船でついた町 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)金《かね》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|日《にち》 -------------------------------------------------------  たいへんに、金《かね》をもうけることの上手《じょうず》な男《おとこ》がおりました。人《ひと》の気《き》のつかないうちに、安《やす》く買《か》っておいて、人気《にんき》がたつとそれを高《たか》く売《う》るというふうでありましたから、金《かね》がどんどんたまりました。  土地《とち》でも、品物《しなもの》でも、この男《おとこ》がこうとにらんだものは、みんなそういうふうに値《ね》が出《で》たのであります。この男《おとこ》と、こういうことで競争《きょうそう》をしたものは、たいてい負《ま》けてしまいました。そして、この男《おとこ》は、いつかだれ知《し》らぬものがないほどの大金持《おおがねも》ちとなったのであります。  ある年《とし》、たいそう不景気《ふけいき》がきたときです。あわれな不具者《ふぐしゃ》が、この金持《かねも》ちの門《もん》に立《た》ちました。 「どうぞ、私《わたし》をご主人《しゅじん》にあわせてください。私《わたし》は、もとあなたの会社《かいしゃ》に使《つか》われたものです。」といいました。  番頭《ばんとう》は、しかたなく、これを主人《しゅじん》に伝《つた》えました。 「ああそうか、私《わたし》が出《で》てあおう。」といって、金持《かねも》ちは、玄関《げんかん》へ出《で》ました。すると、不具者《ふぐしゃ》は、 「その後《ご》、不幸《ふこう》つづきで、そのうえけがをして、こんなびっこになってしまいました。働《はたら》くにも、働《はたら》きようがありません。どうぞ、めぐんでください。」と、訴《うった》えました。  金《かね》がたまると、だれでも、やさしくなるものです。ことに、この金持《かねも》ちは、涙《なみだ》もろい性質《せいしつ》でありましたから、 「それは、困《こま》るだろう。」といって、めぐんでやりました。あわれな男《おとこ》は、喜《よろこ》んで帰《かえ》ってゆきました。  すると、翌日《よくじつ》は、別《べつ》の不具者《ふぐしゃ》がやってきました。 「私《わたし》は、片腕《かたうで》をなくなしました。働《はたら》くにも働《はたら》きようがありません。どうぞ、おめぐみください。」と、訴《うった》えました。  金持《かねも》ちは、なるほど、それにちがいないと考《かんが》えましたから、いくらかめぐんでやりました。  一|日《にち》に、二人《ふたり》や、三|人《にん》は、金持《かねも》ちにとって、なんでもなかったけれど、いつしか、このうわさがひろまるにつれて、十|人《にん》、二十|人《にん》と、毎日《まいにち》金持《かねも》ちの門《もん》の前《まえ》には、もらいのものが黒《くろ》い山《やま》を築《きず》きました。  不具者《ふぐしゃ》ばかりでない、なかには、働《はたら》けそうな若者《わかもの》もありました。そういうものには、金持《かねも》ちが、きびしくただしますと、内臓《ないぞう》に病気《びょうき》があったり、また探《さが》しても仕事《しごと》がなかったり、聞《き》けば、いろいろ同情《どうじょう》すべき境遇《きょうぐう》でありまして、一人《ひとり》に与《あた》えて、一人《ひとり》に断《ことわ》るということができなかったので、しかたなく金持《かねも》ちは、みんなに金《かね》を分《わ》けてやりました。  しかし、限《かぎ》りなく、毎日《まいにち》毎日《まいにち》、あわれな人《ひと》たちがもらいにくるので、金持《かねも》ちは、まったくやりきれなくなってしまいました。 「これは、どうしたらいいだろう、俺《おれ》の力《ちから》で、困《こま》ったものをみんな養《やしな》ってゆくということはできない。またそんな理由《りゆう》もないのだ……。」  こう、金持《かねも》ちは考《かんが》えると、いっそ、みんなを断《ことわ》ってしまったがいいと思《おも》いましたから、翌日《よくじつ》から、門《もん》の扉《とびら》を堅《かた》く閉《し》めたので、だれも中《なか》へはいれませんでした。  こうなると、いままで、救《すく》ってもらったものが、まったく食《た》べられなくなって、餓死《がし》したものもあります。世間《せけん》では、急《きゅう》に、金持《かねも》ちの冷淡《れいたん》を責《せ》めました。新聞《しんぶん》は、金持《かねも》ちに、なんで、困《こま》ったものを見捨《みす》てたかと書《か》きました。  金持《かねも》ちは、とうとういたたまれなくなって、どこか、人々《ひとびと》から目《め》のとどかないところへいって、考《かんが》えようと思《おも》ったのです。  彼《かれ》は、にぎやかな都会《とかい》から、こっそりと逃《に》げ出《だ》して、船《ふね》に乗《の》りました。そして、できるだけ遠方《えんぽう》へゆこうとしました。船《ふね》の中《なか》で、 「や、こんなばかげた話《はなし》はありません。私《わたし》が、まちがっていましたろうか?」と、金持《かねも》ちは、ものわかりのしそうな人《ひと》に話《はな》しました。 「ほんとうに困《こま》っているのか、どうか、お見分《みわ》けがつきませんでしたか……。」と、別《べつ》の人《ひと》が、口《くち》をいれました。 「はじめて顔《かお》を見《み》たものに、どうしてそれがわかりましょう?」と、金持《かねも》ちは、目《め》をまるくしました。 「いや、ごもっともの話《はなし》です。おそらく、みんなが困《こま》っているからでしょう。そして、あなたが、逃《に》げ出《だ》しなさるのも道理《どうり》と思《おも》います。ここから、百|里《り》ばかりへだたった、|A港《エーみなと》というところは、ちょうど、あなたのおいでなさるのに、いいところです。」と、ものわかりのした人《ひと》は、教《おし》えてくれました。  金持《かねも》ちは、どこへゆこうというあてもなかったから、|A港《エーみなと》にゆくことにしました。ある日《ひ》、船《ふね》は、その港《みなと》についたので、金持《かねも》ちは、上陸《じょうりく》しました。  その町《まち》は静《しず》かな、なんとなく、なつかしい町《まち》でありました。気候《きこう》もよく、住《す》んでいる人々《ひとびと》の気持《きも》ちも平和《へいわ》でいるように見受《みう》けられました。  彼《かれ》は、いろいろのところへ旅行《りょこう》もしましたが、こんないいところは、はじめてでした。いいところをあの人《ひと》は教《おし》えてくれたと感謝《かんしゃ》しました。  町《まち》のようすは、たいして変《か》わってはいなかったが、たいへんに、気持《きも》ちがいいのでした。 「どうして、この土地《とち》は、こう平和《へいわ》なんだろうな。」と、歩《ある》きながら考《かんが》えました。  あちらから、人《ひと》のよさそうな、おじいさんがやってきましたから、金持《かねも》ちは、近寄《ちかよ》って、 「たいへん、あなたたちは、ゆったりとしていられますが、気候《きこう》がいいからでしょうか。それとも金《かね》があって、豊《ゆた》かなためでしょうか?」と、問《と》いました。  すると、おじいさんは笑《わら》って、 「いいえ、まだ、この土地《とち》が開《ひら》けないからです。それに、そう欲《よく》の深《ふか》いものがいないからです。だんだんこの港《みなと》に、船《ふね》がたくさんはいってきて、方々《ほうぼう》の人々《ひとびと》が出入《でい》りするようになりますと、町《まち》もにぎやかになりますかわり、暮《く》らしづらくなりますよ。なかには、そうなるのを望《のぞ》むものもありますが、私《わたし》たちは、かくべつ繁昌《はんじょう》しなくとも、いつまでも平和《へいわ》に暮《く》らしてゆくのを望《のぞ》んでいます。」と、答《こた》えました。  金持《かねも》ちは、不思議《ふしぎ》に思《おも》いました。 「繁昌《はんじょう》すると、平和《へいわ》にならないというのは、どういうわけですか?」と、またたずねました。老人《ろうじん》はあいかわらず笑《わら》って、 「同《おな》じいような店《みせ》が、いくつもできるようになります。そして、それらが、みんなよくやっていくには、たがいに競争《きょうそう》しなければなりません。いまは、日《ひ》が暮《く》れれば、じきに休《やす》みますが、そうなれば、夜《よる》もおそくまで働《はたら》いたり、起《お》きていなければなりません。」といいました。  彼《かれ》は、なるほど、それにちがいないと思《おも》いました。 「いつまでも、静《しず》かな平和《へいわ》な町《まち》であれ。」と、金持《かねも》ちは、心《こころ》の中《うち》で祈《いの》って、おじいさんと別《わか》れて、あちらへ歩《ある》いてゆきました。小《ちい》さな町《まち》がつきると、丘《おか》がありました。彼《かれ》は、丘《おか》へ上《あ》がりました。  ここには冬《ふゆ》もなく、うららかな太陽《たいよう》は、海《うみ》を、町《まち》を、照《て》らしていました。すこし上《あ》がると、ばらの花《はな》が咲《さ》いていて、緑色《みどりいろ》の草《くさ》が、いきいきとはえていました。  金持《かねも》ちは、草《くさ》の上《うえ》に腰《こし》をおろして、たばこをすいながら、絵《え》に描《か》いたような、あたりの景色《けしき》にうっとりと見《み》とれたのです。 「あのおじいさんのいったことは、ほんとうだ。無益《むえき》な欲《よく》が、かえって人間《にんげん》を不幸《ふこう》にするのだ。そして、欲深《よくふか》になったものは、もう二|度《ど》と、生《う》まれたときのような、美《うつく》しい気持《きも》ちにはなれないのだ。だれとも争《あらそ》わず、仲《なか》よく暮《く》らしてゆくのが、本意《ほんい》なんだ。この世《よ》の中《なか》が、まちがっていることに気《き》づかなかったばかりに、俺《おれ》も、いつしか欲深《よくふか》い人間《にんげん》になってしまった。この町《まち》の人々《ひとびと》のような平和《へいわ》な生活《せいかつ》がうらやましい……。」  頭《あたま》の上《うえ》の木《き》のこずえには、美《うつく》しい小鳥《ことり》が、しきりに鳴《な》いていました。彼《かれ》は、なにを考《かんが》えるということもなく、夢《ゆめ》を見《み》るような気持《きも》ちで、小鳥《ことり》の唄《うた》にききいっていました。  そこには、金持《かねも》ちもなく、貧乏人《びんぼうにん》もなく、ただ、美《うつく》しい世界《せかい》があるばかりでした。 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集4」丸善    1930(昭和5)年7月 初出:「国民新聞」    1930(昭和5)年1月1日 ※表題は底本では、「船《ふね》でついた町《まち》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2019年2月22日作成 2020年11月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。