雪の上の舞踏 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)北《きた》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|晩《ばん》 -------------------------------------------------------  はるか北《きた》の方《ほう》の島《しま》で、夏《なつ》のあいだ、働《はたら》いていました人々《ひとびと》は、だんだん寒《さむ》くなったので、南《みなみ》のあたたかな方《ほう》へ、ひきあげなければなりませんでした。 「お別《わか》れに、みんな集《あつ》まって、たのしく一|晩《ひとばん》おくりましょう。」と、それらの人《ひと》たちは、話《はな》しあいました。  丘《おか》の上《うえ》に、一つの小屋《こや》があります。それには、赤《あか》い窓《まど》がついていました。ある晩《ばん》のこと、彼《かれ》らは、そこへ集《あつ》まりました。そこで、男《おとこ》も女《おんな》もまじって食卓《しょくたく》についたのです。食卓《しょくたく》の上《うえ》には、いろいろのくだものや、魚《さかな》や、鳥《とり》や、獣物《けだもの》の肉《にく》などがならべられ、また、色《いろ》のかわった酒《さけ》が、めいめいの前《まえ》においてあったコップに、そそがれていました。  このかんばしいにおいは、小屋《こや》の窓《まど》から外《そと》へながれでたのです。島《しま》にすんでいたきつねは、このにおいをかいで、たまらなくなりました。そして、どこからながれてくるのだろうと思《おも》って、さがしにきました。  きつねは、小屋《こや》の中《なか》で、人間《にんげん》たちが、たのしそうにごちそうを食《た》べているのをながめました。外《そと》は、暗《くら》くなって、夕《ゆう》やけは、わずかに森《もり》の頭《あたま》にのこっているばかりです。これにひきかえて、へやのうちは昼間《ひるま》のように明《あか》るかった。 「人間《にんげん》は、ああして、たのしそうに暮《く》らしているが、私《わたし》たちは、いつも、おなじくらしでつまらない。」と、きつねは、思《おも》って、こちらの木《き》の下《した》に立《た》って、ひらかれた窓《まど》から見《み》える中《なか》のようすに見《み》とれていたのです。  そのうちに、食事《しょくじ》をおわったとみえて、みんなは、食卓《しょくたく》からはなれて、歌《うた》をうたい、楽器《がっき》をならして、ダンスをはじめました。中《なか》にも、女《おんな》たちは、美《うつく》しかった。みんなが、いちばんいい着物《きもの》をきて、持《も》っているだけの指輪《ゆびわ》をはめてきたからです。そして、男《おとこ》も、女《おんな》も、調子《ちょうし》をとって、おもしろそうにおどったのでした。指輪《ゆびわ》についている宝石《ほうせき》からは、青《あお》い光《ひかり》や、金色《きんいろ》の光《ひかり》が、女《おんな》たちのからだを動《うご》かし、手《て》をふるたびにひらめいたのでした。 「まあ、なんという美《うつく》しいことだろう。」と、きつねは、感心《かんしん》してながめていました。がんらい、道化者《どうけもの》のきつねは、いつしか、見《み》ているうちに、自分《じぶん》までうかれごこちになって、みょうな腰《こし》つきをしておどりだしたのでした。  その晩《ばん》は、おそくまで、小屋《こや》の中《なか》は、にぎやかだったのです……。しかし、いまは、寒《さむ》い、寒《さむ》い、冬《ふゆ》でありました。白《しろ》く、雪《ゆき》は、島《しま》の上《うえ》をうずめていました。あの人《ひと》たちは、いまどこにいるか、おそらく、来年《らいねん》の春《はる》になって、島《しま》の雪《ゆき》がとける時分《じぶん》、やってくるときのことなどを考《かんが》えていると思《おも》われたのでした。  はげしく風《かぜ》が、雪《ゆき》の上《うえ》を吹《ふ》くばかりで、あたりは、しんとしていました。きつねは思《おも》い出《だ》したように、ためいきをついて、 「ああ、つまらない。」といって、空《そら》をあおぎました。いつしか、日《ひ》は暮《く》れてしまって、星《ほし》がきらきらと輝《かがや》いていました。 「なにが、そんなにつまらない。」と、星《ほし》がいいました。その大《おお》きな星《ほし》は、北海《ほっかい》の空《そら》の王《おう》さまだったのです。 「お星《ほし》さま、私《わたし》は、さびしいのです。いつか、人間《にんげん》たちが、おどったように、私《わたし》も、おどってさわいでみたいのです。」 と、きつねは、答《こた》えた。  星《ほし》は、黒《くろ》い海《うみ》や、寒《さむ》さのためにふるえている森《もり》や、窓《まど》が閉《し》まって、人《ひと》の住《す》んでいない小屋《こや》などを見下《みお》ろしながら、うなずきました。 「おまえのいうのは、もっともだ。おどったら、いいだろう。」と、星《ほし》は、いいました。 「お星《ほし》さま、いくら、私《わたし》がおどりたいと思《おも》っても、ひとりではつまらのうございます。」 「それはそうだ。ほかにも、仲間《なかま》があるにちがいない。森《もり》へいって、ふくろうに相談《そうだん》してみるがいい。」と、星《ほし》は、いいました。  きつねは、森《もり》の中《なか》へゆきました。ふくろうは、たいくつそうに、体《からだ》をふくらまして、口《くち》のうちでぶつぶついっていました。きつねは、そのことを相談《そうだん》しました。すると、ふくろうは、目《め》をまるくして、 「それは、いい考《かんが》えですね。私《わたし》も、たいくつで困《こま》っていたところです。私《わたし》は唄《うた》をうたいましょう。」といいました。 「だれか、楽器《がっき》をひくものはないかしらん。」と、きつねは、考《かんが》えました。  すると、ふくろうは、 「それは、風《かぜ》のおばあさんにかぎりますよ。さっき、破《やぶ》れた手風琴《てふうきん》をさげて、あちらへゆくのを見《み》ました。」といった。  そこで、ふくろうときつねは、ふたりで、風《かぜ》のおばあさんをさがしてあるきました。おばあさんは、一|本《ぽん》の葉《は》のおちつくした木立《こだち》の下《した》にすわっていたので、すぐに見《み》つけました。 「おばあさん、おどりの仲間《なかま》にはいって、手風琴《てふうきん》をひいてくださいませんか。」 というと、おばあさんは、喜《よろこ》んで、承知《しょうち》してくれました。  きつねは、ほかに、わかい、美《うつく》しい女《おんな》たちが仲間《なかま》にはいったら、どんなにか、にぎやかだろうと思《おも》った。そうすれば、自分《じぶん》たちの舞踏《ぶとう》も、人間《にんげん》にまけるものでないと考《かんが》えたから、 「おばあさん、もっと、私《わたし》たちのほかに、わかい、美《うつく》しい女《おんな》たちはないものでしょうか。」と聞《き》きました。なんといっても、おばあさんは、島《しま》のすみから、すみまで知《し》らないところはなく、それに年寄《としよ》りに似《に》ず、さとりが早《はや》いから、ないものでもないと思《おも》われました。  おばあさんは、木《き》の下《した》にすわったままで、 「それなら、私《わたし》が、雪女《ゆきおんな》をよんできてあげましょう。また今夜《こんや》あたり、人魚《にんぎょ》が、岩《いわ》の上《うえ》にいないものでもない。いたら、人魚《にんぎょ》も、つれてきてあげましょう。」と、いったのでありました。  この北方《ほっぽう》の島《しま》の真夜中《まよなか》に、白《しろ》い雪《ゆき》の平野《へいや》で、すばらしい舞踏会《ぶとうかい》がひらかれたのです。ふくろうが唄《うた》をうたい、風《かぜ》のおばあさんがこわれた手風琴《てふうきん》をならし、きつねを先頭《せんとう》に、雪女《ゆきおんな》、人魚《にんぎょ》というじゅんに、思《おも》い、思《おも》いに、手《て》をふり、からだをまげて、おどったのであります。雪女《ゆきおんな》の白《しろ》い歯《は》、水晶《すいしょう》のような瞳《ひとみ》からはなつ光《ひかり》と、人魚《にんぎょ》のかんむりや、首《くび》にかけた海中《かいちゅう》のめずらしい貝《かい》や、さんご樹《じゅ》のかざりからながれるかがやきは、人間《にんげん》の指輪《ゆびわ》についている宝石《ほうせき》の光《ひかり》の類《るい》ではなかったのでした。 「ああ、のどがかわいた。」と、ふくろうがいいました。 「ああ、腹《はら》がすいた。」と、きつねがいいました。  しかし、そこには、酒《さけ》も、果物《くだもの》も、その他《た》の食《た》べものもなかったのです。このつぎの時分《じぶん》には、人魚《にんぎょ》が海《うみ》から食《た》べるものをたくさん用意《ようい》してくるといいました。そして、風《かぜ》のおばあさんは酒《さけ》を、きつねは、森《もり》や、林《はやし》から、なんとかして木《こ》の実《み》を集《あつ》めてもってくるといいました。その舞踏会《ぶとうかい》は、いつのことでありましょう。やがて、みんなは解散《かいさん》しました。空《そら》の星《ほし》と、木立《こだち》とここに集《あつ》まったもの以外《いがい》に、この舞踏会《ぶとうかい》を知《し》っているものがありません。それは、海《うみ》の波《なみ》もこおりそうな、寒《さむ》い、寒《さむ》い、夜《よる》のできごとでありました。 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集3」丸善    1928(昭和3)年7月 ※表題は底本では、「雪《ゆき》の上《うえ》の舞踏《ぶとう》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2018年11月24日作成 2020年11月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。