ある男と無花果 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)男《おとこ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)六|年《ねん》 -------------------------------------------------------  ある男《おとこ》が、縁日《えんにち》にいって、植木《うえき》をひやかしているうちに、とうとうなにか買《か》わなければならなくなりました。そして、無花果《いちじく》の鉢植《はちう》えを買《か》いました。 「いつになったら、実《み》がなるだろう。」 「来年《らいねん》はなります。」と、植木屋《うえきや》は答《こた》えました。しかしその木《き》は、小《ちい》さくありました。  男《おとこ》は、それを持《も》って帰《かえ》る途中《とちゅう》夕立《ゆうだち》にあいました。  もう、そのときは、そんな木《き》どころではありません。木《き》などは、どうでもよかったのです。友《とも》だちの家《うち》に頼《たよ》って、雨《あめ》のやむまで待《ま》って、帰《かえ》りには、その無花果《いちじく》の鉢《はち》を預《あず》けてゆきました。  幾月《いくつき》も、幾年《いくとし》もたちましたけれど、男《おとこ》は、忘《わす》れたものか、友《とも》だちの家《いえ》へあずけた木《き》を取《と》りにゆきませんでした。  しかし、この男《おとこ》は、なかなか欲深《よくふか》でありました。五、六|年《ねん》もたって、ふと、いつか自分《じぶん》は無花果《いちじく》の木《き》を友《とも》だちのもとにあずけておいたことを思《おも》い出《だ》しました。さっそく取《と》りにゆきました。 「あなたが、きっと取《と》りにおいでなさると思《おも》って、大事《だいじ》に育《そだ》てておきました。」と、その家《いえ》の人《ひと》はいって、裏庭《うらにわ》に案内《あんない》しました。  大《おお》きな無花果《いちじく》の木《き》に、実《み》がいっぱいなっていたのです。男《おとこ》は、驚《おどろ》きました。かつ当惑《とうわく》しました。しかたがなく、掘《ほ》って、車《くるま》に載《の》せて帰《かえ》りました。  しかし、それは、木《き》を移《うつ》す時期《じき》でなかったので、実《み》もしなびてしまえば、木《き》も枯《か》れてしまいました。  けっきょく、男《おとこ》は、ほねおり損《ぞん》に終《お》わったわけです。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷発行    1977(昭和52)年C第2刷発行 ※表題は底本では、「ある男《おとこ》と無花果《いちじく》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:富田倫生 2012年1月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。