ぴかぴかする夜 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)都会《とかい》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き]――一九二四・七―― -------------------------------------------------------  都会《とかい》から、あまり遠《とお》く離《はな》れていないところに、一|本《ぽん》の高《たか》い木《き》が立《た》っていました。  ある夏《なつ》の日《ひ》の暮《く》れ方《がた》のこと、その木《き》は、恐《おそ》ろしさのために、ぶるぶると身《み》ぶるいをしていました。木《き》は、遠《とお》くの空《そら》で、雷《かみなり》の鳴《な》る音《おと》をきいたからです。  小《ちい》さな時分《じぶん》から、木《き》は、雷《かみなり》の怖《おそ》ろしいのをよく知《し》っていました。風《かぜ》をよけて、自分《じぶん》をかばってくれた、あのやさしいおじさんの大木《たいぼく》も、ある年《とし》の夏《なつ》の晩方《ばんがた》のこと、目《め》もくらむばかりの、電《いなずま》といっしょに落《お》ちた、雷《かみなり》のために、根《ね》もとのところまで裂《さ》かれてしまったのでした。そればかりでない、この広《ひろ》い野原《のはら》のそこここに、どれほど多《おお》くの木《き》が、雷《かみなり》のために、打《う》たれて枯《か》れてしまったことでしょう。 「あまり、大《おお》きく、高《たか》くならないうちが、安心《あんしん》だ。」といわれていましたのを、木《き》は、思《おも》い出《だ》ました。  しかし、いま、この木《き》は、いつしか、高《たか》く大《おお》きくなっていたのでした。それをどうすることもできませんでした。  木《き》は、それがために、雷《かみなり》をおそれていました。そして、いま、遠方《えんぽう》で鳴《な》る雷《かみなり》の音《おと》をきくと、身《み》ぶるいせずにはいられませんでした。  このとき、どこからともなく、湿《しめ》っぽい風《かぜ》に送《おく》られてきたように、一|羽《わ》のたかが飛《と》んできて、木《き》のいただきに止《と》まりました。 「私《わたし》は、山《やま》の方《ほう》から駆《か》けてきた。どうか、すこし、翼《はね》を休《やす》めさしておくれ。」と、たかはいいました。  しかし、木《き》は、身《み》ぶるいしていて、よくそれに答《こた》えることができませんでした。 「そ、そんなことは、お安《やす》いご用《よう》です。た、ただ、あなたの身《み》に、障《さわ》りがなければいいがと思《おも》っています。」と、やっと、木《き》は、それだけのことをいうことができました。 「それは、どういうわけですか。なにを、そんなに、おまえさんは、おそれているのですか?」と、たかは、木《き》に向《む》かって問《と》いました。木《き》は、雷《かみなり》のくるのを恐《おそ》ろしがっていると、たかに向《む》かって、これまで聞《き》いたり、見《み》たりしたことを、子細《しさい》に物語《ものがた》ったのでありました。これを聞《き》いて、たかはうなずきました。 「おまえさんのおそれるのも無理《むり》のないことです。雷《かみなり》は、こちらにくるかもしれません。いま、私《わたし》は、あちらの山《やま》のふもとを翔《か》けてきたときに、ちょうど、その近《ちか》くの村《むら》の上《うえ》を暴《あば》れまわっていました。しかしそんなに心配《しんぱい》なさいますな。私《わたし》が、雷《かみなり》を、こちらへ寄越《よこ》さずに、ほかへいくようにいってあげます。」と、たかはいいました。  木《き》は、これを聞《き》くと、安心《あんしん》いたしました。しかし、この鳥《とり》のいうことを、はたして、雷《かみなり》がききいれるだろうかと不安《ふあん》に思《おも》いました。そのことを木《き》は、たかにたずねますと、 「私《わたし》は、山《やま》にいれば、雷《かみなり》を友《とも》だちとして遊《あそ》ぶこともあるのですから、きくも、きかぬもありません。」と、たかは、うけあって、いいました。ちょうど、そのとき、前《まえ》よりは、いっそう、大《おお》きくなって、雷《かみなり》の音《おと》が、とどろいたのでした。木《き》は、顔色《かおいろ》を失《うしな》って、青《あお》ざめて、ふるえはじめたのです。たかは、空《そら》にまき起《お》こった、黒雲《くろくも》を目《め》がけて、高《たか》く、高《たか》く、舞《ま》い上《あ》がりました。そして、その姿《すがた》を雲《くも》の中《なか》に、没《ぼっ》してしまいました。たかは、黒雲《くろくも》の中《なか》を翔《か》けりながら、雷《かみなり》に向《む》かって、叫《さけ》びました。 「君《きみ》は、あんな、さびしい、野原《のはら》などをおびやかしたって、しかたがないだろう。それよりか、もっと、おびやかしがいのある、都《みやこ》の方《ほう》へでもいったらどうだ。」と、たかは、いったのです。怖《おそ》ろしい顔《かお》をしているが、案外《あんがい》、心《こころ》のやさしい雷《かみなり》は、太《ふと》いしゃがれた声《こえ》をだして、 「いったい僕《ぼく》は、だれをも、おびやかしたくないんだが、僕《ぼく》が、散歩《さんぽ》に出《で》ると、みんなが怖《こわ》がってしかたがない。なんという僕《ぼく》は不幸《ふこう》ものだろう。野原《のはら》にいっても、いちばん高《たか》い木《き》のとがった、頂《いただき》へ、ちょっと足《あし》を止《と》めるばかりなんだ。どこへいったって、僕《ぼく》は遠慮《えんりょ》をしている。都《みやこ》の方《ほう》に、あまりいかないのも、僕《ぼく》の遠慮《えんりょ》がちからなんだ。それで、いつもさびしい野原《のはら》の方《ほう》へ、いくようなしだいなんだ。」と、答《こた》えました。すると、たかは、空《そら》に、もんどりを打《う》ちながら、 「よく、君《きみ》の心《こころ》の中《なか》は、わかっている。しかし、いつも、野原《のはら》の方《ほう》へいくんでは、君《きみ》も、散歩《さんぽ》のかいがないというもんだ。このごろ、都会《とかい》は美《うつく》しいぜ。ひとつ、今日《きょう》は、都会《とかい》の方《ほう》へいってみたらいいだろう。」と、たかはいいました。  正直《しょうじき》で、信《しん》じやすい雷《かみなり》は、たかのいうことに従《したが》いました。そして、雷《かみなり》は、方向《ほうこう》を転《てん》じて、都《みやこ》の方《ほう》へ進《すす》んでいきました。黒雲《くろくも》は雷《かみなり》に、従《したが》いました。そして、さながら前《まえ》ぶれのように冷《つめ》たい、湿《しめ》っぽい風《かぜ》は、野面《のづら》を吹《ふ》くかわりに、都会《とかい》の上《うえ》を襲《おそ》ったのです。  雷《かみなり》は目《め》の下《した》に、燈火《ともしび》のきらきらとついた都会《とかい》をながめました。そこからは、自分《じぶん》の鳴《な》る音《おと》に負《ま》けないほどの、ゴウゴウなりとどろく、汽罐《きかん》のうなり音《おと》や、車輪《しゃりん》のまわる音《おと》や、いろいろの蒸気機関《じょうききかん》の活動《かつどう》するひびきをききました。  この有《あ》り様《さま》を見《み》ると、雷《かみなり》は、ここでは、遠慮《えんりょ》をしなくてもいいだろう、という気《き》が起《お》こりました。しかし、雷《かみなり》は、どこへでも落《お》ちていいというような、乱暴《らんぼう》な考《かんが》えはもちませんでした。どこか、自分《じぶん》の、ちょっと足《あし》をとめていいところはないかと探《さが》しました。  正直《しょうじき》な、やさしい雷《かみなり》は、黒《くろ》い、太《ふと》い一筋《ひとすじ》の電線《でんせん》が、空中《くうちゅう》にあるのを見《み》つけました。そして、注意深《ちゅういぶか》く、その線《せん》の上《うえ》に降《お》りました。すると、いままで、威勢《いせい》よく、きらきらと燈火《あかり》が輝《かがや》いて、荘厳《そうごん》に見《み》えた都会《とかい》が、たちまち真《ま》っ暗《くら》となって、すべての機械《きかい》の鳴《な》る音《おと》が、止《と》まってしまいました。  雷《かみなり》は、どうしたことかと、びっくりしてしまいました。このとき、野原《のはら》の高《たか》い木立《こだち》は、星晴《ほしば》れのした空《そら》に、すがすがしく脊伸《せの》びをしたのであります。 [#地付き]――一九二四・七―― 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷発行 ※表題は底本では、「ぴかぴかする夜《よる》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:雪森 2013年5月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。