やんま 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)正《しょう》ちゃん |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 -------------------------------------------------------  正《しょう》ちゃんは、やんまを捕《と》りました。そして、やんまの羽《はね》についた、もちを取《と》っていると、ぶるっとやんまは、羽《はね》を鳴《な》らして、手《て》から逃《に》げてしまいました。 「あっ。」と、いって、その逃《に》げた方《ほう》を見送《みおく》ると、よく飛《と》べないとみえて、歩《ある》いてゆくおばあさんの背中《せなか》にとまったのです。  正《しょう》ちゃんは、胸《むね》がどきどきしました。どうしたら、うまく捕《と》らえることができるだろうと思《おも》ったからです。  正《しょう》ちゃんは、気《き》づかれないように、おばあさんの後《あと》を追《お》いかけました。いくらおばあさんでも、動《うご》いていると、知《し》られぬように、うまく捕《と》らえられるものでありません。正《しょう》ちゃんは、ため息《いき》をつきました。しかし、勇気《ゆうき》を出《だ》して、おばあさんのうしろへいって、手《て》を伸《の》ばしました。  下《した》を向《む》いて、おばあさんは、なにか考《かんが》えながら歩《ある》いていると、だれか、たもとにさわったような気《き》がしたので、うしろを振《ふ》り向《む》くと、どこかのかわいらしい子《こ》が、後《あと》からついてきたのです。 「へへへへ、人違《ひとちが》いでございますよ。」と、おばあさんは、笑《わら》って、そのままゆきかけたのでした。 「だめだなあ、あんなところに、うまくとまっているんだもの。」と、正《しょう》ちゃんはうらめしそうに、やんまを見《み》つめていましたが、もう一|度《ど》捕《と》らえられるものか、やってみようと、また足音《あしおと》をたてぬようにして、おばあさんの後《あと》を追《お》ったのであります。  おばあさんは、また、だれかたもとのあたりにさわったので、はっとして振《ふ》り向《む》いてみると、先刻《さっき》の子供《こども》が、しつこく自分《じぶん》の後《あと》を追《お》ってきたのでした。  これは、人違《ひとちが》いでないと思《おも》いました。そして、顔《かお》に似合《にあ》わぬ、なんという、いやな子《こ》だろうと思《おも》いましたから、おばあさんは、怖《おそ》ろしい目《め》つきをして、にらんだのでした。子供《こども》は、おばあさんにしかられると、そのままあちらへ駈《か》け出《だ》していってしまったのであります。  おばあさんは、お家《うち》へ帰《かえ》りました。家《うち》の人《ひと》たちが、 「おばあさん、お帰《かえ》んなさい。」と、いって、出迎《でむか》えました。それから、「お疲《つか》れでしょう。」と、いって、羽織《はおり》をぬがしてあげにかかると、やんまが、背中《せなか》にとまっていましたので、 「まあ、おばあさん、こんな大《おお》きなやんまが、お背中《せなか》にとまっていましたよ」と、いって、捕《と》らえてみせました。このとき、おばあさんは、 「やんまが?」と、いって、はじめて、さっき、男《おとこ》の子《こ》が、自分《じぶん》の後《あと》を追《お》ってきたわけがわかったのでした。 「ああ、それなら、あんな顔《かお》をして、にらむのでなかった。」と、おばあさんは、思《おも》いました。  けれども、お彼岸《ひがん》のおまいりにいった帰《かえ》りなので、やんまを助《たす》けてやったと思《おも》うと、いいことをしたとも考《かんが》えたのでした。 「どれ、どれ、私《わたし》が、木《き》の枝《えだ》にとまらせてやりましょう。」と、いって、おばあさんは、やんまを庭《にわ》の縁側《えんがわ》に近《ちか》い、南天《なんてん》の木《き》にとまらせておきました。 「もう、逃《に》げていったろう。」と、晩方《ばんがた》、おばあさんが、縁側《えんがわ》へ出《で》てみると、そこには、やんまの羽《はね》だけが散《ち》らばっていました。小《こ》ねこのたまが食《た》べたのです。おばあさんは、これを見《み》ると、驚《おどろ》いて、たいそう立腹《りっぷく》しました。 「今夜《こんや》は、家《うち》へ入《い》れない。」と、いって、たまをしかって、外《そと》へ出《だ》してしまいました。小《こ》ねこは、ニャアニャアと鳴《な》いていたが、そのうち、どこへかいってしまいました。 「かわいそうに、どこへいったでしょう。」と、家《いえ》の人《ひと》たちが、いっていました。 「いえ、こらしめてやらなければ。」と、おばあさんは、いつまでも立腹《りっぷく》していました。  そのとき、そこへお隣《となり》の光子《みつこ》さんが、たまを抱《だ》いて入《はい》ってきました。 「おばあさん、たまが、うちのお台所《だいどころ》へきて鳴《な》いていましたから、つれてきたのよ。」と、いいました。  おばあさんは、たまが、やんまを食《た》べたからしかったと、お話《はなし》をしました。すると、光子《みつこ》さんは、おばあさんの顔《かお》を見《み》て、 「だって、たまは、やんまを食《た》べて、わるいということを知《し》らないのですもの。」と、いいました。  この子供《こども》の、やさしい言葉《ことば》は、おばあさんに、さっき、自分《じぶん》もそれと知《し》らないばかりに、どこかの、かわいらしい男《おとこ》の子《こ》をにらんで、わるいことをしたことを思《おも》い出《だ》させました。 「この年《とし》になっても、おばあさんは、ばかだね。光子《みつこ》ちゃん、こちらへおいで。」と、いって、おばあさんは、光子《みつこ》さんの頭《あたま》をなでてやりながら、自分《じぶん》にも、こんなような女《おんな》の子《こ》か、先刻《さっき》の、男《おとこ》の子《こ》のような、かわいらしい孫《まご》があったら、どんなに、楽《たの》しかろうと思《おも》いました。  たまは、いつのまにかおばあさんのひざの上《うえ》にのって、まるくなっていました。 底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社    1977(昭和52)年9月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「ドラネコと烏」岡村商店    1936(昭和11)年12月 初出:「教育・国語教育 5巻10号」    1935(昭和10)年10月 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2016年6月10日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。