おじいさんとくわ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)山《やま》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|軒《けん》 -------------------------------------------------------  だんだんと山《やま》の方《ほう》へはいってゆく田舎《いなか》の道《みち》ばたに、一|軒《けん》の鍛冶屋《かじや》がありました。その前《まえ》を毎日《まいにち》百|姓《しょう》が通《とお》って、町《まち》の方《ほう》へゆき、帰《かえ》りには、またその家《うち》の前《まえ》を通《とお》ったのであります。 「どうか、今年《ことし》も豊作《ほうさく》であってくれればいいがな。」と、話《はなし》をしてゆきました。  家《いえ》の内《うち》で、おじいさんは、その話《はな》し声《ごえ》を聞《き》いていました。そして仕事《しごと》をしながら、 「どうか、米《こめ》や豆《まめ》が、よく実《みの》ってくれるように。」と、鉄《てつ》を打《う》って、百|姓《しょう》のつかうくわなどを造《つく》っていました。  おじいさんは、できあがったくわを、店《みせ》さきにならべておきました。百|姓《しょう》は、みんなこの店《みせ》で、くわや、かまを買《か》っていくのです。 「もう、くわの刃《は》もへったから、新《あたら》しいのを買《か》って帰《かえ》ろう。」と、一人《ひとり》の百|姓《しょう》は、店《みせ》さきに並《ねら》べられたくわを見《み》ていいました。 「ああ、そうだ。私《わたし》も買《か》ってゆこう。」 「うちのくわも、だいぶん古《ふる》くなったから、俺《おれ》も買《か》ってゆこう。」と、またほかの百|姓《しょう》が、いいました。  おじいさんは、話《はなし》の好《す》きな、いい人《ひと》でありました。 「このくわは、私《わたし》が念《ねん》をいれて、どうか今年《ことし》は豊作《ほうさく》であってくれるようにと、神《かみ》さまに祈《いの》って造《つく》ったくわなんだから、なかなかしっかりできている。」と、おじいさんはいいました。  百|姓《しょう》は、そこにあったくわを手《て》に取《と》ってながめました。 「なるほど、しっかりしている。」と、百|姓《しょう》はいいました。  そして、めいめいが、そこにあったくわを買《か》って帰《かえ》りました。  おじいさんは、自分《じぶん》の念《ねん》をいれて造《つく》ったくわが、百|姓《しょう》の役《やく》にたつのを喜《よろこ》んでいました。 「あのくわなら、だいじょうぶだ。」と、おじいさんは、百|姓《しょう》が毎日《まいにち》手《て》に力《ちから》をいれて、田《た》や圃《はたけ》で、くわを振《ふ》り上《あ》げるようすを思《おも》って、独《ひと》り言《ごと》をしました。  すると、ある日《ひ》のこと。いつかくわを買《か》っていった百|姓《しょう》が、はいってきました。 「今日《こんにち》は。」 「おじいさん、せんだって買《か》っていったくわは、まことにいいくわだが、重《おも》くて、手《て》がくたびれます。もっと軽《かる》くして、造《つく》ってください。」といいました。  おじいさんは、「はてな。」と、頭《あたま》を傾《かたむ》けました。どうして、そんなに重《おも》いだろう? 「ああ。わかった。私《わたし》は、あのくわを造《つく》るときに、米《こめ》や、豆《まめ》が、たくさん実《みの》ってくれるようにとばかり思《おも》っていた。それだからだ。」  おじいさんは、うなずきました。 「こんど、軽《かる》いくわを造《つく》ってあげましょう。」といいました。 「どうか、そうしてください。」と、百|姓《しょう》は、頼《たの》んで帰《かえ》りました。  おじいさんは、仕事場《しごとば》で、どうか軽《かる》くて、百|姓《しょう》が疲《つか》れないように! と心《こころ》で祈《いの》りながら、鉄《てつ》を打《う》ち、くわを造《つく》りました。 「これなら、手《て》の疲《つか》れるようなことはない。」と、おじいさんは、できあがったくわを取《と》りあげてみて喜《よろこ》びました。  百|姓《しょう》は、やってきました。そして、そのくわを取《と》りあげてみました。 「これは、軽《かる》くて、いいくわだ。」といって、喜《よろこ》んで持《も》って帰《かえ》りました。 「あれなら、だいじょうぶだろう。」と、おじいさんは思《おも》いました。  ある日《ひ》のこと、また、いつかの百|姓《しょう》がやってきました。 「おじいさん、あのくわは、まことにいいくわですが、あまり軽《かる》いので、手《て》ごたえがなくて困《こま》ります。もっと、いいくわを造《つく》ってください。」といいました。 「はてな。」と、おじいさんは、頭《あたま》を傾《かたむ》けました。おじいさんは、どうかして、このつぎには、百|姓《しょう》の気《き》にいるくわを造《つく》ってみようと思《おも》いました。 「よくわかった。そのうちに、いいくわを造《つく》っておきます。」と、おじいさんはいいました。 「お願《ねが》いします。」といって、百|姓《しょう》は帰《かえ》りました。  おじいさんは、仕事《しごと》にかかりました。 「どうか、みんなの気《き》にいるように、おもしろく働《はたら》かれる、くわができるように。」と、鉄《てつ》を焼《や》いたり、打《う》ったりしました。このくわが、できあがった時分《じぶん》に、百|姓《しょう》が、やってきました。そして、そのくわを手《て》に取《と》ってみながら、 「なるほど、このくわは、いいくわだ。これなら、私《わたし》ばかりでない。みんなの気《き》にいるだろう。」といって、持《も》って帰《かえ》りました。  その後《あと》で、おじいさんは、「あのくわなら、悪《わる》いことはあるまい。」と、思《おも》っていました。  すると、一日《あるひ》、また、百|姓《しょう》が、やってきました。 「おじいさん、ほんとうに、困《こま》ってしまいました。どういうものか、あのくわになってから、仕事《しごと》を怠《おこた》って、話《はなし》ばかりしていて困《こま》ります。どうしたものでしょうか?」と、不思議《ふしぎ》そうな顔《かお》つきをして、いいました。  おじいさんは、この話《はなし》を聞《き》くと、しばらく黙《だま》って考《かんが》えていましたが、 「なるほど、話《はなし》のほうにばかり気《き》をとられても困《こま》ったもんだ。こんどこそ、きっと、いいくわを造《つく》っておきます。」と、おじいさんは答《こた》えました。 「よろしく、お頼《たの》みします。」と、百|姓《しょう》はいって帰《かえ》りました。  それからおじいさんは、仕事場《しごとば》にすわって、「よく土《つち》の掘《ほ》れるように。」と、思《おも》いながら、鉄《てつ》を打《う》って、くわを造《つく》りました。百|姓《しょう》は、また店《みせ》にやってきて、くわをもって帰《かえ》りました。 「もはや、あの百|姓《しょう》は、なにもいってきまい。」と、おじいさんは思《おも》いました。  はたして、百|姓《しょう》は、やってきませんでした。ある日《ひ》、顔《かお》を見合《みあ》わすと、 「おじいさん、こんどのくわは、たいへんにいいくわで、みんな喜《よろこ》んでいます。」といいました。おじいさんの店《みせ》は、ますます繁昌《はんじょう》しました。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷発行    1977(昭和52)年C第2刷発行 初出:「小学少年」    1924(大正13)年4月 ※初出時の表題は「お爺さんと鍬」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:雪森 2013年4月11日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。