竹馬の太郎 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)太郎《たろう》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|人《にん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)ガキ[#「ガキ」に傍点] -------------------------------------------------------  太郎《たろう》は、お父《とう》さんや、お母《かあ》さんのいうことを聞《き》きませんでした。竹馬《たけうま》に乗《の》ることが大好《だいす》きで、毎日《まいにち》、外《そと》へ出《で》て竹馬《たけうま》に乗《の》って遊《あそ》んでいました。  竹馬《たけうま》の太郎《たろう》といえば、村《むら》じゅうで、だれ知《し》らぬものはないほどの腕白子《わんぱくこ》でありました。まだ、やっと六つでしたけれど、大《おお》きな子供《こども》の中《なか》にはいって遊《あそ》んでいました。 「太郎《たろう》や、そんなに外《そと》に出《で》て、遊《あそ》んでばかりいてはいけない。お家《うち》へはいってお母《かあ》さんのおてつだいをなさい。」 と、お母《かあ》さんは、いっても、太郎《たろう》は、ききませんでした。  太郎《たろう》が、竹馬《たけうま》に乗《の》って、走《はし》ったり、また跳《は》ねたりするのを見《み》ますと、それは、ほんとうにおもしろそうでありました。 「よく、まあ太郎《たろう》さんは、あんなに高《たか》い竹馬《たけうま》に乗《の》れたもんだ。目《め》がまわるだろう。」 と、見《み》た近所《きんじょ》の人《ひと》たちは、驚《おどろ》いたのであります。  竹馬《たけうま》に乗《の》って走《はし》ると、それは早《はや》いのでした。だから、太郎《たろう》は、大《おお》きな友《とも》だちにまじって鬼《おに》ごっこをしても、めったにつかまることはありませんでした。  かくれんぼをするときは、高《たか》い木《き》の枝《えだ》の上《うえ》に、ぞうさなく登《のぼ》れました。また、屋根《やね》の上《うえ》へもあがることができましたから、太郎《たろう》は、なかなか見《み》つけられませんでした。  秋《あき》になると、田舎《いなか》は、圃《たんぼ》や、野原《のはら》にかきの木《き》があって、実《み》が真《ま》っ赤《か》にうまそうに熟《じゅく》しました。太郎《たろう》は、高《たか》い竹馬《たけうま》の上《うえ》から、手《て》をのばして、いちばんよく熟《じゅく》したうまそうなのから取《と》ることができたのです。 「太郎《たろう》ちゃん、僕《ぼく》にも、一つ取《と》っておくれ。」 と、下《した》でほかの男《おとこ》の子《こ》が頼《たの》みました。 「ね、あたしにも、取《と》っておくれよ。」 と、女《おんな》の子《こ》も頼《たの》みました。  太郎《たろう》は、みんなに取《と》ってやりました。そのほか、くるみでも、くりでも、ほしいものは自由《じゆう》に取《と》りましたから、その木《き》の持《も》ち主《ぬし》は、怒《おこ》りました。 「太郎《たろう》というガキ[#「ガキ」に傍点]は、よくないやつだ。みんなうちのかきを取《と》ってしまった。」 といって、こんど見《み》つけたら、ひどいめにあわしてやろうと思《おも》っていました。  持《も》ち主《ぬし》は、いまくるか、いまくるかと、物蔭《ものかげ》に隠《かく》れて、見張《みは》っていますと、太郎《たろう》は、高《たか》い竹馬《たけうま》に乗《の》ってあとからおおぜいの子供《こども》を引《ひ》き連《つ》れてやってきました。 「このやろう[#「やろう」に傍点]、なんでうちのかきを、黙《だま》って取《と》るのだ!」と、持《も》ち主《ぬし》は、飛《と》びだしました。  しかし、太郎《たろう》は、急《いそ》いで駈《か》けて、あちらの小川《おがわ》を竹馬《たけうま》でやすやすと渡《わた》ってしまいましたので、持《も》ち主《ぬし》は川《かわ》のふちまでやってきて、どうすることもできませんでした。  村《むら》の人《ひと》たちは、「太郎《たろう》をしかってください。」と、何人《なんにん》も、太郎《たろう》の家《うち》へやってきました。太郎《たろう》のお父《とう》さんも困《こま》ってしまって、ある晩《ばん》のこと、こらしめのために、雨戸《あまど》を閉《し》めて、太郎《たろう》を家《うち》に入《い》れませんでした。  その晩《ばん》は、寒《さむ》い、月《つき》のいい晩《ばん》でありました。太郎《たろう》は、しくしくと戸《と》の外《そと》で泣《な》いていましたが、そのうち竹馬《たけうま》に乗《の》って、あちらの月《つき》の照《て》らす明《あか》るい野原《のはら》の方《ほう》へ歩《ある》いてゆきました。 「太郎《たろう》、どこへゆく。」と、空《そら》で、いったものがあります。仰《あお》ぐと、円《まる》い顔《かお》のお月《つき》さまが、じっと見《み》ていられました。 「お月《つき》さま、僕《ぼく》は、さびしいから、あなたのそばへゆきたいものです。」と、太郎《たろう》は、目《め》に涙《なみだ》をためていいました。  すると、たちまち、空《そら》のかなたから、大《おお》きな、黒《くろ》いとびのような鳥《とり》が飛《と》んできました。そして、太郎《たろう》をさらって、どこへとなく去《さ》ってしまいました。  太郎《たろう》のお父《とう》さんは、太郎《たろう》が、どうしているだろうと思《おも》って、夜中《よなか》に、戸《と》を開《あ》けてみました。けれど、太郎《たろう》は、どこにもいませんでした。あくる日《ひ》になって、村《むら》じゅうが、太郎《たろう》は、どこへいったろうかと探《さが》すのに大騒《おおさわ》ぎをしました。  野原《のはら》の中《なか》に、太郎《たろう》の乗《の》っていた、竹馬《たけうま》が見《み》つかったときに、太郎《たろう》は、おおかみにでも食《く》われてしまったのだろうといって、太郎《たろう》のお父《とう》さんや、お母《かあ》さんが悲《かな》しんで泣《な》いたばかりでなく、村《むら》じゅうのものが、かわいそうに思《おも》いました。  冬《ふゆ》になって、雪《ゆき》が降《ふ》りました。村《むら》の子供《こども》はある朝《あさ》雪《ゆき》の上《うえ》が凍《こお》った日《ひ》に、二、三|人《にん》竹馬《たけうま》に乗《の》って、野原《のはら》の方《ほう》へやってきました。  すると、あちらに、高《たか》い竹馬《たけうま》に乗《の》って一人《ひとり》で遊《あそ》んでいる小《ちい》さな子供《こども》を見《み》つけました。 「太郎《たろう》ちゃんが遊《あそ》んでいる。」 と、一人《ひとり》が叫《さけ》びました。 「あ、太郎《たろう》ちゃんだ。」 といって、みんなは、その方《ほう》に、急《いそ》いでゆきますと、小《ちい》さな子供《こども》はあわててあちらへ、逃《に》げていってしまいました。  子供《こども》らは、村《むら》へ帰《かえ》ってから、そのことを話《はな》しますと、 「きつねが誑《だ》まして、おまえがたを連《つ》れてゆこうとするのだ。」と、大人《おとな》たちは、みんなを戒《いましめ》るように、いいました。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷発行    1977(昭和52)年C第2刷発行 底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院    1924(大正13)年11月20日 初出:「童話」    1924(大正13)年1月 ※表題は底本では、「竹馬《たけうま》の太郎《たろう》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2020年8月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。