新頌 北原白秋 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)蒼空《あをぞら》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)神|坐《ま》しき [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)邈 /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例) *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 ------------------------------------------------------- [#ページの左右中央] [#3字下げ]海道東征[#「海道東征」は大見出し] [#改ページ] [#2字下げ]海道東征[#「海道東征」は中見出し] [#4字下げ]第一章 高千穗[#「第一章 高千穗」は小見出し] [#1段階小さな文字]男聲(獨唱竝に合唱)[#小さな文字終わり] 神|坐《ま》しき、蒼空《あをぞら》と共に高く、 み身|坐《ま》しき、皇祖《すめらみおや》。   邈《はる》かなり我が中空《なかぞら》、   窮《きは》み無し皇《すめら》産靈《むすび》、   いざ仰げ世のことごと、   天《あめ》なるや崇《たか》きみ生《あれ》を。 國|成《な》りき、綿津見《わたつみ》の潮《しほ》と稚《わか》く、 凝《こ》り成《な》しき、この國土《くにつち》。   邈《はる》かなり我が國生《くにうみ》、   おぎろなし天《あめ》の瓊鉾《ぬぼこ》、   いざ聽けよそのこをろに、   大八洲《おほやしま》騰《あが》るとよみを。 皇統《みすまる》や、天《あま》照《て》らす神の御裔《みすゑ》、 代々《よよ》坐《ま》しき、日向《ひむか》すでに。   邈《はる》かなり我が高千穗、   かぎりなし千重《ちへ》の波折《なをり》、   いざ祝《ほ》げよ日の直《ただ》射《さ》す   海山《うみやま》のい照る宮居《みやゐ》を。 神|坐《ま》しき、千五百秋瑞穗《ちいほあきみづほ》の國、 皇國《すめぐに》ぞ豐葦原。   邈《はる》かなり我が肇國《はつくに》   窮《きは》み無し天《あま》つみ業《わざ》、   いざ征《た》たせ早や東へ、   光宅《みちた》らせ王澤《みうつくしび》を。 [#4字下げ]第二章 大和思慕[#「第二章 大和思慕」は小見出し] [#1段階小さな文字]女聲(獨唱竝に合唱)[#小さな文字終わり] 大和《やまと》は國のまほろば、 たたなづく青垣山《あをがきやま》。 東《ひむがし》や國の中央《もなか》、 とりよろふ青垣山《あをがきやま》。 美《うるは》しと誰《た》ぞ隱《こも》る、 誰《た》ぞ天降《あも》るその磐船《いはふね》。 愛《かな》しよ鹽土《しほつち》の老翁《をぢ》、 きこえさせその大和《やまと》を。 大和《やまと》はも聽《きき》美《うるは》し、 その雲居《くもゐ》思《もひ》遙《はる》けし。 美《うるは》しの大和《やまと》や、 美《うるは》しの大和《やまと》や。 [#4字下げ]第三章 御船出[#「第三章 御船出」は小見出し] [#1段階小さな文字]男聲女聲(獨唱竝に合唱)[#小さな文字終わり] [#3字下げ]その一 日はのぼる、旗雲の豐《とよ》の茜に、 いざ御船《みふね》出《い》でませや、うまし美々津《みみつ》を。 海凪ぎぬ、陽炎《かぎろひ》の東《ひがし》に立つと、 いざ行かせ、照《て》り美《ぐは》しその海道《うみつぢ》。 海凪ぎぬ、朝ぼらけ潮《しほ》もかなひぬ、 艪《とも》舳《へ》接《つ》ぎ、大御船《おほみふね》、御船出《みふなで》今ぞ。 [#3字下げ]その二 あな清明《さや》け、神倭磐余彦《かむやまといはれひこ》、その命《みこと》や、 あな映《は》ゆし、もろもろの皇子《みこ》たちや、その皇兄《いろせ》や。 行《い》でませや、おほらかに大御軍《おほみいくさ》、 まだ蒙《くら》し、遙《はる》けきは鴻荒《あらき》に屬《あ》へり。 慶《みめぐみ》を皇祖《すめみおや》かく積《つ》みましき、 正《ただ》しきを年のむた養《やしな》ひましぬ。 神柄《かむがら》や、幾萬《いくよろづ》、年《とし》經《ふ》りましき、 暉《みひかり》や、かつ重《かさ》ね、代々《よよ》坐《ま》しましぬ。 和《にぎ》み靈《たま》、また和《やは》せ、ただに安《やす》らと、 荒《あら》み靈《たま》、まつろはぬいざことむけむ。 大御稜威《おほみいつ》い照《て》らすと御船出《みふなで》成りぬ、 日の皇子《みこ》や、御鉾《みほこ》とり、かく起《た》ちましぬ。 [#3字下げ]その三 日はのぼる、旗雲の照りの茜《あかね》を、 いざ御船、出でませや、明《あか》き日向《ひむか》を。 海凪ぎぬ、滿潮《みちしほ》のゆたのたゆたに、 いざ行かせ、照り美《ぐは》しその海道《うみつぢ》。 海凪ぎぬ、朝ぼらけ潮《しほ》もかなひぬ、 艫《とも》舳《へ》接《つ》ぎ、大御船《おほみふね》、御船出《みふなで》今ぞ。 [#4字下げ]第四章 御船謠[#「第四章 御船謠」は小見出し] [#1段階小さな文字]男聲(獨唱竝に合唱)[#小さな文字終わり] [#3字下げ]その一 御船出《みふなで》ぞ、大御船出《おほみふなで》、 御伴船《みともぶね》擧《こぞ》りさもらへ、 御伴《みとも》びと擧《こぞ》り仰げや。 搖《ゆ》りとよめ科戸《しなど》の風と 聲放て、東に向きて。 大御船《おほみふね》眞棍《まかぢ》繁《しじ》ぬき、 照りわたる御弓《みゆみ》の弭《ゆはず》、 あな清明《さや》け、神にします、 あな眩《まば》ゆ、皇子《みこ》にします。 はろばろや大海原《おほうなばら》、 涯《はて》なしや青水沫《あをみなわ》、 搖《ゆ》りとよめ大き國民《くにたみ》、 大君《おほぎみ》に、 この神に、 讚《たた》へ言《ごと》、 壽詞《よごと》申せや。 [#3字下げ]その二 荒海の、 荒海の潮の八百道《やほぢ》の、 八潮道《やしほぢ》の、 潮の八百會《やほあひ》に、ハレヤ、 とどろ坐《ま》す速開津姫《はやあきつひめ》に、 朝開《あさびらき》、朝のみ霧の 遠白《とほじろ》に、 末《すゑ》鎭《しづ》み 鎭《しづ》まらせ、 み眼すがすがと笑《ゑ》ませとぞ、 きこしめせと申さく み船謠《ふなうた》。 [#3字下げ]その三 [#4字下げ]い[#「い」は太字] ヤァハレ 海原《うなばら》や青海原。 ヤァハレ 青雲《あをぐも》やそのそぎ立《たち》、 その極《きは》み、こをば。 我が海と大君《おほきみ》宣《の》らす、 我が空《そら》と皇孫《すめみま》領《し》らす。 [#4字下げ]ろ[#「ろ」は太字] ヤァハレ 潮漚《しほなわ》のとどまるかぎり、 舟の舳《へ》の行き行くきはみ。 ヤァハレ 島かけて、八十嶋《やそしま》かけて、 大海《おほうみ》に舟滿ちつづけて。 見はるかし大君《おほきみ》宣《の》らす、 四方《よも》つ海|皇孫《すめみま》領《し》らす。 [#4字下げ]は[#「は」は太字] ヤァハレ 國土《くにつち》や、大國土《おほくにつち》。 ヤァハレ 國の壁《かべ》そのそぎ立《たち》、 その極み、こをば。 我が國と大君《おほきみ》宣《の》らす、 我が土と皇孫《すめみま》領《し》らす。 [#4字下げ]に[#「に」は太字] ヤァハレ 青雲《あをぐも》のそぎ立つきはみ、 白雲《しらくも》の向伏《むかふ》すかぎり。 ヤァハレ 谷蟆《たにぐく》のさわたるきはみ、 馬の爪とどまるかぎり。 見はるかし、大君《おほきみ》宣《の》らす、 四方《よも》つ國|皇孫《すめみま》領《し》らす。 [#4字下げ]ほ[#「ほ」は太字] ヤ 狹《さ》の國は廣くと、 ヤ 嶮《けは》し國|平《たひ》らけくや。 ヤ 遠き國は綱《つな》うち掛け、 もそろよと、 もそろと、 國引くと、引き寄すと。 あなおほら、大君《おほきみ》宣《の》らす、 あなをかし目翳《まかげ》しおはす。 善《え》しや、善《え》しや、彌榮《いやさか》。 とどろとどろ、彌榮《いやさか》。 [#4字下げ]第五章 速吸と菟狹[#「第五章 速吸と菟狹」は小見出し] [#3字下げ]その一 [#1段階小さな文字]男聲獨唱[#小さな文字終わり] 海原《うなばら》や青海原、 海道《うみつぢ》の導《みちびき》や、早や槁根津日子《さをねつひこ》、 速吸《はやすひ》の水門《みと》になも、その珍彦《うづひこ》。 [#1段階小さな文字]童聲或は女聲合唱(童ぶり)[#小さな文字終わり] [#ここから2字下げ] 龜の甲に搖られて、 潮《しほ》の瀬に搖られて、 かぶりかうぶり海《あま》の子《こ》、 棹《さを》やらな、附《つ》いまゐれ、 波かぶりかぶるに、 み船へと移らせ、 名をのれ早や早や、 み船へまゐ出《づ》るは 臣《やつこ》ぞとそれまをす。 國つ神と這《は》ひこごむ。 潮みづく國つ神、 海豚《いるか》の眼《ま》見《み》よな、 遠眼《とほめ》、鋭眼《とめ》、慧《さか》しな、 羽《は》ぶり羽《は》ぶりおもしろ。 [#ここで字下げ終わり] [#3字下げ]その二 [#1段階小さな文字]男聲女聲(交互に唱和竝に合唱)[#小さな文字終わり] 菟狹《うさ》はよ、さす潮《しほ》の水上《みなかみ》、 豐國《とよくに》の行宮《かりみや》。 ああはれ足一騰宮《あしひとつあがりのみや》とよ、行宮《かりみや》。 足一騰宮《あしひとつあがりのみや》は、行宮《かりみや》と 青の岩根に一柱《ひとはしら》坐《ま》す。 足一騰宮《あしひとつあがりのみや》に參出《まゐづ》ると、 大わたの龜や、川のぼり來《く》る。 足一騰宮《あしひとつあがりのみや》の大御饗《おほみあへ》、 誰《た》が獻《たてまつ》る、はるか雲居に。 足一騰宮《あしひとつあがりのみや》は菟狹津彦《うさつひこ》、 朝《あした》さもらふ、夕《ゆふべ》さもらふ。 足一騰宮《あしひとつあがりのみや》は湍《たぎ》の上《へ》や、 足一つ騰《あが》り、雲の邊《べ》に坐《ま》す。  ええしや、をしや、  ええしや、をしや。 [#4字下げ]第六章 海道囘顧[#「第六章 海道囘顧」は小見出し] [#3字下げ]その一 [#1段階小さな文字]男聲女聲(交互に唱和竝に合唱)[#小さな文字終わり] かがなべて、日を夜《よる》を、海原《うなばら》渡り、 かがなべて、將《は》た歳を、宮|遷《うつ》らしき。   ああはれ、その幾歳《いくとせ》、   ああはれ、その行き行き。 年ごとに、御伴船《みともぶね》、いや數《かず》殖《ふ》えぬ、 つぎつぎに、御從《みつき》びと、またいや増しぬ。   ああはれ、また春秋《はるあき》、   ああはれ、そが海山《うみやま》。 [#3字下げ]その二 月の端《は》や、足一騰宮《あしひとつあがりのみや》、 一年《ひととせ》や、筑紫《つくし》の崗田《をかだ》の宮。 多祁理《たけり》とも、阿岐《あき》の埃《え》の宮、 たづたづや、七年《ななとせ》や。あはれ。 吉備《きび》にして、また八年《やとせ》、高嶋の宮、 大和はも遠しとよ、高千穗よ遙けしと。 [#3字下げ]その三 かがなべて、日を夜《よる》を、海原《うなばら》渡り、 かがなべて、將《は》た歳《とし》を、宮遷らしき。   ああはれ、その幾歳《いくとせ》、   ああはれ、その行き行き。 滿ち滿つや、み蓄《たくはへ》、早やかく成りぬ、 天《あめ》の下《した》ことむけむ、秋《とき》今成りぬ。   ああはれ、えしや、   ああはれ、今ぞ秋《とき》や。 [#4字下げ]第七章 白肩の津上陸[#「第七章 白肩の津上陸」は小見出し] [#3字下げ]その一 [#1段階小さな文字]男聲(獨唱竝に合唱)[#小さな文字終わり] 青雲《あをぐも》の白肩《しらかた》の津《つ》、その津に、 雄《を》たけびぞ今あがる、御船《みふね》泊《は》てぬ。   いざのぼれ大御軍《おほみいくさ》、   いざ奮へ丈夫《ますらを》の伴《とも》。 浪速《なみはや》の邊《へ》に騷ぐ味鳧《あぢがも》や、その渚《す》を、 追ひ押しに押しのぼり、み楯《たて》竝《な》めぬ。   いざのぼれ大御軍《おほみいくさ》、   いざ奮へ丈夫《ますらを》の伴《とも》。 [#3字下げ]その二 日下江《くさかえ》の蓼津《たでつ》、その津に、 雄たけびぞ今あがる、大御軍《おほみいくさ》。   いざのぼれ、大和は近し、   いざ奮へ丈夫《ますらを》の伴《とも》。 浪速《なみはや》の潮《うしほ》なし遡《さかのぼ》ると、 我が行かば何はばむ、長髓彦《ながすねひこ》。   いざのぼれ、大和は近し、   いざ奮へ丈夫《ますらを》の伴《とも》。 [#4字下げ]第八章 天業恢弘[#「第八章 天業恢弘」は小見出し] [#1段階小さな文字]男聲女聲(獨唱齊唱竝に合唱)[#小さな文字終わり] 神|坐《ま》しき、蒼雲《あをぐも》の上《うへ》に高く、 高千穗や槵觸峯《くじふるたけ》。   邈《はる》かなりその肇國《はつくに》、   窮《きは》みなし天《あま》つみ業《わざ》、   いざ仰げ大御言《おほみこと》を、   畏《かしこ》きや清《さや》の御鏡《みかがみ》。 國《くに》ありき、綿津見の潮《しほ》と稚《わか》く、 光宅《みちた》らし、四方《よも》の中央《もなか》。   邈《はる》かなりその國生《くにうみ》、   かぎりなし天つ日嗣《ひつぎ》、   いざ繼がせ言《こと》依《よ》さすもの、   勾玉《まがたま》とにほひ綴《つづ》らせ。 道《みち》ありき、古《いにしへ》もかくぞ響きて、 つらぬくや、この天地《あめつち》。   邈《はる》かなりその神性《かむさが》、   おぎろなしみ劍《つるぎ》よ太刀《たち》、   いざ討たせまつろはぬもの、   ひたに討《う》ち、しかも和《やは》せや。 雲蒼し、神《かみ》さぶと彌《いや》とこしへ、 照り美《ぐは》し我が山河《やまかは》。   邈《はる》かなりその國柄《くにがら》、   動《ゆる》ぎなし底つ磐根《いはね》、   いざ起たせ天皇《すめらみこと》、   神倭磐余彦命《かむやまといはれひこのみこと》。 神と坐《ま》す大稜威《おほみいつ》高領《たかし》らせば、 八紘《あめのした》一《ひと》つ宇《いへ》とぞ。   邈《はる》かなりその肇國《はつくに》   涯《はて》も無し天《あま》つみ業《わざ》、   いざ領《し》らせ大和《やまと》ここに、   雄たけびぞ、彌榮《いやさか》を我等。 [#改丁] [#ページの左右中央] [#3字下げ]建速須佐之男命[#「建速須佐之男命」は大見出し] [#改ページ] [#2字下げ]建速須佐之男命[#「建速須佐之男命」は中見出し] [#4字下げ]枯山の卷 [#5字下げ]第一段[#「第一段」は小見出し] をを、をを、 をを。 神ぞ居《を》れ、喚《おら》び哭く 冥《くら》き神、 神性《かむさが》や、霹靂《はたたがみ》と 猛猛《たけだけ》し、ひと柱、 しや、須佐之《すさの》男命《をのみこと》、 建須佐之男《たけすさのを》、 速須佐之男《はやすさのを》、 ひたぶるや、益良神《ますらがみ》と 暴《あら》ぶる荒御魂《あらみたま》の大童《おほわらはべ》 雄叫び、 泣きいさち、 鞴《たたら》踏み、 蹴《く》ゑはららかすや、 纒《ま》き、放つ湯津爪櫛《ゆづつまぐし》、 美豆良《みづら》振り亂り、 拳たたき、 掻い垂らす、胸前《むなさき》や 振り分つ八握髭《やつかひげ》、 鳴りとよむ御統《みすまる》の御珠《みたま》、頸珠、 手纒《たまき》、釧《ひぢまき》や、 ゆらかす足玉の緒もゆらに 搖り立て、 搖り荒《すさ》べば、 凄まじ、この生み終《はて》の神、 さながらや、海阪《うみさか》の昂騰《あがり》 押し移る 神立雲《かんだちぐも》、 早手風《はやて》、飛ぶ電光《いなづま》、 とどろ立つ蒼《あを》の虬《みづち》、 閃めく掻爪《かきづめ》の焦《いら》ちを、卷き崩《なだ》れて 覆す鱗魚《うろくづ》の大降り雨、 かく歎けば、 かく哭《な》き喚《おら》べば、 泣き腐《くた》し、泣き噪《はや》れば、 うち冥《くら》む世のことごと、 降り腐《くた》すそのことごと、 海河も泣き涸らすと、 しとど垂る長霖雨《ながつゆ》や、ああ、 光無し、時無し雨、 日も無し、 夜《よ》はも無し、 ただ戀《こほ》し、妣《はは》の國、 ただ遠し、根《ね》の堅洲國《かたすくに》、 鬱《おほ》にただ、鬱《おほ》に泣き隱《こも》りぬ。 [#5字下げ]第二段[#「第二段」は小見出し] をを、をを、 をを。 神ぞ居れ、喚《おら》び哭《な》く 冥《くら》き神、 おどろしき神性《かむさが》の、 ひたぶるの人性《ひとさが》の、 しゑや、縱《よ》しや、善き惡しき、 ただ歎く暴風雨《おほしけ》の神、 霧立つや八雲立つ 出雲の子ら、 大族《おほうから》、國造《くにつこ》の祖先神《みおやがみ》、 しや、建速《たけはや》須佐之男命《すさのをのみこと》、 この命ぞ、 秀《ほ》に見る空のさきざき、 眼に見る國のまほろば、 たたなづく青垣山は 青山の石根《いはね》、木の立、 神弱り、泣き腐《くた》すと、 神さぶと、枯山と泣き枯らすと、 息長《おきなが》の息嘯《おきそ》の風と 雨呼ばひ、哭《な》き喚《おら》び、泣き隱《こも》れば、 日を竝《な》べて、夜《よ》を竝《な》べて、かく歎けば、 鬱《おほ》にただ鬱《おほ》に冥《くら》む。 かくなれば、世の神神、 をを、神神、 清明《まさや》けき、ひとしほに和御魂《にぎみたま》、 顯《あき》らけく、美《いつ》くしき、 常そよぎ、奇《して》ふる神、 山と野《ぬ》の精靈《いきすたま》、 大山津見、 鹿屋野比賣《かやぬひめ》二柱の神、 そが持ち分けて生みませる神、 もろもろの生きの産巣《むすび》、 大地《おほつち》の草分《くさわき》、木の神|久久野智神《くくのちのかみ》、 末ずゑの岐《わか》れの神、 澄みわたる神境《ひもろぎ》や、 齋槻《ゆづき》、湯津眞椿《ゆづまつばき》、 葉廣熊白樹《はびろくまがし》、 嚴橿《いつかし》や、白檮《しらかし》や、處女檀《をとめまゆみ》、 ああ、黒檜《くろび》、雲|懸《かか》るさるをがせ、 雪の上《へ》の白樺や、 水上《みなかみ》の石楠の神、 柊《ひひらぎ》や、ひらきそよご、 繁《しみ》み立つ馬醉木《あしび》、黒木、 磐村《いはむら》の犬大羊齒、 沼邊には茅萱《ちがや》、葦、髮がやつり。 もろもろの鏡葉や、 霞針《かすみばり》、纖《ほそ》き葉の神、 落葉木や、 若萠《わかもえ》の光る木の芽、 花|隱《ごも》る杪欏《へご》。 そを何ぞ、泣き枯らすもの、 日に奪ひ、夜に奪ひ、雨ふらせば、 ありとある立《たち》のことごと、 ありとある色のことごと、 勢《きほひ》無し、臥《こや》り撓《たわ》むと、 すべしなし、立ちも滅ぶと、 水《み》の氣《け》盡き、素力《もとぢから》盡き、 ああはや、匂失せぬ。 [#5字下げ]第三段[#「第三段」は小見出し] をを、をを、 をを。 神ぞ居《を》れ、喚《おら》び哭《な》く、 冥《くら》き神、 しや、童《わらべ》、速須佐之男《はやすさのを》、 大天《おほあめ》や高天原、 日は治《し》らせ、大日《おほひる》孁貴《めのむち》、 さもこそや夜之《よるの》食國《をすくに》、 夜《よ》は治《し》らせ、月よ月讀《つくよみ》、 海原《うなのはら》、吾《あ》はえ治《し》らさじ、 言《こと》依《よ》させ、吾《あ》は聽かじ、 神柄《かむがら》ぞ、暴《あら》ぶる神、 膽太《きもぶと》の眦《まなじり》裂くと、 言擧ぐと、泣きいさち、 抗《あらが》ふと、おぞえ吼え立つ。 かく、吼え立てば、 大海よ、滄海原《あをうなばら》、 引き引きに歪《ひず》み退《しぞ》き、 潮干るや、干潟泡立ち、 沸き立つや、蠍《さそり》なすもの、 菊石《きくめ》なす、鰻《むなぎ》なすもの、 鰓《えら》の怪《け》や、飛ぶ翼《はね》の龍《たつ》、 八劍《やつるぎ》の蜥蜴草食み、 始祖鳥《みおやどり》荒き齒に咋《く》ふ。 青水泥《あをみどろ》ひどら[#「ひどら」に傍点]が沼、 蟠《わだかま》るぬめり蟒《うはばみ》、 憚らず 曠野《あらぬ》巨牛《おほうし》、 畏るなし 禍《まが》つ狼。 をを、をを、をを、 かく經れば、降りつづく雨をもちて、 蛆沸き、鯘《あざ》れ、蒼蠅《さばへ》なす神神のおとなひ、 萬づ四方《よも》つ神の災、 高津鳥の災、 昆《は》ふ蟲の災、 脂《あぶら》なす、逆吐《ゑづ》き、嘔吐《たぐ》り、 生み、殺《あや》め、疼き、呻《によ》ぶ もろもろの邪《よこしま》、 曲り、朽ち、饐《す》え、死ぬる物の穢《けがれ》、 常無く、火の氣無く、 耀かず、祓《はら》ひ了へず、 下《した》心澱み、 清《す》まず、障《さや》り、 嚔《はなひ》り、瘧《おこ》り障《さや》り、 蘝《ゑぐ》しく、焦《いら》だたしく、 苦しく、息づかしく、 瘡病《くさつつみ》、掻き淫《たは》ると、 醜《しこ》つ神、追ひ挑むと、 ことごとや世のことごと、 堰《せ》きたぎち、 泣き、言問ひ、 擧り泣き、泣きなづみて、 ああはや事起りぬ。 [#5字下げ]第四段[#「第四段」は小見出し] をを、をを、 をを。 神ぞ居《を》れ、喚《おら》び哭《な》く、 冥《くら》き神、 果しなし、泣きいさつと、 海岸《うなぎし》や上高岸《かみたかぎし》、 巖窟《いはや》なす岩戸、沙面《すなも》、 腹這ふ大海膽《おほひとで》の 紅殼《べにがら》や、生死殼《なましにがら》、 錆釘《さびくぎ》のここだくの釘 その根、幹疎《もとあら》にうち埋めて、 開き葉の高張りや、 大葉蘇鐵、 をを、をを、 をを、 滴るや長雨《ながめ》しづき、 水松布《みるめ》なす美豆良《みづら》雫き、 苔むすや、股《もも》、臂《ただむき》、 細螺《しただみ》と珠《みたま》い這ひ、 疊菰|褌《はかま》破《や》れ裂け、 小鈴落ち、脚結《あゆひ》紐解け、 はららぐと、その短裳《みじかも》、 空見ず、ただ歎けば、 海見ず、ただ歎けば、 しや、伊邪那岐大神《いざなぎのおほかみ》、 埓も無し、建須佐之男《たけすさのを》、 汝《みまし》、 言《こと》依《よ》さす國は治《し》らさず、 何もかも泣きいさちる。 父の御神《みかみ》詔《の》りたまへば、 伊邪那美《いざなみ》よ、僕《あ》が母、 妣《はは》坐《ま》せば、 根《ね》の堅洲國《かたすくに》、 僕《あ》は戀《こほ》し、罷《まか》りゆかずば、 ただ哭《な》くと泣く。 ゑや、愚かや、 な住みそ、さば、此の國原、 行け、罷《まか》れ、 神柄《かむがら》ぞ、もとな流浪《さすら》へ、 神やらひやらひたまふと、 ああはれ、建須佐之男《たけすさのを》、 眼も白《しら》み、追ひやらはれ、 泣き涸らし、はた、嗤《わら》ひぬ。 [#改丁] [#ページの左右中央] [#3字下げ]大陸序曲[#「大陸序曲」は大見出し] [#改ページ] [#2字下げ]路傍にねむる[#「路傍にねむる」は中見出し] [#5字下げ][#1段階小さな文字]戰爭畫報を見て[#小さな文字終わり] ひた疲れ、ああ、このごと 路の端《はし》にねむる人、 命《いのち》なり、赤き陽《ひ》に、 こんこんとうち伏しぬ。 正しきはまじろがず 天地《あめつち》に面《おもて》ふらず、 戰士《いくさひと》、守護神《まもりがみ》、 身をさらし、髭《ひげ》も凍《こご》る。 なべて見よ、この姿、 晝も夜《よ》もここに無し、 祖國のみ、民族の 血と肉と、一つのみ。 まつろはず、信《まこと》なき 滿蒙のかの匪賊。 憤る、憤るもの、 力なり、ためらはず。 戰へば勝つ人も 眠《ぬ》る間《ま》無し、小床《をどこ》無し、 せめて今、銃《つつ》叉《く》むと ひきかぶるものも無し。 涙せよ、この姿、 晝も夜《よ》もここに無し。 ここにあり、土のうへ、 ひたぶるにねむる人。 [#2字下げ]狙ひ[#「狙ひ」は中見出し] しづかなり夏空、 軍の眞上《まうへ》、 畏《おそ》ろしく形無きもの 風をはらむつかのま。 敵なりや、稚《をさな》き 將《は》た生物《いきもの》、 現れ、また現れ、 視野は透《とほ》る。 響無し、聲も無し、 氣息のみ 輝やかし時秒のみ 滿ち、いきるる ひたおもて、黄《き》の土《つち》。 軍はあり、草をかつぎ 山のごとしづもる戰車、 睛眼《せいがん》にひたと向ひ、 未《ま》だ放たず。 そのはじめ、天地《あめつち》 創《つく》られて新《あらた》に、 俟つありき、何ごとかの 一《いつ》の動き。 どとと射つ我か、彼か、 このたまゆら、 勝つ者の正しき狙ひ 神のみぞ知ろしめすらむ。 [#2字下げ]熟眠[#「熟眠」は中見出し] 陰《かげ》はあり巨《おほ》き戰車、 据われり休らひのあひだ、 道のべ、 響なす蒼蠅《さばへ》のみ 集《たか》り集《たか》る。 ねぶたし、ただ 疲れはてて、 空も無し、仇も無し、 戰《いくさ》、小止《をや》み。 命なり、張り滿つる 五日《いつか》、六日《むいか》、 夜《よ》も無し、朝も無し、 飮まず、食はず。 我射ちぬ、彼射ちぬ、 しかも大暑、 何ごとのしらすぞとも 知らず、射ちぬ。 強しとも弱しとも 誰か分《わ》かむ。 ねぶたし、ただに瞼《まぶた》の 重く垂り來《く》。 もぐりて、深くもぐりて、 兵なり、我ら、ねむる。 戰車よ、鐵の戰車、 しばしを、 ああ、しばしを光蔽へ。 ねぶたし、 ただに眠ると、 何も無し、我も無し、 ひた土に額《ぬか》押しあて。 眞晝ぞ、ただ虚《むな》しき。 饑《う》ゑたりや、饑うるともいざ、 生きむとも死なむとも 將た思はず。 ねぶたし、ただねぶくて 早や識《し》らず戰《いくさ》も、彈丸《たま》も ねぶたし、眠らしめて つかのま母の聲聽かしめ。 [#2字下げ]突撃[#「突撃」は中見出し] 突撃、 突撃するもの、 突くなり、突きまくり、 ひた刺し、刺しつらぬき、 銃床|逆手《さかて》もろに 飛び入り、はたきのめし、 はたくや、たたき斃す、 これのみ、ただこれのみ。 突撃、 突撃するもの、 ひたぶる、ひたぶるなり、 生死《しやうし》無し、邪《よこしま》無し、 戰ひ、戰ひ恍《ほ》れ、 突き刺し、たたき斃し、 聲のみ、息あるのみ、 我あり、跳ぶあるのみ。 突撃、 突撃する時、 ただ見る、命ある、醜き、 顏ゆがめ、眼《まなこ》ひらき、 恐れに、膽《きも》へし消え、 わななき、わななくもの。 敵なりや、彼なりや、 將た知らず、 斃れに、ただ斃れぬ。 響きて、ひと[#「ひと」に傍点]斃れぬ。 [#改丁] [#ページの左右中央] [#3字下げ]清明古調[#「清明古調」は大見出し] [#改ページ] [#2字下げ]白須賀[#「白須賀」は中見出し] [#5字下げ][#1段階小さな文字]遠州濱名郡白須賀[#小さな文字終わり] 白須賀は昔の宿《しゆく》、 ただ白し、ものさびて、 その蔀《しとみ》、はひり戸、 なべてみな同じ障子。 ただわびし、軒竝《のきなみ》の 同じ型、 出で、はひる人すらや、 同じ影。 音も無し、なにひとつ、 埃づくものも無し。 草屋のみ、 弱き日あたりたる。 いづこぞ遠江灘、 潮見坂ほどちかくて、 薄ら曇る低き空を 風も來ず。 冬ながら、その屯《たむろ》。 ほのなごむ家がまへ、 ここ過ぎて、きびしとも、 おもほえず、寒しとも。 白須賀は舊街道、 朱の鷄冠《とさか》ふりたてて 軍鷄《しやも》の居《を》れども。 そは暮のひとあかりのみ。 [#2字下げ]神苑[#「神苑」は中見出し] [#5字下げ][#1段階小さな文字]明治神宮西參道[#小さな文字終わり] 幽《かす》けさや、この日なかの 邃《ふか》き木の木《こ》しづく。 開けよ、聲を雉子《きぎす》、 外《と》の霞に。 たふとさや、神苑の 光る陽《ひ》の橿若葉《かしわかば》、 閑《しづ》けさや、黝《くろ》み闌《た》くる こもごもの青と緑。 とどめじ、塵ひとつ、 玉の砂敷きならして、 清々《すがすが》し、參道の うねる徑《こみち》、こを行かばや。 芝生や、緩るきなだり、 寶物殿、 白きは隱《こも》る夏の 花のえご、香の一本《ひともと》。 よく觀よ、和《にぎ》み靈《たま》に 吾が幼子《をさなご》、 龜の子の搖る影を、 鰭《ひれ》、さざなみ。 しづもれよ、晝間嵐《ひるまあらし》、 現《うつつ》ながら、 ほのぼのと雲は立ち、 神と人|息吹《いぶ》きかよふ。 [#2字下げ]雪朝[#「雪朝」は中見出し] 清明《さや》けさや、この雪、 ふりおける雪につみ、 木々につみ、 燈籠にしろくつみぬ。 神垣《かみがき》や、このあした、 石走《いはばし》る水の音の うちひびき、 氷柱《つらら》みな新なり、日の光に。 この雪に跡つくる、 兎なり、跳び跳びて。 すがしきは笹の芽|食《は》む 毛の柔《にこ》もの、幼《をさな》し。 滿ち滿つ忝《かたじけな》さ、 何事も畏《かしこ》くて、 息づきぬ、 國の秀《ほ》の山高きに。 神ながら、この道に ああ我や言ふすべなし、 大皇子《おほみこ》の生《あ》れまして 春まさに雲ぞ騰《あが》る。 拍手《かしはで》、 拍手《かしはで》ぞ、ただ。 [#2字下げ]白樺[#「白樺」は中見出し] 清《すが》しきは雪に立つもの、 白樺の林よ、げに しろき木肌《こはだ》、 そは眞處女《まをとめ》。 幽《かす》けさよ、雪の溪《たに》に 直《すぐ》立《た》ち、ほそき幹の 雪よりも光帶びて。 日は曇り、しろき眞晝、 聲も無し、このかがやき、 風も無し、色ひといろ。 閑《しづ》けさよ、興安嶺、 ひえびえとけむる梢、 鷹すらも一羽飛ばす。 何すとか、ここに住む 白系露西亞、 貧しきは淨《きよ》らかに窻ひらきて。 白夜《はくや》ともほのあかる 空ひととき、 白樺の林よ、げに 光る神々。 [#改丁] [#ページの左右中央] [#3字下げ]煙霞餘情[#「煙霞餘情」は大見出し] [#改ページ] [#2字下げ]丸彫[#「丸彫」は中見出し] 丸彫《まるぼり》に我を彫《ほ》る。 この眼の刄《やいば》。 丸彫《まるぼり》のこの木彫 細かくも、素《す》に荒くも。 丸彫《まるぼり》のこのもしさ 我彫らむ、みづからを皆。 丸彫《まるぼり》のてづつなさ、 觸れつつも、この己れ。 丸彫《まるぼり》よ、息つめて、 息かけて、いとほしと。 丸彫《まるぼり》のうるはしさ、 こを見よと我思ふ。 丸彫《まるぼり》に刻《きざ》むもの、 我ならず、何かある。 丸彫《まるぼり》に彫《ほ》りあげて、 その白き手に獻げまし。 [#2字下げ]道の手[#「道の手」は中見出し] ふるさとや、わが母の この山の手、 昔見しさながらを ただしづかに。 闌《た》けたり櫨若葉《はじわかば》、 池も見えて、 壁赤き山の家《いへ》の ひとつふたつ。 築石や、棚畑や、 ふかき晝を 日の照り、 時うつる、この片岨《かたそば》。 影はあり、獨|佇《た》つ よき童《わらはべ》、 おもざし、我かとも、 いま見上げつ。 鷽鳥《うそどり》よいづくにか 鳴き、くくみて、 色、匂、さまわかず、 風なるか、空なるかも。 北の關《せき》、南の關《せき》、 この道の手、 我は見る、我が昨日《きのふ》の をさなごころ。 [#2字下げ]こさめひたき[#「こさめひたき」は中見出し] 色はあり、聲にのみ、 こさめひたき、 雫のみこまかなる この朝あけ。 花はあり、影にのみ、 ひとりしづか、 香《にほ》ひのみ寂びたもつ 杉よ檜。 巣は懸《かか》る、高くのみ、 ウメノキゴケ、 氣色《けしき》のみ、母鳥《おやどり》や 姿、羽《は》ぶり。 現《うつつ》あり、しろくのみ 濡るる光、 卵のみ、おそらくは 四つか五《いつ》つ。 色はあり、聲にのみ、 こさめひたき、 雫よ雫よと、 ただ幽かに。 [#2字下げ]臺南旅情[#「臺南旅情」は中見出し] もの憂《う》さや、老酒《ラオチウ》や、 瓜子《クエチイ》[#ルビの「クエチイ」は底本では「グエチイ」]はとり食めども、 にほひなし、晝はまだ 彩燈の切子硝子。 空《あだ》なりや、 雲に行く日のまぼろし、 ゆゑわかず、うつつなし、 女童《めわらべ》は言問へども。 梅雨《つゆ》ぐもり 影にのみ、﨟たけて、 低くのみ 烏秋《アアチウ》の飛びたわむと。 濡れがちや、 朱の寂《さ》びや、 反《そ》り棟《むね》の碾瓦《いしがはら》、 赤嵌樓《せきかんろう》。 瓜子《クエチイ》、瓜子《クエチイ》は眼の下の小《ちひ》さ黒子《ほくろ》 齒にあてつつ、 齒にあてつつ、 愚《おろか》しく美しく時は過ぎぬ。 [#ここから1段階小さな文字] [#ここから5字下げ] 註。瓜子(西瓜のたね)烏秋(臺灣烏) 赤嵌樓(蘭人の所謂プロヒレンチヤ城なり) [#ここで字下げ終わり] [#ここで小さな文字終わり] [#改ページ] [#2字下げ]鴛鴦[#「鴛鴦」は中見出し] 飛ぶ禽《とり》としも、幽かだに 思ひかけずておろかさよ、 こずゑの雪に鴛鴦《をしどり》の たつる羽音《はおと》を觀しや君。 [#2字下げ]白鷺[#「白鷺」は中見出し] 雪のおもてに白鷺の 影ほの青き春の晝、 現《うつつ》はそよぐ風さきに 彳《たたず》むもののせつなさよ。 [#2字下げ]千鳥[#「千鳥」は中見出し] 月に觀し夜《よ》の色ならで 氷は薄し水のうへ、 つかれば泛ぶ羽ながら あまりにしろし我が千鳥。 [#改丁] [#ページの左右中央] [#3字下げ]紀元二千六百年頌[#「紀元二千六百年頌」は大見出し] [#改ページ] [#ここから中見出し] [#1字下げ][#1段階小さな文字]交聲曲詩篇[#小さな文字終わり] [#2字下げ]大陸の黎明 [#ここで中見出し終わり] [#4字下げ]第一章 序曲[#「第一章 序曲」は小見出し] 天地《あめつち》の闢《ひら》けしはじめ、成りませる神々 神々を、  (讚《たた》へまつれ、いざや。) 天照《あまて》らす大御神《おほみかみ》、皇祖《すめらみおや》、 皇祖《すめらみおや》かくぞ、  (讚《たた》へまつれ、いざや。) 言《こと》依《よ》さす中《なか》つ國《くに》、大八洲《おほやしま》この國土《くにつち》、  (讚へまつれ、いざや。) 天壤《あめつち》と窮《きは》みなき、天津日嗣《あまつひつぎ》、ここに  (讚へまつれ、いざや。) げに宇《いへ》とおほひます八紘《あめのした》、陸《くが》を海を。  (讚へまつれ、いざや。) 大きなり、彌榮や、天つ御業《みわざ》、 げに崇《たか》し、はや和《やは》す大御軍《おほみいくさ》。  (讚へまつれ、いざや。) おお、今ぞ、大やまと、雲居|騰《あが》り、 おお、今ぞ、大き御代、照りわたらせ。  (讚へまつれ、いざや。)  (讚へまつれ、いざや。) [#4字下げ]第二章[#「第二章」は小見出し] 種子《たね》ありき、神産《かみむす》び玉と凝《こ》るもの、 かく在《あ》りき、在りて生き、香《か》は蘊《つつ》みぬ。 土なるや、大《おほ》き陸《くが》蒙古《モンゴル》の底ひふかく、 隱《こも》らひぬ、鑛《あらがね》と巖《いはほ》との隙《ひま》埋《うづ》もれ。 時ありき、日も知らず、星も別《わ》かず、 ただ在りき、かく在りて千五百萬《ちいほよろづ》の歳。 驚けよ、この命、靈《くし》びに若し、 讚《ほ》めあげよ、かく古《ふ》りてかく全《また》けし。 世々ありき、人は興り、地に滿ち滿ちき。 國興り、將《は》た滅び、また代々《よよ》ありき。 霾《つちふ》るや、黄《き》なる沙《すな》、嵐と哮《たけ》び、 漲《みなぎ》るや、洪《おほ》き水、天《あめ》傾《かた》ぶけぬ。 なほ在りき、生きの芽《め》の命《いのち》薫《かを》すと、 俟《ま》つありき、つひに來《こ》むそが黎明《しののめ》。 海を越え、空を蔽《おほ》ひ、とどろ來るもの、 地響《ぢひびき》や、音《おと》爆《は》ぜて翼《つばさ》搏《う》つもの。 誰ならず、日の御裔《みすゑ》、久米《くめ》大伴《おほとも》が後《のち》、 神々の我が跫音《あのと》、大御軍《おほみいくさ》。 俟《ま》つありき、大き陸《くが》、今かがやけり、 さ緑や、はてしなくよみがへるもの。 種子《たね》ありき、神産《かみむす》び玉《たま》と照《て》るもの、 命なり、息《いき》づくと芽《め》ぶきそめぬ。 [#4字下げ]第三章[#「第三章」は小見出し] 聞け大陸の黎明《しののめ》に響くは何ぞ嚠喨と、 とどろと進む地響《ぢひびき》の敢て押し行く勢《いきほひ》を。 海を越えたる百萬の大御軍《おほみいくさ》の雄叫びは 旗雲高くさしのぼる日にこそ勇めまのあたり。 沙漠の嵐吹き荒《すさ》ぶ北は蒙古《もんごる》、滿洲《まんぢゆ》里亞《りや》、 見よ、長城の嶮にして八達嶺は雲|鎭《しづ》む。 天《てん》より來る大黄河、長江の水さかしまに、 ひた攻めのぼる兵《つはもの》の勝鬨《かちどき》すでに年|經《ふ》りぬ。 神助の凪に艦《ふね》泊《は》てて月落ちかかるバイヤス灣、 椰子の葉蔭に枕ぎて夢むは誰ぞ海南島。 ああ南《みんなみ》の潮《しほ》黒く、呼べば應《こた》へむ波の涯、 俟つある民の歡びに結びて誓ふ共榮圈。 思へ、とどろく跫音《あしおと》に大御軍《おほみいくさ》の征《ゆ》くところ、 物ことごとくよみがへり、茜《あかね》さす日ぞ照《て》り滿《み》たむ。 [#4字下げ]第四章[#「第四章」は小見出し] 大いなり、今にして現人神《あらひとがみ》、かく坐《おは》せば、 かぎりなき大御稜威《おほみいつ》[#ルビの「おほみいつ」は底本では「おほみいづ」]かくあらせば。  (彌榮《いやさか》や、八紘《あめのした》一つ宇《いへ》と   彌榮や、大き亞細亞《アジヤ》、南の海。) 新《あらた》なり、早や目覺め、湧きあがるもの、 どよめきは天《あめ》に滿ち地《つち》に滿ちぬ。  (彌榮や、この大き朝とどろき。   彌榮や、この大き朝とどろき。) 天雲《あまぐも》のあをくたなびく大き陸《くが》 かく古《いにしへ》も和《やは》したまひき。 [#改ページ] [#ここから中見出し] [#2字下げ]聲はあがる彌榮 [#5字下げ][#1段階小さな文字]紀元二千六百年壽詞[#小さな文字終わり] [#ここで中見出し終わり] 聲はあがる、彌榮《いやさか》、 とどろきはいやあがる、彌榮《いやさか》とぞ。 大君《おほきみ》は神にし坐《ま》す、 大御稜威《おほみいつ》神とし坐《ま》す。 畏きや天《あま》つ日嗣《ひつぎ》、 幾足日《いくたるひ》、幾千歳《いくちとせ》しろしめす。 青雲や、肇國《はつくに》や、大やまと、 神倭磐余彦天皇《かむやまといはれひこのすめらみこと》。 かく宣《の》らし、かく坐《ま》しき天皇《すめらみこと》、 八紘《あめのした》宇《いへ》よげに、一つ宇《いへ》と。 聲はあがる、彌榮《いやさか》、 とどろきはいやあがる、彌榮《いやさか》とぞ。  現神《あきつがみ》今にし坐《ま》す、  大御稜威《おほみいつ》日のごと坐《ま》す。  ただ明《あか》し天《あま》つみ業《わざ》、  押し照るや大き陸《くが》、南の海。  おほらかや、大み言《こと》かのごと坐《ま》す、  八紘《あめのした》げに宇《いへ》と、一つ宇《いへ》と。  祝《ほ》ぎまつれ、大やまと。皇國《すめらみくに》、  仰げいざ、けふこの日、大み軍《いくさ》。 聲はあがる、彌榮《いやさか》、 とどろきはいやあがる、彌榮《いやさか》とぞ。 [#改ページ] [#ここから中見出し] [#2字下げ]紀元二千六百年頌 [#10字下げ][#1段階小さな文字]朗誦詩[#小さな文字終わり] [#ここで中見出し終わり]  盛《も》りあがる盛《も》りあがる國民の意志と感動とを以て、盛りあがる盛りあがる民族の血と肉とを以て、個の十の百の千の萬の億の底力を以て、今だ今だ今こそは祝はう。紀元二千六百年、ああ遂にこの日が來たのだ。  蕩々《たうたう》たる空、藹々《あいあい》たる土、洋々たる海。和風おのづからにして、麗光十方に布《し》く。日の天にあるかくのごとく、民の仰いで霑《うるほ》ふかくのごとく、悠久二千六百年、祝典の今日が來たのだ。  ラヂオは傳へる式殿の森嚴《しんげん》を、目もあやなる幢幡《どうばん》、銀の鉾射光《ほこ・しやくわう》の珠《たま》を。嚠喨《りうりやう》と鳴りわたる君が代の喇叭《らつぱ》。金屏《きんべう》の前に立たします。  聖天子《せいてんし》、澄みに澄みとほる靈氣、聲ひとつせぬ五萬の呼吸、崇高《すうかう》なるこのひと時。靴音である。畏みに畏む總理大臣の靴音がする。奉る朗々たる壽詞《よごと》。湧きあがる湧きあがる 天皇陛下萬歳。  皇禮砲はとゞろきわたつた。帝都は彩光に輝き、港灣は滿艦飾した。宮をあげての簫《せう》篳篥《ひちりき》、浦安《うらやす》の舞《まひ》。國をあげての日章旗、神輿《みこし》、群衆。祝祭は氾濫し、ああ熱情は爆發した。轟けと、轟けとばかりに叫ぶ大日本帝國萬歳。  光あれ、輝きあれ、大日本。神國日本の姿はここにある。仰げよ萬世一系の皇統、巍々《ぎぎ》たる皇謨《くわうぼ》は無限に坐《ま》す。ああ、八|紘《かう》一|宇《う》、肇國《てうこく》の青雲《せいうん》は頭上にある。  かの正しきを養ひ、暉《かがやき》を重ね、慶《めぐみ》を積む。皇祖皇宗はこの徳に坐《おは》し、神ながら道に蒼古《さうこ》に、あやに畏き高千穗の聖火は今に燃え繼《つ》いで盡くるを知らぬ。(火だ、まさしく民族の祭典の火だ。)思へ、天業《てんげふ》恢弘《くわいこう》の黎明《しののめ》、鎭みに鎭む底つ岩根《いはね》の上に宮柱《みやばしら》太《ふと》しき立てた橿原《かしはら》の高御座《たかみくら》を、人皇第一代|神倭磐余彦《かむやまといはれひこ》の天皇《すめらみこと》を、ああ、大和《やまと》は國のまほろば、とりよろふ青垣《あをがき》、鵄《とび》は舞ひ、朗かにおほらかに草も木も言祝《ことほ》ぎ謳《うた》つた。  ああ、我が民族の清明心、正大、忠烈、武勇、風雅、廉潔の諸徳。精神は一貫する。傳統は山河と交響し、臣節は國土に根《ね》生《は》ふ。大義の國日本、日本に光榮あれ。  展《ひら》け。世紀は轉換する。躍進更に躍進する。興隆日本の正しい相《すがた》、この體制に信念あれ。  いにしへ、仇《あだ》なすは討ちてしやみ、まつろはぬことむけ和《やは》した。砲煙のとどろき、爆彈の炸烈する、もとより聖業の完遂にある。大皇軍《おほみいくさ》の征《ゆ》くところ必ず宣撫の恩澤《めぐみ》がある。げにや隈《くま》なく御稜威は光被する。鵬翼萬里、北を被《おほ》ひ、大陸を裏《つつ》み、南へ更に南へ伸《の》びる。曠古未曾有の東亞共榮圈、ああ、盟主日本。  盛《も》りあがる盛《も》りあがる國民の意志と感動とを以て、盛りあがる盛りあがる民族の血と肉とを以て、今だ今だ今こそは三唱しよう。聖壽の萬歳を、皇國の萬歳を。紀元二千六百年の今日、祝典は氾濫する。熱閙《ねつたう》は光と騰《あが》る。進め一億、とどろく皇禮砲の下《もと》より進め。大政翼贊の大行進を始め。行けよ皇國の盛大《せいだい》へ向つて、世界の新秩序へ向つて、人類の福祉《ふくし》に萬邦の融和に向つて。一齊にとどろかす跫音《あしおと》を以て、個の十の百の千の萬の億の、靜かな底力を以て。 [#改丁] [#6字下げ]後記[#「後記」は大見出し] [#1字下げ]新頌[#「新頌」は中見出し] 『新頌』は紀元二千六百年記念として最近に刊行された。創作年月は『海豹と雲』以後、今日に及んでゐる。  詩風は『海豹と雲』の延長であり、概ね蒼古調である。私は曾てかう思惟した。 「古代の膽を捉へることは、あながち古語死語を漁ることではない。生々躍動した古代感情のリズムをこそ素手に捉へることである」と。  この所念よりして、この神ながらの道に立ち、かの蒼古に溯つて之を求めようとしたのである。而も現代の感覺を以て。  私はここに於て、これまでの全詩集を、この中の交聲曲詩篇「海道東征」に總括し、我が大成を所期した。この「海道東征」こそは、紀元二千六百年頌として日本文化中央聯盟の囑に應じて成した記念作であり、日本民族の物せる國民詩曲として、また信時潔氏の作曲と相俟つて、革正の先聲を掲げたものと信じ得る。この交聲曲は東京音樂學校の演奏により五百人の合唱を以て公開せられ、ビクターに於てまた十二吋盤八枚にわたり吹き込まれた。さうして英獨の譯詩と共に、世界の樂匠たちにその寄するところになる祝典樂曲の返禮として海外へ贈られ、また放送せらるることになつた。望外の幸である。因みにこの詩篇は神武天皇讚歌三部作の中の一つである。 「建速須佐之男命」の自由體長篇は、古事記を現代の感覺と角度とを以て新に解釋しようとした計畫の中の一試作であり、その一部である。私は同じくこの道を溯り、かの蒼雲を我が蒼雲と戴くであらう。 [#ここから4字下げ] 海豹と雲    初版  昭和四年八月  アルス版(絶版) 白秋全集第四卷 詩集Ⅳ 昭和六年一月  アルス阪(絶版) [#ここで字下げ終わり] 底本:「白秋詩歌集 第二卷」河出書房    1941(昭和16)年2月19日発行 ※「後記」は「白秋詩歌集 第二卷」に対するものであるが「新頌」の見出しのつく部分のみを本文末に付記しました。 ※「艪」と「艫」の混在は底本通りにしました。 入力:岡村和彦 校正:川山隆 2011年2月10日作成 2011年3月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。