遠方の母 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)正《しょう》ちゃん |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|面《めん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き] -------------------------------------------------------  正《しょう》ちゃんは、三つになったときに、はじめて自分《じぶん》には、お母《かあ》さんのないことを知《し》りました。それは、どんなにさびしかったでありましょう。みんなに、お母《かあ》さんがあるのに、どうして、自分《じぶん》にばかり、お母《かあ》さんがないのか? それで、正《しょう》ちゃんは、女中《じょちゅう》の脊中《せなか》におぶわれながら、 「お母《かあ》ちゃん、……お母《かあ》ちゃん。」と、小《ちい》さな掌《てのひら》で、女中《じょちゅう》の肩《かた》のあたりをたたきながら、呼《よ》びました。  それは、「私《わたし》には、ほかの子供《こども》たちのように、やさしいお母《かあ》さんがないの?」と、たずねていることがよくわかりましたので、女中《じょちゅう》は、 「坊《ぼっ》ちゃんのお母《かあ》さんは、ののさまになってしまわれましたのですよ。」といって、青《あお》い空《そら》の方《ほう》を指《さ》したのであります。  しかし、ののさまということも、また、ののさまになれば、空《そら》へ上《のぼ》ってしまわなければならぬということも、まだ正《しょう》ちゃんには、わかりませんでした。いろいろとかたことまじりに、女中《じょちゅう》に問《と》いましたので、彼女《かのじょ》は、 「坊《ぼっ》ちゃんのお母《かあ》さんは、遠《とお》いところへいってしまわれたのですよ。」と、哀《あわ》れな子供《こども》に、説《と》いて聞《き》かせなければならなかったのです。  彼女《かのじょ》には、どうしても、このとき、死《し》んでしまったということが、あまりに、子供《こども》に対《たい》して、いじらしくていえなかったのでした。  正《しょう》ちゃんは、お母《かあ》さんが、遠《とお》いところへいったと聞《き》くと、よく女中《じょちゅう》の話《はなし》がわかりました。いつ、その遠《とお》いところから、帰《かえ》ってくるかということも、また、その遠《とお》いところというのは、どこだろうということも知《し》らなかったけれど、ただ、ぼんやりと、遠《とお》いところへいったのだということだけがわかりました。  正《しょう》ちゃんは、自分《じぶん》をよくかわいがってくれる女中《じょちゅう》の脊中《せなか》にいて、不自由《ふじゆう》はしなかったけれど、自分《じぶん》にはほかの子供《こども》のように、お母《かあ》さんがないのだと思《おも》ったときは、さびしそうにみえました。そして、どんなことを、小《ちい》さな頭《あたま》の中《なか》で思《おも》っているのか、 「お母《かあ》ちゃん、……お母《かあ》ちゃん。」といって、小《ちい》さな掌《てのひら》で、女中《じょちゅう》の肩《かた》のあたりをたたいたのであります。  ある日《ひ》のこと、もう、夏《なつ》でありましたから、女中《じょちゅう》は手《て》にうちわを持《も》っていました。そのうちわは、毎日《まいにち》のように、勝手《かって》もとへご用《よう》を聞《き》きにくる、出入《でい》りの商人《しょうにん》が暑中伺《しょちゅううかが》いに持《も》ってきたのであって、だれが描《か》いたのかしれないが、若《わか》い女《おんな》の人《ひと》が、晩方《ばんがた》の町《まち》を歩《ある》いている絵《え》が描《か》いてありました。  女中《じょちゅう》は、なんということなく、また深《ふか》い考《かんが》えもなく、脊中《せなか》の正《しょう》ちゃんに、うちわを見《み》せて、 「坊《ぼっ》ちゃんのお母《かあ》さんは、ここにいられますよ。」といって、うちわの中《なか》の女《おんな》の人《ひと》を指《ゆび》さしたのでした。  正《しょう》ちゃんは、じっと、その絵《え》にみとれていましたが、 「お母《かあ》ちゃん。」といって、急《きゅう》に、かわいらしい手《て》で、しっかりとうちわの柄《え》をつかんでしまって、放《はな》しませんでした。  その絵《え》の女《おんな》の人《ひと》の顔《かお》は、あちらを向《む》いているので半分《はんぶん》しか描《か》いてありません。けれど若《わか》い、しとやかな、美《うつく》しい姿《すがた》をしていました。そして、墨絵《すみえ》で書《か》かれた町《まち》は、黒《くろ》く浮《う》き出《で》て、町《まち》の屋根《やね》を赤《あか》く染《そ》めて、夕焼《ゆうや》けの空《そら》が、もの悲《がな》しく見《み》えていたのです。  子供《こども》の目《め》に、その絵《え》は、どんなふうに映《うつ》ったでしょうか。それをだれも知《し》る人《ひと》はありません。しかし正《しょう》ちゃんは、そのうちわを持《も》つと、じっとその絵《え》に見入《みい》っていました。赤《あか》い絵《え》の具《ぐ》の色《いろ》が、水晶《すいしょう》のように、清《きよ》らかに澄《す》んだ、正《しょう》ちゃんの瞳《ひとみ》の中《なか》にうつるのでありました。 「坊《ぼっ》ちゃんは、このうちわが、大好《だいす》きですね。」と、女中《じょちゅう》は、笑《わら》いながらいいました。  正《しょう》ちゃんは、寝起《ねお》きのいい子《こ》でありましたけれど、おりには、不《ふ》きげんで、泣《な》くこともありました。そんなとき、彼女《かのじょ》は、うちわを持《も》ってきて、 「お母《かあ》ちゃんが、お母《かあ》ちゃんが……。」といいました。哀《あわ》れな子供《こども》は、ものいわない絵《え》に見入《みい》って、泣《な》きやむのがつねでありました。そして、小《ちい》さな指《ゆび》で、うちわに描《か》かれた、女《おんな》の人《ひと》を指《ゆび》さして、 「お母《かあ》ちゃん、……お母《かあ》ちゃん。」と、かわいらしい声《こえ》を出《だ》して、正《しょう》ちゃんはいったのです。  絵《え》は、もとよりなんの言葉《ことば》もありませんでした。しかし、正《しょう》ちゃんは、絵《え》のお母《かあ》さんが、笑《わら》ってでも見《み》えるのか、ひとり、声《こえ》をたて、自分《じぶん》で笑《わら》って、なぐさめられたのであります。  夏《なつ》でありましたから、ちょうどうちわの絵《え》のように夕焼《ゆうや》けのした景色《けしき》が、町《まち》の中《なか》でも見《み》られました。そのうちに、だんだん夏《なつ》も終《お》わりに近《ちか》づいたのです。  暑《あつ》さを忘《わす》れるようになると、だれでも、うちわを粗末《そまつ》にします。たいていうちわというものは、その年《とし》だけしか使用《しよう》しないからです。女中《じょちゅう》も、やはりその一人《ひとり》でありました。ある日《ひ》のこと、勝手《かって》もとで、しちりんに鍋《なべ》をかけて煮物《にもの》をしていましたが、その焼《や》けた鍋《なべ》を下《お》ろすときに、正《しょう》ちゃんの好《す》きなうちわだという考《かんが》えもなく、その上《うえ》におろしました。そのために、うちわの絵《え》の描《か》いてある表《おもて》が、赤黒《あかぐろ》く焦《こ》げてしまったのです。そして、正《しょう》ちゃんのお母《かあ》さんも焦《こ》げてしまいました。 「お母《かあ》ちゃん、……お母《かあ》ちゃん。」と、正《しょう》ちゃんがいったときに、女中《じょちゅう》は、その焦《こ》げたうちわを取《と》り上《あ》げて、いまさら、自分《じぶん》の無分別《むふんべつ》をば、深《ふか》く心《こころ》に恥《は》じながら、これを正《しょう》ちゃんに渡《わた》しますと、正《しょう》ちゃんは、おどろいて、そのうちわを見《み》つめていましたが、ばたりと手《て》から落《お》として、急《きゅう》に、悲《かな》しくなって泣《な》き出《だ》しました。 「お母《かあ》ちゃん! お母《かあ》ちゃん!」  なんといっても、呼《よ》びつづけてやみませんでした。女中《じょちゅう》は、困《こま》ってしまった。しかし、自分《じぶん》が悪《わる》いのだと思《おも》って、 「さあ、坊《ぼっ》ちゃん、おんぶなさい。いいきれいなうちわを買《か》ってきましょう……。」といいました。  彼女《かのじょ》は、探《さが》したら、これと同《おな》じ絵《え》の描《か》いてあるうちわを見《み》つけないものでもない。それでなければ、もっと美《うつく》しい女《おんな》の人《ひと》の描《か》いてあるうちわがあるだろうと思《おも》ったからです。  正《しょう》ちゃんは、すぐには、おんぶしませんでしたが、お母《かあ》ちゃんの描《か》いてある、いいうちわを買《か》ってきましょうといったので、泣《な》く泣《な》く女中《じょちゅう》の肩《かた》につかまりました。  彼女《かのじょ》は、正《しょう》ちゃんをおぶって、町《まち》の中《なか》をぶらぶら歩《ある》きました。 「どこへいったら、うちわがあるだろう……。」  もはや、季節《きせつ》が過《す》ぎてしまったので、荒物屋《あらものや》や、絵双紙屋《えぞうしや》のようなところを聞《き》いて歩《ある》いてみたけれど、うちわを並《なら》べている家《うち》はありませんでした。  女中《じょちゅう》は、ほんとうに困《こま》ってしまいました。 「いま、きっと、どこかにありますよ。」といって、彼女《かのじょ》は正《しょう》ちゃんをおぶって、なおもうちわを探《さが》して歩《ある》いたのでした。けれど、うちわはなかなか見《み》つかりませんでした。たまたま売《う》れ残《のこ》りのうちわがあっても、それは、前《まえ》の正《しょう》ちゃんの大好《だいす》きなうちわとは似《に》つきもしないもので、正《しょう》ちゃんは、それを手《て》に取《と》ると、だまって捨《す》ててしまいました。  女中《じょちゅう》は、それから、まだどんなに探《さが》して歩《ある》いたことでしょう。 「お母《かあ》ちゃんない、……お母《かあ》ちゃんない?」と、脊中《せなか》で正《しょう》ちゃんはいいました。 「いくら探《さが》しても、どこにも、あれと同《おな》じうちわはありませんよ。」と、彼女《かのじょ》は、答《こた》えました。  まだ、三つの正《しょう》ちゃんにも、その意味《いみ》がわかったものとみえて、正《しょう》ちゃんは、女中《じょちゅう》の脊中《せなか》で大《おお》あばれをしました。 「お母《かあ》ちゃん、……お母《かあ》ちゃん……。」といって、泣《な》きました。  女中《じょちゅう》は、しみじみと、これほどまでに坊《ぼっ》ちゃんが、ほんとうのお母《かあ》さんのごとく思《おも》っているものを、自分《じぶん》が粗末《そまつ》にしたことは、まちがっていたと、心《こころ》から悪《わる》かったと思《おも》いました。そして、どんなにしても、あれと同《おな》じようなうちわを探《さが》さなければならぬと思《おも》いました。  哀《あわ》れな彼女《かのじょ》は、町《まち》の中《なか》を歩《ある》いて、歩《ある》いてまわったのです。とうとう足《あし》は、疲《つか》れました。  そのうちに、日《ひ》はまったく暮《く》れてしまった。そして、秋《あき》の夜《よ》らしく、淡《うす》いもやが、一|面《めん》に町《まち》の屋根《やね》にかかりました。いま、彼女《かのじょ》は、正《しょう》ちゃんをおぶって、寂《さび》しい道《みち》を歩《ある》いていました。 「坊《ぼっ》ちゃん、わたしが悪《わる》かったのですから、どうか堪忍《かんにん》してくださいね。」と、彼女《かのじょ》はいいました。  子供《こども》は、それがわかったように、おとなしくしていた。そのとき、ちょうど、まんまるな月《つき》が、林《はやし》の上《うえ》へ上《のぼ》ったのであります。 「おお、いいお月《つき》さまだこと。坊《ぼっ》ちゃんのお母《かあ》さんは、あの中《なか》に、おいでなさるのですよ。」と、彼女《かのじょ》は月《つき》を指《ゆび》さしながらいいました。正《しょう》ちゃんは、じっと、月《つき》を水晶《すいしょう》のような清《きよ》らかな目《め》でながめていましたが、それらしいなにかが映《うつ》ったのか、 「お母《かあ》ちゃん、……お母《かあ》ちゃん。」と、自分《じぶん》も月《つき》を指《ゆび》さして、にっこりしました。――これは、正《しょう》ちゃんが、はじめて、この世《よ》の中《なか》の哀《あわ》れを解《かい》したときであったのであります。 [#地付き]――一九二七・一〇―― 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集3」丸善    1928(昭和3)年7月6日 初出:「赤い鳥 第十九卷第六號」    1927(昭和2)年12月1日 ※表題は底本では、「遠方《えんぽう》の母《はは》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:くろべえ 2019年11月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。