宇賀長者物語 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)牡丹《ぼたん》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)四十|格好《かっこう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅰ ------------------------------------------------------- [#6字下げ][#中見出し]Ⅰ[#中見出し終わり]  牡丹《ぼたん》の花の咲いたような王朝時代が衰えて、武家朝時代が顕《あらわ》れようとしている比《ころ》のことでありました。土佐の国の浦戸と云う処に宇賀長者《うかのちょうじゃ》と云う長者がありました。浦戸は土佐日記などにも見えている古い土地で、その当時は今の浦戸港の入江が奥深く入《い》り込んで、高知市の東になった五台山《ごだいざん》と呼んでいる大島《おおしま》や、田辺島《たべしま》、葛島《かずらしま》、比島《ひしま》など云う村村の丘陵が波の上に浮んでいた。長岡郡《ながおかぐん》の国府に在任していた国司などが、任期を終えて都へ帰って往くには、大津《おおつ》の崎《さき》と云う処から船に乗って、入江の右岸になったこの地をさして漕いで来て、それから外海《そとうみ》に出て、泊り泊りを追うのでありました。宇賀長者は、ここに大きな邸《やしき》をかまえて、莫大な富を作っておりました。その田地《でんち》から獲《と》れる米のすり糠《ぬか》が、邸の傍に何時《いつ》も大きな山をこしらえていたので、糠塚《ぬかづか》長者と呼ぶ者もありました。  この長者の家では、附近の土地を耕すほかに、海の水を煮て塩を製し、また魚などを獲《と》っておりました。それには二百人に近い奴隷《どれい》がいて、その仕事をやっておりました。長者は太い赤樫《あかがし》の杖《つえ》を持って、日毎《ひごと》に奴隷の前にその姿を見せました。赤樫の杖は、時とすると、奴隷どもの肩のあたりに蛇のように閃《ひらめ》きました。奴隷どもはその杖を非常に恐れました。  それは晩春の明るい正午《おひる》さがりのことでありました。紺青《こんじょう》を湛《たた》えたような海には、穏かな小さな波があって、白い沙浜《すなはま》には、陽炎《かげろう》が処どころに立ち昇っておりました。そこには潮風に枝葉を吹き撓《たわ》められた磯馴松《そなれまつ》が種種《しゅじゅ》な恰好《かっこう》をして生えておりました。その中のある松の下には、海の水を入れた塩汲桶《しおくみおけ》を傍に据《す》えて、腰簑《こしみの》をつけた二人の奴隷が休んでおりました。一人は痩《や》せた老人で、それは浮出た松の根に腰をかけておりました。一人は物に劫《おび》えるようなおどおどした眼つきをした壮《わか》い男で、それは沙《すな》の上に腰をおろして、両足を投げ出しておりました。壮い男は思い出したように小さな声で、「お月灘桃色《つきなだももいろ》、だれが云うた、様《さま》が云うた、様の口を引き裂け」と、調子をつけて歌を歌うように云いました。 「お前はどこから来た」と、老人は思い出したように壮い男の顔を見て問いました。 「西の方から来た」と、壮い男は云いました。この壮い男は、人買船《ひとかいぶね》から長者の家に揚《あ》げられたばかりでありました。 「西はどんな処だ、よい処か」と、老人はまた問いました。 「好い処とも、それは好い処だよ、磯《いそ》には球《たま》にする木が生えていたり、真珠を持った貝があったりするから、黄金《こがね》ときれいな衣《きぬ》をどっさり積んだ商人船《あきんどぶね》が都の方から来て、それと交易《かえかえ》して往くことがあるよ」 「球《たま》にする木と、真珠を持った貝、何故《なぜ》またそんな好い処を捨てて、こんな地獄のような処へやって来た」 「人買《ひとかい》に掠奪《さら》われたのさ」 「お前もやっぱりそうか、俺もそうだが、俺は小供の時だった、故郷は判らないが、どうもここから東北《ひがしきた》のように思われる、やっぱり海があって、海の中には数多《たくさん》の島があった、掠奪われた日は、暑い日の夕方だ、磯《いそ》へ一人出て遊んでいると、珍らしい船が着いた、俺は何船《なにぶね》だろうかと思って、傍へ往ってみると、顔の赧《あか》い男が出て来て、好い物を見せてやろうと云うから、うっかり船へあがって往くと、そのまま船底《ふなぞこ》の室《へや》へ投《ほう》り込まれて伴《つ》れて来られた、お前はどうして掠奪われた」 「俺か、俺は、人魚を見に往って掠奪われた」 「え、人魚……」と、老人には合点《がてん》がゆきません。 「そうだよ、人魚を見に往っていてこんなことになったよ、俺には好きな女《むすめ》があって、毎晩のように往っていたが、女《むすめ》も俺が好きで、俺の往きようが遅いと、門口《かどぐち》に出て待っていたものだ、その女《むすめ》は俺と話をする時に、好い匂《におい》をさすと云うて、何時《いつ》も草花を折って頭髪《かみ》に挿《さ》していた、痩《や》せぎすな、手足のしんなりとした、それは姝《きれい》な女《むすめ》であったよ、その女《むすめ》の在所《ざいしょ》へ往くには、小さな岬の下の波の打ちかける処を通らねばならなかったが、ある晩、平生《いつも》のように俺はそこを歩いていた、それは月の好い晩であった、海は静《しずか》に凪《な》いで、灘一面に蒼白《あおじろ》い月が射《さ》していた、俺は波の飛沫《しぶき》のかかる巌《いわお》の上を伝いながら、ふと前の方を見ると、その巌から人の脊丈《せだけ》を三つ継《つ》いだ位離れた海の中に、満潮《みちしお》の時には隠れて、干潮《ひしお》の時に黒犬の頭のような頭だけだす礁《はえ》があるが、そこに姝《きれい》な女子《おなご》が、雪のような白い胸を出しているじゃないか、おおかたその礁に両手をかけて縋《すが》りついていたろうよ、烏《からす》の羽を濡《ぬ》らしたような黒い頭髪《かみ》は肩に重そうに垂れていた、胸から下は青い衣《きもの》を着ているように、青い玉のようなものがぎらぎらとその周囲《まわり》に光っていた、それを見つけた時の俺の気もちと云うものはなかったよ、俺はなんだか五色《ごしき》の雲に包まれて、竜宮《りゅうぐう》へでも往って、乙姫様《おとひめさま》の前に出たような気になって、穴の開く程その顔を見詰めていたよ、すると女子《おなご》は俺に気が注《つ》いたように、俺の顔を見て莞《にっ》と笑ったが、笑う拍子に赤い下唇が動いて、なにか云ったように思ったが、それは聴きとれなかった、俺の気は、もう遠くなっていたと見える、その時、なにか知ら、ぐらぐらとしたので、気をつけてみると、俺の体は巌《いわ》の端《はし》へ往って、今にも波の中へ落ち込もうとしているのを、傍の巌角《いわかど》にかけた隻手《かたて》がやっと支えていたじゃないか、俺は吃驚《びっくり》して体の位置《むき》を変えたが、今度見るともう女子《おなご》は見えなかった、俺はそれから女《むすめ》の許《もと》へ往ったが、その女子《おなご》のことが頭に一杯になっているので、女《むすめ》の詞《ことば》がおりおり耳に入らないことがある、(どうしたの、睡《ねむ》いの)と云って、女《むすめ》は俺の体を揺《ゆ》ったりした、翌晩《あくるばん》、俺はまた岬の下へ往って、昨夜《ゆうべ》の女子《おなご》はいないだろうかと思って、その辺を見廻したが、もうその晩はいなかった、俺は、一時《いっとき》あまりもそこに立っているうちに、女《むすめ》の許に往くのが厭《いや》になったので、そのまま引きかえそうかと思ったが、それもなんだか、心残りがするので、また女《むすめ》の許へ往くと、(お前さんは、人魚を見やしない)と女《むすめ》が云うじゃないか、俺はなるほどあの女子《おなご》は人魚だと思ったが、他人に知らすのは何か知ら大事の秘密を漏《も》らすような気がして恐ろしいので、(そんなことはない)と云って黙っていた、すると女《むすめ》が、(ほんとに人魚を見やしないの、人魚を見ると世の中の女子《おなご》が厭になって、どこかへ往ってしまうと云うよ)と云うじゃないか、俺はあの人魚といっしょならどこへ往っても好いと思ったが、それが俺の過《あやま》りであったよ、その翌晩《あくるばん》になると、俺はまたふらふらと岬の下へ往ったが、未《ま》だ月が出ていないので、巌《いわ》に腰をかけて待っていた、併《しか》しその時は、もう三人の人買《ひとかい》が背後《うしろ》の巌陰《いわかげ》にかくれている時であったよ」と云って、壮《わか》い男は悲しそうな顔をしました。 「そうか、それは可哀そうだ、女《むすめ》のところへ帰りたいだろうな」と、老人は海の方を見て云いました。 「帰りたい、どうしたら帰れるだろう」と、壮い男は問いました。 「この海のふちを西へ西へ往けば、帰れないことはないだろうが、見張りが厳しいから逃げられない、もし逃げ出して捕まろうものなら、どんな目に逢《あ》わされるか知れやしない」  老人がこう云いかけた時に、磯《いそ》の方から三人の仲間の塩汲《しおくみ》があがって来ました。三人の中《うち》の一人は、十三四歳の小供でありました。前には四十|格好《かっこう》の脊《せ》の高い男がおりました。その男は陸《おか》の方で何《なん》か見つけたと見えて、「鬼が来たよ、鬼が来たよ」と周章《あわ》てて云いました。  老人と壮い男はその声を聞くと飛びあがるように起《た》ちあがって、塩汲桶《しおくみおけ》を肩にして歩きだしました。陸《おか》の麦畑の間にある路《みち》から、中脊《ちゅうぜい》の肥満《ふと》った傲慢《ごうまん》な顔をした長者が、赤樫《あかがし》の杖《つえ》を引摺《ひきず》るようにしてあるいて来るところでありました。麦畑のはてには、長者の邸《やしき》の構えのなかに建てつらねた、堅魚木《かつおぎ》のある檜肌葺《ひわだぶき》の屋根が幾棟《いくむね》となく見えておりました。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅱ[#中見出し終わり]  人魚を見たと云う壮《わか》い男は、それから二三日して夜遅く長者の邸《やしき》を逃げだしました。数多《たくさん》の仲間といっしょに寝ていた塩小屋を這《は》いだしてみると、庭には薄月が射《さ》しておりました。  壮い男は海岸を西へ西へ往きました。野茨《のいばら》の藪《やぶ》があったり、人の背丈よりも高い荻《おぎ》の生えたところがあったりしました。荻の大きな葉は人の来るように、ざらざらと鳴りました。そのたびに壮い男は心を顫《ふる》わせました。  一里ばかり往ったところで、小さな野川の水が微白《ほのじろ》く現われました。川の縁《へり》には一軒の苫屋《とまや》が黙黙として立っておりました。壮い男はその前に立って、どうして川を越したものかと考えておりました。苫屋の中からは四つの眼が光っておりました。そこは長者の家の見張でありました。壮い男は水際《みずぎわ》の蘆《あし》の中へ追い詰められて縛られました。  海から昇った真紅《まっか》な朝陽《あさひ》が長者の家の棟棟《むねむね》を照らしておりました。背後手《うしろで》に縛られた壮い男は、見張の男に引摺《ひきず》られて母屋《おもや》の庭前《にわさき》へはいって来て、土の上に腰をおろしました。起きたばかりの長者は、縁側《えんがわ》に立って大きな欠伸《あくび》をしておりました。 「旦那様、また一|疋《ぴき》兎《うさぎ》がかかりました」と云って、見張の男は鼻高高と云いました。  長者は黙って頷《うな》ずいて、じっと壮い男の顔を見おろしておりましたが、「ふむ、此奴《こいつ》は、この間の奴だな、まだ赤餅《あかもち》の味を知らんと見えるな」と嘲《あざけ》るように笑って、家の内を揮《ふ》り向いて云いました。「おい、赤餅《あかもち》を持って来い」  壮《わか》い男は首を縮《すく》めて俯向《うつむ》いておりました。見張の男は背後《うしろ》の方で、手鼻をかむ音をさせました。長者は室《へや》の内をあっちこっちと歩きだしました。  年とった僕《げなん》が赤く焼いた火箸《ひばし》のような鉄片を持って出て来ました。握る処には濡《ぬ》れた藁縄《わらなわ》を巻いてありました。長者はそれを受けとると、庭に下りて壮《わか》い男の前に立ちました。  壮い男は恐れて気が遠くなっておりました。彼にはもう長者の云う詞《ことば》が判りません。長者は何か云いながら焼いた鉄片を壮い男の額《ひたい》に当てようとしました。 「父さん、父さん」と云う声がしました。長者は背後《うしろ》を向いて室《へや》の方を見ました。紫色の衣《きもの》を着た起きたばかりの一人|女《むすめ》が立っておりました。 「父さん、お伊勢様へ往くのに、そんなことをなさらんが好いではありませんか」と、女《むすめ》は云いました。  長者は二三日すると伊勢|参宮《さんぐう》をすることになっておりました。長者はなるほどと思いました。併《しか》し逃亡しようとした奴隷《どれい》をそのままにして置くわけには往きません。で、長者は奴隷の体に傷をつけないで、懲《こ》らしめになる苦しい刑罰はないかと考えました。そして、長者の頭に一つの考えが浮《うか》みました。 「赤餅を許してやるかわりに、十日間|切燈台《きりとうだい》にする」と云って、長者は手にしていた鉄片を投げだしました。  壮い男は長者の詞の意味がはっきり判りません。彼はどんなことになるだろうと思って、おどおどしながら長者の顔を見あげました。その物に怯《おび》えた蘆《あし》の嫩葉《わかば》の風に顫《ふる》えるような顔を、長者の女《むすめ》は座敷の方から覗《のぞ》くようにしておりました。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅲ[#中見出し終わり]  壮《わか》い男はその日から昼間は塗籠《ぬりかご》の中へ入れられ、夜になると長者の室《へや》へ引き出されて、切燈台《きりとうだい》の用をさせられました。それは頭髪を角髪《みずら》にして左右の耳の上に束《つか》ねた頭に、油をなみなみと入れた瓦盃《かわらけ》を置いて、それに火を燈《とも》すのでありました。 「一滴でも油を滴《こぼ》したら、これだぞ」と云って、長者は傍に置いてある赤樫《あかがし》の杖《つえ》を揮《ふ》って見せました。長者はその明《あか》りで酒を飲んでおりました。  壮い男は腕を組んだなりに眼をつむっておりました。油の燃える音が頭の上でじじじと鳴りました。長者の傍にいる者は、壮い二人の女と、「宇賀の老爺《おじい》」と云う長者一門の老人でありました。下顎《したあご》の出た猿のようなこの老人は、どこへでもしゃあしゃあと押しだして往って、何人《たれ》とでも顔馴染《かおなじみ》になりました。国司《こくし》の館《たち》などに往くと、十日も二十日《はつか》もそこにいることがありました。そして、国司や、奥方《おくがた》の身のまわりの用を足してやりました。これがために国司の館《たち》などでは、「宇賀の老爺」「浜の宇賀」などと云って、非常に重宝がりました。長者もこの老人を可愛がって、今度の伊勢参宮にも伴《つ》れて往くと云うことになっておりました。 「老爺の用意は好いかな」と、長者は瓦盃の酒を一口|甞《な》めてから云いました。  傍の女を対手《あいて》にして戯言《じょうだん》を云っていた宇賀の老爺《おじい》は、小さな円《つぶら》な眼を長者の方にやりました。「この老爺に用意も何もあるものではありません、これから直《す》ぐでもお供《とも》ができます」 「……さすがに国司のお気に入る老爺ほどあるな、それでは明後日《あさって》あたり出かけるとしよう」と、長者は心地好さそうに云って、空《から》になった瓦盃《かわらけ》を前に差しだしました。  宇賀の老爺は心持ち背後《うしろ》に反《そ》りかえて、かすれた声を出して今様《いまよう》を唄いました。そして、手にしている扇《おうぎ》をぱちぱち鳴らして拍子をとりました。  長者は隻手《かたて》を突いて、体を横にして聞いていたが、何時《いつ》の間にか寝込んでしまいました。宇賀の老爺はこれを見ると小声でまた女に戯言《じょうだん》を云いだしました。そして、三人で戯《たわむ》れあいながら次の室《へや》へ出て往きました。  切燈台《きりとうだい》の壮《わか》い男は、この容《さま》を微《かすか》に見開いた眼で恨めしそうに見ておりました。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅳ[#中見出し終わり]  長者はその日が来ると、宇賀の老爺はじめ十余人の供人《ともびと》を伴《つ》れて、伊勢参宮に出かけて往きましたが、土佐の海は風浪《ふうろう》の恐れがあるので、陸路をとることにしました。海岸を東へ往って、野根山《のねやま》と云う山を越えると阿波《あわ》の国になります。阿波から船で由良《ゆら》の門《と》を渡って往きます。  長者が出発すると、その日から長者の留守許《るすもと》では、修験者《しゅげんしゃ》を迎えて長者一行の道中の安全を祈りました。柿色の篠掛《しのかけ》を着けた、面長《おもなが》な眼の鋭い中年の修験者は、黒い長い頭髪を切って頷《あご》のあたりで揃えておりました。修験者の珠数《じゅず》を押し揉《も》んで祈祷《きとう》する傍には、長者の一人|女《むすめ》と、留守を預《あずか》っている宇賀一門の老人達が二三人坐っておりました。  修験者は二三年|前《ぜん》から浦戸に来て、長者の家へ出入《でいり》している者で、老人達とも親しい間柄《あいだがら》でありました。彼は祈祷の後《あと》でゆっくり坐り込んで面白そうに話しておりましたが、心の中は物足りなさで一杯になっておりました。それは祈祷が済むや済まずに引っ込んで往って、二度と顔を見せない長者の女《むすめ》のこの比《ごろ》の素振《そぶり》からでありました。彼は折おり老人の詞《ことば》に対して、とんちんかんな返事をしました。  そのうちに老人が一人|起《た》ち二人起ちして、一人も姿を見せないようになりました。修験者はそっと起って奥の座敷の方へ往きました。それは女《むすめ》に逢《あ》うためでありました。  女《むすめ》は己《じぶん》の室《へや》でつくねんと坐って何か考えごとをしておりました。修験者のそっと入って往く跫音《あしおと》がしますと、女《むすめ》は顔をあげました。女《むすめ》の眼は魚《うお》のように冷たく光っておりました。 「老人《としより》に見られては困ります、帰ってください」と女《むすめ》が云いました。 「何故《なぜ》そんなことを云います、あなたは何か私に憤《おこ》っておりますか」 「何も憤ることはありませんが、こんなことが父さんに知れたら大変ではありませんか」 「どうせ一度は知れることではありませんか」 「私は厭《いや》」と、女《むすめ》は叱るように云いました。  修験者は淋しそうな顔をして立っておりました。 「さ、早う帰ってください、何人《だれ》か来ると困りますから」 「もう私が厭になりましたな」と、修験者は強《し》いて穏やかな声で云いました。  女は黙って戸外《そと》の方を見ました。薄れかけた夕陽の光が築地《ついじ》の上にありました。 「何かあなたは、かん違いをしておるようだ、今晩来てゆっくり話します」と、修験者は云いました。 「父さんの留守に、そんなことをされては困ります」と、女《むすめ》は周章《あわ》てたように云いました。 「来ては悪いですか」 「困ります、父さんの留守に……」  修験者は一寸《ちょっと》口をつぐんでいたが、 「まあ、そんなに云うものではありませんよ」と云って、苦笑《にがわらい》をしながら出て往きました。  今歳《ことし》の正月、長者が宇賀の老爺《おじい》を伴《つ》れて、国司《こくし》の館《たち》に往って四五日|逗留《とうりゅう》している留守に、女《むすめ》は修験者の神秘に侵《おか》されていたが、その比《ころ》になってその反動が起っておりました。 「来ては困りますよ」と、女《むすめ》はまた修験者の背後《うしろ》から云いました。  やかましい父が見張っている時でさえ、その隙《すき》を盗んで纏《まと》わりついた者が、今日からはどんなに煩耨《しつこ》く纏うて来るだろうと云う恐れが、女《むすめ》の頭に充満《いっぱい》になっておりました。女《むすめ》はどうかして修験者から逃れる工風《くふう》はないかと考えておりました。  暗くなると塗籠《ぬりかご》に入れられていた壮《わか》い男が引き出されて、長者の室《へや》で頭に火を燈《とも》しました。女《むすめ》はそれを見て、これを己《じぶん》の室へ据《す》えて置くなら、修験者が入って来ないだろうと思いました。切燈台《きりとうだい》は女《むすめ》の寝室へ移されました。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅴ[#中見出し終わり]  切燈台《きりとうだい》になった壮《わか》い男は、膝《ひざ》に手を置いてじっとしておりました。そこには草色の帷《とばり》をかけた几帳《きちょう》があって、女《むすめ》はその陰に横になっておりましたが、枕頭《まくらもと》に坐っている白い兎《うさぎ》のような感じのする壮い男のことが、頭に浮んだり消えたりしておりました。  この時、寝室の外の暗い廊下に修験者が来て立っておりましたが、どうしても内へ入ることができませんでした。修験者は女《むすめ》を恨み恨み帰って往きました。  翌晩《あくるばん》になると、女《むすめ》は切燈台の台を持って来て、 「人に知らさないようにすれば、瓦盃《かわらけ》は台の上に乗せても好い」と云いました。壮い男は女《むすめ》の云うままに、折おり瓦盃を頭からおろして休んでおりました。修験者は女《むすめ》の寝室へ近づくことができませんでした。  五六日すると、壮い男の懲罰《ちょうばつ》を受ける期《き》が尽きました。女《むすめ》は壮い男に昼の自由を与えて、夜はそのままに切燈台の役を勉めさせました。女《むすめ》の寝室に近づくことができないと見てとった修験者は、昼の隙《すき》に女《むすめ》に近づこうとしました。女は下婢《はしため》や老人《としより》の中へ身を置いたり、壮い男を閉じ込めてあった塗籠《ぬりかご》の中へ隠れたりしました。  ある夜《よ》懲《こ》りずに忍んで来た修験者が、寝室の口から覗《のぞ》いて見ると、切燈台の壮い男は頭から明《あかり》の点《とも》った瓦盃をおろして、こくりこくりと居睡《いねむ》りをしておりました。修験者は己《じぶん》の忍び込んで来ていることを忘れて飛び込んで来ました。 「こらッ、横道漢《おうちゃくもの》!」と云って、壮《わか》い男の頭に拳《こぶし》を加えました。壮い男は驚いてうろうろしておりました。  几帳《きちょう》の陰から女《むすめ》があらわれました。 「かってに入って来て狼藉《ろうぜき》をなさるのは何人《たれ》」 「私だ、これが瓦盃《かわらけ》をおろして横道《おうちゃく》をきめておったから、折檻《せっかん》に入りました」と修験者が云いました。 「これに不都合があれば、私が折檻します、あなたはお帰りください」 「あなたは私を忘れましたか」と、修験者は恨《うらみ》を籠《こ》めた詞《ことば》で云いました。 「私は何も忘れました、お帰りください」と、女《むすめ》は叱るように云いました。  修験者は凄《すご》い眼をして、女《むすめ》の顔を見い見い出て往きました。  女《むすめ》はおろおろしている壮い男の傍を通って、几帳《きちょう》の陰に隠れましたが、眼が冴《さ》えて物淋しくなりましたから、声をかけて壮い男を呼びました。  女と壮い男との間はその夜《よ》から非常に接近しました。そして、二人で修験者を恐れるようになったのは、それから間もないことでありました。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅵ[#中見出し終わり]  長者の一行は漸《ようや》く伊勢に着いて、先《ま》ず外宮《げぐう》に参詣《さんけい》しました。白木《しらき》の宮柱《みやはしら》に萱葺《かやぶき》の屋根をした素朴な社《やしろ》でありました。一の華表《とりい》を潜《くぐ》ったところで、驕慢《きょうまん》な長者は大きな声をだしました。 「お伊勢様、お伊勢様と云うから、どんなものかと思えや、俺の家の納屋《なや》ほどもないじゃないか」  宇賀の老爺《おじい》の耳にも、不敬なその詞《ことば》が入りました。宇賀の老爺は恐れて耳をおおいました。 「老爺どうじゃ」と、長者は揮《ふ》り返って宇賀老人を見て云いました。  老人は恐ろしくて返事をすることができませんでした。  内宮《ないぐう》へ参詣《さんけい》した時にも、長者は外宮《げぐう》のような不敬な詞を繰返しました。 「なんと云う乱暴な詞だろう」と、宇賀老人は長者の詞を悪《にく》みました。  修験者は長者の家へ忍び込んで来て、女《むすめ》の寝室の方へ歩いておりました。  その時|女《むすめ》と壮《わか》い男は、几帳《きちょう》の陰でひそひそと話しておりました。切燈台《きりとうだい》の燈《ひ》は淋しそうに燈《とも》っておりました。  寝室の口に立った修験者は耳を聳《そばだ》てました。几帳の陰《かげ》の話は、生暖かな夜の空気に融け込んで艶《なま》めかしく聞えました。修験者は狂人《きちがい》のようになって駈《か》け込みました。  女《むすめ》と壮い男がとり乱した姿をして、燈火《ともしび》の光の中に出ました。吠えかかるような修験者の声が家の中に響きました。女《むすめ》と壮い男は寝室の外へ逃げだしました。切燈台の燈がどうした拍子にか几帳の帷《とばり》に燃え移って、めらめらと焔《ほのお》をあげました。二人を追っかけて往く修験者の背に、その光がちらちらと映りました。  火はみるみる天井に移り、屋根に燃えつきました。母屋《おもや》の火はまたその周囲《まわり》の建物に移りました。四辺《あたり》は火の海となりました。  女《むすめ》と壮い男はその火の光に背《そむ》いて、北へ北へと逃げました。修験者はその後《あと》を激しく追っかけました。女《むすめ》と壮《わか》い男は手を執《と》りあっておりました。  丘陵《おか》の間を走ったり、入江の縁《ふち》を走ったりしていると、一軒の家が星の下に見えました。二人はその戸を叩きました。  そこは北村と云う長者の家と親しい家でありました。家内の者は、二人を奥の室《へや》へあげて茶を汲《く》んでくれました。二人はやっと安心して茶を飲んでおりました。もう夜《よ》が明けかけておりました。どこかで鶏《とり》の声がしました。  表の戸を割れるように叩く者がありました。「ここに長者の女《むすめ》がおるはずじゃ、出してくれ、出してくれ」  二人は裏口から逃げだしました。そして、田圃《たんぼ》の間を東に向って走りました。走りながら壮い男が揮《ふ》り返って見ると、修験者は直《す》ぐ背後《うしろ》に迫っておりました。  田圃の前《さき》は低い丘陵《おか》でありました。二人はその丘陵《おか》に駈《か》けあがって、生い茂った林の下を潜《くぐ》って前《むこう》の麓《ふもと》におりましたが、そこは入江の岸になって、路《みち》の下には水の白い池がありました。右を見ても左を見ても嶮《けわ》しい崖で、背後《うしろ》に引返すより他に往く処はありません。修験者の跫音《あしおと》はもう聞えて来ました。  二人は池の中へ飛び込みました。微暗《うすぐら》い水の面《おもて》に二人の姿が一度浮みあがった時、修験者は池の上に駈けつけることができましたが、この容《さま》を見ると己《おのれ》も池の中へ身を沈めました。  伊勢参宮から帰りかけた長者の一行は、ある夜半比《よなかごろ》、手結山《ていやま》と云う山坂《やまさか》の頂上にかかりました。手結から浦戸へは五里位しかないから、夜路《よみち》をしたものと見えます。  長者はその坂に登ると、浦戸の方へ眼をやりました。浦戸の方角に当って山焼《やまやけ》のような焔《ほのお》が赤あかと空に映って見えました。 「や、火事だぞ、それにしても、こんな大きな火事は、俺の家より他にないが、ままよ、急いで帰ったところで間に合うまい、ここで尻でも炙《あぶ》ろうか」と云って、長者は大きな尻を、浦戸の方へ向けて突きだしました。 「云はん[#「云はん」はママ]ことか、お伊勢様の罰《ばち》だ」と、宇賀の老爺《おじい》は小声で呟《つぶや》いておりましたが、やがて大祓《おおばらい》の詞《ことば》を唱《とな》えだしました。  長者の女《むすめ》はじめ三人の沈んだ処は、福浦と云う処であった。浦戸港の入江に面した田圃《たんぼ》の中には、その趾《あと》だと云う蓮《はす》の生えた小さな池があって、そこに三人を祭った小社《こやしろ》があった。私の記憶では社《やしろ》は二つあったように思われる。一つは縁切《えんき》りの神とせられ、一つは縁結びの神とせられて、痴愚《ちぐ》な附近の男女の祈願所となっている。何《な》んでもその社には錆びた二つ三つの鋏《はさみ》を置き、その願《がん》ほどきに切ったらしい、女の黒髪の束にしたのを数多《たくさん》かねの緒《お》に結びつけてあったのを憶えている。  宇賀長者の邸跡《やしきあと》としては、今、吾川郡《あがわぐん》浦戸村の南になった外海《がいかい》に沿うた松原に、宇賀神社と云う村社《そんしゃ》がある。その村社の背後《うしろ》には古墳らしい円錐《えんすい》形の小丘《しょうきゅう》もある。土地の人は之《これ》を糠塚様《ぬかづかさま》と云っている。  古い土佐の諺《ことわざ》に、遠火《とおび》に物を焙《あぶ》って火のとどかないことを、手結山《ていやま》の火と云ったものだ。 底本:「日本怪談大全 第二巻 幽霊の館」国書刊行会    1995(平成7)年8月2日初版第1刷発行 底本の親本:「日本怪談全集 第二巻」改造社    1934(昭和9)年 入力:川山隆 校正:門田裕志 2012年5月22日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。