高い木と子供の話 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)善吉《ぜんきち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|段《だん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  善吉《ぜんきち》は、ほかの子供《こども》のように、学校《がっこう》から家《いえ》に帰《かえ》っても、すぐにかばんをほうり出《だ》して、外《そと》へいって、友《とも》だちと自由《じゆう》に飛《と》びまわって遊《あそ》ぶことはできませんでした。仕事《しごと》のてつだいをさせられるか、弟《おとうと》を脊中《せなか》におぶって、守《も》りをさせられたからであります。彼《かれ》と同《おな》じ年《とし》ごろの子供《こども》たちが、土手《どて》へはい上《あ》がったり、茶《ちゃ》の木《き》の蔭《かげ》にかくれたり、みぞをおもしろそうに飛《と》び越《こ》すのなどを、そばでぼんやりとながめながら、 「おれも、あんなようにして遊《あそ》びたいものだな。」と、心《こころ》のうちで思《おも》っていました。  彼《かれ》は、どうかして、学校《がっこう》から帰《かえ》ったら、うまく、逃《に》げ出《だ》したいものだと考《かんが》えていました。しかし、家《うち》のものに気《き》づかれずに、外《そと》へいってみんなといっしょに遊《あそ》ぶことができたにしても、それは、ほんのすこしの間《あいだ》であって、すぐに、家《うち》へ呼《よ》びもどされたのです。 「そう、親《おや》のいうことを聞《き》かぬようでは、どこかへやってしまうぞ。」 「だれが、ゆくものか。」 「いいや、やってしまう。おまえみたいな、いうことをきかぬ子《こ》は、ほんとうは、うちの子《こ》ではないのだ。」 「そんなら、どこの子《こ》だい。」 「どこの子《こ》だか知《し》らないが、小《ちい》さなときに、かわいそうだと思《おも》って拾《ひろ》ってきて育《そだ》てたのだ。」  母親《ははおや》は、むきになってしかりました。善吉《ぜんきち》はしまいにかなしくなって、しくしくと泣《な》き出《だ》しました。そして、小《ちい》さな胸《むね》の中《うち》で、 「ほんとうに、おれは、ここの家《うち》に生《う》まれたのでなくて、拾《ひろ》われてきたのだろうか。」と、悲《かな》しかったのであります。  そのときは、母親《ははおや》のいうことを聞《き》いて、手助《てだす》けをしましたが、すぐにほかの子供《こども》たちの楽《たの》しそうな呼《よ》び声《ごえ》や、笑《わら》い声《ごえ》をききますと、広《ひろ》い、自由《じゆう》の世界《せかい》が恋《こい》しくなりました。  あるとき、みんなで木登《きのぼ》りをしたときに、善吉《ぜんきち》はだれよりも上手《じょうず》でありました。相撲《すもう》をとったり、走《はし》りっこをしたのでは、いつでもいちばんに上手《じょうず》だといわれなかったけれど、木登《きのぼ》りにかけては、自分《じぶん》は、だれにも負《ま》けないという自信《じしん》ができました。  ほかのものが、怖《おそ》ろしがって、低《ひく》いところで、枝《えだ》につかまって、それから上《うえ》へ登《のぼ》り得《え》ないのを見《み》ると、自分《じぶん》は、ぐんぐん上《うえ》へ、上《うえ》へと登《のぼ》っても、けっして、怖《おそ》ろしくないばかりか、ますます気持《きも》ちがはればれしくなるのを知《し》ると、なんともいえず、愉快《ゆかい》でたまりません。 「おうい、ここまで登《のぼ》ってくると、海《うみ》が見《み》えるぞ!」と、善吉《ぜんきち》は、高《たか》いすぎの木《き》の、いちばん先《さき》の細《ほそ》くなっているあたりまで登《のぼ》って、下《した》に小《ちい》さくなってみえる友《とも》だちに向《む》かっていいました。 「善《ぜん》ちゃん、ほんとうかい。ほんとうに、海《うみ》が見《み》えるかい。」 「うそをいうものか。あっちには、町《まち》が見《み》える……。いい景色《けしき》だなあ。」と、善吉《ぜんきち》は、木《き》の頂《いただき》に登《のぼ》っていいました。  下《した》の子供《こども》たちは、うらやましがって、上《うえ》を仰《あお》いで口《くち》を開《あ》けています。中途《ちゅうと》まで、登《のぼ》ったものも、いつか思《おも》いあきらめて、降《お》りてしまいました。 「善《ぜん》ちゃん、おっこちたら、死《し》んでしまうよ。」と、自分《じぶん》はできなかったので、負《ま》け惜《お》しみに、善吉《ぜんきち》が早《はや》く降《お》りるように、そんなことをいっていました。  すると、善吉《ぜんきち》は、だれもできないことを、ひとりしているので、ますます得意《とくい》になって、 「海《うみ》が、よく見《み》えるな。あ、汽車《きしゃ》が通《とお》っている。ほら森《もり》に隠《かく》れた。あ、見《み》えた。あすこが停車場《ていしゃば》か。」と、いちいちいって、下《した》のものをうらやましがらしていました。 「早《はや》く、善《ぜん》ちゃん降《お》りておいで、鬼《おに》ごっこをしようや。」  こう下《した》から呼《よ》ぶと、善吉《ぜんきち》は、ゆうゆうと上《うえ》から降《お》りてきました。そして、自分《じぶん》ひとりだけしか知《し》らない、高《たか》い木《き》の上《うえ》で見《み》た景色《けしき》をいろいろに物語《ものがた》ったのです。 「善《ぜん》や、善吉《ぜんきち》や。」  あちらで、母親《ははおや》が呼《よ》ぶ声《こえ》がしました。すると、善吉《ぜんきち》の、いままで輝《かがや》いていた顔《かお》が、たちまち曇《くも》りました。 「おら、うちへ帰《かえ》って、子守《こもり》しなければ、しかられるから、鬼《おに》ごっこをよしておこう……。」  こういって、名残《なごり》惜《お》しそうに帰《かえ》ってゆきました。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  いつからともなく、善吉《ぜんきち》は、みんなから離《はな》れて、高《たか》い木《き》に登《のぼ》って、ひとり、広々《ひろびろ》とした景色《けしき》を見《み》て楽《たの》しむことを好《この》むようになりました。ほかの子供《こども》たちは、善吉《ぜんきち》をさるとあだ名《な》づけたのです。彼《かれ》は、ぞうりを草《くさ》の中《なか》に隠《かく》して、高《たか》い木《き》に登《のぼ》りさえすれば、いっさい、うるさい世《よ》の中《なか》のことからはなれてしまえば、また、耳《みみ》に聞《き》くこともなかったのでした。たとえ、母親《ははおや》が、いくら自分《じぶん》の名《な》を呼《よ》びながら探《さが》しても、見《み》つかる気遣《きづか》いもなければ、だれだって、自分《じぶん》の姿《すがた》を探《さが》し出《だ》すものはなかったのです。 「しっかり、枝《えだ》に足《あし》をかけて、わき見《み》をしてはだめだ。そうだ、もう一|段《だん》、もう一|段《だん》……。」と、太陽《たいよう》は、大空《おおぞら》から声《こえ》をかけてくれて、にこやかに笑《わら》いながら、善吉《ぜんきち》の登《のぼ》るのを見《み》ていました。 「こんなに、よく遠《とお》く晴《は》れているが、おまえには海《うみ》に浮《う》かんでいる白帆《しらほ》の影《かげ》は、見《み》えなかろう……。」と、やさしい風《かぜ》は、やわらかに吹《ふ》いて、善吉《ぜんきち》のほおをなでてゆきました。やっと、しなしなしなう頂《いただき》まで登《のぼ》って顔《かお》を出《だ》すと、 「おまえは、まるで鳥《とり》のようだな。」と、太陽《たいよう》は、円《まる》い顔《かお》で、あきれるように、口《くち》を開《あ》けていいました。 「その枝《えだ》は、あぶない。その下《した》の枝《えだ》に足《あし》をかけて、この枝《えだ》にしっかりつかまっていればだいじょうぶだから。」と、風《かぜ》は、しんせつに、善吉《ぜんきち》に注意《ちゅうい》してくれました。  彼《かれ》は、いつまでも、こうして、ここで、広々《ひろびろ》とした景色《けしき》をながめて、空想《くうそう》にふけっていたかった。脊中《せなか》に子供《こども》をおぶわされては、飛《と》びまわることもできず、暗《くら》くなるまで子守《こもり》をするのは、いやであった。それをいやといえば、母親《ははおや》にしかられる。「どこかへやってしまうぞ。おまえは、ほんとうは、家《うち》の子《こ》でない、捨《す》ててあったのをかわいそうに思《おも》って、拾《ひろ》ってきて育《そだ》てたのだ。」いつもこんなにいわれる。はたして、自分《じぶん》は、捨《す》て子《ご》だったろうか。ほんとうのお母《かあ》さんは、ほかにいるのだろうか? 木《き》の上《うえ》で、彼《かれ》はいろんな空想《くうそう》にふける。  ☆[#「☆」は行右小書き]石竹色《せきちくいろ》の雲《くも》が、鏡《かがみ》のような北《きた》の空《そら》に、あらわれたかと思《おも》うと、それが天使《てんし》の舞《ま》っている姿《すがた》となり、やがて、小《ちい》さくなって、鳥《とり》のようになり、そして、消《き》えてしまった。 「お母《かあ》さん!」  善吉《ぜんきち》は、目《め》に、いっぱい涙《なみだ》をためて、ほんとうのお母《かあ》さんを呼《よ》んだのでした。いつも、高《たか》い木《き》に登《のぼ》って、遠《とお》く見《み》るたびに、ほんとうのやさしいお母《かあ》さんが、どこか、美《うつく》しい町《まち》に住《す》んでいて、やはり、自分《じぶん》のことを思《おも》っているような気《き》がしたのであります。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し]  ある日《ひ》のこと、友《とも》だちが、わいわいいいながら、あちらからやってきました。 「善《ぜん》ちゃん、君《きみ》なら、とれるよ。地主《じぬし》さんの屋敷《やしき》のすぎの木《き》に、からすが巣《す》を造《つく》ったのだ。下《した》からも、よく見《み》える。いって捕《と》ろうや。」 「高《たか》いかい。」と、善吉《ぜんきち》は、聞《き》いた。 「それは、高《たか》いさ。善《ぜん》ちゃんでなければ、だれも、あんなところへ登《のぼ》れないや。」  こうおだてられると、善吉《ぜんきち》は、つい、みんなとそこへいってみる気《き》になりました。なるほど、すぎ林《ばやし》の中《うち》のいちばん高《たか》い木《き》の上《うえ》の方《ほう》に、からすは、巣《す》をかけていた。風《かぜ》が吹《ふ》くたびに、木《き》の枝《えだ》が揺《ゆ》れて、黒《くろ》い円《まる》い塊《かたまり》が、よく見《み》えたり、また見《み》えなくなったりしました。 「あの中《なか》に、からすの子《こ》がいるよ。善《ぜん》ちゃん、登《のぼ》って捕《と》っておいでよ。」 「垣根《かきね》を破《やぶ》って、はいったら、しかられるからいやだ。」と、善吉《ぜんきち》は、頭《あたま》を振《ふ》りました。 「だいじょうぶだ。ここで、番《ばん》をしているから。」 「善《ぜん》ちゃん、君《きみ》は、木登《きのぼ》りがうまいんじゃないか?」 「からすがくると、頭《あたま》をつつくだろう。」 「いま、親《おや》がらすは、どこかへいっていないぜ。」  ちょうど、どこからか親《おや》がらすが帰《かえ》ってきました。つづいて、また、一|羽《わ》帰《かえ》ってきました。母《はは》がらすと、父《ちち》がらすだったのでありましょう。巣《す》の中《なか》の子供《こども》は、喜《よろこ》んで、カア、カア、鳴《な》いていました。 「いま、じきに餌《えさ》をさがしに、親《おや》がらすがどこかへいくから、その間《あいだ》に、善《ぜん》ちゃん、登《のぼ》って捕《と》っておいでよ。」と、子供《こども》らは、すすめました。  はたして、しばらくすると、二|羽《わ》の親《おや》がらすが、いなくなった。善吉《ぜんきち》は、じっと上《うえ》を仰《あお》いでいたが、垣根《かきね》のすき間《ま》からくぐり込《こ》んで、地主《じぬし》の屋敷《やしき》にはいると、そのすぎの木《き》に近寄《ちかよ》って、するすると登《のは》りはじめたのです。 「善《ぜん》ちゃん、落《お》ちないように。」 「だいじょうぶ、番《ばん》をしているから。」 「やかましい。黙《だま》っていれよ。」  子供《こども》たちは、口々《くちぐち》に、いっているうちに、善吉《ぜんきち》の姿《すがた》は、いつしか、木《き》の頂《いただき》に達《たっ》して、しげった枝《えだ》の中《なか》に隠《かく》れると、急《きゅう》に、カア、カアと、子《こ》がらすのけたたましく鳴《な》く声《こえ》がきこえました。やがて、善吉《ぜんきち》は、一|羽《わ》のまだ飛《と》べない子《こ》がらすを片手《かたて》に握《にぎ》って、すぎの木《き》から降《お》りてきました。  子供《こども》たちは、善吉《ぜんきち》を取《と》り巻《ま》いて、みんなで、あちらの方《ほう》へ凱歌《がいか》をあげてゆきました。あとで、親《おや》がらすが帰《かえ》ってきたが、留守《るす》の間《あいだ》に、かわいい子供《こども》を一|羽《わ》、さらわれたとわかると、悲鳴《ひめい》をあげて大騒《おおさわ》ぎをしました。この声《こえ》を聞《き》きつけて、何事《なにごと》によらず、友情深《ゆうじょうぶか》い、おたがいに助《たす》け合《あ》うからすたちは、どこからともなく、たくさんこの林《はやし》の中《なか》に集《あつ》まってきました。そして、自分《じぶん》たちの敵《てき》は、何者《なにもの》だろう……。つれてゆかれた子《こ》がらすは、どうなったろうと、あちらに飛《と》び、こちらに飛《と》び、わめきたてていました。 [#7字下げ]四[#「四」は中見出し]  夕日《ゆうひ》が、黄色《きいろ》く林《はやし》の間《あいだ》を彩《いろど》って沈《しず》みかけたころから、烈《はげ》しい風《かぜ》となりました。ちょうど、このとき、地主《じぬし》のおじいさんは、かんかんに怒《おこ》って、あちらからやってきました。 「だれだ! からすの子《こ》を捕《と》ったものは? 親《おや》がらすがきちがいになって鳴《な》いているので、家《うち》にいられたものでない。」  善吉《ぜんきち》の家《うち》のそばで、子供《こども》らは、からすの子《こ》をおもちゃにして遊《あそ》んでいました。ちょうど、そこへおじいさんは、やってきたのです。近所《きんじょ》の人《ひと》たちは、何事《なにごと》が起《お》こったのかと思《おも》って、外《そと》に出《で》てみました。すると、日《ひ》ごろやかましい、がんこな、地主《じぬし》のおじいさんが、怒《おこ》っているので、みんな小《ちい》さくなって、息《いき》を殺《ころ》して、ながめていました。善吉《ぜんきち》の母親《ははおや》も、自分《じぶん》の子供《こども》が、いたずらをしたためしかられるのを、人《ひと》の蔭《かげ》になって見《み》ていました。 「だれが、垣根《かきね》などを破《やぶ》って、内《うち》へはいったのだ。」と、おじいさんは、目《め》をみはりました。 「おらでない。」 「善《ぜん》ちゃんだ。」 「だれが、木《き》などに登《のぼ》って、からすの子《こ》を捕《と》ったりしたのだ。」 「おらでないぞ。」 「善《ぜん》ちゃん……。」  子供《こども》たちは、口々《くちぐち》に、おれでないといいはりました。そして、善吉《ぜんきち》であることを告《つ》げ口《ぐち》したのです。善吉《ぜんきち》は、下《した》を向《む》いて、顔《かお》を赤《あか》くしていたが、心《こころ》の中《うち》で、友《とも》だちの卑怯《ひきょう》なのを憎《にく》んでいました。自分《じぶん》に捕《と》れといったのは、おまえたちではないか。そして、みんなで、遊《あそ》んでいたのでないか。それを、しかられるときには、おれにだけ罪《つみ》をきせようとする、なんという頼《たの》みにならないやつだろう、と思《おも》っていました。 「おまえか、からすの子《こ》を捕《と》ったのは?」  地主《じぬし》のおじいさんは、怖《おそ》ろしい顔《かお》をして、善吉《ぜんきち》をにらみました。 「はい。」と、善吉《ぜんきち》が、正直《しょうじき》にうなずいた。 「その子供《こども》を巣《す》の中《なか》へ返《かえ》してくるだ! あのとおり、親《おや》がらすが鳴《な》いている。」と、おじいさんは、善吉《ぜんきち》に命《めい》じました。  林《はやし》は、風《かぜ》のために波立《なみだ》っていました。からすは火《ひ》の子《こ》の飛《と》ぶように、空《そら》に黒《くろ》く、鳴《な》きさわいでいました。そして、日《ひ》は、だんだんと暮《く》れかかっていたのです。善吉《ぜんきち》は、からすの子《こ》を抱《だ》いて、地主《じぬし》の後《あと》についてゆきました。  ふいに、善吉《ぜんきち》の母親《ははおや》が、飛《と》び出《だ》した。 「だんなさん、からすの子《こ》が大事《だいじ》か、人間《にんげん》の子《こ》が大事《だいじ》か。この大風《おおかぜ》に、あなたはあの高《たか》い木《き》へ登《のぼ》らせなさる気《き》なのですか……。」  平常《ふだん》は、ものをいうのもはばかる地主《じぬし》に向《む》かって、母親《ははおや》は大《おお》きな声《こえ》で叫《さけ》びました。近所《きんじょ》の人々《ひとびと》はじめ、善吉《ぜんきち》まで、びっくりして、母親《ははおや》の顔《かお》を見《み》つめた。 「登《のぼ》らせるもないものだ。親《おや》のしつけが悪《わる》いから、こんないたずらをするのだ。」 「だんなさん、そこは、子供《こども》です……。」  善吉《ぜんきち》は、もうだまっていられなかった。 「おっかあ、おれが悪《わる》かった。からすの子《こ》、巣《す》にもどしてくる。なに、だいじょうぶだ。落《お》ちるもんか。」  こういうと、善吉《ぜんきち》は、駆《か》け出《だ》しました。そして、するすると高《たか》い木《き》に登《のぼ》って、巣《す》の中《なか》へ、子《こ》がらすをもとのとおりにいれて降《お》りました。  彼《かれ》は、ほんとうの母《はは》であればこそ、この場合《ばあい》、だれでも怖《おそ》ろしがる、地主《じぬし》に向《む》かって、自分《じぶん》のためにいい争《あらそ》ってくれたのだ。それだのに、自分《じぶん》は、しかられるたびに、母《はは》を疑《うたが》い、またうらんだことをもったいなく思《おも》いました。それからは、善吉《ぜんきち》は、学校《がっこう》から帰《かえ》って、自分《じぶん》からすすんで、弟《おとうと》を守《も》りし、また親《おや》の手助《てだす》けをしたのであります。 [#地付き]――一九二九・三―― [#ここから1段階小さな文字] ☆石竹色《せきちくいろ》──石竹《せきちく》の花《はな》の色《いろ》。うすい紅色《べにいろ》。ピンク。 [#ここで小さな文字終わり] 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集4」丸善    1930(昭和5)年7月20日 初出:「キング」    1929(昭和4)年6月 ※表題は底本では、「高《たか》い木《き》と子供《こども》の話《はなし》」となっています。 ※本文末の語注のページ数は省略しました。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2021年5月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。