三つのかぎ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)青年《せいねん》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)十|分《ぶん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  ある青年《せいねん》は、毎日《まいにち》のように、空《そら》を高《たか》く、金色《きんいろ》の鳥《とり》が飛《と》んでゆくのをながめました。彼《かれ》は、それを普通《ふつう》の鳥《とり》とは思《おも》いませんでした。なにか自分《じぶん》にとって、いいことのある使《つか》いであろうというように思《おも》ったので、その鳥《とり》の行方《ゆくえ》を探《さが》そうとしました。どこかに巣《す》があるにちがいない。その巣《す》を探《さが》し出《だ》さなければ帰《かえ》ってこないと決心《けっしん》をして、家《うち》を出《で》かけたのであります。なんでも、金色《きんいろ》の鳥《とり》は、晩方《ばんがた》になるとあちらの山《やま》の方《ほう》へ帰《かえ》ってゆきましたから、青年《せいねん》は、その山《やま》の方《ほう》へとゆき、高《たか》い山《やま》を上《のぼ》ってまいりました。すると、山《やま》から一人《ひとり》の猟師《りょうし》が鉄砲《てっぽう》をかついで、胸《むね》にぴかぴか光《ひか》るものを下《さ》げて降《お》りてきました。  青年《せいねん》は、不思議《ふしぎ》なものを見《み》たものだ。なぜなら、そのぴかぴかする光《ひかり》は、大空《おおぞら》をはるかに飛《と》んでいった鳥《とり》の光《ひかり》に、よく似《に》ていると思《おも》ったからでした。 「この山《やま》へ登《のぼ》る道《みち》は、まだよほどけわしいのですか……。そして、鳥《とり》のすんでいるような森《もり》がありますか?」といって、青年《せいねん》は猟師《りょうし》にききました。猟師《りょうし》は、目《め》をみはって、 「あなたは、なんでこの山《やま》へ上《のぼ》りなさるのか……。」と、問《と》い返《かえ》しましたから、青年《せいねん》は、金色《きんいろ》の鳥《とり》の巣《す》をたずねてきたものだと答《こた》えました。 「その鳥《とり》というのは、私《わたし》が、今日《きょう》山《やま》で打《う》ち落《お》としたこのわしだ。わしの足《あし》に、ぴかぴか光《ひか》るかぎがついていたのだ。そのかぎというのは、私《わたし》の胸《むね》にぶらさがっているこのかぎじゃ。」といいました。  なるほど、猟師《りょうし》は脊《せ》に大《おお》きな灰色《はいいろ》をしたわしを負《お》っていました。青年《せいねん》は、毎日《まいにち》のように大空《おおぞら》を高《たか》く飛《と》んでいった鳥《とり》は、このわしであったかと思《おも》いました。それよりは猟師《りょうし》の胸《むね》にぶらさがっているかぎがたまらなく欲《ほ》しくなりました。このかぎがあったら、なにか大《おお》きな幸運《こううん》が自分《じぶん》のために開《ひら》かれはしないかという感《かん》じがしたからであります。 「私《わたし》に、そのぴかぴか光《ひか》るかぎを譲《ゆず》ってくださいませんか。」と、青年《せいねん》は、猟師《りょうし》に頼《たの》みました。  猟師《りょうし》は考《かんが》えていましたが、 「おまえさんは、この光《ひか》ったものが欲《ほ》しいばかりに、この山《やま》へ上《のぼ》ってきなされたのだから、このかぎをあげましょう。私《わたし》は、このわしがほしいばかりに打《う》ったのだから、もともとこんなものは必要《ひつよう》がない……。」といって、胸《むね》にぶらさげていたかぎを取《と》って、青年《せいねん》にくれました。  青年《せいねん》は、どれほど、うれしかったかしれません。猟師《りょうし》と別《わか》れて、山《やま》を下《くだ》りました。 「このかぎは、どんな箱《はこ》を開《あ》けるためであったろう?」と、彼《かれ》は、そのかぎをよくよく手《て》にとってみますと、2という番号《ばんごう》がついていました。  しかし、だれが、いつ荒《あら》わしの足《あし》に、このかぎを結《むす》びつけたものかわかりません。また、なんのためにそうしたものかということも、知《し》られるはずはなかったのです。  ただ荒《あら》わしは、その足《あし》で暴風雨《ぼうふうう》の中《なか》を翔《か》けました。また、雪《ゆき》の中《なか》を歩《ある》きました。また林《はやし》や、砂漠《さばく》の中《なか》や谷《たに》や、山《やま》のいただきや、ところかまわずに、降《お》りたり飛《と》んだりしたのでありましょう。またその足《あし》で、勇敢《ゆうかん》に敵《てき》と戦《たたか》ったこともあったでしょう。それがために、かぎは、金色《きんいろ》にぴかぴかとみがかれて光《ひか》っていました。青年《せいねん》は、2はどうした番号《ばんごう》であるか、かぎに刻《きざ》まれている文字《もじ》を見《み》てもわかりませんでした。けれど、そのときから、このかぎで開《ひら》かれるものを、この世《よ》の中《なか》に見《み》いだしたときに、ほんとうに自分《じぶん》は幸福《こうふく》であり得《う》るのだと考《かんが》えました。それから彼《かれ》の長《なが》い旅《たび》はつづいたのです。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  別《べつ》に、また一人《ひとり》の若者《わかもの》がありました。志《こころざし》をたて、故郷《こきょう》を出《で》てから、もう幾年《いくねん》にかなりましたけれど、目的《もくてき》を達《たっ》することができずに、あちら、こちらと流浪《るろう》していました。ある日《ひ》のこと、彼《かれ》は、疲《つか》れた足《あし》を引《ひ》きずりながら、さびしい昔《むかし》の城跡《しろあと》を通《とお》ったのであります。すると、壊《こわ》れかかった石垣《いしがき》の間《あいだ》に、夕日《ゆうひ》の光《ひかり》を受《う》けて、ぴかぴか輝《かがや》いているものがありました。その光《ひかり》は、なかば土《つち》にうずもれているためか、それほどの強《つよ》い輝《かがや》きではなかったけれど、彼《かれ》の注意《ちゅうい》をひくに十|分《ぶん》だったのであります。 「なにが光《ひか》っているのだろう?」と、若者《わかもの》は、その石垣《いしがき》のそばへ寄《よ》り添《そ》ってみました。そして、間《あいだ》から光《ひか》っているものを掘《ほ》り出《だ》すと、小《ちい》さなかぎでありました。 「なにに使《つか》ったものだろう……。」と思《おも》いながら、よく見《み》ますと、それには、3という番号《ばんごう》がついていました。しかし、不思議《ふしぎ》なかぎのような気《き》がして、それをふたたび捨《す》てることができなかったのです。きっと、このかぎで開《ひら》かれる箱《はこ》か、なにかがあるにちがいない。もしそれを見《み》いだしたなら、いま自分《じぶん》の抱《いだ》いているような、すべての野心《やしん》は遂《と》げられるだろうというような気《き》がしたのでした。  しかし、その秘密《ひみつ》の箱《はこ》は、どこにうずもれているかわからなかった。若者《わかもの》は、その日《ひ》から、この昔《むかし》の城跡《しろあと》やこの付近《ふきん》の町《まち》をたずね歩《ある》いて、黄金《こがね》の箱《はこ》の話《はなし》を聞《き》き出《だ》そうとしました。この若者《わかもの》は、なかなかの智慧者《ちえしゃ》でありましたから、このかぎが、どんな金《かね》で造《つく》られていたかということを、すぐに見分《みわ》けることができたのです。そして、このかぎを使《つか》って開《あ》けるほどの箱《はこ》は、やはり黄金《こがね》で造《つく》られた箱《はこ》にちがいない。黄金《こがね》の箱《はこ》などというものは、そうたくさんあるものでないから、どこかの倉《くら》に宝物《ほうもつ》となって、そのまましまってあるか、もしくは、どこかの地中《ちちゅう》にうずめられているという昔話《むかしばなし》でも、残《のこ》っているであろうと考《かんが》えたからです。  ただ、このりこうな若者《わかもの》は、このかぎの番号《ばんごう》が3であったから、まだこれと同《おな》じ合《あ》いかぎが他《た》にあろうと思《おも》いました。それで、自分《じぶん》よりすでに先《さき》に、だれかその箱《はこ》を開《あ》けてしまうものがないかということを心配《しんぱい》したのでした。 「いくつもかぎを造《つく》ってあるからには、この箱《はこ》は、だれにでも、すぐに発見《はっけん》されるような場所《ばしょ》に隠《かく》してはないだろう。」と思《おも》って、まだそれが見《み》つからないと考《かんが》えたのであります。  若者《わかもの》は、それがために、熱心《ねっしん》に城《しろ》の歴史《れきし》などから伝説《でんせつ》などをしらべたのでした。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し]  また、あるところに、年《とし》の若《わか》い男《おとこ》がありましたが、毎晩《まいばん》のように、海岸《かいがん》の岩《いわ》の上《うえ》へきては、海《うみ》の中《なか》から起《お》こる、かすかな笛《ふえ》の音《ね》を聞《き》いたのでありました。海《うみ》の中《なか》には、人魚《にんぎょ》というものがすんでいるということだが、その男《おとこ》は、この笛《ふえ》を人魚《にんぎょ》が吹《ふ》くのでないかとさえ思《おも》ったのです。 「なんという、いい笛《ふえ》の音《ね》だろう。」と、彼《かれ》は、夜《よ》の更《ふ》けるのも知《し》らずに、その笛《ふえ》の音《ね》に聞《き》きとれていました。月《つき》のいい晩《ばん》には、その笛《ふえ》の音《ね》は近《ちか》くに聞《き》こえてきました。曇《くも》った夜《よ》には、その笛《ふえ》の音《ね》は遠《とお》くになって聞《き》かれました。そして、あらしの晩《ばん》には、まったく聞《き》こえないことすらもあったのです。  ある夜《よ》、彼《かれ》は、いつものごとく岩《いわ》の上《うえ》にたたずんで耳《みみ》を傾《かたむ》けていました。明《あか》るいよい月夜《つきよ》なのにもかかわらず、笛《ふえ》の音《ね》がきこえてきませんでした。どうしたのだろうと、彼《かれ》は思《おも》っていました。そして、ただ聞《き》こえるものは、打《う》ち寄《よ》せる波《なみ》のひびきだけであって、笛《ふえ》の音《ね》はきこえてきませんでした。おそらく、それは永久《えいきゅう》に聞《き》かれないもののようにすら、なんとなく思《おも》われたのであります。  このとき、砂《すな》の中《なか》にうずもれている光《ひか》ったものに、彼《かれ》の目《め》はとまりました。海《うみ》の中《なか》から、波《なみ》がそこに打《う》ち上《あ》げたものでした。彼《かれ》は、それがなんだろうと思《おも》って拾《ひろ》い上《あ》げると、金色《きんいろ》のかぎでありました。このかぎが浜《はま》に上《あ》がった日《ひ》から、笛《ふえ》の音《ね》のやんだことを不思議《ふしぎ》とも思《おも》いました。もしや、人魚《にんぎょ》がこのかぎを自分《じぶん》に授《さず》けてくれて、なにかまだこの世《よ》に発見《はっけん》せられない、隠《かく》された箱《はこ》を開《ひら》かせるためではないかと考《かんが》えました。彼《かれ》は、そのかぎを持《も》って家《うち》に帰《かえ》りました。  三|人《にん》の男《おとこ》は、べつべつにかぎを持《も》って、この世《よ》の中《なか》に隠《かく》されている宝《たから》の箱《はこ》を探《さが》して歩《ある》いたのであります。このうわさは、いつしか人々《ひとびと》の口《くち》の端《はし》にも上《のぼ》りました。そして、三|人《にん》の男《おとこ》が、ついにあるとき、あるところで落《お》ちあって、自分《じぶん》の持《も》っているおのおののかぎを出《だ》してみると、三つはまったく同《おな》じかぎであることを知《し》りました。 「どうして、こう同《おな》じものが三つあるのだろうか。」と、一人《ひとり》の青年《せいねん》は怪《あや》しみました。 「きっと、三つのかぎが、三つとも見《み》つかるものでない。その中《なか》の一つが、この世《よ》の中《なか》に残《のこ》ればいいと、箱《はこ》の主《ぬし》は思《おも》ったにちがいない。」と、他《た》の若者《わかもの》は答《こた》えました。 「いや、三つのかぎの中《なか》で、だれかそのかぎを拾《ひろ》って、いちばん早《はや》く箱《はこ》を開《あ》けたものに、その箱《はこ》の中《なか》の宝《たから》をやるということではなかろうか。」と、年《とし》の若《わか》い男《おとこ》がいいました。 「きっと、その箱《はこ》の中《なか》には、宝《たから》がはいっているにちがいない。」 「私《わたし》も、そう思《おも》う。」 「あるいは、私《わたし》たちの思《おも》っているような宝物《たからもの》ではないかもしれない。」  三|人《にん》の男《おとこ》は、思《おも》い思《おも》いのことをいいました。しかし、その宝《たから》のはいっている箱《はこ》は、どこにあるものか、まったく見当《けんとう》すらつかなかったのであります。 「私《わたし》は、このかぎを昔《むかし》の城跡《しろあと》から見《み》つけ出《だ》したのだから、昔《むかし》のものにちがいないと思《おも》う。」と、一人《ひとり》がいいますと、 「しかし、私《わたし》は、わしの足《あし》に結《むす》びつけられているのを取《と》ったのだから、そんなに昔《むかし》のものであるはずがなかろう。」と、一人《ひとり》はいいました。  三|人《にん》は、このかぎを、都《みやこ》に持《も》って出《で》て、ある学者《がくしゃ》に見《み》せて判断《はんだん》をしてもらうことにしたのであります。  学者《がくしゃ》は、子細《しさい》に見《み》てこういいました。 「このかぎのかかる黄金《こがね》の箱《はこ》は、幾年前《いくねんまえ》か土《つち》の中《なか》から掘《ほ》り出《だ》されて、いま博物館《はくぶつかん》に収《おさ》めてあります。しかし、私《わたし》の考《かんが》えでは、その中《なか》になにもはいっているようすがなかった。とにかく、これから博物館《はくぶつかん》へごいっしょにまいりまして調《しら》べてみましょう。」  三|人《にん》は、学者《がくしゃ》の言葉《ことば》を聞《き》いて失望《しつぼう》しました。けれど、あるいは、この箱《はこ》の中《なか》に、なにかはいっていはしないかという一筋《ひとすじ》の希望《きぼう》を持《も》ちながら、出《で》かけてゆきました。 [#7字下げ]四[#「四」は中見出し]  博物館《はくぶつかん》へ、学者《がくしゃ》と三|人《にん》の若者《わかもの》たちはまいりました。やがて、そこへ金色《きんいろ》の箱《はこ》が出《だ》されたのであります。その箱《はこ》はあまり大《おお》きくなかったが、黄金《こがね》で造《つく》られていました。それですから土《つち》の中《なか》にうずもれていても、腐《くさ》ることがなかったのです。三つのかぎはどの一つを取《と》っても、その箱《はこ》のふたを開《あ》けることができました。学者《がくしゃ》の手《て》によって、三|人《にん》の見《み》ている前《まえ》で、その箱《はこ》は開《ひら》かれました。中《なか》には、ただ一|枚《まい》の字《じ》を書《か》いた紙《かみ》がはいっていたのです。 「わたしは、三つのかぎをいろいろな方法《ほうほう》で捨《す》ておきました。きっと、それらは、私《わたし》のめぐりあいたいと思《おも》う人々《ひとびと》の手《て》によって拾《ひろ》われるであろうと思《おも》います。もしその人《ひと》が広《ひろ》い土地《とち》が欲《ほ》しいなら、その土地《とち》をあげましょう。もし、その人《ひと》が芸術《げいじゅつ》が好《す》きなら、いろいろの珍《めずら》しい宝《たから》をあげましょう。もし、その人《ひと》が、わたしと結婚《けっこん》を希望《きぼう》されるなら、わたしは、その勇敢《ゆうかん》な方《かた》の妻《つま》となります……。」という意味《いみ》のことが書《か》いてありました。  三|人《にん》は、この文字《もじ》を読《よ》んで目《め》を輝《かがや》かしました。 「先生《せんせい》、私《わたし》たちは、どこへいったらこの姫君《ひめぎみ》にあうことができますか?」と、三|人《にん》は、学者《がくしゃ》に問《と》うたのです。すると、学者《がくしゃ》は、三|人《にん》の顔《かお》を見《み》て冷《ひ》ややかに笑《わら》いながら、 「もう、取《と》りかえしのつかない大昔《おおむかし》のことだ。すくなくも三百|年《ねん》は、その時分《じぶん》からたっていよう……。」と、学者《がくしゃ》は、答《こた》えたのであります。  三|人《にん》は、がっかりして、おのおのの持《も》っているかぎを三つとも博物館《はくぶつかん》に収《おさ》めて、いずこへとなく、思《おも》い思《おも》いに去《さ》ってゆきました。 「もう、こんなかぎが、なんの役《やく》にたとう……。」  彼《かれ》らが、口々《くちぐち》にそういってゆく後《うし》ろ姿《すがた》を、学者《がくしゃ》は見送《みおく》りながら微笑《びしょう》していました。  それから後《のち》のことです。学者《がくしゃ》はなにかの記録《きろく》から、偶然《ぐうぜん》つぎのような事柄《ことがら》を見《み》いだしたのであります。  ――殿《との》さまの一人娘《ひとりむすめ》であった姫《ひめ》さまは、またとないほどの美人《びじん》であったけれど、三|人《にん》まで願《ねが》いをかけた婿君《むこぎみ》が、一人《ひとり》も見《み》いだされなかったことを恥《は》じて、この山《やま》に上《のぼ》られ、一生《いっしょう》を尼《あま》になって暮《く》らし給《たま》われた――。  この記録《きろく》は、高《たか》い山《やま》の上《うえ》にあった、廃寺《はいじ》の中《なか》から発見《はっけん》されたのでした。  学者《がくしゃ》は、いつか三|人《にん》の男《おとこ》たちが、幾《いく》百|年《ねん》の後《のち》になって、しかもうちそろって、かぎを持《も》ちながら自分《じぶん》を訪《たず》ねてきたことを思《おも》い出《だ》しました。そして、姫《ひめ》さまというのは、まさしく、あの博物館《はくぶつかん》に収《おさ》められてある黄金《こがね》の箱《はこ》の持《も》ち主《ぬし》であり、祈願《きがん》をかけたというのは、あの中《なか》にはいっていた紙《かみ》に認《したた》められていた文字《もじ》であろうと知《し》ったのであります。  学者《がくしゃ》は、その高《たか》い山《やま》へ、ある年《とし》の夏《なつ》のこと、わざわざ登《のぼ》りました。白《しろ》い雲《くも》が、いただきをかすめて飛《と》んでゆきました。壊《こわ》れかかった寺《てら》には、いまはだれも人《ひと》の住《す》んでいるようすもなかった。学者《がくしゃ》は、しばらくたたずんで、昔《むかし》、この寺《てら》に美《うつく》しい尼《あま》さんが、夜々《よるよる》空《そら》を仰《あお》いで、月《つき》の光《ひかり》に、雲《くも》の姿《すがた》に、物思《ものおも》いに沈《しず》んだ姿《すがた》を想像《そうぞう》したのであります。 [#地付き]――一九二五・一〇作―― 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷    1977(昭和52)年C第2刷 底本の親本:「兄弟の山鳩」アテネ書院    1926(大正15)年4月19日発行 初出:「赤い鳥」    1925(大正14)年12月 ※初出時の表題は「三つの鍵」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2020年11月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。