河水の話 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)河水《かわみず》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 -------------------------------------------------------  河水《かわみず》は、行方《ゆくえ》も知《し》らずに流《なが》れてゆきました。前《まえ》にも、また、後《うし》ろにも、自分《じぶん》たちの仲間《なかま》は、ひっきりなしにつづいているのでした。そして、どこへゆくという、あてもなしに、ただ、流《なが》れている方《ほう》に、みんなはゆくばかりでした。  前《まえ》にいったものは、笑《わら》ったり、わめいたり、喜《よろこ》ばしそうに踊《おど》ったりしていました。はやく、まだ見《み》ない、めずらしいことのたくさんある世界《せかい》へゆきたいと、あせっているようにも思《おも》われたのです。  ほんとうに、それは、遠《とお》い、また、長《なが》い旅《たび》でありました。すべてのことに終《お》わりがあるように、この旅《たび》も、いつかは尽《つ》きるときがあるでありましょう。  河水《かわみず》は、昼《ひる》となく、夜《よる》となく、流《なが》れてゆくのでした。  ある日《ひ》のことです。ふいに、黄色《きいろ》な、破《やぶ》れた袋《ふくろ》のようなものが、飛《と》び込《こ》んできました。それはバナナの皮《かわ》でした。 「ああびっくりした。やっと、私《わたし》は、目《め》がさめたような気《き》がする。」と、バナナの皮《かわ》は、いいました。  南洋《なんよう》の林《はやし》の中《なか》に、あったころのさわやかな香《にお》いが、まだ残《のこ》っていて、このとき、ふたたび冷《ひ》ややかな水《みず》の上《うえ》で、したのでした。 「おまえさんは、いままで眠《ねむ》っていたのかね。」と、水《みず》は、たずねました。 「ここは、どこですか?」と、バナナの皮《かわ》は、驚《おどろ》いたようすをして、聞《き》きました。 「ここは、どこだか俺《おれ》にもわからない。だが、この歩《ある》いている幅《はば》の広《ひろ》い一筋《ひとすじ》の道《みち》は、俺《おれ》たちの領分《りょうぶん》だということができる。おまえさんは、これから、ここへ飛《と》び込《こ》んできたからは、俺《おれ》たちのいくところまで、いっしょに、ついてこなければならない。」と、水《みず》は、答《こた》えたのであります。  バナナの皮《かわ》は、しばらく考《かんが》えていたが、 「ああ、私《わたし》は、まだ、船《ふね》に乗《の》っているような気《き》もしたが、それは、ずっと昔《むかし》のことだった。あれから、きっと、どこかの港《みなと》に着《つ》いたのだろう! そして、どこかの町《まち》へ運《はこ》ばれて、人間《にんげん》の手《て》にかかって、こんなに着物《きもの》ばかりにされてしまったのだろう。しかし、もし、私《わたし》に、あの甘《あま》い中身《なかみ》があったなら、私《わたし》の眠《ねむ》りは、いつまでもさめずに、しまいに、いい気持《きも》ちのまま、私《わたし》の体《からだ》がすっかり、酒《さけ》のように、醸《かも》されて溶《と》けてしまったかもしれない。だから、なにが、幸《さいわ》いとなるかわかるものでない。中身《なかみ》を取《と》られて、水《みず》の中《なか》に捨《す》てられたので、もう一|度《ど》私《わたし》は、気《き》がついて、目《め》がさめたのだ。まだ、私《わたし》の皮膚《ひふ》には、あの林《はやし》の中《なか》にあったころを思《おも》わせるような、青《あお》い部分《ぶぶん》が残《のこ》っている。じつに、あの林《はやし》の中《なか》にあった時分《じぶん》は、なんという、青々《あおあお》とした体《からだ》であったろう……。」  バナナは、独《ひと》りごとをしながら、追懐《ついかい》にふけっていました。  河水《かわみず》は、その言葉《ことば》をきいていました。そして、それに同情《どうじょう》をしてか、また、あざけるのか、わからないような、ささやかな笑《わら》い声《ごえ》をたてたのであります。 「いくら眠《ねむ》るからといって、そんなによくも眠《ねむ》れたものだ。俺《おれ》たちは、まだ、十|分間《ぷんかん》と一《ひと》ところにじっとして、眠《ねむ》った覚《おぼ》えがない。」と、河水《かわみず》は、いいました。 「南《みなみ》の熱《あつ》い、森《もり》の中《なか》に咲《さ》いている花《はな》や、また、木《き》の葉《は》は、それは、じっとしてよく眠《ねむ》ります。なかには、あまり眠《ねむ》りすぎて、しぜんに溶《と》けてしまうものもあります。」と、バナナは、答《こた》えました。  それから、バナナは、河水《かわみず》について、流《なが》れてゆきました。すると、突然《とつぜん》、そこへ一|本《ぽん》のつえが落《お》ちてきました。 「ああ、やっと、私《わたし》は、盲人《めくら》の手《て》から、脱《ぬ》け出《で》てきた。一|刻《こく》も、休《やす》みなく、堅《かた》い石《いし》の上《うえ》や土《つち》の面《おもて》を、こつこつやられたのでは、私《わたし》の身《み》がたまったものでないからな。」と、つえは、独《ひと》り言《ごと》のようにいいました。 「おまえさんは、どこから、どうして、ここへきたのです。」と、河水《かわみず》は、問《と》うたのです。  つえは、長《なが》い体《からだ》を、水《みず》の上《うえ》で、ぐるぐると振《ふ》りながら、 「按摩《あんま》に、長《なが》いこと、私《わたし》は、つかわれていたのです。どうかして、すこし体《からだ》を休《やす》めたいと思《おも》っていましたが、一|日《にち》として、その暇《ひま》がありませんので、はやく、按摩《あんま》の手《て》からのがれて、どこかへ身《み》を隠《かく》して、ぐっすりと眠《ねむ》りたいと思《おも》いました。けれど、按摩《あんま》は、私《わたし》がなくっては、ちっとも歩《ある》けませんので、どこへいくにも私《わたし》をつれていきました。私《わたし》の体《からだ》は、日夜《にちや》の過労《かろう》のために、だんだんやせていきました。私《わたし》は逃《に》げ出《だ》す機会《きかい》を、待《ま》っていました。ところが、今日《きょう》、ちょうど橋《はし》の上《うえ》で、按摩《あんま》のげたの鼻緒《はなお》がゆるみました。按摩《あんま》は、橋《はし》の欄干《らんかん》に私《わたし》の体《からだ》をもたせかけて、げたの鼻緒《はなお》をしめていました。私《わたし》は、このときと思《おも》って、するすると欄干《らんかん》から下《した》へ、ぬけ落《お》ちたのであります……。」と、物語《ものがた》りました。  この話《はなし》を、河水《かわみず》は、黙《だま》って、聞《き》いていました。そばで、バナナの皮《かわ》も、聞《き》いていたのです。 「おまえさんは、水《みず》の上《うえ》へ落《お》ちるということがわからなかったか? 俺《おれ》たちはこれから、どこへいくかわからないのだ。」と、河水《かわみず》はいいました。  バナナは、いま、うす暗《ぐら》いところを通《とお》ったが、あすこは、橋《はし》のかかっている下《した》であったのかと思《おも》いかえしました。 「私《わたし》は、どこへ落《お》ちても、按摩《あんま》に、休《やす》みなく使《つか》われている境遇《きょうぐう》よりは、ましだと思《おも》いました。」と、つえは、答《こた》えたのです。  水《みず》は、だまって、きいていましたが、二、三|度《ど》、大《おお》きく体《からだ》をゆすって、 「しかし、これからは、否応《いやおう》なしに、おまえがたは、俺《おれ》たちのいくところへついてこなければならない。」といいました。  バナナも、つえも、その言葉《ことば》を聞《き》くと、いったい、どこへゆくのだろうかと思《おも》いました。そして、それに対《たい》して、多少《たしょう》不安《ふあん》を感《かん》じないではいられませんでした。  河水《かわみず》は、あるときは、ゆるやかに、あるときは駆《か》け足《あし》でもするように、速《すみ》やかに走《はし》りました。ゆるやかな時分《じぶん》には、バナナの皮《かわ》も、つえも、ゆるやかに流《なが》れて、たがいの身《み》の上話《うえばなし》でもするようについたり、離《はな》れたりしていきましたが、速《すみ》やかに流《なが》れるときは、やはり、バナナの皮《かわ》も、つえも、駆《か》け足《あし》をしたのでした。そして日《ひ》の輝《かがや》く下《した》の、野原《のはら》の中《なか》を流《なが》れたり、右《みぎ》や、左《ひだり》に、野菜園《やさいえん》のしげったのなどを見《み》ながらいったのです。また、さびしい林《はやし》の中《なか》を通《とお》ったこともありました。 「あなたの産《う》まれた林《はやし》というのは、こんなところでしたか?」と、林《はやし》の中《なか》をゆくときに、つえはバナナの皮《かわ》にたずねました。  バナナの皮《かわ》は、半分《はんぶん》黒《くろ》くなった頭《あたま》を振《ふ》りながら、 「まったくちがっています。もっと、太陽《たいよう》は、大《おお》きく、そして、林《はやし》の中《なか》は、ぎらぎらと明《あか》るく光《ひか》っていました。」と答《こた》えました。  寒《さむ》い国《くに》の山《やま》で、子供《こども》の時分《じぶん》に育《そだ》ったつえには、それを想像《そうぞう》することができなかったのです。  そのうちに、水《みず》の上《うえ》が、紅《あか》く色《いろ》づいて、夏《なつ》の日《ひ》は、だんだん暮《く》れかかりました。林《はやし》のなかで、鳴《な》いているひぐらしの声《こえ》も静《しず》まると、星《ほし》の影《かげ》が映《うつ》ったのであります。あたりは、暗《くら》くなってしまいました。  しかし、河水《かわみず》は、休《やす》まずに、流《なが》れていきました。  日《ひ》は暮《く》れても、空《そら》の色《いろ》は、ほんのりと明《あか》るく、土手《どて》の下《した》を流《なが》れていくと、ほたるなどが飛《と》んでいました。なんでもその土手《どて》へは、近所《きんじょ》の人々《ひとびと》が涼《すず》みにきているように、思《おも》われました。バナナの皮《かわ》は、若《わか》い男《おとこ》と女《おんな》とが、楽《たの》しそうに語《かた》り合《あ》い、笑《わら》っている声《こえ》をききますと、急《きゅう》に産《う》まれた、南《みなみ》の故郷《こきょう》が恋《こい》しくなりました。自分《じぶん》のなっていた木《き》の下《した》で、ちょうど、これと、同《おな》じ笑《わら》い声《ごえ》や、ささやき声《ごえ》を、聞《き》いたことがあったからです。 「どうか、私《わたし》をこの土手《どて》の岸《きし》へ上《あ》げてください。私《わたし》は、せめて、ここで故郷《こきょう》をしのびながら、果《は》てたいと思《おも》いますから……。」といって、バナナの皮《かわ》は、河水《かわみず》に向《む》かって、たのみました。 「俺《おれ》たちは、そんな約束《やくそく》までしなかったはずだ。」といって、河水《かわみず》は、さっさと流《なが》れていってしまいました。バナナの皮《かわ》も、それに、ついていかなければなりませんでした。  バナナの皮《かわ》も、つえも、いまさら河水《かわみず》の無情《むじょう》なことを悟《さと》りました。そして、これからどうなることだろうと思《おも》っていました。  もはや、夜《よる》も、だいぶ更《ふ》けたころであります。河《かわ》は、町《まち》の間《あいだ》を流《なが》れていきました。どの家《いえ》も戸《と》をしめて、町《まち》は、しんとしています。たちまちあちらの町《まち》の裏《うら》から、按摩《あんま》の笛《ふえ》の音《ね》が聞《き》こえてきました。つえは、それをきくと、急《きゅう》に、いままでの生活《せいかつ》が恋《こい》しくなりました。こうして、たよりない身《み》の上《うえ》よりか、たとえつらくても、にぎやかな町《まち》の中《なか》を歩《ある》いて、いろいろなものを見《み》たり、聞《き》いたりするほうが、どれほど、ましであったかしれなかったからです。 「どうか、私《わたし》を、この町《まち》の岸《きし》につけてください。」と、つえは、河水《かわみず》に向《む》かって頼《たの》みました。  けれど、河水《かわみず》は、振《ふ》り向《む》きもしませんでした。そして、いっそう速力《そくりょく》をはやめて、町《まち》の間《あいだ》を過《す》ぎていってしまったのです。  バナナの皮《かわ》と、つえは、後《あと》になったり、先《さき》になったりしました。体《からだ》の弱《よわ》い、バナナの皮《かわ》は、ぐったりとしてしまって、もはや、何事《なにごと》も、あきらめていたようです。ひとり、つえは、どうしても、このまま流《なが》れていくことが、不安《ふあん》でたまりませんでした。 「これから、私《わたし》たちは、どこまでいくのでしょうか。」と、河水《かわみず》に向《む》かって、たずねました。 「それを、どうして俺《おれ》が知《し》るものか。」と、河水《かわみず》は、いいました。 「あなたにも、それは、わからないのですか?」と、つえは驚《おどろ》いて叫《さけ》びました。  バナナの皮《かわ》とつえとは、それからも、まだ河水《かわみず》について流《なが》されていったのです。しかし、彼《かれ》らは、まだ希望《きぼう》を捨《す》てませんでした。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷発行    1977(昭和52)年C第2刷発行 底本の親本:「未明童話集1」丸善    1927(昭和2)年1月5日発行 初出:「早稲田文学」    1924(大正13)年6月 ※表題は底本では、「河水《かわみず》の話《はなし》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2020年10月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。