牡丹燈籠 牡丹燈記 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)焼酎火《しょうちゅうび》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)十五|夜《や》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)耦 -------------------------------------------------------  日本の幽霊は普通とろとろと燃える焼酎火《しょうちゅうび》の上にふうわりと浮いていて、腰から下が無いことになっているが、有名な円朝《えんちょう》の牡丹燈籠《ぼたんどうろう》では、それがからこんからこんと駒下駄《こまげた》の音をさして生垣《いけがき》の外を通るので、ちょっと異様な感じを与えるとともに、そのからこんからこんの下駄の音は、牡丹燈籠を読んだ者の神経に何時《いつ》までも遺《のこ》っていて消えない。  この牡丹燈籠は、「剪燈新話《せんとうしんわ》」の中の牡丹燈記《ぼたんとうき》から脱化したものである。剪燈新話は明《みん》の瞿佑《くゆう》と云う学者の手になったもので、それぞれ特色のある二十一篇の怪奇談を集めてあるが、この説話集は文明年間に日本に舶来《はくらい》して、日本近古の怪談小説に影響し、延《ひ》いて江戸文学の礎石《そせき》の一つとなったものである。  牡丹燈記の話は、明州《めいしゅう》即ち今の寧波《にんぽう》に喬生《きょうせい》と云う妻君《さいくん》を無くしたばかしの壮《わか》い男があって、正月十五日の観燈《かんとう》の晩に門口《かどぐち》に立っていた。この観燈と漢時代に太《た》一の神を祭るに火を焚《た》き列《つら》ねて祭ったと云う遺風から、その夜《よ》は家ごとに燈《ともしび》を掲げたので、それを観《み》ようとする人が雑沓《ざっとう》した。本文《ほんもん》に「初めて其《そ》の耦《ぐう》を喪《うしの》うて鰥居無聊《かんきょむりょう》、復《また》出《い》でて遊ばず、但《ただ》門に倚《よ》つて佇立《ちょりつ》するのみ。十五|夜《や》三|更《こう》尽きて遊人《ゆうじん》漸《ようや》く稀《まれ》なり。丫鬟《あかん》を見る。双頭《そうとう》の牡丹燈《ぼたんとう》を挑《かか》げて前導《ぜんどう》し、一|美《び》後《うしろ》に随《したが》ふ」と云ってあるところを見ると、喬生は妻君《さいくん》を失うた悲しみがあって、遠くの方へ遊びに往く気にもなれないで、門に倚《よ》りかかってぼつねんとしていたものと見える。そして三|更《こう》がすぎて観燈の人も稀にしか通らないようになった時、稚児髷《ちごまげ》のような髪にした女の児《こ》に、頭《かしら》に二つの牡丹の花の飾《かざり》をした燈籠《とうろう》を持たして怪しい女が出て来たが、その女は年の比《ころ》十七八の紅裙翠袖《こうくんすいしゅう》の美人で、月の光にすかしてみると韶顔稚歯《しょうがんちし》の国色《こくしょく》であるから、喬生は神魂瓢蕩《しんこんひょうとう》、己《じぶん》で己を抑えることができないので、女の後《あと》になり前《さき》になりして跟《つ》いて往くと、女がふりかえって微笑しながら、「初めより桑中《そうちゅう》の期《き》無くして、乃《すなわ》ち月下《げっか》の遇《ぐう》有り、偶然に非《あら》ざるに似たり」と持ちかけたので、喬生は、「弊居咫尺《へいきょしせき》、佳人《かじん》能《よ》く回顧すべきや否や」と、云って女を己の家へ伴《つ》れて来て歓愛を極めた。素性《すじょう》を聞くと故《もと》の奉化県《ほうかけん》の州判《しゅうはん》の女《むすめ》で、姓は符《ふ》、名は麗卿《れいきょう》、字《あざな》は淑芳《しゅくほう》、婢《じょちゅう》の名は金蓮《きんれん》であると云った。女《おんな》はまた父が歿《な》くなって一家が離散したので、金蓮と二人で月湖《げっこ》の西に僑居《かりずまい》をしているものだとも云った。  女はその晩を初めとして、日が暮れると来て夜《よ》が明けると帰って往った。半月ばかりして喬生の隣に住んでいる老人が、壁に穴をあけて覗《のぞ》いてみると、喬生がお化粧をした髑髏《どくろ》と並んで坐っているので、大《おおい》に駭《おどろ》いて翌日喬生に注意するとともに、月湖の西に女がいるかいないかを探りに往かした。喬生は老人の詞《ことば》に従って湖西《こせい》へ往って女の家を探ったが何人《だれ》も知った者がなかった。夕方になって湖の中に通じた路《みち》を帰っていると、そこに湖心寺《こしんじ》と云う寺があったので、ちょっと休んで往こうと思って寺へ入り、東の廊下を通って西の廊下へ往ったところで、廊下の往《ゆ》き詰《つ》めに暗室があって、そこに棺桶《かんおけ》があって紙を貼《は》り、故《もと》の奉化府州判の女《むすめ》麗卿の柩《ひつぎ》と書いてあった。そして、その柩の前に二つの牡丹の飾のある燈籠を懸《か》け、その下に一つの盟器婢子《わらにんぎょう》を立てて、それには背の処に金蓮と云う文字を書いてあった。喬生は恐れて寺を走り出て隣家まで帰り、その夜《よ》は老人の家に泊めてもらって、翌日|玄妙観《げんみょうかん》と云う道教の寺にいる魏法師《ぎほうし》の許《もと》へ往った。魏法師は喬生に二枚の朱符《しゅふ》をくれて、一つを門《かど》に貼り一つを榻《ねだい》に貼るように云いつけ、そのうえで二度と湖心寺へ往ってはいけないと云って戒《いまし》めた。  喬生は帰って魏法師に云われたようにしたので、その晩から怪しい女は来なくなった。一月あまりして袞繍橋《こんしゅうきょう》に住んでいる友人の許へ往って酒を飲み、酔って帰ったが魏法師の戒《いましめ》を忘れて湖心寺のほうの路《みち》から帰って来た。そして、寺の門の前へ往ってみると、金蓮が出ていて、「娘子《じょうし》久しく待つ、何ぞ一向《いっこう》薄情|是《かく》の如《ごと》くなる」と、云って遂に喬生と倶《とも》に西廊《せいろう》へ入って暗室の中へ往くと、彼《か》の女が坐っていて喬生をせめ、その手を握って柩の前へ往くと、柩の蓋《ふた》が開《ひら》いて二人を呑《の》んでしまった。喬生の隣家の老人は喬生が帰らないので、あちらこちらと尋ねながら湖心寺へ来て、暗室へ往ってみると柩の間から喬生の衣服の裾《すそ》が微《かすか》に見えていた。で、僧に頼んで柩をあけてもらうと、喬生は女の髑髏《どくろ》と抱きあって死んでいた。  これが牡丹燈籠の原話《げんわ》の梗概《こうがい》であるが、この原話は寛文《かんぷん》六年になって、浅井了意《あさいりょうい》のお伽婢子《とぎぼうこ》の中へ飜案《ほんあん》せられて日本の物語となり、それから有名な円朝の牡丹燈籠となったものである。  伽婢子では牡丹燈籠と云う題になって、場所を京都にしてある。五条|京極《きょうごく》に荻原新之丞《おぎわらしんのじょう》と云う、近き比《ころ》妻に後《おく》れて愛執《あいしゅう》の涙|袖《そで》に余っている男があって、それが七月十五日の精霊祭《しょうりょうまつり》をやっている晩、門口《かどぐち》にたたずんでいると、二十ばかりと見える美人が十四五ばかりの女《め》の童《わらわ》に美しき牡丹花《ぼたんのはな》の燈籠を持たして来たので、魂飛び心浮かれて後《あと》になり前《さき》になりして跟《つ》いて往くと、女の方から声をかけたので、己《じぶん》の家へ伴《つ》れて来て和歌を詠《よ》みあって懐《おもい》を述べ、それから観眤《かんじ》を極めると云う殆《ほと》んど追字訳《ついじやく》のような処もあって、原話《げんわ》からすこしも発達していないが、西鶴以前の文章の第一人者と云われている了意の筆になっただけに棄《す》てがたいところがある。そして、その物語では女は二階堂左衛門尉政宣《にかいどうさえもんのじょうまさのぶ》の息女《そくじょ》弥子《いやこ》となり、政宣が京都の乱に打死《うちじに》して家が衰えたので、女《め》の童《わらわ》と万寿寺《ばんじゅじ》の辺《ほとり》に住んでいると荻原に云った。荻原は隣家《りんか》の翁《おきな》に注意せられて万寿寺に往ってみると浴室の後ろに魂屋《たまや》があって、棺《かん》の前に二階堂左衛門尉政宣の息女弥子|吟松院冷月居尼《ぎんしょういんれいげつきょに》とし、側《そば》に古き伽婢子《とぎぼうこ》があって浅茅《あさぢ》と云う名を書き、棺《ひつぎ》の前には牡丹花《ぼたんのはな》の燈籠の古くなったのを懸《か》けてあった。荻原は驚いて逃げ帰り、東寺《とうじ》の卿公《きょうのきみ》と云う修験者《しゅげんじゃ》にお符《ふだ》をもらって来て貼《は》ると、怪しい物も来ないようになったので、五十日ばかりして東寺に往って卿公に礼を云って酒を飲み、その帰りに女のことを思いだして、万寿寺に往って寺の中を見ていると、彼《か》の女が出て来て奥の方へ伴《つ》れて往ったので、荻原の僕《しもべ》は肝《きも》を潰《つぶ》して逃げ帰り、家の者に知らしたので皆で往ってみると、荻原は女の墓に引込まれて白骨と重なりあって死んでいた。  円朝の牡丹燈籠はこの了意の牡丹燈籠から出発したものである。ただ場所も東京になり物語も複雑になって、怪談は飯島家のお家騒動の挿話のようになっているが、了意の飜案《ほんあん》から出発したと云うことについては争われないものがある。それはお露《つゆ》と云う女に関係した浪人の萩原《はぎわら》新三郎の名が、荻原新之丞をもじったものであるにみても判ろう。円朝の物語は長いからここにははぶくとして、新三郎が怪しい女に逢《あ》った晩の数行を引用してみると、「今日《きょう》しも盆の十三日なれば、精霊棚《しょうりょうだな》の支度《したく》などを致して仕舞ひ、縁側《えんがわ》へ一寸《ちょっと》敷物を敷き、蚊遣《かやり》を燻《くゆ》らして新三郎は、白地の浴衣《ゆかた》を着|深草形《ふかくさがた》の団扇《うちわ》を片手に蚊を払ひながら、冴《さ》え渡る十三日の月を眺めて居ますと、カラコンカラコンと珍らしく駒下駄《こまげた》の音をさせて、生垣《いけがき》の外を通るものがあるから不図《ふと》見れば先へ立つものは、年頃三十位の大丸髷《おおまるまげ》の人柄のよい年増《としま》にて、其頃《そのころ》流行《はや》った縮緬細工《ちりめんざいく》の牡丹《ぼたん》芍薬《しゃくやく》などの花の附いた燈籠を提《さ》げ、其後《そのあと》から十七八とも思われる娘が、髪は文金《ぶんきん》の高髷《たかまげ》に結《ゆ》い、着物は秋草色染《あきくさいろぞめ》の振袖《ふりそで》に、緋縮緬《ひぢりめん》の長襦袢《ながじゅばん》に繻子《しゅす》の帯をしどけなく結び、上方風《かみがたふう》の塗柄《ぬりえ》の団扇《うちわ》を持つてパタリパタリと通る姿を月影に透《すか》し見るに、どうも飯島の娘お露《つゆ》のやうだから、新三郎は伸び上り、首を差延《さしの》べて向ふを看《み》ると女も立ち止まり、「マア不思議じゃア御座《ござ》いませんか、萩原さま」と、云はれて新三郎も気が浮き、二人を上にあげて歓愛に耽る」と云うことになっているが、この物語では、萩原の裏店《うらだな》に住む伴蔵《ともぞう》と云う者が覗《のぞ》いて、白翁堂勇斎《はくおうどうゆうさい》に知らし、勇斎の注意で萩原は女の住んでいると云う谷中《やなか》の三崎町《みさきちょう》へ女の家を探しに往って、新幡随院《しんばんずいいん》の後《うしろ》で新墓《しんはか》と牡丹の燈籠を見、それから白翁堂の紹介で、新幡随院の良石和尚《りょうせきおしょう》の許《もと》へ往って、お守をもらって怪しい女の来ないようにしたところで、伴蔵が怪しい女にだまされてお守をのけたので、怪しい女は新三郎の家の中へ入って、新三郎をとり殺すと云うことになっている。 [#6字下げ]牡丹燈記[#「牡丹燈記」は中見出し]  元《げん》の末に方国珍《ほうこくちん》と云う者が浙東《せっとう》の地に割拠すると、毎年《まいねん》正月十五日の上元《じょうげん》の夜《よ》から五日間、明州《みんしゅう》で[#「明州《みんしゅう》で」は底本では「明州《みんしゅう》でで」]燈籠を点《つ》けさしたので、城内《じょうない》の者はそれを観《み》て一晩中遊び戯れた。  それは至正庚子《しせいこうし》の歳《とし》に当る上元の夜のことであった。家家の簷《のき》に掲げた燈籠に明るい月が射《さ》して、その燈《ひ》は微紅《うすあか》くにじんだようにぼんやりとなって見えた。喬生《きょうせい》も己《じぶん》の家の門口《かどぐち》へ立って、観燈の夜《よ》の模様を見ていた。鎮明嶺《ちんめいれい》の下に住んでいるこの壮《わか》い男は、近比《ちかごろ》愛していた女房に死なれたので気病《きやまい》のようになっているところであった。  風の無い暖かな晩であった。観燈の人人は、面白そうに喋《しゃべ》りあったり笑いあったりして、騒ぎながら喬生の前を往来《ゆきき》した。その人人の中には壮い女の群もあった。女達はきれいな燈籠を持っていた。喬生はその燈に映しだされた女の姿や容貌が、己の女房に似ていでもするといきいきとした眼をしたが、直《す》ぐ力の無い悲しそうな眼になった。  月が傾いて往来の人もとぎれがちになって来た。それでも喬生はぽつねんと立っていた。軽い韈《くつ》の音が耳についた。彼は見るともなしに東の方に眼をやった。婢女《じょちゅう》であろう稚児髷《ちごまげ》のような髪をした少女に燈籠を持たせて、そのあとから壮い女が歩いて来たが、少女の持っている燈籠の頭《かしら》には真紅の色のあざやかな二つの牡丹の花の飾《かざり》がしてあった。彼の眼はその牡丹の花から後《あと》の女の顔へ往った。女は十七八のしなやかな姿をしていた。彼はうっとりとなっていた。  女は白い歯をちらと見せて喬生の前を通り過ぎた。女は青い上衣《うわぎ》を着ていた。喬生は吸い寄せらるるようにその後《あと》から歩いて往った。彼の眼の前には女の姿が一ぱいになっていた。彼はすこし歩いたところで、足の遅い女に突きあたりそうになった。で、左斜《ひだりななめ》にそれて女を追い越したが、女と親しみが無くなるような気がするので、足を遅くして女の往き過ぎるのを待って歩いた。と、女は揮《ふ》り返って笑顔を見せた。彼は女と己との隔てが無くなったように思った。 「燈籠を見にいらしたのですか」 「はい、これを伴《つ》れて見物に参りましたが、他に知った方はないし、ちっとも面白くないから帰るところでございます」  女は無邪気なおっとりとした声で云った。 「私は宵からこうしてぶらぶらしているのですが、なんだか燈籠を見る気がしないのです、どうです、私の家は他に家内がいませんから、遠慮する者がありませんが、すこし休んでいらしては」 「そう、では、失礼ですが、ちょっと休まして戴《いただ》きましょうか、くたびれて困ってるところでございますから」  と、云って燈籠を持った少女の方を見返って、 「金蓮、こちら様でちょっと休まして戴きますから、お前もお出《い》で」  少女は引返して来た。 「直《す》ぐ、その家ですよ」  喬生は己《じぶん》の家のほうへ指をさした。少女は燈籠を持って前《さき》に立って往った。二人はその後《あと》から並んで歩いた。 「ここですよ」  三人は喬生の家の門口《かどぐち》に来ていた。喬生は扉《と》を開けて二人の女を内へ入れた。 「あなたのお住居《すまい》は、どちらですか」  喬生は女の素性《すじょう》が知りたかった。女は美しい顔に微《かす》かに疲労の色を見せていた。 「私は湖西《こせい》に住んでいる者でございます、もとは奉化《ほうか》の者で、父は州判《しゅうはん》でございましたが、その父も、母も亡くなって、家が零落《れいらく》しましたが、他に世話になる、兄弟も親類もないものですから、これと二人で、毎日淋しい日を送ってます、私の姓は符《ふ》で、名は淑芳《しゅくほう》、字《あざな》は麗卿《れいきょう》でございます」  喬生はたよりない女の身が気の毒に思われて来た。 「それはお淋しいでしょう、私も、この比《ごろ》、家内を亡《な》くして一人ぼっちになってるのですが、同情しますよ」 「奥様を、お亡《なく》しなさいました、それは御不自由でございましょう」 「家内を持たない時には、そうでもなかったのですが、一度持って亡《な》くすると、何だか不自由でしてね」 「そうでございましょうとも」  女はこう云って黒い眼を潤《うる》ませて見せた。喬生はその女と二人でしんみりと話がしたくなった。 「あちらへ往こうじゃありませんか」  女はとうとう一泊して黎明《よあけ》になって帰って往った。喬生はもう亡くなった女房のことは忘れてしまって夜の来るのを待っていた。夜になると女は少女を伴《つ》れてやって来た。軽い小刻《こきざみ》な韈《くつ》の音がすると、喬生は急いで起《た》って往って扉《と》を開けた。少女の持った真紅の鮮かな牡丹燈が先《ま》ず眼に注《つ》いた。  女は毎晩のように喬生の許《もと》へ来て黎明《よあけ》になって帰って往った。喬生の家と壁一つを境にして老人が住んでいた。老人は、鰥暮《やもめぐら》しの喬生が夜になると何人《だれ》かと話しでもしているような声がするので不審した。 「あいつ寝言を云ってるな」  しかし、その声は一晩でなしに二晩三晩と続いた。 「寝言にしちゃおかしいぞ、人も来るようにないが、それとも何人《だれ》かが泊《とま》りにでも来るだろうか」  老人はこんなことを云いながらやっとこさと腰をあげ、すこし頽《くず》れて時おり隣の燈《ひ》の漏《も》れて来る壁の破れの見える処へ往って顔をぴったりつけて好奇《ものずき》に覗《のぞ》いて見た。喬生が人間の骸骨《がいこつ》と抱き合って榻《ねだい》に腰をかけていたが、そのとき嬉しそうな声で何か云った。老人は怖れて眼前《めさき》が暗むような気がした。彼は壁を離れるなり寝床の中へ潜《もぐ》りこんだ。  翌日になって老人は喬生を己《じぶん》の家へ呼んだ。 「お前さんは、大変なことをやってるが、知ってやってるかな」  老人は物におびえるような声で云った。喬生はその意味が判らなかったが、女のことがあるのでその忠告でないかと思ってきまりが悪かった。 「さあ、なんだろう、私には判らないが」 「判らないことがあるものか、お前さんは、大変なことをやってる、気が注《つ》かないことはないだろう」  女のことにしては老人の顔色や詞《ことば》がそれとそぐわなかった。 「なんだね」 「なんだも無いものだ、お前さんは、おっかない骸骨と抱き合ってたじゃないか」 「骸骨《がいこつ》、骸骨って、あれかね」 「笑いごとじゃないよ、お前さんは、おっかない骸骨と、何をしようと云うんだね、お前さんは、邪鬼《じゃき》に魅《みい》られてるのだ」  喬生もうす鬼魅《きみ》悪くなって来た。 「真箇《ほんとう》かね」 「嘘を云って何になる、わしは、お前さんが毎晩のようにへんなことを云うから、初めは寝言だろうと思ってたが、それでも不思議だから、昨夜《ゆうべ》、あの壁の破れから覗《のぞ》いて見たのだ、お前さんは、邪鬼に生命《いのち》を奪《と》られようとしてるのだ」 「観燈の晩に知りあって、それから毎晩泊りに来てたが、邪鬼だろうか」 「邪鬼も邪鬼、大変な邪鬼だ」 「奉化《ほうか》の者で、お父さんは州判《しゅうはん》をしてたと云ったよ、湖西《こせい》に婢女《じょちゅう》と二人で暮してると云うのだ、そうかなあ」 「そうとも邪鬼だよ、わしがこんなに云っても真箇と思えないなら、湖西へ往って調べて見るが好いじゃないか、きっとそんな者はいないよ」 「そうか、なあ、たしかに麗卿と云ってたが、じゃ往って調べて見ようか」  その日喬生は月湖《げっこ》の西岸へ往った。湖西の人家は湖に沿うてあっちこっちに点在していた、湖の水は微陽《うすび》の射《さ》した空の下《もと》に青どろんで見えた。そこには湖の中へ通じた長い堤《つつみ》もあった。堤には太鼓橋《たいこばし》になった石橋が処《ところ》どころに架《かか》って裸木《はだかぎ》の柳の枝が寒そうに垂れていた。  喬生は湖縁《こべり》を往ったり堤の上を往ったりして、符姓《ふせい》の家を訊《き》いてまわった。 「このあたりに、符と云う家はないでしょうか」 「さあ、符、符と云いますか、そんな家は聞きませんね」 「壮《わか》い女と婢女《じょちゅう》の二人暮しだと云うのですが」 「壮い女と婢女の二人暮し、そんな家はないようですね」  何人《だれ》に訊いても同じような返事であった。そのうちに夕方になって湖の面《おもて》がねずみがかって来た。喬生は幾等《いくら》訊いても女の家が判らないので老人の詞《ことば》を信ずるようになって来た。彼は無駄骨を折るのが痴《ばか》ばかしくなったので、湖の中の堤《どて》を通って帰って来た。  湖心寺《こしんじ》と云う寺が堤《つつみ》に沿うて湖の中にあった。古い大きな寺で眺望が好いので遊覧する者が多かった。喬生もそこでひと休みするつもりで寺の中へ往った。  もう夕方のせいでもあろう遊覧の客もいなかった。喬生は腰をおろす処はないかと思って、本堂の東側になった廻廊の中へ入って往った。朱塗《しゅぬり》の大きな柱が並木のように並んでいた。彼は東側の廻廊から西側の廻廊へ廻ってみた。その西側の廻廊の往き詰めにうす暗い陰気な室《へや》の入口があった。彼は好奇《ものずき》にその中を覗《のぞ》いてみた。そこには一個《ひとつ》の棺桶《かんおけ》が置いてあったが、その上に紙を貼《は》って太い文字が書いてあった。それは「故奉化符州判女麗卿之棺《こほうかふしゅうはんじょれいけいのひつぎ》」と書いたものであった。喬生は眼を見はった。棺桶の前には牡丹の花の飾《かざり》をした牡丹燈が懸《か》けてあった。彼はぶるぶると顫《ふる》えながら、牡丹燈の下のほうに眼を落した。そこには小さな藁人形《わらにんぎょう》が置いてあって、その背《うしろ》の貼紙に「金蓮」と書いてあった。  喬生は夢中になって逃げ走った。そして、やっと己《じぶん》の家の門口《かどぐち》まで帰って来たが、恐ろしくて入れないのでその足で隣へ往った。 「ああ帰ったか、どうだね、判ったかね」  老人はこう云って訊《き》いた。喬生の顔は蒼白《あおじろ》くなっていた。 「いや、大変なことがあった、お前さんの云った通りだ」 「そうだろうとも、ぜんたいどんなことがあったね」 「どんなことって、湖西へ往って尋ねたが、判らないので帰ろうと思って、あの湖心寺の前まで来たが、くたびれたので、一ぷくしようと思って、寺の中へ往ってみると、西の廊下の往き詰めに、暗い室《へや》があるじゃないか、何をする室だろうと思って、覗《のぞ》いてみると、棺桶《かんおけ》があって、それに故《もと》の奉化符州判の女《むすめ》麗卿の柩《ひつぎ》と書いてあったんだ、麗卿とはあの女《おんな》の名前だよ」 「じゃ、その女の邪鬼だ、だから云わないことか、お前さんが骸骨《がいこつ》と抱きあっている処を、ちゃんとこの眼で見たのだもの」 「えらいことになった、どうしたら好いだろう、それにあの女の伴《つ》れて来る婢女《じょちゅう》も、藁《わら》人形だ、牡丹の飾《かざり》の燈籠もやっぱりあったんだ、どうしたら好いだろう」 「そうだね、玄妙観《げんみょうかん》へ往って魏法師《ぎほうし》に頼むより他に途《みち》がないね、魏法師は、故《もと》の開府王真人《かいふおうしんじん》の弟子で、符籙《かじふだ》にかけては、天下第一じゃ」  喬生は家へ帰るが恐ろしいので、その晩は老人の許《もと》へ泊めてもらって、翌日になって玄妙観へ出かけて往った。魏法師は喬生の顔を遠くの方からじっと見ていたが、傍《そば》近くなると、 「えらい妖気だ、なんと思ってここへ来た」  喬生は驚いた。そして、なるほどこの魏法師は豪《えら》い人であると思った。彼はその前の地べたへ額《ひたい》を擦《す》りつけて頼んだ。 「私は邪鬼に魅《みい》られて、殺されようとしているところでございます、どうかお助けを願います」  魏法師は喬生から理由《わけ》を聞くと朱符《しゅふ》を二枚出した。 「一つを門へ貼《は》り、一つを榻《ねだい》へ張るが好い、そしてこれから、二度と湖心寺へ往ってはならんよ」  喬生は家に帰って魏法師の詞《ことば》に従って朱符を門と榻に貼ったところで、怪しい女はその晩から来なくなった。  一月ばかりすると、喬生の恐怖もやや薄らいで来た。彼は某日《あるひ》、袞繍橋《こんしゅうきょう》に住んでいる朋友《ともだち》のことを思い出して訪ねて往った。朋友は久しぶりに訪ねて来た喬生を留《と》めて酒を出した。  二人はいろいろの話をしながら飲んでいたが、そのうちに夕方になって陽《ひ》がかげって来た。喬生は驚いて帰りかけたが、遠慮なしに打ちくつろいで飲んだ酒が心地好く出て来たので、彼は伸び伸びした気になって歩いていた。蛙《かわず》の声が聞えて来た。  喬生は湖縁《こべり》の路《みち》を取らずに湖の中の堤《つつみ》を帰っていた。堤の柳は芽を吐《ふ》いてそれが柔かな風に動いていた。彼の体は湖心寺の前へ来ていた。何時《いつ》の間にか日が暮れて夕月が射《さ》していた。  喬生はふと魏法師の戒《いまし》めを思いだした。彼は厭《いや》な気がしたので足早《あしばや》に通り過ぎようとした。 「旦那様」  それは聞き覚えのある女の声であった。喬生は驚いて眼をやった。金蓮が来て前に立っていた。 「お嬢さんがお待ちかねでございます、どうぞいらしてくださいまし」  喬生の手首には金蓮の手が絡《からま》って来た。喬生はその手を揮《ふ》り放して逃げようとしたが逃げられなかった。金蓮は強い力でぐんぐんと引張った。喬生は濁った靄《もや》に脚下《あしもと》を包まれているようで足が自由にならなかった。 「旦那様は、真箇《ほんとう》に薄情でございますのね」  喬生は金蓮の手を揮り放そうと悶掻《もが》いたが、どうしても放れなかった。 「そんなになさるものじゃありませんわ」  喬生はもう西側の廻廊の往き詰に伴《つ》れて往かれていた。 「さあ、お入りくださいまし、ここでございます」  喬生は室《へや》の中へ引き込まれた。真紅の色の鮮かな牡丹燈籠が微白《ほのじろ》く燃えていた。 「あなたは、妖道士《ようどうし》に騙《だま》されて、私をお疑いになっておりますが、それはあんまりじゃありませんか、真箇にあなたは、薄情じゃありませんか」  麗卿が燈籠の下にしんなりと坐っていた。喬生はまた逃げようとした。 「真箇にあなたは薄情でございますわ、でもこうしてお眼にかかったからには、どんなことがあってもお帰ししませんわ」  女は起《た》って来て喬生の手を握った。と、その前にあった棺桶《かんおけ》の蓋《ふた》が急に開《あ》いた。 「さあ、この中へお入りくださいまし」  女はその棺桶《かんおけ》の中に先《ま》ず己《じぶん》の体を入れて、それから喬生を引き寄せた。棺桶は二人を内にしてそのまま閉じてしまった。  翌日になって喬生の隣の老人は、喬生が帰って来ないので、心配してあちらこちらと探してみたが、どうしても居所が判らない。いろいろ考えた結果《あげく》、湖心寺の棺桶のことを思いだして、附近の者を頼んでいっしょに湖心寺へ往って、棺桶のある室《へや》へ往ってみた。  棺桶の蓋《ふた》から喬生の着ていた衣服《きもの》の端《はし》が見えていた。老人は驚いて住職を呼んで来た。住職は棺桶の蓋を除《と》った。喬生は未《ま》だ生きているような壮《わか》い女の屍《しかばね》と抱き合うようにして死んでいた。 「この女は奉化州判の符君の女《むすめ》でございますが、今から十二年|前《ぜん》、十七の時に亡くなりましたので、仮にここへ置いてありましたが、その後、符君の処では家をあげて北へ移りましてから、そのままになっておりました」  住職はそれから女《おんな》と喬生を西門《せいもん》の方へ葬《ほうむ》ったが、その後《のち》雨曇《あまぐもり》の日とか月の暗い晩とかには、牡丹燈を点《つ》けた少女を伴《つ》れた喬生と麗卿の姿が見えて、それを見た者は重い病気になった。土地の者は懼《おそ》れ戦《おのの》いて、玄妙観へ往って魏法師にこの怪事を祓《はろ》うてくれと頼んだ。 「わしの符籙《かじふだ》は、事が起らん前《さき》なら効《こう》があるが、こうなってはなんにもならん、四明山《しめいざん》に鉄冠道人《てっかんどうじん》と云う偉い方がおられるから、その方に頼むがいい」  土地の者は魏法師の詞《ことば》に従って、藤葛《ふじかずら》を攀《よ》じ渓《たに》を越えて四明山へ往った。四明山の頂上の松の下に小さな草庵《そうあん》があって、一人の老人が几《つくえ》によっかかって坐っていた。草庵の前には童子が丹頂《たんちょう》の鶴を世話していた。人びとは老人の前へ往って礼拝をした。 「わしは、こんな処へ籠《こも》っている隠者だから、そんなことはできない、それは何かの聞き違いだろう」  人びとは玄妙観の魏法師から教えられて来たと云った。 「そうか、わしは、今年でもう六十年も山をおりたことはないが、饒舌《おしゃべり》の道士のために、とうとう引っ張り出されるのか」  道人《どうじん》は鶴の世話をしている童子を呼んで、それを伴《つ》れて山をおりかけたが、鳥の飛ぶようで追ついて往けなかった。人びとがへとへとに疲れて、やっと西門外へ往ったときには、道人はもう方丈《ほうじょう》の壇《だん》を構えていた。  やがて道人は壇の上に坐って符《かじ》を書いて焼いた。と、三四人の武士がどこからともなしにやって来た。皆|黄《きい》ろな頭巾《ずきん》を被《かぶ》って、鎧《よろい》を着、錦《にしき》の直衣《なおし》を着けて、手に手に長い戟《ほこ》を持っていた。武士は壇の下へ来て並んで立った。 「この比《ころ》、邪鬼が祟《たたり》をして、人民を悩ますから、その者どもを即刻捕えて来い」  武士は道人の命令を聞いてからいずこともなしに往ってしまったが、間もなく喬生、麗卿、金蓮の邪鬼に枷鎖《かせ》をして伴れて来た。  武士は邪鬼にそれぞれ鞭《むち》を加えた。邪鬼は血塗《ちまみ》れになって叫んだ。 「その方どもは、何故《なにゆえ》に人民を悩ますのじゃ」  道人は先《ま》ず喬生からその罪を白状さして、それをいちいち書き留めさした。その邪鬼の口供《こうきょう》の概略をあげてみると  喬生は、 [#2字下げ]伏して念《おも》う、某《それがし》、室《しつ》を喪《うしな》って鰥居《かんきょ》し、門に倚《よ》って独り立ち、色に在るの戒《かい》を犯し、多欲の求《きゅう》を動かし、孫生《そんせい》が両頭の蛇を見て決断せるに傚《なら》うこと能《あた》わず、乃《すなわ》ち鄭子《ていし》が九尾《きゅうび》の狐《きつね》に逢《あ》いて愛憐《あいれん》するが如《ごと》くなるを致す。事既に追うなし。悔《く》ゆるとも将《は》た奚《なん》ぞ及ばん。  符女は、 [#2字下げ]伏して念う、某、青年にして世を棄《す》て、白昼|隣《となり》なし、六魄《ろっぱく》離ると雖《いえど》も、一霊|未《いま》だ泯《ほろ》びず、燃前月下《えんぜんげっか》、五百年歓喜の寃家《えんか》に逢《あ》い、世上民間、千|万人《ばんにん》風流の話本《わほん》をなす。迷いて返るを知らず、罪|安《いずく》んぞ逃るべき。  金蓮は、 [#2字下げ]伏して念う、某、殺青《さつせい》を骨となし、染素《せんそ》を胎《たい》と成し墳壟《ふんろう》に埋蔵せらる、是《こ》れ誰《たれ》か俑《よう》を作って用うる。面目機発、人に比するに体《たい》を具えて微《び》なり。既に名字《めいじ》の称ありて、精霊《しょうりょう》の異に乏《とぼ》しかるべけんや。因《よ》って計を得たり。豈《あに》敢《あえ》て妖をなさんや。  武士はその供書《きょうしょ》を道人の前にさしだした。道人はこれを見て判決をくだした。 [#2字下げ]蓋《けだ》し聞く、大禹鼎《だいうかなえ》を鋳《い》て、神姦鬼秘《しんかんきひ》、其《その》形を逃るるを得るなく、温嶠犀《おんきょうさい》を燃《ねん》して、水府竜宮《すいふりゅうぐう》、倶《とも》に其《その》状を現すを得たりと。惟《こ》れ幽明の異趣、乃《すなわ》ち詭怪《きかい》の多端《たたん》、之《これ》に遇《あ》えば人に利あらず。之に遇えば物に害あり。故《ゆえ》に大厲《だいれい》門に入りて晋景《しんけい》歿《ぼっ》し、妖豕《ようし》野《の》に啼《な》いて斉襄《せいじょう》殂《そ》す。禍《か》を降《くだ》し妖《よう》をなし、災《さい》を興《おこ》し薜《せつ》をなす。是《これ》を以《もっ》て九天邪《きゅうてんじゃ》を斬《き》るの使《つかい》を設《もう》け、十|地《ち》悪を罰するの司《し》を列《つら》ね、魑魅魍魎《ちみもうりょう》をして以て其奸《そのかん》を容《い》るる無く、夜叉羅刹《やしゃらせつ》をして其暴《そのぼう》を肆《ほしいまま》にするを得ざらしむ。矧《いわ》んや此《こ》の清平《せいへい》の世|坦蕩《たんとう》のときにおいてをや。而《しか》るに形躯《けいく》を変幻《へんげん》し、草《そう》に依附《いふ》し、天《てん》陰《くも》り雨|湿《うるお》うの夜《よ》、月落ち参《しん》横たわるの晨《あした》、梁《うつばり》に嘯《うそぶ》いて声あり。其の室《しつ》を窺《うかが》えども睹《み》ることなし。蠅営狗苟《ようえいくこう》、羊狠狼貪《ようこんろうたん》、疾《はや》きこと飄風《ひょうぷう》の如く、烈《はげ》しきこと猛火の如し。喬家《きょうか》の子《こ》生きて猶《な》お悟らず、死すとも何ぞ恤《うれ》えん。符氏《ふし》の女《じょ》死して猶《なお》貪婬《たんいん》なり、生ける時知るべし。況《いわ》んや金蓮の怪|誕《たん》なる、明器《めいき》を仮りて以て矯誣《きょうぶ》し、世を惑《まど》わし民《たみ》を誣《し》い、条に違《たが》い法を犯す。狐《きつね》綏綏《すいすい》として蕩《とう》たることあり。鶉《うずら》奔奔《ほんぽん》として良なし、悪貫《あくかん》已《すで》に盈《み》つ。罪名|宥《ゆる》さず。陥人《かんじん》の坑《こう》、今より填《み》ち満ち、迷魂の陣、此《こ》れより打開す。双明《そうめい》の燈《ともしび》を焼毀《しょうき》し、九幽の獄に押赴《おうふ》す。  武士達は泣き叫ぶ邪鬼を曳《ひ》いて往った。そして、武士達が見えなくなると、道人も起《た》ちあがって童子を伴《つ》れて往ってしまった。  翌日土地の者は道人に前日の礼を云おうと思って、四明山頂の草庵《そうあん》へ往ったところで、草庵は空《から》になって何人《たれ》もいなかった。土地の者は道人の行方《ゆくえ》を訊《き》こうと思って玄妙観へ往った。魏法師は唖になっていて口が利けなかった。 底本:「日本怪談大全 第二巻 幽霊の館」国書刊行会    1995(平成7)年8月2日初版第1刷発行 底本の親本:「日本怪談全集 第三巻」改造社    1934(昭和9)年 ※「明州《めいしゅう》」と「明州《みんしゅう》」の混在は、底本通りです。 入力:川山隆 校正:門田裕志 2012年5月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。