大根とダイヤモンドの話 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)秋《あき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)百|姓《しょう》 -------------------------------------------------------  秋《あき》になって穫《と》れた野菜《やさい》は、みんな上《じょう》できでありましたが、その中《なか》にも、大根《だいこん》は、ことによくできたのであります。  百|姓《しょう》は、骨《ほね》をおった、かいのあることをいまさらながら喜《よろこ》びました。そして、これだけにできるまでの、過《す》ぎ去《さ》った日《ひ》のことなどを考《かんが》えずにはいられませんでした。  彼《かれ》は、ある日《ひ》、圃《はたけ》に出《で》て、たねをまきました。それが、小《ちい》さなちょうの翼《つばさ》のような芽《め》を出《だ》してから、どんなに手《て》のかかったことでしょう。柔《やわ》らかな葉《は》に、虫《むし》がついたときに、それを取《と》ってやりました。また、暑《あつ》い日盛《ひざか》りには、楽《らく》に暮《く》らしているような人々《ひとびと》は、みんな昼寝《ひるね》をしている時分《じぶん》にも、圃《はたけ》に出《で》て肥《こえ》をかけてやりました。また、ひでりが幾日《いくにち》もつづいて、圃《はたけ》の土《つち》が白《しろ》く乾《かわ》きましたときに、水《みず》をやることを怠《おこた》りませんでした。  こうした、ようようの骨《ほね》おりで、大根《だいこん》は、こんなにみごとにできたのであります。百|姓《しょう》は、考《かんが》えるとうれしくてたまらなかったのであります。そして、自分《じぶん》の子供《こども》を見《み》るような目《め》つきをしてながめていました。  百|姓《しょう》は、自分《じぶん》の汗《あせ》や涙《なみだ》がかかり、また魂《たましい》の宿《やど》っている、それらの野菜《やさい》を、そのまますぐに車《くるま》に積《つ》んで町《まち》へ売《う》りにゆくには、なんとなくしのびませんでした。  せめて、この中《なか》のいいのを地主《じぬし》のところへ持《も》っていってあげようと思《おも》いました。  百|姓《しょう》は、たくさんの大根《だいこん》の中《なか》から、いちばんできのいいのを十|本《ぽん》ばかり撰《よ》って、それを村《むら》の地主《じぬし》のところへ持《も》ってまいりました。 「だんなさま、今年《ことし》は、大根《だいこん》が珍《めずら》しく、よくできましたから、持《も》ってあがりました。どうぞごらんなさってください。」といって、頭《あたま》を下《さ》げました。  地主《じぬし》は、台所《だいどころ》へ顔《かお》を出《だ》しました。そして、百|姓《しょう》の持《も》ってきた大根《だいこん》をちょいとながめました。 「なるほど、今年《ことし》は、大根《だいこん》がよくできたな。天気《てんき》ぐあいがよかったせいだろう。」といいました。 「だんなさま、なかなか今年《ことし》は、虫《むし》がつきました。雨《あめ》がつづきまして、ひでりがまた、つづきましたもんでございますから……。」と、百|姓《しょう》はいって、こんなによくできたのは、自分《じぶん》がいっしょうけんめいに手《て》をかけてやったからだといいたかったのです。 「そんなに、雨《あめ》が、今年《ことし》はつづいたかなあ。」と地主《じぬし》は、夏《なつ》ごろの天気《てんき》のことなどは、もう忘《わす》れていました。 「これは、たばこ代《だい》だ。」といって、地主《じぬし》は、いくらか銭《ぜに》を紙《かみ》に包《つつ》んで、百|姓《しょう》の前《まえ》に投《な》げるように与《あた》えました。 「だんなさま、私《わたし》は、こんなものをいただきにあがったのではありません……。」と、百|姓《しょう》は、自分《じぶん》の胸《むね》の中《なか》をすっかりいいつくし得《え》ないで、かまちに頭《あたま》をすりつけていました。そして、しまいに、その紙《かみ》に包《つつ》んだのを押《お》しいただいて、台所口《だいどころぐち》を出《で》ていったのであります。  百|姓《しょう》の去《さ》った後《あと》で、地主《じぬし》は、足《あし》もとの大根《だいこん》を見下《みお》ろしていました。 「あいつは自慢《じまん》していたが、こんな大根《だいこん》がいくらするもんだ。町《まち》へいって買《か》ったって、知《し》れている。」と、地主《じぬし》はつぶやきました。  ちょうど、そこへ、町《まち》から、かねてあいそのいい植木屋《うえきや》が、山《やま》にいって、帰《かえ》った土産《みやげ》だといって、しゃくなげを持《も》ってきました。 「だんなさま、つくか、つかないかしれませんが、これをあの石《いし》どうろうの下《した》の岩蔭《いわかげ》に植《う》えておいてください。」といいました。  地主《じぬし》は、どんなに喜《よろこ》んだでしょう。  植木屋《うえきや》は、庭《にわ》さきに出《で》て、持《も》ってきたしゃくなげを植《う》えました。そして縁側《えんがわ》に腰《こし》をかけて茶《ちゃ》を飲《の》みながら地主《じぬし》と調子《ちょうし》よく、いろいろの話《はなし》をいたしました。 「だんなさま、不思議《ふしぎ》なこともあるもんです。それは、とうてい人間《にんげん》のゆけるようなところでありません。嶮岨《けんそ》な山《やま》、また山《やま》の奥《おく》で、しかも谷《たに》の向《む》こう側《がわ》です。大《おお》きな岩《いわ》がありまして、その岩《いわ》の頭《あたま》が、日《ひ》が射《さ》すと五|色《しき》の火《ひ》のように光《ひか》るのです。なんだろう? といって、案内人《あんないにん》もたまげていました。」と、植木屋《うえきや》が語《かた》りました。 「ダイヤモンドで、ないかな。」と、地主《じぬし》はいいました。 「ダイヤモンドというものを、まだ見《み》たことがありませんが、そんなところにあるもんですか?」 「なんでも、岩《いわ》の中《なか》に、はいっていると聞《き》いたことがある。ガラスびんのかけらじゃないだろうな。」と地主《じぬし》はいいました。 「だんなさま、じょうだんおっしゃってはいけません。さるだって、くまだって、ゆかれるところじゃありません。」と、植木屋《うえきや》は答《こた》えました。  こんな話《はなし》をしますと、地主《じぬし》は、もしそれがダイヤモンドであったら、たいへんな金《かね》になると考《かんが》えました。  植木屋《うえきや》が、帰《かえ》ってしまった後《あと》でも、地主《じぬし》は暇《ひま》なものですから、そのことばかり考《かんが》えていました。  航海《こうかい》する船《ふね》が、海《うみ》の中《なか》で、岩角《いわかど》に光《ひか》るものを見《み》つけて、やっとこぎ寄《よ》せてみると、それがダイヤモンドであったという話《はなし》を思《おも》い出《だ》しますと、地主《じぬし》はひとつ冒険《ぼうけん》をしてみたくなりました。 「なに、株《かぶ》でも買《か》った気《き》になりゃ、なんでもないことだ。知《し》らない景色《けしき》を見《み》ただけでも損《そん》にはならない。それに、今年《ことし》は旅行《りょこう》もしなかったのだから……。」と、地主《じぬし》は思《おも》いました。  彼《かれ》は、町《まち》の植木屋《うえきや》を呼《よ》びました。そして、光《ひか》るものの正体《しょうたい》を探《さぐ》りにゆこうといいだしました。  植木屋《うえきや》は、その道《みち》の嶮岨《けんそ》なことを考《かんが》えました。また、秋《あき》の変《か》わりやすい天候《てんこう》のことを思《おも》いました。 「だんなさま、およしになったら、いかがです。」  しかし、自分《じぶん》で、いったん思《おも》いたったことは、やめるような地主《じぬし》でありませんでした。地主《じぬし》は、金《かね》のあるにまかせて、 「いい日当《にっとう》を出《だ》すから、いってもらいたい。」といいました。  植木屋《うえきや》は、日当《にっとう》がもらえるし、ゆけば、またなにか珍《めずら》しい高山植物《こうざんしょくぶつ》を採《と》ってこようと思《おも》いましたので、ついにゆくことにしました。  百|姓《しょう》は、一|年《ねん》じゅう、休《やす》む日《ひ》というものは、まれにしかありません。つねに、圃《はたけ》や、田《た》に出《で》て働《はたら》いています。つぎからつぎに、仕事《しごと》が絶《た》え間《ま》なくあるからであります。  大根《だいこん》を、地主《じぬし》のところへ持《も》ってまいりました、同《おな》じ百|姓《しょう》は、ある朝《あさ》、地主《じぬし》が、山《やま》へゆくのに出《で》あいました。 「おはようございます。どちらへお出《で》かけでございますか。」と、百|姓《しょう》は、ていねいにあいさつをしてたずねました。 「これから、山《やま》へいってくる。いいことがあるのだ。うまくいったら、たいへんな土産《みやげ》を持《も》ってくるぞ。」と、地主《じぬし》は、あちらの山《やま》の方《ほう》を望《のぞ》みながらいいました。  百|姓《しょう》は、地主《じぬし》がいいことがあるといったのは、なんだろう? きっとなにか大《おお》もうけの口《くち》があったにちがいない。自分《じぶん》たちは、一|年《ねん》じゅう、こうして、朝《あさ》から、晩《ばん》まで働《はたら》いていても、金《かね》のたまるわけではなし、おもしろいことを見《み》るでもない。ほんとうにつまらないものだと思《おも》いましたが、百|姓《しょう》は、また、人間《にんげん》というものは、正直《しょうじき》に働《はたら》かなければならないものだと考《かんが》え直《なお》しました。そして、熱心《ねっしん》に、自分《じぶん》のする仕事《しごと》にとりかかりました。 「天気《てんき》は、どうだろうかな。」と、地主《じぬし》は、歩《ある》きながら、植木屋《うえきや》にたずねました。 「だんなさま、このとおり雲《くも》ひとつない上天気《じょうてんき》でございます。このぶんですと天気《てんき》がつづくだろうと思《おも》います。」と、如才《じょさい》ない植木屋《うえきや》は、答《こた》えました。  そのあくる日《ひ》は、いよいよその山《やま》の中《なか》にはいるのです。力《ちから》の強《つよ》い案内人《あんないにん》を二人《ふたり》も頼《たの》みまして、山奥《やまおく》へと道《みち》を分《わ》けて、はいってゆきました。  歩《ある》きつけない、嶮《けわ》しい道《みち》を登《のぼ》りますときも、地主《じぬし》は目《め》にダイヤモンドの光《ひかり》を見《み》つめていました。それがために、苦《くる》しさをも忘《わす》れました。変《か》わりがちな秋《あき》の空《そら》は、たちまち雨《あめ》になりました。ことに、山《やま》の中《なか》は、もう寒《さむ》かったのであります。こんなときも、地主《じぬし》は、ダイヤモンドの光《ひかり》を目《め》に描《えが》いて、苦痛《くつう》を忘《わす》れたのであります。  やっと、植木屋《うえきや》が、あちらの岩角《いわかど》に、光《ひか》るものを見《み》たという場所《ばしょ》までたどりつきました。ちょうど空《そら》はよく晴《は》れて日《ひ》の光《ひかり》が、あたりにあふれていました。それは真夏《まなつ》の時分《じぶん》と違《ちが》って、幾分《いくぶん》か弱《よわ》く、また暑《あつ》さもひどく感《かん》じなかったけれど、深《ふか》い谷河《たにがわ》を隔《へだ》ててあちらの岩《いわ》をも日光《にっこう》は照《て》らしていたのであります。  植木屋《うえきや》は、もしや、あの光《ひか》るものが、いつのまにかなくなりはしないかと、心配《しんぱい》でなりませんので、さっそくその方《ほう》を見《み》ますと、ちかちかとまぶしく光《ひか》るものがあったのです。 「なるほど、あれはなんだろう?」 「不思議《ふしぎ》だ。」 「なんだろう。」  みんなは、その方《ほう》を見《み》て、頭《あたま》を傾《かたむ》けていました。地主《じぬし》は、これを見《み》ると、高《たか》い銭《ぜに》を使《つか》って、ここまでやってきたかいのあったことを喜《よろこ》びました。それにしても、あすこへは、どうしていったらいいだろう?  いままで、黙《だま》っていました、案内者《あんないしゃ》の一人《ひとり》は、はじめて口《くち》を開《ひら》いて、 「なにけい、光《ひか》っているあれけい、ありゃ、岩《いわ》の裂《さ》けめから水《みず》がわいているのだ。」と、ゆったりとした調子《ちょうし》でいいました。 「え、水《みず》?」 「水《みず》か。」 「水《みず》だろうか?」  みんなは、あの光《ひか》るものは、ほかのなんでもない、水《みず》であったとわかって、あっけにとられてしまいました。中《なか》にも、地主《じぬし》と植木屋《うえきや》は、光《ひか》るものがガラスか、ダイヤモンドか、二つよりしか考《かんが》えつかなかったのでありました。 「そういえば、水《みず》にちがいない。」と、みんなははじめて思《おも》いました。岩鼻《いわはな》から水《みず》がわくことは、きわめてしぜんなことであったからであります。  地主《じぬし》は、帰《かえ》りには、不平《ふへい》のいいつづけでした。植木屋《うえきや》に向《む》かって、 「おまえは、商売《しょうばい》がらでありながら、岩角《いわかど》から、水《みず》のわき出《で》ているのがわからないとはどういうことだ。」といいました。さすがに、如才《じょさい》のない植木屋《うえきや》も、ちょっとした話《はなし》がこんなことになるとは思《おも》いませんでした。こういわれても、返事《へんじ》することができなかったのであります。村《むら》に帰《かえ》ると、その間《あいだ》に、百|姓《しょう》は、怠《おこた》らずに働《はたら》いていました。地主《じぬし》は、はじめて、まじめに働《はたら》かなければならないと知《し》りました。そして、こうして、精《せい》を出《だ》したから、あのみごとな大根《だいこん》はできたのであろう。地主《じぬし》は、いつか百|姓《しょう》の持《も》ってきた大根《だいこん》を思《おも》い出《だ》しました。そして、植木屋《うえきや》にあの大根《だいこん》をやったことを惜《お》しみました。なぜなら植木屋《うえきや》のくれたしゃくなげは、まもなく枯《か》れてしまったからであります。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷    1977(昭和52)年C第2刷 底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院    1924(大正13)年11月20日発行 初出:「赤い鳥」    1923(大正12)年11月 ※表題は底本では、「大根《だいこん》とダイヤモンドの話《はなし》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2020年12月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。