温泉へ出かけたすずめ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)雪《ゆき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|羽《わ》 -------------------------------------------------------  雪《ゆき》が降《ふ》って、田《た》や、畑《はたけ》をうずめてしまうと、すずめたちは、人家《じんか》の軒端《のきば》近《ちか》くやってきました。もう、外《そと》に落《お》ちている餌《え》がなかったからです。朝早《あさはや》くから、日暮《ひぐ》れ方《がた》まで、窓《まど》の下《した》や、ごみ捨《す》て場《ば》などをあさって、やかましく鳴《な》きたてていました。  そのうちに、どこからか、彼《かれ》らに向《む》かって、空気銃《くうきじゅう》をうったものがあります。一|羽《わ》のすずめは、羽《はね》の付《つ》け根《ね》のあたりを傷《きず》つけられました。そして、もうすこしでその場《ば》にたおれようとしたのを、がまんして、やっとあちらの森《もり》まで、息《いき》をせいて飛《と》んでいきました。  ほかのすずめたちも、この思《おも》いがけないできごとに出《で》あって、どんなにおどろいたかしれません。 「ああ、怖《おそ》ろしかった。」といって、あるものは、畑《はたけ》の中《なか》のかきの木《き》の枯《か》れ枝《えだ》に止《と》まり、あるものは、屋根《やね》の上《うえ》に飛《と》んでいって、目《め》をみはっていました。 「どこから、あんな弾丸《たま》が飛《と》んできたのだろう……。」と、彼《かれ》らは、注意深《ちゅういぶか》く、あたりをながめていました。  しかし、意地《いじ》ぎたない、これらのすずめたちは、また時《とき》がたつと、餌《え》のありそうなところへおりていきました。こんどは、前《まえ》のように、口《くち》やかましく、しゃべるかわりに、目《め》を四|方《ほう》へくばって、注意《ちゅうい》を怠《おこた》らなかったのであります。  ひとり、傷《きず》のついたすずめは、彼《かれ》らの仲間入《なかまい》りをすることができなかった。そんな勇気《ゆうき》がなかったばかりでなく、傷口《きずぐち》が痛《いた》んで、血《ち》がにじんでいたのです。  すぎの木《き》の枝《えだ》に止《と》まって、体《からだ》をふくらませて、哀《あわ》れなすずめは寒《さむ》い風《かぜ》に吹《ふ》かれていました。すずめは、いつ、その体《からだ》が、高《たか》い木《き》の枝《えだ》から下《した》へ落《お》ちないとはかぎらないと思《おも》ったほどふらふらしていました。  もはや、彼《かれ》は、空腹《くうふく》を感《かん》ずるどころでありません。ただ、うとうととして、苦痛《くつう》をこらえて、目《め》を開《あ》けたり閉《と》じたりして、木《き》の枝《えだ》にしがみついているばかりでした。そのうちに、日《ひ》は、まったく、暮《く》れかかったのです。  そこへ、曇《くも》った空《そら》に、羽音《はおと》をさせて、一|羽《わ》のからすが飛《と》んできたかと思《おも》うと、ちょうど、すずめの止《と》まっている上《うえ》の枝《えだ》にきて下《お》りました。すずめは、夢《ゆめ》うつつの間《あいだ》に、自分《じぶん》は、とびにさらわれたのでないか? それでなければ、あのすばしこい小《こ》たかにとらえられたのでないか? と気《き》をもみましたが、いまは、どうすることもできなかった。傷《きず》ついた身《み》を運命《うんめい》にまかせるよりしかたがなかったのでした。 「すずめさん、どうなさいました? たいへんに元気《げんき》がないようだが、気分《きぶん》でも悪《わる》いのですか……。」と、からすが話《はな》しかけた。  すずめは、いま、自分《じぶん》の身《み》は、猛鳥《もうちょう》に捕《と》らえられると思《おも》っていたのに、思《おも》いがけない、やさしい声《こえ》で、からすにこうたずねられると救《すく》われたような気《き》がしました。 「うたれたのです……。弾丸《たま》にあたったのです……。」と、すずめは、ふくれながら、目《め》を、白黒《しろくろ》さして、哀《あわ》れな声《こえ》で答《こた》えた。 「え、鉄砲《てっぽう》でうたれたんですか。ど、どこをやられました?」と、からすは、上《うえ》の枝《えだ》から、すずめのそばへ降《お》りてきて、傷《きず》のついた、羽《はね》の付《つ》け根《ね》が血《ち》に染《そ》まっているのをながめたのです。 「まあ、かわいそうに、どこでですか?」と、からすは聞《き》さました。  すずめは、畑《はたけ》のあちらの村《むら》を見《み》ました。からすは、それと悟《さと》って、すぐにうなずいた。 「あ、あの悪太郎《あくたろう》めが、空気銃《くうきじゅう》でうったのですね。あまり、あなたがたが、家《いえ》の近《ちか》くへいくから、悪《わる》いのですよ。いつか、私《わたし》にも、鉄砲《てっぽう》を向《む》けたことがあります。けれど、私《わたし》はそんなうたれるようなのろまじゃない。私《わたし》は、ばか! ばか! といって、あいつの頭《あたま》の上《うえ》で笑《わら》ってやりました。」と、からすは、自慢《じまん》をまぜて話《はな》しました。  すずめは、そんな話《はなし》に身《み》をいれて聞《き》くどころでありません。いつ自分《じぶん》の体《からだ》は、目《め》がまわって下《した》へ落《お》ちるかとそればかりおそれていました。  さすがに、からすは、すずめの苦《くる》しそうなようすが目《め》にとまると、 「すずめさん、いいことを教《おし》えてあげます。この寒《さむ》さでは、傷《きず》はなかなかなおりません。あの山《やま》を越《こ》えて、西南《にしみなみ》にどこまでも、下《した》を見《み》て、飛《と》んでいきますと、白《しろ》い湯気《ゆげ》の立《た》ち上《あ》がっている温泉《おんせん》があります。そこへいって、入《はい》れば、じきに、それくらいの傷《きず》はなおってしまいます。」 「人間《にんげん》のはいる温泉《おんせん》ですか? 私《わたし》などが、そこへ入《はい》れましょうか。」と、すずめは、からすを見上《みあ》げました。 「温泉《おんせん》は、なにも人間《にんげん》だけがはいるものと、きまってはいません。それに、このごろでは、人間《にんげん》はだれもいなかろうと思《おも》います。まあ、とにかくいってごらんなさい。」と、からすはいいました。  すずめは、その夜《よ》は、そこで、まんじりとも眠《ねむ》れませんでした。夜《よ》が、白々《しらじら》と明《あ》けると、からすに聞《き》いた温泉《おんせん》へいこうと思《おも》って、苦《くる》しい旅《たび》をつづけたのです。  雪《ゆき》を頂《いただ》いた、白《しろ》い山《やま》を越《こ》して、すずめは、温泉《おんせん》にあこがれて飛《と》んでいきました。からすのいったことは、うそではなかった。あちらの林《はやし》に休《やす》み、こちらの森《もり》におりて、その方《ほう》へ飛《と》んでいくうちに、日《ひ》の暮《く》れかかる前《まえ》に、谷間《たにま》から白《しろ》い湯気《ゆげ》の立《た》ち上《のぼ》る、温泉《おんせん》を見《み》つけたのでした。  すずめは、そこへおりると、そこだけは暖《あたた》かなので雪《ゆき》もなかった。そして、人間《にんげん》が、ついこのごろまで入浴《にゅうよく》をしていたものとみえて、湯船《ゆぶね》のまわりには、いろいろの食《た》べ物《もの》などが落《お》ちていました。 「これは、ほんとうにいいところだ。」と、すずめは思《おも》いました。食《た》べ物《もの》の心配《しんぱい》もなく、湯《ゆ》にはいって、療治《りょうじ》をするうちに、羽《はね》の傷《きず》もだんだんになおって、まったく健康《けんこう》な体《からだ》となったのであります。 「もう、これなら、だれにも負《ま》けず、どんなところへでも飛《と》んでいける。」と、すずめは、高《たか》い山《やま》を見上《みあ》げて、ひとり言《ごと》をしました。  いくら、いい温泉場《おんせんば》でも、ひとりいるのではさびしくて、堪《た》えられなかった。体《からだ》がなおると里《さと》の古巣《ふるす》を思《おも》い出《だ》したのも無理《むり》はありません。そこには、彼《かれ》らの友《とも》だちが、たくさんすんでいるはずです。  ある日《ひ》、すずめは、この温泉《おんせん》に、別《わか》れを告《つ》げました。そして、山《やま》を越《こ》えて、広々《ひろびろ》とした野原《のはら》へ出《で》ました。彼《かれ》は、電線《でんせん》の上《うえ》に止《と》まって、しばらく休《やす》んだのです。どこを見《み》ても、真《ま》っ白《しろ》で、田《た》や、畑《はたけ》は、雪《ゆき》におおわれている。わけてこれから、自分《じぶん》の帰《かえ》ろうとする北《きた》の方《ほう》の空《そら》は、暗《くら》く、曇《くも》って、寒《さむ》い風《かぜ》が吹《ふ》いています。それを見《み》ると、すずめの心《こころ》はふさがるのでありました。 「いやになってしまうな。」と、すずめはため息《いき》をついた。  すると、電線《でんせん》が、風《かぜ》の中《なか》で、笑《わら》いました。 「なにをそんなに、考《かんが》えこんでいるのですか?」といった。 「いえ、あちらの方《ほう》をごらんなさい。私《わたし》は、しばらくほかへいっていたのですが、また、あの暗《くら》いところへ帰《かえ》らなければならぬかと思《おも》うと、いやになってしまうのです。」と、すずめは答《こた》えた。  電線《でんせん》は、寒《さむ》そうに、身《み》をふるわしながら、 「なにも、いやだと思《おも》うところへ帰《かえ》らなくったっていいじゃありませんか。いくらも、暮《く》らしいいところはありますよ。南《みなみ》の方《ほう》へいってごらんなさい。そして、山《やま》一つ越《こ》せば、雪《ゆき》がないということを、ここを通《とお》る汽車《きしゃ》が、話《はな》しましたよ。」と、電線《でんせん》はいいました。 「それは、ほんとうですか?」 「なんで、あの正直《しょうじき》で、働《はたら》きものの汽車《きしゃ》が、うそをいうものですか……。」  すずめは、南《みなみ》の方《ほう》をぼんやりながめた。その方《ほう》は、なるほど空《そら》が明《あか》るくて、ほんとうに、おもしろいことが、たくさんあるような気《き》がしました。 「いいことを教《おし》えてくださって、ありがとうございます。」と、すずめは、お礼《れい》をいって、自分《じぶん》の古巣《ふるす》へは帰《かえ》らずに、南《みなみ》の方《ほう》の空《そら》をさして、飛《と》んでいきました。 「あのからすといい、また、電線《でんせん》といい、なんというしんせつで、ものしりなんだろう……。私《わたし》は、しあわせものだ。」と、すずめは飛《と》びながら思《おも》ったのです。  はたして、山《やま》を越《こ》すと、もう雪《ゆき》はなかった。そこには、すでに、春《はる》がきているように、はたけには、青々《あおあお》として、去年《きょねん》の菜《な》が、新《あたら》しい芽《め》を出《だ》していました。  彼《かれ》は、木立《こだち》の枝《えだ》に止《と》まって、友《とも》をほしそうに鳴《な》いていたのです。  すると、このあたりにすんでいるすずめが飛《と》んできて、同《おな》じ木《き》にとまって、この見《み》なれない旅《たび》のすずめをしみじみとながめていましたが、 「あなたは、どこからおいでになって、どこへおいきなさるのですか?」とたずねた。 「私《わたし》は、どこへというあてはないのです。どこか暮《く》らしいいところがあれば、いってみたいと思《おも》うのです。」と、北《きた》の国《くに》のすずめは答《こた》えた。 「そうでございますか。自分《じぶん》で、そういうのもおかしいが、この土地《とち》は、いいところですよ。それに、この汽車《きしゃ》の通《とお》る沿線《えんせん》にいれば、人間《にんげん》が窓《まど》から投《な》げるいろいろのものがあったりして、食《た》べるのに困《こま》ることはありません。あなたさえ、その気《き》になられたら私《わたし》たちの集会場《しゅうかいじょう》へきて、会長《かいちょう》にお話《はな》しなされば、明日《あす》からでもみんなと、友《とも》だちになることができます。私《わたし》が、いっしょにいって、ご紹介《しょうかい》いたしてもいいのです。」と、この土地《とち》のすずめは、しんせつにいいました。  北《きた》の国《くに》のすずめは、旅《たび》へきて、心細《こころぼそ》く感《かん》じていた際《さい》に、こうしんせつにいわれると、ほんとうにうれしかったのでした。 「どうか、私《わたし》をあなたたちの集会場《しゅうかいじょう》へつれていってください。」と、頼《たの》みました。  二|羽《わ》のすずめは、うちつれて、みんなのいるところへやってきました。そして、土地《とち》のすずめは、この旅《たび》からきたすずめを紹介《しょうかい》したのであります。 「旅《たび》のすずめさん、なにか、あなたは、おもしろい話《はなし》があったら、お土産《みやげ》に、みんなのために話《はな》してくださいませんか。」と、会長《かいちょう》はいいました。  北《きた》の国《くに》のすずめは、顔《かお》を赤《あか》くしました。なにを自分《じぶん》は、いったらいいだろうか? 考《かんが》えたけれど、これこそ、おもしろいという話《はなし》が浮《う》かんでこなかった。しばらく思《おも》いまどったすえに、自分《じぶん》が、鉄砲《てっぽう》でうたれて、からすから温泉場《おんせんば》を教《おし》えられていった、身《み》の上話《うえばなし》をするにこしたことがないと気《き》づくと、彼《かれ》は、ここにくるまでの話《はなし》をしたのでした。  すると、多《おお》くのすずめたちは、それを感心《かんしん》したように黙《だま》って聞《き》いていました。そして、話《はなし》が終《お》わると、 「まあ、危《あぶ》なかったですね。」と、いうものもあれば、 「ここは、だいじょうぶですよ。空気銃《くうきじゅう》などを持《も》って歩《ある》く子供《こども》はいませんから……。」と、あるすずめはいいました。 「それは、いいことを聞《き》いたものだ。いつ、どういうさいなんにあって、傷《きず》を受《う》けないものでもない。だれかここにいるもので、けがをしたときは、どうか、その温泉《おんせん》へつれていってください。」と、会長《かいちょう》は、北《きた》の国《くに》のすずめにいいました。  こうして、彼《かれ》は、みんなの仲間入《なかまい》りをして、楽《たの》しく生活《せいかつ》をつづけたのです。しかしまったく不安《ふあん》というものなしに、すべての生《い》き物《もの》は、生《い》きることはできなかったのでした。  ある日《ひ》、多《おお》くのすずめたちの中《なか》の一|羽《わ》が、やはり、どこかで空気銃《くうきじゅう》にうたれて、傷《きず》を受《う》けて帰《かえ》ってきました。すると、みんなは、温泉《おんせん》へいくことをすすめた。 「あの山《やま》のあちらの温泉《おんせん》へ、どうかつれていってください。」と、会長《かいちょう》が、みんなに代《か》わって、北国《ほっこく》からきたすずめに頼《たの》みました。 「お安《やす》いご用《よう》です。」と、彼《かれ》はさっそく、承知《しょうち》して、傷《きず》ついた友《とも》だちをいたわりながら、あちらの温泉《おんせん》へと出《で》かけたのです。  一|度《ど》、いったところであるから、道《みち》を迷《まよ》う心配《しんぱい》もなかった。二|羽《わ》のすずめは、山《やま》を越《こ》えて、湯気《ゆげ》の立《た》ち上《のぼ》る温泉《おんせん》へついたのでした。しかし、そこは、もはや雪《ゆき》が深《ふか》くて、湯船《ゆぶね》は、半分《はんぶん》ほども、雪《ゆき》に埋《う》まっていました。それですから、あたりには彼《かれ》らが食《た》べるような餌《え》が、いくら探《さが》しても、落《お》ちているわけはなかったのでした。 「さあ、困《こま》ってしまった。どうしたらいいだろう……。」と、北国《ほっこく》のすずめは、ため息《いき》をもらしました。 「私《わたし》は、どうしましょう。体《からだ》は痛《いた》むし、そのうえ、腹《はら》が空《す》いて苦《くる》しくてしかたがない。」と、けがしたすずめは、泣《な》き声《ごえ》を出《だ》して訴《うった》えていたのです。  このまま帰《かえ》ったら、自分《じぶん》が、うそをついたといって、みんなはなんというかしれない。困《こま》ったことになったと、案内《あんない》したすずめは思《おも》いました。 「私《わたし》が、なにか食《た》べるものを探《さが》してきます。」といって、彼《かれ》は、ひとり飛《と》んで、餌《え》のありそうな里《さと》をさして、出《で》かけたのでした。そして、疲《つか》れて、山《やま》の頂《いただき》に休《やす》んでいると、空遠《そらとお》く、がんの一群《ひとむ》れが、羽音《はおと》を刻《きざ》んで、海《うみ》の方《ほう》をさしていくのが見《み》られたのでした。このとき、すずめは、自分《じぶん》の故郷《こきょう》を思《おも》い出《だ》したばかりでありません。しみじみと、自分《じぶん》たちのみじめな生活《せいかつ》にくらべて、つねに、だれにすがるということなく、自《みずか》らの力《ちから》で、海《うみ》や、湖《みずうみ》や、河《かわ》を漁《あさ》り、南《みなみ》から北《きた》へ、北《きた》から南《みなみ》へと渡《わた》って、雄々《おお》しく生活《せいかつ》する、これらの鳥《とり》をうらやましく尊《とうと》く感《かん》ぜずにはいられなかったのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「赤い鳥」    1928(昭和3)年3月 初出:「赤い鳥」    1928(昭和3)年3月 ※表題は底本では、「温泉《おんせん》へ出《で》かけたすずめ」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2021年7月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。