雪くる前の高原の話 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)険《けわ》しい 工場 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 -------------------------------------------------------  それは、険《けわ》しい山《やま》のふもとの荒野《こうや》のできごとであります。  山《やま》からは、石炭《せきたん》が掘《ほ》られました。それをトロッコに載《の》せて、日《ひ》に幾《いく》たびということなく高《たか》い山《やま》から、ふもとの方《ほう》へ運《はこ》んできたのであります。ゴロッ、ゴロッ、ゴーという音《おと》をたてて石炭《せきたん》を載《の》せた車《くるま》は、レールの上《うえ》をすべりながら走《はし》ってゆきました。そのたびに、箱《はこ》の中《なか》にはいっている石炭《せきたん》は、美《うつく》しい歯《は》を光《ひか》らしておもしろそうに笑《わら》っていました。 「私《わたし》たちは、あの暗《くら》い、寒《さむ》い、穴《あな》の中《なか》から出《だ》されて、この明《あか》るい世界《せかい》へきた。目《め》にうつるものは、なにひとつとして珍《めずら》しくないものはない。これから、どこへ送《おく》られるだろう?」と、同《おな》じような姿《すがた》をした石炭《せきたん》は語《かた》り合《あ》っていました。  だんまり箱《ばこ》は、これに対《たい》してなんとも答《こた》えません。むしろ、それについて知《し》らないといったほうがいいでありましょう。しかし、レールは、そのことをよく知《し》っていました。なぜなら、自分《じぶん》の造《つく》られた工場《こうじょう》の中《なか》には、たくさんの石炭《せきたん》を見《み》て知《し》っているからであります。いま、石炭《せきたん》がゆく先《さき》をみんなで話《はな》し合《あ》っているのを聞《き》くと、ひとつ喜《よろこ》ばしてやろうとレールは思《おも》いました。 「あなたがたは、これから、にぎやかな街《まち》へゆくのですよ。そして、働《はたら》くのです……。」といいました。  石炭《せきたん》は、ふいにレールがそういったので、輝《かがや》く目《め》をみはりました。 「私《わたし》たちは、工場《こうば》へゆくんですか? そんなようなことは山《やま》にいる時分《じぶん》から聞《き》いていました。それにしても、なるたけ、遠《とお》いところへ送《おく》られてゆきたいものですね。いろいろな珍《めずら》しいものを、できるだけ多《おお》く見《み》たいと思《おも》います。それから私《わたし》たちは、どうなるでしょうか……。知《し》ってはいられませんか?」と、石炭《せきたん》は、たずねました。  レールは、考《かんが》えていたが、 「あなたがたが、真《ま》っ赤《か》な顔《かお》をして働《はたら》いていなされたのを見《み》ました。そのうちに、見《み》えなくなりました。なんでも、つぎから、つぎへと、空《そら》へ昇《のぼ》ってゆかれたということです。考《かんが》えると、あなたがたの一生《いっしょう》ほどいろいろと経験《けいけん》なさるものはありますまい。私《わたし》たちは、永久《えいきゅう》に、このままで動《うご》くことさえできないのであります。」と、レールはいいました。  石炭《せきたん》は、トロッコに揺《ゆ》られながら考《かんが》え顔《がお》をしていました。なんとなく、すべてをほんとうに信《しん》ずることができないからでした。  そのとき、かたわらの赤《あか》く色《いろ》づいた、つたの葉《は》の上《うえ》に、一ぴきのはちが休《やす》もうとして止《と》まっていましたが、トロッコの音《おと》がして眠《ねむ》れなかったので、不平《ふへい》をいっていました。 「なんというやかましい音《おと》だろう。びっくりするじゃないか。」と、はちはいいました。 「安心《あんしん》して止《と》まっていらっしゃい。天気《てんき》がこう悪《わる》くては、どこへもいかれないでありましょう。野原《のはら》はさびしいにちがいない。遅咲《おそざ》きのりんどうの花《はな》も、もう枯《か》れた時分《じぶん》です。そして、あの空《そら》の雲《くも》ゆきの早《はや》いことをごらんなさい。天気《てんき》のよくなるまでここに止《と》まっていて、太陽《たいよう》が出《で》てあたたかになったら、里《さと》の方《ほう》をさして飛《と》んでいらっしゃい。」と、つたの葉《は》は、しんせつにいってくれました。  若《わか》い、一|本《ぽん》のすぎが、つたとはちの話《はなし》をしているのを冷笑《れいしょう》しました。 「トロッコの音《おと》にたまげたり、これしきの天気《てんき》におびえているようで、この山《やま》の中《なか》の生活《せいかつ》ができるものか。もっとも、もう一|度《ど》嵐《あらし》がきたなら、つたなどは、どこへか吹《ふ》き飛《と》ばされてしまうであろうし、あんな小《こ》ばちなどは、凍《こご》え死《し》んでしまうことだろう。この俺《おれ》は、嵐《あらし》と吹雪《ふぶき》に戦《たたか》わなければならない。そして、もうおそらく、過《す》ぎ去《さ》った夏《なつ》の日《ひ》のように、銀色《ぎんいろ》に輝《かがや》く空《そら》の下《した》で、まどろむというようなことは、また来年《らいねん》まではできないであろう……。」と、すぎの木《き》は、いっていました。  赤《あか》くなったつたは、勇敢《ゆうかん》な若《わか》いすぎの木《き》のいっていることを聞《き》いて、なんとなく年《とし》とってしまった、自分《じぶん》の身《み》の上《うえ》を恥《は》ずかしく感《かん》じたのであります。なにもこれに対《たい》して、いうことができなかったのでした。そして、すぎの木《き》のいうように、今夜《こんや》にも、すさまじい嵐《あらし》が吹《ふ》きはしないかと身震《みぶる》いしながら、空《そら》を仰《あお》いでいました。  赤《あか》い葉《は》の面《おもて》に止《と》まっていた小《こ》ばちは、飛《と》び上《あ》がって、つい近《ちか》くを走《はし》っていった石炭《せきたん》の上《うえ》に止《と》まりました。この黒《くろ》い、ぴかぴか光《ひか》るものはなんだろうと思《おも》ったからです。  石炭《せきたん》は、にこにことして、だまって、この小《ちい》さな生《い》き物《もの》の動《うご》くようすを見守《みまも》っていました。はちは石炭《せきたん》の臭《にお》いをかいだり、また小《ちい》さな口《くち》でなめてみたり、どこからきたかを自分《じぶん》の小《ちい》さな感覚《かんかく》で知《し》ろうとしました。しかし、それはわかるはずがなかったのです。  レールは、また、このはちをよく見知《みし》っていました。なぜなら、この小《ちい》さい、敏捷《びんしょう》な、すきとおるように美《うつく》しい翅《つばさ》を持《も》ったはちが、つねに、この近傍《きんぼう》の花《はな》から、花《はな》を飛《と》びまわっていたからです。  夏《なつ》のはじめのころに、はちは他《た》のはちたちと共同《きょうどう》をして、一つの巣《す》を花《はな》の間《あいだ》に造《つく》っていました。そして、みつを求《もと》めに彼《かれ》らは毎日《まいにち》遠《とお》くまで出《で》かけたのでありました。朝日《あさひ》の細《ほそ》い、鋭《するど》い、光《ひかり》の箭《や》が、花《はな》と花《はな》の影《かげ》の間《あいだ》から射《さ》し込《こ》む時分《じぶん》になると、彼《かれ》らは、レールの上《うえ》を、それについて南《みなみ》へ、北《きた》へと飛《と》んでいったのを、レールは見《み》たのでありました。はちたちがいたるところの花《はな》にとまって、倦《う》まずにみつを集《あつ》めている間《あいだ》に、太陽《たいよう》は高《たか》く上《あ》がりました。そして、トロッコの音《おと》がしてレールの上《うえ》が熱《あつ》くなり、銀《ぎん》のように白《しろ》く光《ひか》る風《かぜ》が、高原《こうげん》を渡《わた》ったのであります。毎日《まいにち》彼《かれ》らは同《おな》じように働《はたら》きました。このうちに、巣《す》の中《なか》に産《う》み落《お》とされた卵《たまご》は孵化《ふか》して、一ぴきのはちとなり、めいめいは、いずこへとなく飛《と》んでゆきました。また、わずかに残《のこ》ったはちは夏《なつ》の終《お》わりまで、同《おな》じところを去《さ》らなかったのであります。  花《はな》は、季節《きせつ》の移《うつ》りとともに、だんだん少《すく》なくなり、散《ち》ってゆきました。はちはレールの上《うえ》にとまって、日《ひ》の光《ひかり》を浴《あ》びて、じっとしていることもありました。 「もう、じきにトロッコがきますよ。」と、レールは、眠《ねむ》っているはちを揺《ゆ》り起《お》こしてやったこともあります。はちは、飛《と》び去《さ》りました。空《そら》の色《いろ》は青々《あおあお》として晴《は》れていました。はちは、どこへいっても自由《じゆう》であったのだけれど、やはり、このあたりから去《さ》りませんでした。  高《たか》い山《やま》には、秋《あき》がきて、はやくも冷気《れいき》のたつのが、ずっと里《さと》のほうよりは早《はよ》うございました。いろいろの虫《むし》が、自分《じぶん》たちの身《み》の上《うえ》を悲《かな》しんで泣《な》いています。けれど、はちは、その地面《じめん》をはっている虫《むし》のようには悲《かな》しみませんでした。どこへなりと飛《と》んでゆこうと思《おも》えばいけたからです。けれど、やはり、彼《かれ》は、古巣《ふるす》のかかっているところを恋《こい》しがっていました。  夏《なつ》のはじめの時分《じぶん》には、どんなに、自分《じぶん》たちは楽《たの》しかったろう。このあたりは、自分《じぶん》たちの朗《ほが》らかに歌《うた》う唄《うた》の声《こえ》でいっぱいであった。そして、紫《むらさき》や、赤《あか》や、青《あお》や、黄《き》や、白《しろ》の美《うつく》しい花《はな》たちは、いずれも自分《じぶん》たちの姿《すがた》をほめはやしたものだ。そして、すこしでも長《なが》く、自分《じぶん》のところにいてもらいたいと願《ねが》ったものだ。しかし、もう、自分《じぶん》たちの仲間《なかま》は散《ち》ってしまった。美《うつく》しい花《はな》は、とっくの昔《むかし》に、なくなってしまった。けれど、なんで、もう一|度《ど》ああいうことがこないといえよう……。はちには、こんなことも空想《くうそう》されたのでした。  太陽《たいよう》が、だんだん方向《ほうこう》を変《か》えて、レールの上《うえ》がかげり、地《ち》の上《うえ》が冷《つめ》たくなって、下《した》の枝《えだ》には終日《しゅうじつ》、日《ひ》の当《あ》たらないことがあるようになってから、彼《かれ》は、高《たか》い枝《えだ》にからんだ、つたの葉《は》に止《と》まっていたのでした。いつしか、そのつたの葉《は》もまた赤《あか》く色《いろ》づいてきたのであります。しかしやさしいつたの葉《は》は、自分《じぶん》のやがて散《ち》ることも忘《わす》れて、つねに、はちを慰《なぐさ》めていました。 「もう、じきに太陽《たいよう》が上《あ》がりますよ。そうすると暖《あたた》かになります……。」と、つたの葉《は》はいいました。  であるのに、たえず、すぎの若木《わかぎ》は、周囲《しゅうい》の草《くさ》や、木《き》や、虫《むし》などを冷笑《わら》っていたのです。 「俺《おれ》は、ひとり戦《たたか》わなければならない。みんなが、いくじなく枯《か》れたり、散《ち》ったり、死《し》んだりしてしまったとき、吹雪《ふぶき》と嵐《あらし》に向《む》かって叫《さけ》び、戦《たたか》わなければならない。」と、誇《ほこ》り顔《がお》にいっていました。  しかし、だれも、それに対《たい》して反抗《はんこう》するものはなかったのです。すべて、すぎの若木《わかぎ》のいうとおりだったからです。  石炭《せきたん》に止《と》まって、はちがじっとしていると、 「私《わたし》たちといっしょに町《まち》へゆきませんか。私《わたし》たちはどうせ工場《こうば》へつれてゆかれるだろうけれど、あなたは、町《まち》へいったら、自由《じゆう》にどこへでも飛《と》んでゆきなさるがいい。町《まち》は、にぎやかで暖《あたた》かだということを聞《き》いています。私《わたし》たちもまた町《まち》へはじめてだが、そこは明《あか》るくていろいろな美《うつく》しいものがあるということです……。私《わたし》たちといっしょにゆきませんか。」と、石炭《せきたん》は、はちに向《む》かっていいました。  はちは考《かんが》えました。自分《じぶん》は、あまり寒《さむ》くならないうちに、隠《かく》れ場所《ばしょ》を見《み》いださなければならないが、この野原《のはら》の中《なか》にしようか、それとも石炭《せきたん》がゆこうとしている町《まち》にしようか、もっと考《かんが》えてみなければならない。年《とし》とった仲間《なかま》は、冬《ふゆ》の雪《ゆき》のある間《あいだ》を、寺《てら》のひさしの下《した》に隠《かく》れ場《ば》を造《つく》ってはいっていたというから……このあたりは、雪《ゆき》が深《ふか》く積《つ》もって、適当《てきとう》な場所《ばしょ》が見《み》いだされないかもしれない。なるほど、石炭《せきたん》のいうように、このまま町《まち》へゆくとしようかと、美《うつく》しい翅《つばさ》を震《ふる》わしてはちは考《かんが》えていました。  このとき、トロッコの上《うえ》に乗《の》っていた労働者《ろうどうしゃ》は、はちに目《め》をとめると、 「この辺《へん》に巣《す》があるとみえて、いつか俺《おれ》の足《あし》を刺《さ》しやがった……。殺《ころ》してくれようかな。」といって、足《あし》を揚《あ》げて、はちを踏《ふ》みつぶそうとしました。しかし、はちは危《あぶ》ないところを脱《のが》れて飛《と》び立《た》ちました。その後《あと》で、石炭《せきたん》がとばっちりを食《く》って大騒《おおさわ》ぎをしていました。  はちは、レールについて、もとの場所《ばしょ》へ帰《かえ》ろうと思《おも》いました。そこにはやさしい、つたの葉《は》が待《ま》っていたからです。  はちは、レールについて飛《と》んでくるうちに、レールが苦《くる》しそうに、身《み》を曲《ま》げて地面《じめん》をはっているのに、はじめて気《き》がついて、 「なんで、あなたは、そんなようすをしているのですか。」と、はちは、レールにたずねました。レールは、ものすごい目《め》つきで、はちを見上《みあ》げて、 「私《わたし》が、こうして、苦《くる》しんでいる姿《すがた》は、いまはじめて気《き》がついたのですか。もう、長《なが》い間《あいだ》ここにうめいている。それも、老《お》いぼれたくぎめがしっかりと私《わたし》の体《からだ》を押《お》さえていて放《はな》さないからだ……。」と、うらみがましく答《こた》えました。  はちは、こんな強《つよ》そうに見《み》えるレールにも、こうした悩《なや》みと苦《くる》しみとがあることを、はじめて知《し》ったので、なおも子細《しさい》に、そのようすを見《み》とどけようと思《おも》って、くぎが押《お》さえているところへいってみました。  なるほど、赤《あか》くさびた、老《お》いぼれたくぎが、いっしょうけんめいにレールを押《お》さえつけているのでした。はちはそこへ飛《と》んできてとまると、 「なぜ、そんなにあなたはレールを押《お》さえつけているのですか。」と、たずねたのであります。 「俺《おれ》は人間《にんげん》からいいつかったことをしているのさ。」 「しかし、あなたとレールとは、もと同《おな》じ一|家《か》ではありませんか。兄弟《きょうだい》といってもいいでしょう。」と、はちは、同《おな》じ鋼鉄《こうてつ》でできていたから、そういったのです。 「しかし、俺《おれ》が人間《にんげん》からいいつかったことを忘《わす》れて、手《て》を放《はな》したら、なにか悪《わる》い結果《けっか》になりはしないかと心配《しんぱい》するのだ。」と、赤《あか》くさびたくぎがいいました。 「だが、あなたは、だいぶ年《とし》をとっていられますから、すこしぐらい休《やす》まれたって、だれも不思議《ふしぎ》とは思《おも》いますまい。」と、はちは答《こた》えたのであります。  さびたくぎは、なるほどというような顔《かお》つきをして、はちのいうことを聞《き》いていました。  はちが、やがて、赤《あか》いつたの葉《は》の上《うえ》にもどってきました。つたの葉《は》は、空《そら》を見上《みあ》げながら、 「また、あらしになりそうですね。」と、心配《しんぱい》そうな顔《かお》つきをしていました。  ひとり、すぎの若木《わかぎ》は、傲慢《ごうまん》に、強《つよ》そうなことをいっていばっていたのであります。  赤《あか》さびのしたくぎは、はちのいったことから、つい気《き》がゆるんでレールを押《お》さえつけていた手《て》を放《はな》しました。すると、レールは、すかさずに、曲《ま》げていた体《からだ》を伸《の》ばしたのです。このとき、トロッコが、ほかの石炭《せきたん》を積《つ》んで山《やま》から下《くだ》ってきました。つたの葉《は》の上《うえ》にとまっていたはちは、先刻《せんこく》の石炭《せきたん》は、いまごろどこへいったろう……。町《まち》の工場《こうじょう》へは、まだ着《つ》くまいと思《おも》っていた瞬間《しゅんかん》に、トロッコが脱線《だっせん》して、異様《いよう》な音《おと》をたてたかと思《おも》うと、こちらへすべってきてすぎの若木《わかぎ》のかたわらにひっくり返《かえ》ったので、すぎの若木《わかぎ》は石炭《せきたん》に押《お》されて曲《ま》がってしまいました。ふいのできごとに驚《おどろ》いて、はちは前後《ぜんご》を忘《わす》れて、かなたの大《おお》きな、はんのきのところまで逃《に》げてしまいました。  その晩《ばん》、真《ま》っ白《しろ》に、この高原《こうげん》には、雪《ゆき》が降《ふ》ったのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集4」丸善    1930(昭和5)年7月20日 初出:「童話」コドモ社    1926(大正15)年1月 ※「工場」に対するルビの「こうば」と「こうじょう」の混在は、底本通りです。 ※表題は底本では、「雪《ゆき》くる前《まえ》の高原《こうげん》の話《はなし》」となっています。 ※初出時の表題は「雪來る前の高原の話」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2022年5月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。