風《きたかぜ》と、雪《ゆき》との戦《たたか》いがはじまるのであります。そして、かしの木《き》は、ついに孤独《こどく》でした。 [#地付き]――一九二四・一一作―― 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷発行 ※表題は底本では、「大《おお》きなかしの木《き》」となっています。 ※初出時の表題は「大きな樫の木」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:雪森 2013年4月10日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。