楽器の生命 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)音楽《おんがく》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|人《にん》 -------------------------------------------------------  音楽《おんがく》というものは、いったい悲《かな》しい感《かん》じを人々《ひとびと》の心《こころ》に与《あた》えるものです。いい楽器《がっき》になればなるほど、その細《こま》かな波動《はどう》が、いっそう鋭《するど》く魂《たましい》に食《く》い入《い》るように、ますます悲《かな》しい感《かん》じをそそるのであります。そして、奏《かな》でる人《ひと》が、名手《めいしゅ》になればなるほど、堪《た》えがたい思《おも》いがされるのでした。  愉快《ゆかい》な楽器《がっき》があったら、どんなに人々《ひとびと》がなぐさめられるであろうと、ある無名《むめい》な音楽家《おんがくか》は考《かんが》えました。  その人《ひと》は、どうしたら、愉快《ゆかい》な音《ね》が出《で》るかと、いろいろに苦心《くしん》をこらしたのです。そして、笛《ふえ》や、琴《こと》のような、単純《たんじゅん》な楽器《がっき》では、どうすることもできないけれど、オルガンのように、複雑《ふくざつ》な楽器《がっき》になったら、なんとかして、その目的《もくてき》が達《たっ》せられは、しないかということを考《かんが》えたのです。  彼《かれ》は、日夜《にちや》、いい音色《ねいろ》が出《で》て、しかも、それがなんともいえない愉快《ゆかい》な音《ね》であるには、どうしたら、そう造《つく》られるかということに研究《けんきゅう》を積《つ》んだのであります。彼《かれ》は、最初《さいしょ》、純金《じゅんきん》の細《ほそ》い線《せん》でためしました。しかし、その音色《ねいろ》は、あまりに澄《す》んで、冴《さ》えきっています。つぎに、金《きん》と銀《ぎん》と混《こん》じて細《ほそ》い線《せん》を造《つく》りました。これは、また、調子《ちょうし》が高《たか》いばかりで、愉快《ゆかい》な音《ね》ということができませんでした。  それから、幾《いく》たびも失敗《しっぱい》して、長《なが》い間《あいだ》かかって、やっと、彼《かれ》は、鉄《てつ》と銀《ぎん》とを混合《こんごう》することによって、ついに、愉快《ゆかい》な音色《ねいろ》を出《だ》すことに成功《せいこう》しました。  彼《かれ》は、この鉄《てつ》と銀《ぎん》とからできた、一筋《ひとすじ》の線《せん》をオルガンの中《なか》に仕掛《しか》けました。すると、このオルガンは、だれがきいても、それは、愉快《ゆかい》な音《ね》が出《で》たのであります。  心《こころ》を愉快《ゆかい》にする、たとえば、いままで沈《しず》んでいたものが、その音《ね》を聞《き》くと、陽気《ようき》になるということは、たしかに、いままでの音楽《おんがく》とは、反対《はんたい》のことでした。これなら、どんな神経質《しんけいしつ》な子供《こども》に聞《き》かせても、また、気持《きも》ちのつねに滅入《めい》る病人《びょうにん》が聞《き》いても、さしつかえないということになりました。  けれど、ただ一つ困《こま》ることには、こうしたオルガンは、たくさん造《つく》られないことです。ただ一つの機械《きかい》にはされなかったので、鉄《てつ》と銀《ぎん》とで、できた一筋《ひとすじ》の線《せん》は、この音楽家《おんがくか》の手《て》で鍛《きた》えられるよりは、ほかに、だれも造《つく》ることができなかったからです。それは、火《ひ》の加減《かげん》にあったとばかりいうことはできません。まったく、この人《ひと》の創作《そうさく》であったからであります。  ある日《ひ》、金持《かねも》ちのお嬢《じょう》さんは、外国《がいこく》の雑誌《ざっし》でこのオルガンの広告《こうこく》を見《み》ました。  無名《むめい》の音楽家《おんがくか》は、このりっぱな発明《はつめい》によって、すでに有名《ゆうめい》になっていました。そして、その人《ひと》の手《て》で造《つく》られた、オルガンは、ひじょうな高価《こうか》のものでありました。  お嬢《じょう》さんは、病気《びょうき》のため海岸《かいがん》へ保養《ほよう》にいっていました。そして、そこで、この広告《こうこく》を見《み》たのであります。  それでなくてさえ気《き》が沈《しず》んで、さびしいのを、毎日《まいにち》、波《なみ》の音《おと》を聞《き》き、風《かぜ》の並木《なみき》にあたる音《おと》を聞《き》くと、いっそう気持《きも》ちが滅入《めい》るのでした。それは、けっして、病気《びょうき》にとっていいことでありませんでした。  お嬢《じょう》さんは、音楽《おんがく》が好《す》きでしたから、こんなときに、バイオリンか、琴《こと》が弾《ひ》いてみたいと思《おも》いましたが、医者《いしゃ》は、かえって、神経《しんけい》を興奮《こうふん》させてよくないだろうといって、許《ゆる》さなかったのです。その医者《いしゃ》は、音楽《おんがく》と神経《しんけい》の関係《かんけい》をば、かなり深《ふか》く心得《こころえ》ていたからでありましょう。 「ここに、こういう心《こころ》を愉快《ゆかい》にする、オルガンがありますよ。」と、お嬢《じょう》さんは、雑誌《ざっし》の広告《こうこく》を、まだそう年寄《としよ》りでない医者《いしゃ》に見《み》せました。  医者《いしゃ》は、黙《だま》って、しばらくそれを見《み》ていましたが、驚《おどろ》いたというふうで、 「お嬢《じょう》さん、もしこれがほんとうなら、音楽界《おんがくかい》の革命《かくめい》です。」といいました。  お嬢《じょう》さんの顔《かお》は、青白《あおじろ》くて、目《め》は、澄《す》んでいました。その目《め》で、じっとこちらを見《み》て、 「そうした革命《かくめい》はあり得《う》ることです。なんで私《わたし》たちが、それを信《しん》じてはならないというはずがありましょう。」と、お嬢《じょう》さんは、答《こた》えました。 「いやまったく、それにちがいありません……。」と、医者《いしゃ》は、いうよりしかたがなかった。  彼女《かのじょ》は、高価《こうか》な金《かね》を出《だ》して、そのオルガンをお父《とう》さんから買《か》ってもらうことにしました。それほど、お嬢《じょう》さんは、このオルガンに憧《あこが》れました。海《うみ》を望《のぞ》みながら、はるか、異国《いこく》の空《そら》の下《した》で、この愉快《ゆかい》な音《ね》を出《だ》す楽器《がっき》が、何人《なんぴと》かによって奏《かな》でられたり、また、この楽器《がっき》が鳴《な》りひびく夜《よ》が、ちょうどいい月夜《つきよ》で、街《まち》の中《なか》を歩《ある》いている人《ひと》たちが、歩《あゆ》みをとめて、しばらく、そばの建物《たてもの》の中《なか》からもれる、オルガンの音色《ねいろ》に聞《き》きとれている有《あ》り様《さま》などを想像《そうぞう》せずにはいられなかったのであります。  あちらの国《くに》から、オルガンが着《つ》きましたときに、お嬢《じょう》さんは、どんなに喜《よろこ》んだでありましょう。それから、毎日《まいにち》、毎夜《まいよ》、オルガンを鳴《な》らしていました。  それは、ほんとうに、愉快《ゆかい》な音色《ねいろ》でありました。ちょうど、柔《やわ》らかな土《つち》を破《やぶ》って、芽《め》がもえ出《で》るような喜《よろこ》びを、きく人《ひと》の心《こころ》に与《あた》えました。  浜《はま》の人《ひと》たちは、このオルガンの音《ね》を聞《き》いてから、夜《よる》も、うかれ心地《ここち》になって、波打《なみう》ちぎわをぶらぶら歩《ある》くようになりました。 「こんなに、魚《さかな》が跳《は》ねることは、めったにない。あのオルガンの音《ね》がするようになってからだ。」と、漁師《りょうし》で、いったものもありました。  お嬢《じょう》さんは、病気《びょうき》ということを忘《わす》れて、夜《よ》もおそくまでオルガンを弾《ひ》いていました。お父《とう》さんは、そのことを心配《しんぱい》しました。そして、医者《いしゃ》に、どうか注意《ちゅうい》してくれるようにと申《もう》されました。  医者《いしゃ》は、たとえ、なんといっても、お嬢《じょう》さんがいうことをきかないのを知《し》っていましたから、当惑《とうわく》してしまいました。 「お嬢《じょう》さん、夜《よる》、窓《まど》を開《あ》けて、そうして、いつまでも、オルガンをお鳴《な》らしになるのは、いけません。」といいました。 「わたしは、あの波《なみ》の音《おと》と、いま調子《ちょうし》を合《あ》わせているのですよ。魚《さかな》が、浮《う》かれて跳《は》ねると、浜《はま》の人《ひと》たちはいっています。」と、お嬢《じょう》さんは、怒《おこ》りっぽい声《こえ》で、音楽《おんがく》のほうに、気《き》をとられていいました。 「いえ、お嬢《じょう》さん、海《うみ》の方《ほう》から吹《ふ》いてくる潮風《しおかぜ》で、オルガンがいたむからいったのです。」と、医者《いしゃ》は、答《こた》えました。  彼女《かのじょ》は、オルガンがいたむときいて、はじめてびっくりしました。  お嬢《じょう》さんは、病気《びょうき》がよくならないで、とうとう死《し》んでしまいました。そして、このオルガンは、この村《むら》の小学校《しょうがっこう》へ寄付《きふ》することになりました。  校長《こうちょう》は、どんなに喜《よろこ》んだでしょう。また、音楽《おんがく》の教師《きょうし》は、どんなにこのオルガンを弾《ひ》くのをうれしがったでしょう。 「みなさんは、この上等《じょうとう》のオルガンに歩調《ほちょう》を合《あ》わせて愉快《ゆかい》に体操《たいそう》をすることもできれば、また、歌《うた》うこともできます。」と、先生《せんせい》は、生徒《せいと》らに向《む》かっていいました。  小学校《しょうがっこう》は、小高《こだか》いところにありました。学校《がっこう》の窓《まど》からは、よく紫色《むらさきいろ》の海《うみ》が見《み》えました。窓《まど》の際《きわ》には、オレンジの木《き》があって、夏《なつ》は、白《しろ》い香《かお》りの高《たか》い花《はな》が咲《さ》きました。そして、秋《あき》から冬《ふゆ》にかけては、真《ま》っ黄色《きいろ》に実《み》が熟《じゅく》したのであります。  若《わか》い女《おんな》の教師《きょうし》は、日《ひ》が暮《く》れるころまで、独《ひと》り学校《がっこう》に残《のこ》ってオルガンを鳴《な》らしていることがありました。また、男《おとこ》の教師《きょうし》も、おそくまでこのオルガンを弾《ひ》いていることがありました。オルガンの愉快《ゆかい》な音色《ねいろ》は、紫色《むらさきいろ》の海《うみ》の上《うえ》までころげてゆきました。この楽器《がっき》で体操《たいそう》や、唱歌《しょうか》をならった子供《こども》らは、いつしか大《おお》きくなって、娘《むすめ》たちは、お嫁《よめ》さんになり、男《おとこ》は、りっぱに一|人《にん》まえの百|姓《しょう》となりました。けれど、その人《ひと》たちは、子供《こども》の時分《じぶん》にきいた、愉快《ゆかい》なオルガンの音《ね》をいつまでも思《おも》い出《だ》したのであります。  長《なが》い年月《としつき》の間《あいだ》に、学校《がっこう》の先生《せんせい》は、変《か》わりました。けれど校長《こうちょう》だけは、変《か》わらずに、勤《つと》めていました。しかし、もう頭《あたま》ははげて、ひげは白《しろ》くなっています。 「みなさん、この学校《がっこう》のオルガンは、上等《じょうとう》な品《しな》で、だれでも、この音《ね》をきいて、愉快《ゆかい》にならないものはありません。みなさんも、毎日《まいにち》、このオルガンの音色《ねいろ》のように、気持《きも》ちをさわやかに、この音色《ねいろ》といっしょに歩調《ほちょう》を合《あ》わし、また、勉強《べんきょう》をしなければなりません。」と、校長《こうちょう》は、生徒《せいと》らを集《あつ》めていったのです。  唱歌《しょうか》の先生《せんせい》は、校長《こうちょう》のいったことを、まことにほんとうであると思《おも》っていましたが、小《ちい》さな生徒《せいと》らは、この学校《がっこう》のオルガンを、けっして、愉快《ゆかい》な音《ね》の出《で》るものだとは、信《しん》じていませんでした。  家《いえ》に帰《かえ》って、この話《はなし》をお父《とう》さんや、お母《かあ》さんにすると、「おお、学校《がっこう》のオルガンは、有名《ゆうめい》なもんだ。」と、感歎《かんたん》しましたが、しかし、子供《こども》たちは、どういうものか、そのオルガンを愉快《ゆかい》とも、なんとも思《おも》っていませんでした。  これは、どうしたことでしょう?  もし、このオルガンを送《おく》った、年《とし》とった音楽家《おんがくか》が、このオルガンの音色《ねいろ》を聞《き》いたら、すべてがわかることです。そして、きっとそのとき、つぎのようにいったでしょう。 「小《ちい》さなものの耳《みみ》は、たしかだ。ほんとうに、子供《こども》たちのいうとおり、このオルガンは、愉快《ゆかい》な音《ね》がしない。こわれているからだ。しかし俺《おれ》には、もう、それを新《あたら》しく造《つく》るだけの気力《きりょく》がなくなった。このオルガンの役目《やくめ》は、これまでに十|分《ぶん》果《は》たしたはずだ……。」  鉄《てつ》と銀《ぎん》とで造《つく》られた、一筋《ひとすじ》の線《せん》は長《なが》い間《あいだ》海《うみ》の上《うえ》から吹《ふ》いてくる潮風《しおかぜ》のために、いつしかさびて、切《き》れてしまったからです。たとえこの線《せん》は切《き》れても、オルガンは鳴《な》ったのでした。ただ、その証拠《しょうこ》に、もはや、このオルガンの音色《ねいろ》が海《うみ》の上《うえ》をころがっても、魚《さかな》が、波間《なみま》に跳《は》ねるようなことはなかったのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷    1977(昭和52)年C第2刷 底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院    1924(大正13)年11月20日発行 初出:「随筆」    1924(大正13)年4月 ※表題は底本では、「楽器《がっき》の生命《せいめい》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:館野浩美 2019年1月29日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。