赤い船とつばめ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)日《ひ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)四|方《ほう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き]――一九二六・九―― -------------------------------------------------------  ある日《ひ》の晩方《ばんがた》、赤《あか》い船《ふね》が、浜辺《はまべ》につきました。その船《ふね》は、南《みなみ》の国《くに》からきたので、つばめを迎《むか》えに、王《おう》さまが、よこされたものです。  長《なが》い間《あいだ》、北《きた》の青《あお》い海《うみ》の上《うえ》を飛《と》んだり、電信柱《でんしんばしら》の上《うえ》にとまって、さえずっていましたつばめたちは、秋風《あきかぜ》がそよそよと吹《ふ》いて、木《き》の葉《は》が色《いろ》づくころになると、もはや、南《みなみ》の方《ほう》のお家《うち》へ帰《かえ》らなければなりませんでした。寒《さむ》さに弱《よわ》い、この小鳥《ことり》は、あたたかなところに育《そだ》つように生《う》まれついたからです。  王《おう》さまは、もうつばめらの帰《かえ》る時分《じぶん》だと思《おも》うと、赤《あか》い船《ふね》を迎《むか》えによこされました。つばめたちも、船《ふね》に乗《の》りおくれてはならぬと思《おも》って、その時分《じぶん》には、海岸《かいがん》の近《ちか》くにきて、気《き》をつけていました。そして、波間《なみま》に、赤《あか》い船《ふね》が見《み》えると、 「キイ、キイ……。」といって、喜《よろこ》んで鳴《な》いたのです。  早《はや》く見《み》つけたつばめは、それをまだ知《し》らない友《とも》だちに告《つ》げるために、空高《そらたか》く舞《ま》い上《あ》がって、紺色《こんいろ》の美《うつく》しい翼《つばさ》をひるがえしながら、 「赤《あか》い船《ふね》がきましたよ。さあ、もう私《わたし》たちは、立《た》つときです。どうか、遠方《えんぽう》にいるお友《とも》だちに知《し》らせてください。」といいました。  なかには遠《とお》いところにいて、まだ知《し》らずにいるものもありました。そういうつばめは、村《むら》に他《た》のいいお友《とも》だちができて、「まあ、まあ、そんなに急《いそ》いで、お帰《かえ》りなさることはない。」といわれて、引《ひ》きとめられているつばめたちであったのでした。  赤《あか》い船《ふね》は、浜辺《はまべ》に四日《よっか》、五日《いつか》、とまっていました。そして、四|方《ほう》から、毎日《まいにち》のように集《あつ》まってくるつばめを待《ま》っていました。もう、たくさんつばめが船《ふね》に乗《の》って、最後《さいご》には、ほばしらの上《うえ》まで止《と》まって、まったく、はいる席《せき》がなくなった時分《じぶん》、静《しず》かに海岸《かいがん》をはなれたのです。  たいていは、月《つき》のいい晩《ばん》を見《み》はからって、出発《しゅっぱつ》しました。なぜなら、長《なが》い海《うみ》の上《うえ》をゆくには、景色《けしき》が見《み》えなければ、退屈《たいくつ》であるし、また途中《とちゅう》から、船《ふね》をたよって、飛《と》んできて加《くわ》わるものがないとはかぎらなかったからです。  あるとき、一|羽《わ》のつばめは、船《ふね》に乗《の》ろうと思《おも》って、遠《とお》いところから、急《いそ》いで飛《と》んできましたが、すでに船《ふね》の立《た》ってしまった後《あと》でした。  そのつばめは、ひじょうにがっかりしました。しかたなく、木《き》の葉《は》を船《ふね》として、これに乗《の》ってゆこうと決心《けっしん》しました。それより海《うみ》のかなたへ、渡《わた》る途《みち》はなかったのです。  昼間《ひるま》は、木《き》の葉《は》をくわえて飛《と》んで、夜《よる》になると葉《は》を船《ふね》にして、その上《うえ》で休《やす》みました。そのつばめは、こうして、旅《たび》をしているうちに、一|夜《や》、ひじょうな暴風《ぼうふう》に出《で》あいました。驚《おどろ》いて、木《き》の葉《は》をしっかりとくわえて暗《くら》い空《そら》に舞《ま》い上《あ》がり、死《し》にもの狂《ぐる》いで夜《よる》の間《あいだ》を暴風《ぼうふう》と戦《たたか》いながらかけりました。  夜《よ》が明《あ》けると、はるか目《め》の下《した》の波間《なみま》に、赤《あか》い船《ふね》が、暴風《ぼうふう》のために、くつがえっているのを見《み》ました。それは、王《おう》さまのお迎《むか》えに出《だ》された赤《あか》い船《ふね》です。つばめは、急《いそ》いで帰《かえ》って、このことを王《おう》さまに申《もう》し上《あ》げました。――王《おう》さまは、ここにはじめて、自《みずか》らの力《ちから》をたよることのいちばん安心《あんしん》なのを悟《さと》られ、あくる年《とし》から、赤《あか》い船《ふね》を出《だ》すことを見合《みあ》わせられたのであります。 [#地付き]――一九二六・九―― 底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社    1977(昭和52)年3月10日    1977(昭和52)年3月10日第1刷 ※表題は底本では、「赤《あか》い船《ふね》とつばめ」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:本読み小僧 2012年8月6日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。