親木と若木 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)木《き》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き]――一九二六・二―― -------------------------------------------------------  なんでも、一|本《ぽん》の木《き》が大《おお》きくなると、その根《ね》のところに、小《ちい》さな芽《め》が生《は》えるものであります。  孝《こう》ちゃんの家《いえ》の垣根《かきね》のところに、山吹《やまぶき》がしげっていました。ふさふさとして、枝《えだ》はたわんで黄金色《こがねいろ》の花《はな》をつけていました。日《ひ》の光《ひかり》は、広々《ひろびろ》とした庭《にわ》の面《おもて》にあふれていましたから、この花《はな》の上《うえ》をも照《て》らしたのであります。花《はな》には、みつばちがたかり、暖《あたた》かな風《かぜ》が、おだやかに接吻《せっぷん》していました。  この山吹《やまぶき》の根《ね》もとには、新《あたら》しい芽《め》が、幾本《いくほん》も土《つち》を破《やぶ》って頭《あたま》を出《だ》していました。そして、自分《じぶん》たちの頭《あたま》におおいかかっている、幾《いく》つかの枝《えだ》のすきまから、かすかにもれてくる日《ひ》の光《ひかり》を受《う》けて、早《はや》く、大《おお》きく伸《の》びて、枝《えだ》と枝《えだ》の間《あいだ》を分《わ》けて、自分《じぶん》たちも広《ひろ》い世界《せかい》に出《で》ようとしたのであります。  山吹《やまぶき》は、子孫《しそん》のしげることを誇《ほこ》りとしていました。もっと、もっと株《かぶ》が大《おお》きくなって、みんな、輝《かがや》く黄金色《こがねいろ》の花《はな》をつけたら、どんなにみごとなことであろうと思《おも》うと、自《おのず》から、その日《ひ》の有《あ》り様《さま》を空想《くうそう》して、うっとりとせずにはいられませんでした。  けれど、たくさんに頭《あたま》を出《だ》した子孫《しそん》が、みんな幸福《こうふく》であろうはずがなかったのです。広《ひろ》やかな庭《にわ》のひなたの方《ほう》に芽《め》を出《だ》したものは、自由《じゆう》に伸《の》びることはできたけれども、反対《はんたい》に、垣根《かきね》を越《こ》して、北《きた》の寒《さむ》い、日蔭《ひかげ》に、不幸《ふこう》にも頭《あたま》を出《だ》したものは、どんな憂《う》きめを見《み》たことでしょうか。  ちょうど、そこには、竹《たけ》の棒《ぼう》や、朽《く》ちかかった杭《くい》のようなものや、割《わ》れた煉瓦《れんが》などが積《つ》み重《かさ》ねられてあって、せっかく、芽《め》を出《だ》したけれど、柔《やわ》らかな頭《あたま》を、それらの無情《むじょう》な物体《ぶったい》にくじかれて、曲《ま》がりくねって、わずかに、艶気《つやけ》のない青葉《あおば》をつけているにすぎませんでした。そして、おそらく、そこに、こうした、不幸《ふこう》な山吹《やまぶき》の苗《なえ》が、存在《そんざい》しているということは、みつばちをはじめ、毎日《まいにち》、そこらへきて、口《くち》やかましくおしゃべりをするすずめたちにも、気《き》がつかなければ、また口《くち》の端《は》にも上《のぼ》ることはなかったのでした。  ある日《ひ》、勇二《ゆうじ》は、孝《こう》ちゃんの家《いえ》へ遊《あそ》びにきて、庭《にわ》へ出《で》て山吹《やまぶき》の花《はな》をながめながら、垣根《かきね》の外《そと》へまわると、ふとそこに、不幸《ふこう》な苗《なえ》が、みんなから離《はな》れて、生《は》えていることに気《き》がついたのです。  勇二《ゆうじ》は、なんとなく、その山吹《やまぶき》の苗《なえ》をかわいそうに思《おも》いました。もし、このままにしておいたら、ついには伸《の》びもせずに、枯《か》れてしまうだろうと思《おも》いました。 「孝《こう》ちゃん、僕《ぼく》に、この山吹《やまぶき》の芽《め》を一|本《ぽん》おくれよ。」と、勇二《ゆうじ》は頼《たの》んだのであります。 「ああ、たくさん殖《ふ》えて困《こま》るのだから、君《きみ》の好《す》きなのを一|本《ぽん》こいで、持《も》ってゆきたまえ。」と、孝《こう》ちゃんはいいました。 「いいえ、僕《ぼく》は、この垣根《かきね》の外《そと》にある、やせて、かわいそうな、これでいいのだ。」 「なぜ、そんな元気《げんき》のないのを持《も》っていくんだい。枯《か》れるかもしれないよ。」 「だいじょうぶだよ。」 「なかなか、花《はな》が咲《さ》かないぜ。」 「来年《らいねん》になったら、咲《さ》くかもしれない。」  勇二《ゆうじ》は、孝《こう》ちゃんが、不思議《ふしぎ》がるのを、自分《じぶん》は、かわいそうに思《おも》うところから、ていねいに、なるたけ根《ね》をたくさんつけるようにこいで、それを持《も》って帰《かえ》ると、自分《じぶん》の家《いえ》の庭《にわ》に植《う》えたのであります。 「お母《かあ》さん、山吹《やまぶき》をもらってきて植《う》えましたが、花《はな》が咲《さ》くでしょうか。」と、勇二《ゆうじ》は、お母《かあ》さんにきいたのでありました。  お母《かあ》さんは、勇二《ゆうじ》が、庭《にわ》に植《う》えた、山吹《やまぶき》のところへ出《で》て、見《み》られました。 「まあ、この木《き》は、日蔭《ひかげ》に生《は》えていたのだね、丹精《たんせい》しておやり。そうすれば、ここは、日《ひ》もよく当《あ》たるから大《おお》きくなって、花《はな》が咲《さ》かないともかぎらないから。」といわれたのです。  勇二《ゆうじ》は、水《みず》をやったり、また、犬《いぬ》や、ねこが踏《ふ》まないように、棒《ぼう》を立《た》ててやったりしました。しかし、芽《め》を出《だ》したときから、自然《しぜん》にいじめられてきた山吹《やまぶき》は、ちょうど、人間《にんげん》でいえば不具者《ふぐしゃ》のように、なかなか伸《の》びもしなければ、大《おお》きくもなりませんでした。  あの、一|年《ねん》じゅうたっても、日《ひ》の当《あ》たらないところにいたことを考《かんが》えれば、いまの山吹《やまぶき》の身《み》の上《うえ》は、どれほどかしあわせには相違《そうい》なかったけれど、やはり、長《なが》い月日《つきひ》の間《あいだ》には、いろいろなつらいこともあれば、思《おも》いがけない不幸《ふこう》なめにも出《で》あったのです。ある日《ひ》、犬《いぬ》がやってきて、哀《あわ》れな山吹《やまぶき》の枝《えだ》を一|本《ぽん》かみ切《き》ってしまいました。 「悪《わる》い犬《いぬ》だ、こんどきたら、ひどいめにあわせてやろう。」と、勇二《ゆうじ》は、山吹《やまぶき》を見《み》ながらいいました。けれど、もはや、こんなになってしまった山吹《やまぶき》は、どうすることもできませんでした。  いつしか、秋《あき》となり、冬《ふゆ》となりました。冬《ふゆ》には、寒《さむ》い、寒《さむ》い日《ひ》がつづいたのでした。地面《じめん》は凍《こお》って、堅《かた》くかちかちとなりました。そして、草《くさ》の葉《は》や、木《き》の葉《は》は、霜《しも》のために傷《いた》んでそのころまで残《のこ》っていたものもあったけれど、それすら見《み》る影《かげ》もなかったのであります。山吹《やまぶき》の細《ほそ》い茎《くき》も凍《こお》って、しぼんでしまいはしないかと思《おも》われました。  しかし、山吹《やまぶき》は、この寒気《かんき》と戦《たたか》って、ついに負《ま》けませんでした。やがて、春《はる》がめぐってきたときに、緑色《みどりいろ》の芽《め》を、哀《あわ》れな曲《ま》がった枝《えだ》に萌《も》やしたのであります。  去年《きょねん》の春《はる》は、あの日蔭《ひかげ》にあったが、今年《ことし》は日《ひ》がよく当《あ》たるので、その葉《は》の色《いろ》は光沢《つや》がありました。  勇二《ゆうじ》は、山吹《やまぶき》のいきいきとした姿《すがた》を見《み》ると、喜《よろこ》んで、その小《ちい》さな木《き》の根《ね》に肥料《ひりょう》を施《ほどこ》しました。  日《ひ》の光《ひかり》が十|分《ぶん》に当《あ》たり、それに、施《ほどこ》した肥料《ひりょう》がよくきいたとみえて、山吹《やまぶき》は、夏《なつ》のはじめに、黄金色《こがねいろ》の花《はな》を三つばかりつけました。 「お母《かあ》さん、山吹《やまぶき》が咲《さ》きましたよ。」と、勇二《ゆうじ》は、母《はは》に知《し》らせました。 「おお、ほんとうに、三つばかりだけれど、よく、あんなに小《ちい》さくて花《はな》をつけたもんだね。」と、母《はは》は、感心《かんしん》していわれました。  まことに、その姿《すがた》は、いじらしくありました。いじけた木《き》は、それより大《おお》きくなりませんでした。そして、また一|年《ねん》はたったのであります。  翌年《よくねん》の春《はる》になると、この小《ちい》さな山吹《やまぶき》の根《ね》もとから、新《あたら》しい芽《め》が地《ち》を破《やぶ》って、頭《あたま》を伸《の》ばしました。しかも、二|本《ほん》、三|本《ぼん》といっしょに、その芽《め》は、気持《きも》ちのいいほど、ぐんぐんと伸《の》びたのであります。 「お母《かあ》さん、山吹《やまぶき》から、あんなに新芽《しんめ》が出《で》ましたよ。」と、勇二《ゆうじ》は、母《はは》に告《つ》げました。  母《はは》は、勇二《ゆうじ》の告《つ》げる前《まえ》から、それを知《し》っていられたようです。 「ああ、山吹《やまぶき》の子供《こども》なんだよ。」といわれました。 「お母《かあ》さん、そんなら、この小《ちい》さい、いじけたのが親《おや》なんですか。」と、勇二《ゆうじ》は、いまさらのごとく驚《おどろ》いて、山吹《やまぶき》に目《め》を向《む》けてたずねました。 「おまえが、もらってきて植《う》えたのが、親木《おやぎ》になって丹精《たんせい》したから、こんなにいい子供《こども》が産《う》まれたんです。」と、母《はは》は答《こた》えられました。  母《はは》のいうことを聞《き》いて、勇二《ゆうじ》は、感心《かんしん》したのです。同時《どうじ》に、いろいろのことが、頭《あたま》に浮《う》かんできたのでした。  若芽《わかめ》は、ぐんぐん伸《の》びてゆきました。そして、やがて、季節《きせつ》になって、いっぱい、枝《えだ》に、黄金色《こがねいろ》の花《はな》をつけました。けれど、親木《おやぎ》は、子供《こども》に圧《あっ》せられて、地面《じめん》をはって、泥《どろ》に葉《は》が汚《よご》されて、見《み》る影《かげ》もなかったのであります。 「お母《かあ》さん、この親木《おやぎ》はかわいそうですね。」と、勇二《ゆうじ》はいいました。 「いい子供《こども》が産《う》まれて、親木《おやぎ》は、それで満足《まんぞく》して、枯《か》れていくんですよ。人間《にんげん》も、かわりはありません。」と、母《はは》はいわれたのです。  勇二《ゆうじ》は、このとき、孝《こう》ちゃんの家《いえ》から、もらってきた時分《じぶん》の山吹《やまぶき》の姿《すがた》を思《おも》い出《だ》しました。  しかし、いま、新《あたら》しい山吹《やまぶき》は、昔《むかし》のことは知《し》らず、花《はな》がたくさん咲《さ》いて、ちょうや、はちが集《あつ》まっていたのであります。 [#地付き]――一九二六・二―― 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日第1刷発行 ※表題は底本では、「親木《おやぎ》と若木《わかぎ》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:雪森 2013年5月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。