おさくの話 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)貧《まず》しい |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 -------------------------------------------------------  おさくは、貧《まず》しい家《いえ》に生《う》まれましたから、小学校《しょうがっこう》を卒業《そつぎょう》すると、すぐに、奉公《ほうこう》に出《で》なければなりませんでした。 「なに、私《わたし》が、いいところへ世話《せわ》をしてやる。」と、植木屋《うえきや》のおじいさんはいいました。  彼女《かのじょ》の父親《ちちおや》は、とうに死《し》んでしまって、あわれな母親《ははおや》と暮《く》らしてきました。おじいさんは、しんせつな人《ひと》であって、なにかに、二人《ふたり》を気《き》にかけてくれたのであります。 「工場《こうば》へゆくよりか、夜《よる》は、勉強《べんきょう》でもさしてくださる、どこかしんせつのお家《うち》がいいと、おじいさんは心配《しんぱい》していてくださるのだから、見《み》つかって、そのお家《うち》へいったら、よくいいつけを守《まも》って、働《はたら》かなけりゃならないよ。」と、お母《かあ》さんは、いいました。 「お母《かあ》さん、きっと、よく働《はたら》きます。どうか、心配《しんぱい》なさらんでください。」と、おさくは、目《め》に、いっぱい涙《なみだ》をためて答《こた》えました。 「ああ、おまえが、その決心《けっしん》なら、お母《かあ》さんは心配《しんぱい》しません。」  こう、母親《ははおや》は、いったものの、これまで長《なが》い間《あいだ》、二人《ふたり》は、むつまじく、朝晩《あさばん》、顔《かお》を見合《みあ》って、暮《く》らしてきたのに、この後《のち》は、べつべつに生活《せいかつ》しなければならぬと知《し》ると、なんとなくさびしくなりました。しかし、どうせ、娘《むすめ》は、一|度《ど》は世《よ》の中《なか》に出《で》なければならない運命《うんめい》であると考《かんが》えると、こんなに気《き》を弱《よわ》くしてはしかたがないと、強《し》いて、元気《げんき》をつくっていました。  それから、間《ま》のないことであります。 「おさくちゃんのいく、いいところが見《み》つかったぞ。」といって、おじいさんは、ある日《ひ》の晩方《ばんがた》、機嫌《きげん》よく、外《そと》からはいってきました。 「まあ、おじいさん、それは、どうもありがとうございます。」と、母親《ははおや》は、いって、おじいさんを迎《むか》えましたが、うれしいうちにも、いよいよかわいい娘《むすめ》に別《わか》れなければならぬ日《ひ》がきたかと思《おも》うと、悲《かな》しさが、胸《むね》いっぱいになりました。しかし、それを押《お》さえつけて、顔《かお》にあらわすまいとして、母親《ははおや》は、にこにこ笑《わら》いながら、 「ほんとうに、いろいろ心配《しんぱい》くださいまして、すみません。」といって、おじいさんの話《はなし》に、耳《みみ》を傾《かたむ》けたのです。  おさくは、だまって、母親《ははおや》と並《なら》んですわり、自分《じぶん》の世話《せわ》されてゆくところは、どんなところだろう……。自分《じぶん》みたいなものにつとまるかしらん? なんとなく、うれしいような、悲《かな》しいような気持《きも》ちを抱《いだ》いて、目《め》をかがやかしながら、おじいさんの顔《かお》を見《み》つめていました。 「あちらさまは、もののわかったお方《かた》だから、正直《しょうじき》につとめさえすれば、長《なが》く、めんどうをみてくださるにちがいない。べつに、したくはいらない、ほんの身《み》のまわりのものだけ、まとめておきなさい。明日《みょうにち》の朝《あさ》、わしが迎《むか》えにきて、連《つ》れてゆくから……。」と、おじいさんは、ねんごろに告《つ》げました。  やがて、おじいさんは、帰《かえ》りました。その晩《ばん》は、母親《ははおや》と娘《むすめ》が、名残惜《なごりお》しそうに、語《かた》り明《あ》かしたのでした。  おじいさんは、約束《やくそく》どおり、朝《あさ》になると、じきにやってきました。そこで、おもしろいことをいって、二人《ふたり》を笑《わら》わせたり、元気《げんき》づけたりしました。 「一|時間《じかん》とかからない街《まち》の中《なか》だ。たまには、ちょっとお暇《ひま》をもらって、顔《かお》を見《み》にくるがいい。さあ、したくがいいなら出《で》かけるとしよう。」  目《め》を赤《あか》くした娘《むすめ》をつれて、おじいさんは、出《で》かけました。母親《ははおや》は、独《ひと》り残《のこ》されて、出《で》てゆく娘《むすめ》のうしろ姿《すがた》を見送《みおく》っていました。  おじいさんは、おさくを静《しず》かな高台《たかだい》の門《もん》のある家《うち》につれてきました。この屋敷《やしき》へは、おじいさんが、ときどき、植木《うえき》の手入《てい》れにくるのであります。 「まだ、なにも知《し》らない子供《こども》で、たいしたお役《やく》にもたちますまいが、どうぞ、よろしくお願《ねが》いいたします。性質《せいしつ》は、正直《しょうじき》で、いたって、さっぱりしていますが、すこし勝《か》ち気《き》ですから、そんなところも、お含《ふく》みおきくださいまして、よろしくお世話《せわ》いただきとうぞんじます。」と、おじいさんは、おさくの方《ほう》を見《み》かえって、ていねいに、奥《おく》さまに対《たい》して、頭《あたま》を下《さ》げました。おさくも、ただ、顔《かお》を真《ま》っ赤《か》にして、おじいさんについて、頭《あたま》を下《さ》げたのであります。 「いや、そういう子《こ》なら、わたしは好《す》きですから、せいぜいめんどうをみますよ。帰《かえ》ったら、この子《こ》のお母《かあ》さんによろしくいってください。」と、やさしそうな奥《おく》さまは、いわれました。  話《はなし》は、こういうようにして、まとまりました。それから、二月《ふたつき》あまりもたってからです。  ある日《ひ》のこと、おさくが、廊下《ろうか》のそうじをしていると、坊《ぼっ》ちゃんのほうの室《しつ》で、電球《でんきゅう》の破裂《はれつ》したときのような、すさまじい音《おと》がしました。  彼女《かのじょ》は、なんだろうと驚《おどろ》いて、すぐにいってみました。すると、そこには、十二と九つになる、二人《ふたり》の坊《ぼっ》ちゃんがいて、おさくが、あわててはいってきたのを見《み》て、おかしがって笑《わら》っていました。 「坊《ぼっ》ちゃま、いまのは、なんの音《おと》でございますか。」と、たずねた。 「地雷火《じらいか》が、爆烈《ばくれつ》したんだ。」と、九つになる、坊《ぼっ》ちゃんがいいました。 「あの音《おと》かい、電燈《でんとう》の球《たま》が破《やぶ》れたのさ。」と、十二になる坊《ぼっ》ちゃんが、まことしやかに答《こた》えました。  彼女《かのじょ》は、それらしいようすもなかったけれど、目《め》を円《まる》くして、 「まあ、あぶのうございますこと。」といって、あたりを見《み》まわしました。しかし、べつに、ガラスの破片《はへん》が飛《と》んでいる気《き》はしなかったので、そうでないとわかったから、そのままあちらへゆこうとしたのです。 「おい、もう一|度《ど》、してみせようか?」  二人《ふたり》の坊《ぼっ》ちゃんは、そういって、彼女《かのじょ》を呼《よ》びとめました。おさくは、なんの音《おと》だろうと思《おも》ったので、いわるるまま、そこに立《た》ち止《ど》まって、二人《ふたり》の坊《ぼっ》ちゃんがたのすることを見《み》ていました。 「こんどは、僕《ぼく》の番《ばん》だよ。どちらの音《おと》が、大《おお》きいか、やりっこをしようね。」  そういって、弟《おとうと》のほうは、ポケットから、三日月形《みかづきがた》に折《お》りたたんだ、紙製《かみせい》の風船球《ふうせんだま》を取《と》り出《だ》して、空気《くうき》をいれるべく、吹《ふ》きました。見《み》るうちに、風船球《ふうせんだま》は、ふくれあがって、小《ちい》さな掌《てのひら》の上《うえ》にころがりました。 「おさく、見《み》ておいで、いいかい。」といって、右《みぎ》の掌《てのひら》に、力《ちから》いっぱいいれて、ふいに、風船球《ふうせんだま》をたたきつぶすと、さすがに、すきまなく張《は》られているだけに、紙《かみ》の球《たま》は、ひどい音《おと》とともに、さんざんに裂《さ》けて、掌《てのひら》の上《うえ》に残《のこ》ったのであります。 「どうだい、僕《ぼく》のほうが、大《おお》きい音《おと》がしたろう。」と、小《ちい》さな坊《ぼっ》ちゃんは、誇《ほこ》らしげにいいました。 「よし、そんなら、こんど、おれがする番《ばん》だよ。」  上《うえ》の坊《ぼっ》ちゃんは、自分《じぶん》も、新《あたら》しい風船球《ふうせんだま》を取《と》り出《だ》しました。これを見《み》て、おさくは、二|度《ど》、びっくりしたのであります。 「坊《ぼっ》ちゃまがたは、こんな遊《あそ》びをするばかりに、新《あたら》しい風船球《ふうせんだま》をいくつも買《か》っていらしたのだろうか?」  こう彼女《かのじょ》は、思《おも》うと、だまって見《み》ていられない気《き》がしました。 「坊《ぼっ》ちゃま、およしあそばせ。」と、彼女《かのじょ》は、いった。 「なぜだい、僕《ぼく》たちのかってじゃないか。」 「兄《にい》さん、お母《かあ》さんといっしょにいって、僕《ぼく》たちが買《か》ってもらったんだね。」  二人《ふたり》の坊《ぼっ》ちゃんは、彼女《かのじょ》の干渉《かんしょう》を気持《きも》ちよく思《おも》いませんでした。 「だって、もったいないのですもの……。」と、おさくはいった。  二人《ふたり》の少年《しょうねん》は、これまで、女中《じょちゅう》などに、こんな注意《ちゅうい》がましいことをいわれた、経験《けいけん》をもっていませんでした。 「兄《にい》さん、僕《ぼく》たちが、なにしたって、いらんお世話《せわ》だねえ。おまえ、もう、ここにおらなくていいから、あっちへゆけよ。」と、小《ちい》さい坊《ぼっ》ちゃんがいいました。 「こんなものをついて遊《あそ》べんから、大《おお》きな音《おと》を出《だ》そうと思《おも》っていたのだよ。こんなものを破《やぶ》ったって、なにがもったいない?」と、大《おお》きな坊《ぼっ》ちゃんは、いいわけがましく答《こた》えました。  おさくは、りくつをいわれると、もう、これに答《こた》えることができなくなって、目《め》に涙《なみだ》がにじみました。 「もったいないことする人《ひと》は、ばかですわ。」といって、あちらへ去《さ》りました。  二人《ふたり》の少年《しょうねん》は、たちまち顔《かお》の色《いろ》が、変《か》わりました。 「ばかだといったな!」と、兄《あに》が立《た》ち上《あ》がった。 「生意気《なまいき》だね、お母《かあ》さんに、いいつけておやりよ。」と、弟《おとうと》も、つづいて立《た》ち上《あ》がると、もう風船球《ふうせんだま》のことなどは忘《わす》れて、二人《ふたり》は、廊下《ろうか》を駈《か》けて、彼女《かのじょ》のいった後《あと》を追《お》いました。  日《ひ》ごろは、女中《じょちゅう》に対《たい》して、やさしい、いい奥《おく》さまでしたけれど、この日《ひ》ばかりは、怖《おそ》ろしい奥《おく》さまに見《み》えました。そして、厳格《げんかく》な言葉《ことば》つきで、 「おまえが、ほんとうに、坊《ぼっ》ちゃんたちに、ばかだなんて、失礼《しつれい》なことをいったなら、悪《わる》かったといって、おあやまりなさい。」といわれました。  おさくは、うつむいて、目《め》にいっぱい涙《なみだ》をたたえていました。けれど、どうしても、すなおに、自分《じぶん》が悪《わる》かったといって、わびる気《き》になれないものがありました。 「自分《じぶん》のいったことは、まちがっていたろうか?」……彼女《かのじょ》は、こんなことを頭《あたま》の中《なか》で考《かんが》えていました。 「悪《わる》いと思《おも》ったら、はやく、あやまるものですよ。」と、奥《おく》さまが、つづけさまに、やや大《おお》きな声《こえ》でいわれた。  このとき、おさくの目《め》に、哀《あわ》れな自分《じぶん》の母《はは》が下《した》を向《む》いて、熱心《ねっしん》に、風船球《ふうせんだま》を内職《ないしょく》に張《は》っている姿《すがた》が浮《う》かびました。朝《あさ》早《はや》くから仕事《しごと》にかかり、夜《よる》おそくなるまでしても、きめてある数《かず》までは、容易《ようい》にできなかった。それに、まだ慣《な》れないうちは、糊《のり》がよくついていないといって、問屋《とんや》に持《も》っていってから、母《はは》は、小言《こごと》を聞《き》かされて、しおしおと帰《かえ》ってきたこともあります。そのときのようすなどが目《め》にうつると、日《ひ》ごろから、一つの風船球《ふうせんだま》にも、貧《まず》しい人《ひと》たちの並《なみ》ならぬ労力《ろうりょく》が、かかっていると思《おも》った。自分《じぶん》の考《かんが》えは正《ただ》しいので、それをそうとも思《おも》わぬほうが、なんといってもまちがっているのだと思《おも》われたのでした。  おさくは、そんなことから、とうとう暇《ひま》を出《だ》されてしまいました。 「あんまり、強情《ごうじょう》を張《は》るものでない。あんないいお家《うち》を、お暇《ひま》なんか取《と》らなくてもよかったのだ。」と、植木屋《うえきや》のおじいさんが、いったときに、彼女《かのじょ》は、お母《かあ》さんが、あれほど、苦心《くしん》して、風船球《ふうせんだま》を張《は》っていられたのを知《し》るだけに、なんの思《おも》いやりもなく、たたき破《やぶ》るのを見《み》ると、つい我慢《がまん》がしきれなくなって、失礼《しつれい》なことをいったり、また、考《かんが》えると、くやしくなってきて、つい強情《ごうじょう》を通《とお》す気《き》になったことも、おじいさんに物語《ものがた》ったのでした。 「おまえが、いうことは、ほんとうのことだけれど、強情《ごうじょう》はよくないことだ。正《ただ》しいことはいつか、後《あと》でわかるときがあるのだから……。」と、おじいさんは、おさくをさとしました。  おさくは、その後《のち》は、工場《こうば》へいって、働《はたら》くことになりました。そして、お母《かあ》さんに、孝行《こうこう》をしました。  植木屋《うえきや》のおじいさんは、しばらくたってから、おさくの奉公《ほうこう》した、お家《うち》へいって、植木《うえき》の手入《てい》れをしていました。そのとき、奥《おく》さまは、出《で》てこられて、おじいさんに、 「あの娘《むすめ》は、どうしました? 正直《しょうじき》ないい子《こ》だったけれど、すこし強情《ごうじょう》のようでしたね……。」といわれて、 「あの娘《むすめ》のような考《かんが》えをもつ子《こ》は、正《ただ》しいのです。あの後《あと》できた女中《じょちゅう》などは、ものを壊《こわ》すと、しかられないうちに、『これを壊《こわ》しましたから、私《わたし》が、弁償《べんしょう》します。』というのです。買《か》って、返《かえ》しさえすれば、なにをしてもそれですむという、ああいう考《かんが》えをもつ子《こ》には、まことに困《こま》ったものです。」と、話《はな》されたのであります。  おじいさんは、縁側《えんがわ》に腰《こし》を下《お》ろして、きせるに火《ひ》をつけて吹《ふ》かしながら、 「じつは、あの子《こ》の母親《ははおや》が、内職《ないしょく》に、風船球《ふうせんだま》を張《は》っていましたので……。」と語《かた》りますと、やさしい奥《おく》さまは、いくたびもうなずいて、目《め》に涙《なみだ》をためて聞《き》いていられました。 底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社    1977(昭和52)年4月10日第1刷 底本の親本:「未明童話集4」丸善    1930(昭和5)年7月 初出:「教育研究」    1929(昭和4)年10月 ※表題は底本では、「おさくの話《はなし》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2019年9月27日作成 2020年11月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。