海の踊り 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)日本海《にほんかい》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから2字下げ] -------------------------------------------------------  日本海《にほんかい》の荒波《あらなみ》が、ドドン、ドドンといって岸《きし》を打《う》っています。がけの上《うえ》に、一|本《ぽん》の松《まつ》の木《き》が、しっかり岩《いわ》にかじりついて、暗《くら》い沖《おき》をながめて、嵐《あらし》にほえていました。  そこへ、どこからともなく、紅《あか》い、いすかが飛《と》んできて、松《まつ》の木《き》にとまりました。 「松《まつ》の木《き》さん、なんで、そんなに腹《はら》だたしそうにどなっているのですか?」といいました。  松《まつ》の木《き》は、頭《あたま》の毛《け》を逆立《さかだ》て、いまにも岩《いわ》からはなれて、沖《おき》の方《ほう》へ飛《と》んでゆきそうな、いらだたしげなようすをしながら、 「まだ、あの船《ふね》が見《み》えないからだ……。」と答《こた》えました。  いすかには、ただ、それだけ聞《き》いたのでは理由《りゆう》がわからなかった。 「あの船《ふね》って、どんな船《ふね》ですか。それにはだれか、あなたのお知《し》り合《あ》いの方《かた》でも乗《の》っているのですか。」と聞《き》きました。  ぶっきらぼうの松《まつ》の木《き》は、いすかにくどくど聞《き》かれるのを好《す》きませんでした。なぜなら、自分《じぶん》の心配《しんぱい》をひとに話《はな》したって、どうなるものでもなく、また、それにかかわりのない他人《たにん》が聞《き》いても、なんのためにもなるものでないと思《おも》われたからです。で、この小鳥《ことり》を枝《えだ》から振《ふ》り落《お》としてしまおうかと思《おも》ったが、黒《くろ》い目《め》をした、りこうそうな顔《かお》つきを見《み》ると、そうもできなく、松《まつ》の木《き》は、ありのままの話《はなし》をして聞《き》かせました。 「英吉《えいきち》という、若者《わかもの》の乗《の》っている船《ふね》が、二、三|日《にち》前《まえ》に沖《おき》へ出《で》たが、まだもどってこない。それに、海《うみ》はこのような嵐《あらし》なのだ。あの高《たか》い浪《なみ》を見《み》るがいい。どんなに、強《つよ》いきかぬ気《き》の若者《わかもの》でも、これを乗《の》り切《き》ることはできまい。おれはそう思《おも》うと気《き》が気《き》でなく、こうして、夜《よる》となく、昼《ひる》となくほえているのだ。」と、松《まつ》の木《き》は、いいました。  紅《あか》い、いすかはしっかりと、小枝《こえだ》につかまって、耳《みみ》を傾《かたむ》けて聞《き》いていたが、 「その若者《わかもの》とあなたとは、どんな関係《かんけい》があるのですか?」とたずねました。 「おお、それを話《はな》そう。そうだ、雪《ゆき》のたくさん降《ふ》った年《とし》だった。おれは、頭《あたま》の上《うえ》にかかる雪《ゆき》をはらっても、はらってもあとから降《ふ》って、だめだった。あの野原《のはら》や、小山《こやま》に生《は》えているような松《まつ》の木《き》とちがって、おれは、ひどい嵐《あらし》にも、また雪《ゆき》にも負《ま》けるものじゃない。それが、とうとうその年《とし》ばかりは、雪《ゆき》の重《おも》みに堪《た》えずに、根《ね》もとから二つに裂《さ》けてしまった。それどころか、もうすこしのことで、おれの半分《はんぶん》の体《からだ》は、がけの下《した》に落《お》ちてしまうところだった。おれは、そうなるまいと我慢《がまん》をした。そのうちに、待《ま》っていた春《はる》になったのである。海《うみ》の水《みず》が紫色《むらさきいろ》に見《み》え、消《き》えてしまったが、ただ、おれの体《からだ》の傷口《きずぐち》は、沖《おき》から吹《ふ》いてくる寒《さむ》い風《かぜ》にさらされて、痛《いた》んで、このまま過《す》ぎたら、枯《か》れてしまうとさえ思《おも》われたのだ。このとき、下《した》の漁師村《りょうしむら》から、少年《しょうねん》が、がけの上《うえ》へ登《のぼ》ってきた。そして、おれを見《み》ていじらしく感《かん》じた。たいていの子供《こども》たちなら、考《かんが》えなしに、いたずらをして、無理《むり》にも引《ひ》きはなしてしまうのを、『ああ、雪《ゆき》で裂《さ》けたのだな、こんながけの上《うえ》で、岩《いわ》にしがみついて、一|日《にち》として平穏《へいおん》に暮《く》らしたことのない木《き》を、かわいそうに……。』と、少年《しょうねん》はいって、わざわざ家《いえ》から、もちを持《も》ってきて、裂《さ》けめを合《あ》わせて、ぐるぐると繩《なわ》で傷口《きずぐち》を開《ひら》かないように縛《しば》ってくれた。なんとしんせつでないか。おれは元気《げんき》だったから、体《からだ》の恢復《かいふく》するのも早《はや》かった。あれから、十|年《ねん》にもなったろう……。英吉《えいきち》というのは、その少年《しょうねん》の名《な》だった。」  だまって、聞《き》いていた、いすかは、 「ああ、それでわかりました。あなたが、その若者《わかもの》の身《み》の上《うえ》を心配《しんぱい》なさるのは、もっとものことです。なんという、その人《ひと》は、やさしい心《こころ》でしょう?」  松《まつ》の木《き》は、身《み》ぶるいしながら、 「あの人《ひと》は、小《ちい》さい時分《じぶん》に、両親《りょうしん》をなくして、おばあさんの手《て》で育《そだ》てられた。そうした、不幸《ふこう》を味《あじ》わわないものだったら、どうして、同情《どうじょう》をするようなことがあろう……。」と答《こた》えました。  遠《とお》い、北《きた》の寒《さむ》い国《くに》に生《う》まれて、またその方《ほう》へ帰《かえ》ってゆこうとする、いすかは、寒《さむ》いことには平気《へいき》でしたから、それによく飛《と》びましたから、今夜《こんや》にも、海《うみ》を越《こ》そうとしていました。ものすごい、沖《おき》の方《ほう》から、たえず波《なみ》は、ドドウ、ドドウとがけの下《した》に打《う》ち寄《よ》せている。そして、かなたの空《そら》は、真《ま》っ暗《くら》でありました。そこには、無数《むすう》の白《しろ》いうさぎが、駆《か》けているように、波頭《なみがしら》が光《ひか》って見《み》えるばかりでした。        *   *   *   *   *  人間《にんげん》でもそうであるように、まれには、仲間《なかま》どうしだけで、宴会《えんかい》を開《ひら》きたいものです。海《うみ》の男女《だんじょ》の神《かみ》たちは、急《きゅう》に、舞踏会《ぶとうかい》を催《もよお》すことになりました。 「おまえの力《ちから》で、人間《にんげん》の船《ふね》を、みんな吹《ふ》き飛《と》ばしてくれ。」と、男《おとこ》の神《かみ》は、風《かぜ》にいった。  急《きゅう》に、空模様《そらもよう》が変《か》わってきたので、あたりをこいでいた船《ふね》は、あわてて港《みなと》をさして逃《に》げました。 「さあ、今年《ことし》の冬《ふゆ》の踊《おど》りおさめに、みんながうたって、騒《さわ》いでくれ。」と、一人《ひとり》の神《かみ》が命令《めいれい》すると、風《かぜ》は、凱歌《がいか》をあげ、幾《いく》百千|万《まん》の波《なみ》は、手《て》をたたいて乱舞《らんぶ》し、黒雲《くろくも》は、雷《かみなり》を鳴《な》らして、火《ひ》を振《ふ》りまわしながら駆《か》けり、そして、ここににぎやかな、舞踏会《ぶとうかい》は開《ひら》かれたのでありました。  女神《めがみ》らは、手《て》を取《と》り合《あ》って、素足《すあし》で、長《なが》い、緑色《みどりいろ》の裳裾《すそ》をひきずって、入《い》り乱《みだ》れて舞《ま》いました。また、男神《おがみ》は、声高《こえたか》らかに、 [#ここから2字下げ] 海《うみ》は、自由《じゆう》だ。海《うみ》は、若《わか》い、 幾《いく》千|万年前《まんねんぜん》も、いまも変《か》わりはない、 だれが、海《うみ》を征服《せいふく》しようというか? 海《うみ》は、自由《じゆう》だ。海《うみ》は、若《わか》い、 さあ、うたえ! さあ、踊《おど》れ! [#ここで字下げ終わり]  ちょうど、このとき、ほかの船《ふね》は、姿《すがた》を消《け》してしまったのに、英吉《えいきち》の船《ふね》だけが、嵐《あらし》の舞踏《ぶとう》する、渦巻《うずま》きの中《なか》に残《のこ》されたのでした。そして、幾《いく》たび、あやうく波《なみ》にのみ込《こ》まれようとしたかしれません。これを見《み》た、海《うみ》の神《かみ》たちは、怒《おこ》りました。 「なんという自然《しぜん》の怖《おそ》ろしさを知《し》らぬばかじゃ。大浪《おおなみ》よ、ちょいと一《ひと》のみにしてしまえ。」と、男神《おがみ》は、いいました。 「まあ、お待《ま》ちください、あのものは、なにか手《て》を合《あ》わせて祈《いの》っているようです。わたしが、よく見《み》とどけてまいりますまで。」と、なかにも、やさしい、女神《めがみ》は訴《うった》えました。  すぐに、女神《めがみ》は、飛《と》んで、英吉《えいきち》の乗《の》っている、破《やぶ》れかけた船《ふね》のほばしらの頂《いただき》にきてとまりました。そして、清《きよ》らかな瞳《ひとみ》で、下《した》をみつめました。 「海《うみ》の神《かみ》さま、どうぞ、私《わたし》をお助《たす》けください。私《わたし》は、頼《たよ》りない年《とし》とった祖母《そぼ》があります。父《ちち》は、やはり海《うみ》で死《し》んだのでした。母《はは》は、これを悲《かな》しんで、その後《ご》まもなく、なくなりました。海《うみ》を生活《せいかつ》の戦場《せんじょう》とするものには、海《うみ》の上《うえ》で死《し》ぬことは、本望《ほんもう》です。私《わたし》の命《いのち》は、海《うみ》に捧《ささ》げます。どうぞ、祖母《そぼ》の達者《たっしゃ》のうちだけ、私《わたし》の命《いのち》を助《たす》けてください。」と、英吉《えいきち》は、ひざまずいて祈《いの》っていました。 「おまえのそばにある、紅《あか》い、小《ちい》さな花《はな》はなんの花《はな》か?」  女神《めがみ》の声《こえ》は、目《め》に見《み》えない、不思議《ふしぎ》な泉《いずみ》のように、若者《わかもの》の魂《たましい》に、ささやくと、彼《かれ》は、涙《なみだ》ぐましい感激《かんげき》にむせびました。 「神《かみ》さま、私《わたし》は、自然《しぜん》に対《たい》して、いつも謙遜《けんそん》な心《こころ》を抱《いだ》いています。海《うみ》、鳥《とり》、花《はな》、木《き》……すべて生命《いのち》あるものに対《たい》して、真心《まごころ》をもっています。この紅《あか》い、小《ちい》さな花《はな》は、雪割草《ゆきわりそう》です。おばあさんが、この鉢《はち》に、水《みず》をやるのを忘《わす》れるといけないと思《おも》って、私《わたし》は、船《ふね》の中《なか》まで持《も》ってきました。春《はる》を待《ま》つ、この花《はな》の短《みじか》い命《いのち》を救《すく》ってください。」  女神《めがみ》は、いそいで去《さ》りました。そして、このことを他《た》の神々《かみがみ》に、告《つ》げました。許《ゆる》されたのか、風《かぜ》が変《か》わって、英吉《えいきち》の船《ふね》をいままでとは反対《はんたい》の方角《ほうがく》に吹《ふ》きつけると、逆巻《さかま》く波《なみ》は、つぎからつぎへと、船《ふね》をほんろうして、ちょうど木《こ》の葉《は》をもてあそぶようでありましたが、船《ふね》は、いつしか港《みなと》の方《ほう》へ追《お》いやられたのでした。そして、日暮《ひぐ》れ方《がた》から、幾分《いくぶん》か海《うみ》の上《うえ》が、穏《おだ》やかになったので、英吉《えいきち》は、喜《よろこ》んで、陸《りく》の方《ほう》へ、あらんかぎり、腕《うで》に力《ちから》を入《い》れてこぎだしました。  村《むら》では、人々《ひとびと》が、英吉《えいきち》の船《ふね》が、まだもどらないので心配《しんぱい》していました。暗《くら》くなると、がけの上《うえ》に火《ひ》をたいて、暗《くら》い沖《おき》の方《ほう》に向《む》かって合図《あいず》をしました。  また、年老《としと》った祖母《そぼ》は、海《うみ》の見《み》える窓《まど》ぎわに、仏壇《ぶつだん》にろうそくをあげ、孫《まご》が、闇《やみ》の中《なか》をこいでくる時分《じぶん》に、この燈火《ともしび》を目《め》あてにすることもあろうと、その下《した》にすわって、無事《ぶじ》に帰《かえ》るようにと、祈《いの》っていました。  英吉《えいきち》は、これらのちらちらする火影《ほかげ》を、遠《とお》くからながめました。そして、しんせつな人々《ひとびと》の心《こころ》づくしに感謝《かんしゃ》しました。また、その一つの火影《ほかげ》の下《した》にすわって、こちらの沖《おき》を見《み》つめているおばあさんの姿《すがた》を、ありありと目《め》に描《えが》いていたのです。  松《まつ》の木《き》と別《わか》れた、いすかは、若者《わかもの》の無事《ぶじ》を知《し》ると心《こころ》から祝《しゅく》して、日暮《ひぐ》れ方《がた》前《まえ》に、船《ふね》の上《うえ》を過《す》ぎて、遠《とお》くへ飛《と》んでゆきました。そして、ただひとり、日《ひ》が暮《く》れても、松《まつ》の木《き》だけは、物狂《ものくる》おしそうに、海《うみ》に向《む》かって、ほえていました。 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集4」丸善    1930(昭和5)年7月20日 初出:「少女画報」    1929(昭和4)年8月 ※表題は底本では、「海《うみ》の踊《おど》り」となっています。 ※初出時の表題は「海の踊」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2021年12月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。