友だちどうし 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)乳色《ちちいろ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)五|個《こ》 -------------------------------------------------------  乳色《ちちいろ》の冬《ふゆ》の空《そら》から、まぶしいほど、日《ひ》の光《ひかり》は大地《だいち》へ流《なが》れていました。風《かぜ》のない静《しず》かな日《ひ》で雪《ゆき》のない国《くに》には、やがて、春《はる》が間近《まぢか》へやってくるように感《かん》ぜられるのでありました。  年《とし》ちゃんは、紅茶《こうちゃ》の空《あ》きかんの中《なか》へ、ガラスのおはじきを入《い》れていましたし、正《しょう》ちゃんは、ほうじ茶《ちゃ》の紙《かみ》の空《あ》き袋《ぶくろ》の中《なか》へ、ガラスのおはじきも入《い》れていれば、また、秋《あき》の暮《く》れにお宮《みや》の大《おお》きな木《き》の下《した》で拾《ひろ》った、銀杏《ぎんなん》の実《み》も入《い》れていました。  毎朝《まいあさ》、洗《あら》い清《きよ》められる玄関《げんかん》の外《そと》のアスファルトの上《うえ》に、二人《ふたり》はしゃがみながら、たがいにおはじきを出《だ》して見《み》せ合《あ》ったり、取《と》りっこをしたりして、遊《あそ》んでいました。年《とし》ちゃんの持《も》っている、青《あお》い色《いろ》のおはじきは、町《まち》へお母《かあ》さんといっしょにお使《つか》いにいって買《か》ってもらったもので、眼鏡《めがね》のようにして、すかして見《み》ると、空《そら》も、家《いえ》も、木《き》も、うす青《あお》く、遠《とお》く、遠《とお》く、なって見《み》えるので、年《とし》ちゃんは魔法《まほう》の眼鏡《めがね》と自分《じぶん》で呼《よ》んでいる、大事《だいじ》な、そして、好《す》きなおはじきでありました。また、正《しょう》ちゃんの銀杏《ぎんなん》の実《み》は、自分《じぶん》が木《き》から落《お》ちたのを拾《ひろ》って、いいのだけを択《えら》んだもので、たとえおはじきを五|個《こ》でも、一粒《ひとつぶ》の銀杏《ぎんなん》の実《み》とは換《か》えがたい貴《とうと》いものでありました。二人《ふたり》は楽《たの》しそうに、自分《じぶん》のものを出《だ》したり、入《い》れたりして、自慢《じまん》しあって、仲《なか》よく笑《わら》っていたのです。  そこへ、見知《みし》らぬ、一人《ひとり》の少年《しょうねん》がやってきました。 「なにしているの?」と、さもなつかしそうに、少年《しょうねん》は、いい寄《よ》りました。 「おはじきをしているのだよ。」と、年《とし》ちゃんが、少年《しょうねん》を見《み》ました。 「僕《ぼく》も、仲間《なかま》に入《い》れてくれない?」と、少年《しょうねん》は、頭《あたま》を傾《かたむ》けて、二人《ふたり》の顔《かお》を見《み》たのであります。  いかにもその少年《しょうねん》は、弱々《よわよわ》しそうであり、さびしそうでもありましたから、「ああ、お入《はい》りよ。」と、正《しょう》ちゃんがいいました。  少年《しょうねん》は、喜《よろこ》んで、二人《ふたり》と並《なら》んで、アスファルトの上《うえ》へしゃがみました。  このとき、年《とし》ちゃんが、「君《きみ》の家《いえ》は、どこだい?」と、少年《しょうねん》に、ききました。  なぜか、少年《しょうねん》は、恥《は》ずかしそうにして、だまっていました。 「町《まち》の方《ほう》?」と、正《しょう》ちゃんが、いいました。少年《しょうねん》は、だまって、ただうなずきました。 「僕《ぼく》に、おはじき三|個《こ》ばかり、貸《か》してくれない?」と、少年《しょうねん》は、正《しょう》ちゃんの顔《かお》を見《み》ました。 「君《きみ》、おはじき持《も》っていないのかい。」と、正《しょう》ちゃんは、少年《しょうねん》にいって、年《とし》ちゃんと相談《そうだん》するように顔《かお》を見合《みあ》わせました。 「どうしたら、いいだろう?」と、心《こころ》に思《おも》ったからです。断《ことわ》るのも、なんだか意地悪《いじわる》に感《かん》ぜられるし、また、これまで話《はな》したこともない、少年《しょうねん》が、おはじきを持《も》たずに、仲間《なかま》へ入《い》れてくれというのも、ずるいような、まちがっているような、気《き》がしたからです。しかし、おはじきの上手《じょうず》な年《とし》ちゃんは、自信《じしん》を持《も》っていました。 「いいから、貸《か》しておやりよ。正《しょう》ちゃんが二|個《こ》、僕《ぼく》が二|個《こ》、貸《か》してやろうよ。」と、年《とし》ちゃんが、いいました。 「貸《か》してくれる? ありがとう。」と、弱々《よわよわ》しい、青《あお》い顔《かお》の少年《しょうねん》は、急《きゅう》に目《め》を輝《かがや》かして、お礼《れい》をいいました。 「だが、君《きみ》が、負《ま》ければ、もう貸《か》してやらないから。」と、年《とし》ちゃんが、念《ねん》を押《お》しました。 「いいよ、僕《ぼく》が、負《ま》ければ、もう貸《か》してくれといわない。そして、今度《こんど》きたときに借《か》りたのは返《かえ》すからね。」と、少年《しょうねん》は、答《こた》えたのです。 「いいから、しようよ!」と、正《しょう》ちゃんは、元気《げんき》でありました。  三|人《にん》は、輪《わ》になって、おはじきをはじめました。しかし、その少年《しょうねん》は、恐《おそ》ろしく感《かん》じたほど、おはじきがうまかったのです。年《とし》ちゃんと正《しょう》ちゃんが、いくら戦《たたか》ってもさんざんに負《ま》かされてしまいました。最後《さいご》に年《とし》ちゃんの大事《だいじ》にしておいた、青《あお》いおはじきも、また、正《しょう》ちゃんの持《も》っていた銀杏《ぎんなん》の実《み》も、すっかり少年《しょうねん》に取《と》られてしまって、少年《しょうねん》は、ただ借《か》りた四|個《こ》だけをアスファルトの上《うえ》へ残《のこ》して、あとのさらった分《ぶん》をポケットに入《い》れると、 「さようなら。」といって、さっさといってしまいました。  年《とし》ちゃんと、正《しょう》ちゃんの二人《ふたり》は、ものもいえずに、泣《な》き出《だ》しそうな顔《かお》つきをして、少年《しょうねん》の後《うし》ろ姿《すがた》をうらめしそうに、見送《みおく》っているばかりでありました。        *   *   *   *   *  少年《しょうねん》の姿《すがた》が、見《み》えなくなった時分《じぶん》、あちらから英《えい》ちゃんが、ボールを空《そら》へ投《ほう》り上《あ》げながらきました。そして、年《とし》ちゃんと正《しょう》ちゃんが、元気《げんき》なく、ぼんやりとしているのを見《み》て、 「どうしたの?」と、英《えい》ちゃんは、ききました。二人《ふたり》は、少年《しょうねん》の話《はなし》をしました。すると、 「どっちへいった? 卑怯《ひきょう》のやつだ! 僕《ぼく》が、取《と》り返《かえ》してきてあげるよ。」といって、英《えい》ちゃんは、駆《か》け出《だ》しました。  町《まち》の方《ほう》へつづく道《みち》には、人影《ひとかげ》が、ちらほらと見《み》え、チンドン屋《や》の音《おと》などがして、にぎやかそうでした。 「英《えい》ちゃんは、強《つよ》いから、けんかをしたって、負《ま》けはしないね。」と、正《しょう》ちゃんが、心配《しんぱい》しながら、いいました。 「僕《ぼく》だって、あんな奴《やつ》、やっつけられるんだよ。」と、年《とし》ちゃんはいって、なぜもっと早《はや》く、この勇気《ゆうき》が出《で》なかったものかと後悔《こうかい》しました。  二人《ふたり》は、英《えい》ちゃんの後《あと》を追《お》って、町《まち》の方《ほう》へ駆《か》け出《だ》したのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社    1977(昭和52)年9月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「小学文学童話」竹村書房    1937(昭和12)年5月 初出:「児童文学」    1937(昭和12)年1月 ※表題は底本では、「友《とも》だちどうし」となっています。 ※初出時の表題は「友達同志」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2016年12月9日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。