ひすいを愛された妃 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)昔《むかし》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)十|分《ぶん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き] -------------------------------------------------------  昔《むかし》、ひすいが、ひじょうに珍重《ちんちょう》されたことがありました。この不思議《ふしぎ》な美《うつく》しい緑色《みどりいろ》の石《いし》は、支那《しな》の山奥《やまおく》から採《と》れたといわれています。そこで、国々《くにぐに》へまで流《なが》れてゆきました。  その時分《じぶん》の人々《ひとびと》は、なによりも、真理《しんり》が貴《とうと》いということには、まだよく悟《さと》れなかったのです。そして、ひすいの珠《たま》をたくさん持《も》っているものほど偉《えら》く思《おも》われましたばかりでなく、その人《ひと》は、幸福《こうふく》であるとされたのであります。  ふじの花《はな》咲《さ》く国《くに》の王《おう》さまは、どちらかといえば、そんなに欲深《よくぶか》い人《ひと》ではなかったのでした。けれど、妃《きさき》は、たいそうひすいを愛《あい》されました。 「私《わたし》は、じっと、この青《あお》い色《いろ》に見入《みい》っていると、魂《たましい》も、身《み》も、いっしょに、どこか遠《とお》いところへ消《き》えていきそうに思《おも》います。」とおっしゃいました。  王《おう》さまは、妃《きさき》をこのうえもなく愛《あい》していられましたから、自分《じぶん》はこの石《いし》をさほどほしいとは思《おも》われなくとも、妃《きさき》の望《のぞ》みを十|分《ぶん》にかなえさせてやりたいと思《おも》われました。 「いくら高《たか》くてもいいから、いいひすいの珠《たま》があったら持《も》ってまいれ。」と、家来《けらい》に申《もう》しわたされたのです。  ある日《ひ》、家来《けらい》の奉《たてまつ》った珠《たま》を王《おう》さまは、手《て》に取《と》ってながめられ、なるほど、美《うつく》しい色《いろ》をしている。どうして、このようなみごとなものがこの世《よ》の中《なか》に存在《そんざい》するだろうかといわれました。  家来《けらい》は、王《おう》さまのお言葉《ことば》を承《うけたまわ》ってから、おそるおそる申《もう》しあげました。 「美《うつく》しい、女王《じょおう》さまを飾《かざ》るために、空《そら》から降《ふ》ってきた露《つゆ》が、石《いし》になったものと思《おも》われます。」  王《おう》さまは、うなずかれました。 「まことに、そうかもしれない……。」  こう、いわれると、いつしか、喜《よろこ》びが悲《かな》しみの色《いろ》に変《か》わってゆくのが見《み》えました。なぜなら、生《せい》ある、すべての美《うつく》しいものに、いつか死《し》のあることを思《おも》い至《いた》られたからです。  ほんとうに、妃《きさき》は、麗《うるわ》しい、白《しろ》い香《かお》りの高《たか》い花《はな》のような方《かた》でした。その目《め》は、星《ほし》のように澄《す》んでいました。その唇《くちびる》には、みつばちがくるかとさえ思《おも》われたくらいです。けれど、すべての美《うつく》しい婦人《ふじん》は、弱々《よわよわ》しかったように、妃《きさき》は首《くび》のまわりに懸《か》けられた、青《あお》い石《いし》の首飾《くびかざ》りの重《おも》みを支《ささ》えるに耐《た》えられないほどでした。 「私《わたし》は、この青《あお》い石《いし》の重《おも》みにおされ、その中《なか》にうずまって死《し》にたい。」と、妃《きさき》は、おっしゃいました。  いかに、その姿《すがた》は、小《ちい》さく、美《うつく》しくても、欲望《よくぼう》に限《かぎ》りのないことが知《し》られたのです。そして、それは、怖《おそ》ろしいことでした。  流行《りゅうこう》は、ちょうど黴菌《ばいきん》のように感染《かんせん》するものです。そして、また、それと同《おな》じように、人間《にんげん》を禍《わざわ》いするものでした。  国々《くにぐに》に、ひすいの珠《たま》は、貴重《きちょう》のものとなりました。どの女王《じょおう》もその首飾《くびかざ》りをかけられるようになりました。ひとり、王《おう》さまや、妃《きさき》が、愛《あい》されたばかりでなく、国々《くにぐに》の金持《かねも》ちは、青《あお》い珠《たま》を集《あつ》めるようになりましたから、たちまち、青《あお》い宝石《ほうせき》の価《あたい》は、かぎりなく上《あ》がったのです。こういうように、いくら出《だ》してもいいからという人《ひと》たちがたくさんになりますと、ひすいの珠《たま》は、しぜんと世間《せけん》に少《すく》なくなりました。少《すく》なくなるにつれて偽物《にせもの》が現《あらわ》れるようになりました。  遠《とお》い国《くに》から、わざわざ船《ふね》に乗《の》って、ひすいを高《たか》く売《う》りに、ひともうけしようと笑《わら》ってやってくる商人《しょうにん》もありました。船《ふね》が港《みなと》に着《つ》くと、早《はや》く、その商人《しょうにん》から、この青《あお》い石《いし》を買《か》おうと思《おも》って見張《みは》っている人《ひと》までありました。  ふじの花《はな》咲《さ》く国《くに》の妃《きさき》は、もはや、かよわい身《み》につけられないほど、青《あお》い珠《たま》がたまりました。美《うつく》しい姿《すがた》で、この重《おも》い宝石《ほうせき》の首飾《くびかざ》りをひきずって、そのうえ、腕《うで》にも、冠《かんむり》にも、ちりばめて、なよなよとした姿《すがた》で、御殿《ごてん》の中《なか》をお歩《ある》きなさるようすはうるわしくもあり、またすごいようでもあり、なんといって、形容《けいよう》のしようがなかったのでした。王《おう》さまは、妃《きさき》のようすをごらんになって、 「空《そら》の星《ほし》が、一|時《じ》に揺《ゆ》らぐようじゃ。」と、仰《おお》せられたのです。また、その青《あお》い珠《たま》から放《はな》つ、一つ、一つの光《ひかり》に、目《め》をとめられて、 「なんという神々《こうごう》しさじゃ。」と、仰《おお》せられたのです。  このとき、妃《きさき》のお顔《かお》には、不安《ふあん》の色《いろ》が浮《う》かびました。 「私《わたし》は、心配《しんぱい》でなりません。このごろは、真物《ほんもの》をも負《ま》かすほど、巧《たく》みに偽物《にせもの》が造《つく》られるということを聞《き》きました。悲《かな》しいことに、私《わたし》の目《め》は、まだ、それを見分《みわ》けるだけの力《ちから》がありません……。私《わたし》の身《み》をこうして飾《かざ》っている珠《たま》の中《うち》にも偽物《にせもの》があって、それを陛下《へいか》までが美《うつく》しいとごらんなされるようなことはないかと思《おも》うと、胸《むね》の中《うち》が穏《おだ》やかでないのであります。」と、おっしゃいました。  王《おう》さまは、いとしい妃《きさき》のお言葉《ことば》を、だまって聞《き》いていられましたが、 「おまえの心配《しんぱい》は、もっとものことじゃ、偽物《にせもの》を神聖《しんせい》な体《からだ》につけて、知《し》らんでいるとは、すなわち私《わたし》の不徳《ふとく》にもなることじゃ、さっそく珠《たま》の真贋《しんがん》を見分《みわ》けることのできる人物《じんぶつ》を召《め》し抱《かか》えることにいたそう。」と、仰《おお》せられたのでありました。  宝石《ほうせき》を見分《みわ》ける名人《めいじん》が、募集《ぼしゅう》されることになりました。そして、いろいろの人《ひと》たちが集《あつ》まってきましたけれど、結局《けっきょく》名人《めいじん》というのは、最後《さいご》に残《のこ》された一人《ひとり》に過《す》ぎません。  そのものは、腰《こし》の曲《ま》がった、あごに白《しろ》いひげの生《は》えた老人《ろうじん》でした。このおじいさんは、若《わか》い時分《じぶん》支那《しな》からチベットの方《ほう》へ、山《やま》から山《やま》と、ひすいをたずねて歩《ある》いた経験《けいけん》があって、一目《ひとめ》石《いし》を見《み》れば、それが真物《ほんもの》か、贋物《にせもの》かということの見分《みわ》けがついたのです。  おじいさんは、さっそく、御殿《ごてん》に召《め》されました。そこで、妃《きさき》の首飾《くびかざ》りについている珠《たま》を鑑定《かんてい》させられました。おじいさんは、ひざを折《お》って、うやうやしく青《あお》い珠《たま》を掌《てのひら》の上《うえ》に載《の》せてながめていましたが、その中《なか》から、一つ、一つ分《わ》けはじめました。青《あお》いたくさんの大《おお》きな、また小《ちい》さい珠《たま》は、左右《さゆう》に二|分《ぶん》されました。 「右《みぎ》の方《ほう》に置《お》きましたのは、真物《ほんもの》で、左《ひだり》の方《ほう》に置《お》きましたのは贋物《にせもの》であります。」と、おじいさんは、申《もう》しあげました。 「まあ、これが……。」といって、妃《きさき》は、美《うつく》しい顔《かお》に、驚《おどろ》きの色《いろ》を浮《う》かべられた。なぜなら、かつて、みごとな珠《たま》だと見《み》とれられました、大《おお》きな珠《たま》も贋物《にせもの》の中《うち》にはいっていたからであります。 「おそれおおいことでありますが、真物《ほんもの》のひすいは、そうたくさんあるものでありません。」と、おじいさんは、つけくわえました。  その後《ご》、いっそう、ひすいの価《あたい》は高《たか》くなったのです。ある日《ひ》のこと、この年《とし》とった鑑定家《かんていか》は、 「私《わたし》が、いままでに見《み》たひすいのうちで、西国《さいごく》の女王《じょおう》の首《くび》にかけてある飾《かざ》りの珠《たま》ほど、不思議《ふしぎ》な美《うつく》しいものはありません。青白《あおじろ》い珠《たま》のうちに、瞳《ひとみ》をこらして見《み》ますと、夢《ゆめ》のような天人《てんにん》の姿《すがた》がうかがわれるのであります。これこそ、広《ひろ》い世界《せかい》のうちで、いちばん貴《とうと》い石《いし》と思《おも》われます。」と語《かた》りました。  この話《はなし》は、やがて、妃《きさき》のお耳《みみ》にまで達《たっ》すると、妃《きさき》は明《あ》けても、暮《く》れても、その珠《たま》が空想《くうそう》の目《め》に浮《う》かんで、物思《ものおも》いに沈《しず》まれたのであります。王《おう》さまは、それと悟《さと》られると、天《てん》にも、地《ち》にも、ただ一人《ひとり》の愛《あい》する妃《きさき》のために、西国《さいごく》の女王《じょおう》が持《も》っていられる、青《あお》い珠《たま》を手《て》にいれて与《あた》えたい、と思《おも》われました。しかし、そのことは、一|国《こく》の富《とみ》を尽《つ》くしても、おそらく、西国《さいごく》の女王《じょおう》の承諾《しょうだく》を得《う》ることはむずかしかったのです。 「どうかして、西国《さいごく》を征服《せいふく》することはできないものかな。」と、ふじの花《はな》咲《さ》く国《くに》の王《おう》さまは考《かんが》えられました。そして、その機会《きかい》を待《ま》っているうちに、両国間《りょうこくかん》にちょっとした問題《もんだい》が起《お》こりました。ついに、それをきっかけとして、戦争《せんそう》は、はじまったのでした。  双方《そうほう》とも死力《しりょく》をつくして戦《たたか》いましたから、容易《ようい》に勝敗《しょうはい》はつきませんでしたが、多《おお》くの犠牲《ぎせい》をはらって最後《さいご》に、ふじの花《はな》咲《さ》く国《くに》は勝《か》ったのでした。そして、西国《さいごく》の女王《じょおう》の首《くび》にかかっていた貴重《きちょう》なひすいは、ついにふじの花《はな》咲《さ》く国《くに》の妃《きさき》の首飾《くびかざ》りになったのであります。  ほどなくして、美《うつく》しい妃《きさき》は病気《びょうき》となられました。王《おう》さまは、国《くに》じゅうの名医《めいい》をお呼《よ》びになって、なおそうとなされたけれど、命数《めいすう》だけは、人間《にんげん》の力《ちから》でどうすることもできなかったのです。妃《きさき》は青《あお》い石《いし》に、かぎりない未練《みれん》を残《のこ》して、この世《よ》から去《さ》ってしまわれました。  王《おう》さまは、泣《な》いて、妃《きさき》をふじの花《はな》が咲《さ》く山《やま》のふもとに葬《ほうむ》られました。後《あと》に残《のこ》されたたくさんの青《あお》い珠《たま》は、むなしく御殿《ごてん》の中《なか》にさびしい光《ひかり》を放《はな》っていました。王《おう》さまは亡《な》くなられた妃《きさき》の供養《くよう》のために、大《おお》きな鐘《かね》を鋳《い》ることになされました。そのとき、妃《きさき》の大事《だいじ》にされた、数々《かずかず》の宝石《ほうせき》をごらんになって、この青《あお》い宝石《ほうせき》を砕《くだ》いて、鉄《てつ》といっしょに熔《と》かして、形《かたち》をなくしてしまおうとお考《かんが》えなされたのです。  石《いし》も、鉄《てつ》も、熔《と》かしてしまうために強《つよ》い火《ひ》がたかれました。鐘《かね》を鋳《い》るものは、王《おう》さまの命令《めいれい》に従《したが》って、仕事《しごと》に苦心《くしん》をしました。そして、大《おお》きな、重《おも》い、青《あお》みを含《ふく》んだ鐘《かね》ができあがったのでありました。  その鐘《かね》は、街《まち》から仰《あお》がれる山《やま》の上《うえ》に、鐘楼《しょうろう》を建《た》て、そこにつるされることとなりました。朝《あさ》、晩《ばん》、その鐘《かね》をつくときに、鐘《かね》の響《ひび》きは、森《もり》を越《こ》え、街《まち》の家々《いえいえ》の空《そら》に、鳴《な》りわたるだろう。人々《ひとびと》は、その妙《たえ》なる鐘《かね》の音《ね》を聞《き》くたびに、きっとわが、美《うつく》しい、やさしかった妃《きさき》のことを思《おも》い出《だ》すにちがいない。それが、すなわち、功徳《くどく》になるのだと、王《おう》さまはお考《かんが》えなされたのであります。  いよいよできあがった鐘《かね》をつるすときにあたって、あまり、その鐘《かね》が重《おも》いもので、どんな綱《つな》も切《き》れてしまいました。 「これは、どうしたというのだろう。」  王《おう》さまは、お考《かんが》えになりました。なにかこれには、子細《しさい》のあることかもしれない。ともすると、妃《きさき》の魂《たましい》が、この世《よ》に対《たい》して、深《ふか》い未練《みれん》をもっているからかもしれない。ひとつ占《うらな》ってもらうことにしようと、思《おも》われたのです。  ちょうど、そのころ、どこからともなく城下《じょうか》へまわってきた占《うらな》い者《しゃ》がありました。鳥《とり》のように諸国《しょこく》を歩《ある》いて、人々《ひとびと》の運命《うんめい》を占《うらな》う、脊《せい》の低《ひく》い、目《め》の光《ひかり》の鋭《するど》い男《おとこ》でした。  王《おう》さまの命令《めいれい》によって、その占《うらな》い者《しゃ》は、召《め》されました。占《うらな》い者《しゃ》は、山《やま》へ登《のぼ》って、鐘《かね》のそばにすわって、祈《いの》りを捧《ささ》げたのでした。そして、しばらく、瞑目《めいもく》していましたが、はじめて夢《ゆめ》からさめたように、顔《かお》を上《あ》げると、 「死《し》なれた、お妃《きさき》の望《のぞ》まれるところでございます。どうか、千|人《にん》の若《わか》い女《おんな》の髪《かみ》の毛《け》で縒《よ》った綱《つな》をもって鐘《かね》をつるしてもらいたい。そうでなければ、けっして、上《うえ》へは、懸《か》からぬとのことでございます。」と申《もう》しあげました。  王《おう》さまは、深《ふか》い悲《かな》しみのうちに、占《うらな》い者《しゃ》の言葉《ことば》を聞《き》かれました。いとしい妃《きさき》の望《のぞ》みとあれば、せめて、この最後《さいご》の望《のぞ》みをもかなえてやりたいものだと思《おも》われたので、このことを国《くに》じゅうに布令《ふれ》されますと、若《わか》い女《おんな》たちは、娘《むすめ》も、女房《にょうぼう》も、どうか加護《かご》にあずかりたいと思《おも》って、自分《じぶん》の髪《かみ》の毛《け》を惜《お》しげもなく切《き》って、奉《たてまつ》ったのであります。  日《ひ》ならずして、太《ふと》い女《おんな》の髪《かみ》の毛《け》で造《つく》られた綱《つな》ができました。にぎやかな儀式《ぎしき》が行《おこな》われた後《あと》で、その綱《つな》で鐘《かね》を釣《つ》り上《あ》げましたところ、やすやすと鐘楼《しょうろう》につるされたのでした。  これを見《み》た一|同《どう》のものは、いまさらながら、事《こと》の不思議《ふしぎ》なのに感心《かんしん》されたのであります。  それで、ひすいを見分《みわ》けるために、御殿《ごてん》へ召《め》された老人《ろうじん》は、妃《きさき》が亡《な》くなられると、もはや、仕事《しごと》がなくなったので暇《ひま》を出《だ》されました。一|時《じ》は、王《おう》さまにも、妃《きさき》にも寵愛《ちょうあい》されて、厚《あつ》いもてなしを受《う》け、いばっていたものが、御殿《ごてん》を出《だ》されると、ふたたび、さすらいの旅《たび》に上《のぼ》らなければなりませんでした。  老人《ろうじん》は、以前《いぜん》とちがって、すでにぜいたくに馴《な》れてしまったから、昔《むかし》のように、山《やま》に寝《ね》たり、野原《のはら》に伏《ふ》すことができなかった。老人《ろうじん》は、こんどは、西国《さいごく》へいって、女王《じょおう》に仕《つか》えようと思《おも》って、とぼとぼとやってきました。  しかし、西国《さいごく》では、それどころでありません。女王《じょおう》は、老人《ろうじん》を見《み》ると、たいそうお怒《いか》りになりました。 「おまえが、つまらないことをいったばかりに、ふじの花《はな》咲《さ》く国《くに》と戦争《せんそう》をするようになってしまった。この国《くに》では、ひすいばかりでない。いっさいの青《あお》い石《いし》は禁物《きんもつ》である。もう、おまえには、用事《ようじ》がない。」と、いわれたのであります。  この国《くに》からも追《お》われた老人《ろうじん》は、その後《ご》、どこへいったか、知《し》るものはなかったのでした。そして、いつしか、ひすいに対《たい》する異常《いじょう》な流行《りゅうこう》は、やんでしまいました。        *   *   *   *   *  そのときから、幾世紀《いくせいき》は、山《やま》をゆく雲《くも》の流《なが》れとともにたったのであります。ふもとの街《まち》は、田畑《たはた》となり、山《やま》の上《うえ》の鐘楼《しょうろう》は、昔《むかし》の形見《かたみ》として、半分《はんぶん》壊《こわ》れたまま長《なが》い間《あいだ》残《のこ》り、そこには、青《あお》さびの出《で》た鐘《かね》が、雨風《あめかぜ》にさらされてかかっていたけれど、だれも、それを鳴《な》らすものがない。たまたま見物《けんぶつ》に、山《やま》を登《のぼ》ってゆく人《ひと》はありましたけれど、道《みち》は草《くさ》にうもれて消《き》えかかっていました。ただ、当年《とうねん》と変《か》わりのないのは、初夏《しょか》のころになると、ふじの花《はな》が、ところどころ、みごとに咲《さ》いて山《やま》を飾《かざ》っていたのでした。 「この鐘《かね》の中《なか》には、ひすいが熔《と》かし込《こ》んであるという話《はなし》だが、青《あお》い色《いろ》が、なんとなく底光《そこびか》りがして見《み》えるな。」と、旅人《たびびと》は、壊《こわ》れかけた鐘楼《しょうろう》にたどり着《つ》いたときに、見上《みあ》げながら連《つ》れのものに話《はな》したのでした。人《ひと》が、山《やま》を降《くだ》ると、あたりは寂然《せきぜん》としました。みつばちが、翅《はね》を鳴《な》らして、ふじの花《はな》の上《うえ》へ集《あつ》まっています。小鳥《ことり》は、巣《す》を造《つく》るために、鐘楼《しょうろう》に止《と》まって、鐘《かね》をつるしてある綱《つな》の髪《かみ》の毛《け》をつついては、引《ひ》きちぎって、どこへかくわえて飛《と》んでゆきました。  ある日《ひ》のことであります。ここから遠《とお》く離《はな》れた街《まち》にあった、鉄工場《てっこうじょう》の主人《しゅじん》は、この鐘《かね》が雨風《あめかぜ》にさらされているということを聞《き》いて、惜《お》しいものだと思《おも》いました。安《やす》い価《あたい》で、鐘《かね》を買《か》い受《う》けて、ひともうけしようと思《おも》って、わざわざ山《やま》へ見《み》にきました。  すると、いつ落《お》ちたものか、鐘《かね》をつるしてあった綱《つな》は切《き》れて、鐘《かね》は、下《した》に転《ころ》がっていました。主人《しゅじん》は、まゆをひそめて、子細《しさい》に鐘《かね》を検分《けんぶん》しましたが、もう古《ふる》い鉄《てつ》は、ぼろぼろになっていて、なんの役《やく》にもたちそうでなく、まったく自分《じぶん》の、くたびれ損《ぞん》に終《お》わったことを知《し》りました。 [#地付き]――一九二八・四作―― 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集4」丸善    1930(昭和5)年7月20日 初出:「婦人倶楽部」    1928(昭和3)年7月 ※表題は底本では、「ひすいを愛《あい》された妃《きさき》」となっています。 ※初出時の表題は「翡翠を愛された妃」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:へくしん 2022年4月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。