赤い花 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)刺戟《しげき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)東京|小石川《こいしかわ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅰ ------------------------------------------------------- [#6字下げ][#中見出し]Ⅰ[#中見出し終わり]  明治十七八年と云えば自由民権運動の盛んな時で、新思潮に刺戟《しげき》せられた全国の青年は、暴戻《ぼうれい》な政府の圧迫にも屈せず、民権の伸張に奔走していた。その時分のことであった。  東京|小石川《こいしかわ》の某町に、葛西《かさい》と云って、もと幕臣であった富裕な家があって、当主の芳郎《よしろう》と云うのは仏蘭西《フランス》がえりの少壮民権家として、先輩から望みを嘱《しょく》されていた。微曇《うすぐも》りのした風の無い日であった。芳郎は己《じぶん》の家に沿うた坂路《さかみち》を登っていた。その附近の地所は皆葛西家の所有で、一面の雑木林《ぞうきばやし》であったが、数年|前《ぜん》にその一部分を市へ寄附して坂路を開鑿《かいさく》したものであった。芳郎はゆっくりとした足どりでその坂路を登りながら、その日、午後四時から井生村楼《いぶむらろう》に催される演説会の演説の腹稿《ふっこう》をこしらえていた。それは芳郎が平生《いつも》の癖で、熱烈火の如き民権論はこうしてなるのであった。  坂の右側には葛西家の新しくこしらえた土塀《どべい》があり、左側には雑木《ぞうき》を伐《き》り開いた空地があって、それには竹垣が結《ゆ》ってあった。空地の中には四五本の梅の樹があって、それには白い花をつけていた。地べたの枯草の中からは春が萌《も》えていた。  場末の坂路《さかみち》は静かで淋しかった。芳郎《よしろう》はその時、ミルの著書の中にある文句を頭に浮べていたが、何《なん》かの拍子にふいと見ると、束髪《そくはつ》に赤い花をさした令嬢風の女が己《じぶん》の前《さき》を歩いていた。壮《わか》い芳郎の眼はその花にひきつけられた。冬薔薇のような赤い活《いき》いきとした花は、鼠《ねずみ》色にぼかされた四辺《あたり》の物象の中にみょうにきわ立って見えた。  女もゆっくりと歩いていた。芳郎の足は知らず知らず早くなった。女は坂を登りつめて、平坦な路のむこうにその背後《うしろ》姿を消しかけた。芳郎はその姿を見失うまいと思って走るようにあがって往った。と、その跫音《あしおと》が聞えたのか女はちょと揮返《ふりかえ》った。それは白い姝《きれい》な顔であった。芳郎ははしたない己の行為に気が注《つ》いて立ちどまるように足を遅くした。  芳郎はまた女の美貌に眼をひかれた。どこの令嬢だろう、ああして一人歩いている処を見ると、どこかこの辺に邸《やしき》があるだろう、それとすれば、どこの女《むすめ》だろうか、と、彼はその辺《あたり》に立派な邸を持った豪家《ごうか》を考えて見たが、彼の知っている限りでは、そう云うような家はなかった。  女の姿は坂の上にかくれて往った。彼はまた急いで坂を登り切った。女の姿はもう見えなかった。坂の上の古い通路《とおり》は二条《ふたすじ》になっていて、むこう側には杉の生垣《いけがき》でとり廻《ま》わした寺の墓地があった。彼は右の方を見たり、左の方を見たりした。淋しい通路《とおり》には歩いている人もなかった。  通路《とおり》の右になった方は、真直《まっすぐ》になって見渡されたが、左になった方はすぐ折れ曲がっていた。寺の本門《ほんもん》は左の方にあった。彼は左の方へ曲がって往って、門口《かどぐち》に大きな石地蔵のある寺の本門の前まで往ったが、とうとう女の姿は見つからなかった。彼はがっかりして引かえして来たが、その束髪《そくはつ》にさした赤い花と、姝《きれい》な顔は、眼の前にちらちらとしてもう思想を纏《まと》めようとする気分がなくなっていた。  芳郎はその時二十五歳であった。両親《ふたおや》ともとうに無くなって、他に兄弟と云うものもないので、親類の老人達は彼に結婚させようとして煩《うる》さく勧めたが、彼はそれに耳を傾けないし、また、彼に財産の多いのと名聞《めいぶん》があるのとで、直接に近づいて来る女もあったが、彼はそれにも眼をやらずに、民権運動に熱中しているところであった。  芳郎のその日の演説は、甚《はなは》だ物たりない力の無い者であった。彼の演説を期待していた同志の者は大《おおい》に失望するとともに、中には彼があまりに運動に熱中した結果、健康を損ねたのではないかと心配する者もあった。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅱ[#中見出し終わり]  赤い花をさした女の姿は、芳郎の眼前《めさき》をはなれなかった。翌日、彼はまたその女に逢《あ》えはしないかと思って、家の傍の坂をあがったりおりたりして、その辺をさまよい歩いたが女には逢わなかった。  その翌日は冷たい雨が降っていた。彼はまたその雨を冒《おか》して坂を上下したが、その日もとうとう見えなかった。  十日ばかりも彼はこうして女を尋ねたが、どうしても逢えなかった。で、やっと諦《あきら》めてしまったが、それでも赤い花は眼の前にあった。  一箇月ばかりして、彼はまた演説の腹案《ふくあん》をこしらえる必要が起ったので、平生《いつも》のように散歩しながら思想を纏《まと》めるつもりで戸外《そと》へ出た。  その時はもう春も深くなって、土塀の上に見える邸内の桜は咲きかけていた。芳郎は坂路《さかみち》を登りながら、二十三年に発布になることになっている憲法のことを考えていた。そして、知らず識《し》らず坂を登って往って見るともなしにむこうの方を見た。と、束髪に赤い花をさした女の後姿が見えた。それは彼が探している女であった。彼は久しく逢わなかった恋人に逢《あ》ったような気になって、すたすたと走って往った。と、女は背後《うしろ》を揮返《ふりかえ》って白い姝《きれい》な顔を見せた。彼はまたはしたない己《おのれ》の姿に気が注《つ》いたのでちょっと立ちどまった。  女は坂を登ってむこうの方へ往った。芳郎はまた急ぎ足になって坂を登り切った。と、もう女の姿は見えなかった。彼は不審しながら上の路《みち》を右の方へ往ってみたが、そこにも女の姿はなかった。で、彼はまた左の方へも往ってみたが、とうとう見つけることができなかった。それでも諦《あきら》められないので彼は終日その辺を歩いて、その日はとうとう演説にも往かなかった。  赤い花はまた鮮かな色をして芳郎の眼の前にあった。彼はもう何事も手につかないようになって、日日《にちにち》その辺をさまよい歩くようになったが、その時分からひどく健康が衰えて来たので、親類の者や葛西家に使われている者などが心配して、無理に勧めて彼を熱海《あたみ》へ転地さした。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅲ[#中見出し終わり]  芳郎の往った家は相模屋《さがみや》と云う熱海では一流の温泉宿であった。彼はそこに滞在しながら心静かに養生《ようじょう》することにしたが、赤い花の女のことが浮んで来ると、みょうに神経的になって夜も眠られなかった。  夏が過ぎて秋口になって来ると、やや彼の健康も回復して来た。彼は東京から見舞に来る同志と政治上の意見を闘わしたり、ちょっとした論文を書いて新聞に送るようになった。  明るい月が出て室《へや》の中に籠《こも》っているのも惜《おし》いような晩が来た。彼はふらりと宿を出て海岸へ往ってみた。月の光にぼかされた海は静かで、磯には有るか無いかの浪が、さ、さ、さ、と云う音をさしていた。  彼は沙《すな》の上に引きあげられた漁船の間を潜《くぐ》って、魚見岬《うおみがさき》の方角のほうへ歩いて往ったが、何時《いつ》の間にか倦《あ》いて来たので引っかえしていると、二人の女伴《おんなづれ》が岩の上に腰をかけて話しているのが見えた。そして、その傍を通りながら見ると、一人は令嬢で一人はお供《とも》の婢《じょちゅう》らしかった。二人は彼の跫音《あしおと》を聞きつけて云いあわせたように顔を向けたが、その令嬢の顔は芳郎の眼前《めさき》に残っている顔にそっくりであった。彼は驚いてその顔を見返したが、束髪《そくはつ》には赤い花は見えなかった。  芳郎は二三歩往き過ぎてから立ちどまった。………もしや、彼《か》の女ではあるまいか、も一度見なおしてやろうと思って後もどりをしかけると、女伴はもう起《た》ちあがっていた。月の光に浮き出たような二つの女の顔がこちらへ向いた。令嬢の顔ははじめに見たような顔ではなかったが、それでもどこかにちょと似た処があった。  女伴《おんなづれ》は何か囁《ささや》きながら陸《おか》の方へあがって往った。芳郎はすぐ往ってしまわれるのが何となく惜《おし》いように思われたので、往くともなしに後《あと》から跟《つ》いて往ったが、沈着な平生《へいぜい》の態度は失わなかった。  女伴は小さな漁師町の間を通って傾斜のある小路《こみち》を登って往った。芳郎は女伴に怪しまれないようにと思って、よほど距離を置いて歩いた。女伴は時どき笑い声をたてたが背後《うしろ》は向かなかった。  女伴はやがて別荘風の二階家の見える家の中へ入って往った。芳郎は静かにその門口《かどぐち》に往って月の光に晒《さら》された表札《ひょうさつ》に注意した。表札には杉浦と云う二字が書いてあった。……いずれ東京から来ている人だろうが、どうした人だろう、そのうちに何人《だれ》かに聞いてみようと思って、彼は相模屋の方へ帰って往った。赤い花の女の影のようにその女のことが軽く頭にあった。  その翌日になって芳郎の門下同様にしている新聞記者の一人が、彼に論文の依頼かたがた遊びに来た。芳郎はそれに酒などを出して対手《あいて》になっていたが、ふと杉浦のことを思い出して聞いてみた。 「君は物知りだが、このすぐ前《さき》に、杉浦と云う別荘があるが、あれはどうした家か知らないかね」 「あ、杉浦、杉浦なら知ってますよ、ありゃあ、有名な御用商人じゃありませんか、きっとそれでしょう」 「そうかも判らないね、昨夜《ゆうべ》、海岸へ散歩に往ってて、そこの女《むすめ》らしい女《おんな》を見たよ」 「じゃ、たしかにその杉浦だ、佳《よ》い女《おんな》でしょう、お気に入ったら、お貰いになったら如何《いかが》です」 「しかし、ただちょっと見かけただけだよ」 「それでもお目にとまったら、好いじゃありませんか」 「そりゃ、交際をしてみて、先方の気質が好いとなりゃ、貰わないにも限らないが、君は知ってるかね」 「好く知ってます、二人で遊びに往ってみようじゃありませんか」 「主人はこっちにいるだろうか」 「細君《さいくん》の体が弱いから、この一二年、女《むすめ》をつけて、こっちに置いてありますから、しょっちゅうこっちへ来ております」  新聞記者は芳郎の詞《ことば》の意味が判ったので、その夜一人で杉浦の別荘へ往って、主人にそれとなく芳郎のことを話した。主人は非常に喜んで翌日自身で相模屋へ来て、芳郎に遊びに来るようにと云って帰ったので、芳郎はその翌日杉浦の別荘へ往った。  杉浦の方では主人と海岸で見た女《むすめ》が出て、芳郎の対手《あいて》になった。芳郎と主人は碁を打った。  その日から芳郎は杉浦家と接近しはじめた。それとともに女《むすめ》とも親しくなって往った。女《むすめ》の名は喜美代と云った。  秋の終りになると、芳郎と喜美代との間に結婚話が持ちあがって、その約束が出来たところで、芳郎が神経痛のようになったので、その期日が延びることになった。そして、十二月になって芳郎の病気が癒《なお》ると、今度は喜美代の母が病気になったので、二人の結婚はまた春と云うことになった。  芳郎はその間一二度東京へ帰って往ったが、すぐ熱海へ来て相模屋にいた。そして、三月になって熱海の梅が散る時分《じぶん》になって、喜美代の母親の病気が癒ったので、その間に結婚式をあげようと云うことになった。ところで、その当時政府の民党圧迫がその極に達して、運動ができないようになっていたので、結婚式も杉浦の別荘であげ、芳郎は当分そこで暮らすことになった。  そして期日を定めて、その期日ももう三日の後《のち》に迫った。芳郎は朝から東京の邸《やしき》から来ている使用人と結婚の準備に関する相談をしたが、その夜枕に就《つ》いたところで怪しい夢を見た。彼は演説の腹案をこしらえるために、邸の傍の坂路《さかみち》をあがっていたのであった。そして、前のほうを見ると、赤い花をさした己《じぶん》が去年から探している女が歩いていた。で、今日こそどうしても見失わないぞと思って走って往ってみると、その日は女は男の来るのを待っているように揮返《ふりかえ》って立っていた。芳郎が近寄ると女はにっと笑って、 「貴郎《あなた》は私と結婚なさるはずじゃありませんか」  と、束髪にさした赤い花を抜いて彼の手に握らした。花は陽《ひ》の光を握ったようにほのかな温《あたたか》みがあった。  翌日になると芳郎は東京へ帰ると云いだした。使用人は驚いて止めたがどうしても聞かずに帰って往った。  そして、小石川の邸へ帰った芳郎は、その翌朝《よくちょう》散歩すると云って家を出たが、間もなく死体となって坂路の登り口の処に斃《たお》れていた。それを通行人が見つけて邸へ知らしたので、医師も駈《かけ》つけて来たが死因は不明であった。 [#6字下げ][#中見出し]Ⅳ[#中見出し終わり]  芳郎の変死の噂が伝わってから、芳郎の父の変死したことも知れて来た。 「あすこの家には、何か大きな祟《たた》りがあるだろう」 「なんの祟りだ」 「先代もやっぱり、ああして、ただ斃《たお》れて死んでたと云うことだ」 「よっぽど因縁のある家と見えるぞ、なんだろう」  附近の人びとがこう云って噂をしているところへ、一人の老人が旅から来た。それはもとこの辺に生れたもので、京浜地方を流れ渡っていて乞食《こじき》のような風をして帰って来たものであった。 「そんじゃ、お前さんは、あすこの葛西さんを知ってるだろう」と、老人の遠縁にあたる男が聞いた。 「お旗下《はたもと》の葛西さんか、知ってるとも、私なんかは、あすこの構《かま》え内《うち》の林《やぶ》ん中へ入って、雉《きじ》や、兎《うさぎ》をとったもんだ」 「そんじゃちょうど好い、聞きたいことがあるが、あすこの家は、昔から何か変なことがある家じゃないかね」 「ああ、そう云やあ、葛西の大旦那は、裏の林《やぶ》の中で、理《わけ》の判らない死方《しにかた》をしてたよ」 「大旦那と云やあ、今の旦那のお祖父《じい》さんだね、じゃ三代、変な死方をしたと云うのだね、こりゃ、いよいよただごとじゃないよ」 「すると、大旦那の息子も、その孫も不思議な死方をしたと云うかね」 「何かお前さんに思い当ることはないかね」 「そう、他に思い当ることはないが、一つ怪しいことがあるんだ、今、乃公《おれ》があの林《やぶ》で雉《きじ》や兎《うさぎ》をとったと云ったね、その時分じゃ、ある時、林の中へ往ってみると、昨日《きのう》までなかった処に、土を掘りかえして、物を埋めたような処ができて、そのまわりの落葉へ生《なま》なました血が滴《た》れていたがね、それから二三年して、大旦那が死んだとき、人に聞くと、どうもそのあたりらしかったよ、どうも、乃公は、あの血が怪しいと思ってる」  遠縁の男は初めて謎が解けたと云うような顔をした。 「じゃ、お爺さんは、その血のあったあたりを覚えてるかね」 「もう御一新前《ごいっしんぜん》のことじゃで、はっきり覚えないが、方角位《けんとうぐらい》はつくだろうよ」  遠縁の者はその老人を伴《つ》れて葛西の邸《やしき》の傍へ往くと、老人はそこここと方角《ほうがく》を考えていて、坂路《さかみち》の登りぐちへ往って、 「このあたりだ」  と云った。そこは芳郎の変死していた処であった。 底本:「日本怪談大全 第一巻 女怪の館」国書刊行会    1995(平成7)年7月10日初版第1刷発行 底本の親本:「日本怪談全集 第二巻」改造社    1934(昭和9)年 入力:川山隆 校正:門田裕志 2012年3月8日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。