ちょうせんぶなと美しい小箱 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)正吉《しょうきち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|匹《びき》 -------------------------------------------------------  正吉《しょうきち》くんは、はじめて小田《おだ》くんの家《うち》へあそびにいって、ちょうせんぶなを見《み》せてもらったので、たいそうめずらしく思《おも》いました。 「君《きみ》、この魚《さかな》はどこに売《う》っていたの?」 「このあいだ、おじいさんが売《う》りにきたのを買《か》ったのだよ。」と、小田《おだ》くんはいいました。 「こんどきたら、ぼくも買《か》おうかな。」と、正吉《しょうきち》くんは、あかずに、ちょうせんぶなのダンスをするのをながめていました。 「それよか君《きみ》、あしたいっしょに魚《さかな》つりにいこうね。」と、小田《おだ》くんはいいました。 「ぼく待《ま》っているから、君《きみ》、さそってくれたまえ。」 「ああ、お昼《ひる》すぎになったら、じきにいくからね。」  二人《ふたり》は、こうおやくそくをして、正吉《しょうきち》くんはやがてお家《うち》へかえっていきました。途中《とちゅう》に大《おお》きなかしの木《き》がありました。その下《した》で、金魚売《きんぎょう》りのおじいさんが休《やす》んでいました。 「あのおじいさんではないかしら。」と、正吉《しょうきち》くんは思《おも》いました。  ちかづいて、たずねました。 「おじいさん、ちょうせんぶなあるの?」  たばこを吸《す》っていたおじいさんはにこにこしながら、 「ええ、ありますよ。」と、答《こた》えました。 「いくらですか?」 「三|匹《びき》十|銭《せん》におまけしておきますよ。」と、おじいさんはいいました。  それを聞《き》くと、正吉《しょうきち》くんは、お家《うち》へ走《はし》ってかえってきました。 「お母《かあ》さん、ちょうせんぶなを買《か》うのだからお金《かね》をちょうだい。」と、ねだりました。 「ちょうせんぶななんてあるのですかね。」と、お母《かあ》さんはおっしゃいました。 「とてもおもしろいですよ。ちょうどあたりまえのふなみたいなかたちで、水《みず》の中《なか》を上《うえ》へのぼったり、下《した》へおりたりして、かわいらしいのだから。」といって、小田《おだ》くんのところで見《み》てきたちょうせんぶなの説明《せつめい》をいたしました。  そこへ、姉《ねえ》さんのとき子《こ》さんが出《で》てきて、この話《はなし》をききました。 「私《わたし》も知《し》っているわ。正《しょう》ちゃんは、ちょうせんぶなを買《か》ってきてどこへ入《い》れるつもり?」と、とき子《こ》さんはききました。 「うちの水盤《すいばん》の中《なか》へ入《い》れるよ。入《い》れてもいいだろう?」と、正吉《しょうきち》くんは姉《ねえ》さんの顔《かお》を見《み》ました。  なぜなら、水盤《すいばん》は自分《じぶん》ひとりのものではなくて、きょうだいたちみんなのものであったからです。 「いけないわ。ちょうせんぶななんか入《い》れては金魚《きんぎょ》をみんな食《く》ってしまうじゃないの。」と、とき子《こ》さんは反対《はんたい》しました。 「金魚《きんぎょ》なんか食《た》べるものか。」 「正《しょう》ちゃんはまだ知《し》らないのよ。太田《おおた》さんのお家《うち》にもちょうせんぶながいたけれど、おなかがすくと、共食《ともぐ》いをはじめて、強《つよ》いちょうせんぶなが、ほかの弱《よわ》いのをみんな食《た》べてしまったというのよ。」 「そして、どうしたの?」 「その強《つよ》いのが、いつのまにかどこかへいってしまって、いなくなったというのよ。」 「ねこに食《く》われたんだね。」 「羽《はね》があるからとんでいったんだって、太田《おおた》さんがいっていたわ。」  こんな話《はなし》をきくと、正吉《しょうきち》くんは、なんだか自分《じぶん》にもいやな魚《さかな》のように思《おも》えたけれど、またそれだけかってみたいという気《き》もおこりました。 「ぼく、水盤《すいばん》に入《い》れなければいいだろう。ほかの入《い》れものに入《い》れておけばいい?」 「だって、そんないやな魚《さかな》なんか、私《わたし》、かうのはきらいだわ。」と、とき子《こ》姉《ねえ》さんは、正吉《しょうきち》くんのいうことに賛成《さんせい》しませんでした。  これをお聞《き》きになったお母《かあ》さんは、 「おなかまを食《た》べてしまうようなお魚《さかな》なんか、よしたほうがいいでしょう。」とおっしゃいました。  正吉《しょうきち》くんは金魚売《きんぎょう》りのおじいさんが、自分《じぶん》がひっかえしてくるかと思《おも》って、ゆるりゆるり歩《ある》いているすがたを思《おも》いうかべると、早《はや》くいってやりたいので、だだをこねました。 「正《しょう》ちゃん、そのかわり姉《ねえ》さんのだいじな、きりの小《こ》ばこをあげるわ。」と、とき子《こ》さんがいいました。 「え、あの小《こ》ばこをくれるの?」  正吉《しょうきち》くんが目《め》をまるくしたのも道理《どうり》です。とき子《こ》姉《ねえ》さんの持《も》っている美《うつく》しいきりの小《こ》ばこが、前《まえ》から正吉《しょうきち》くんはほしくてならなかったのです。それで、これまでたびたびほしいといったのですけれど、姉《ねえ》さんはくれなかったのでした。 「ほんとうに、くれるの?」と、正吉《しょうきち》くんは、念《ねん》をおしました。 「ええ、いやなちょうせんぶななんかかわなければね……。」と、とき子《こ》姉《ねえ》さんはいったのであります。 「ぼく、小《こ》ばこをくれれば、ちょうせんぶななんか買《か》わないよ。」と、正吉《しょうきち》くんはやくそくをしました。 「正《しょう》ちゃんは小《こ》ばこをなににするつもり?」 「ぼくのいちばんいいものを入《い》れるんだよ。」 「正《しょう》ちゃんのいいものって、なあに?」  とき子《こ》さんは自分《じぶん》のおへやから、だいじにしていた美《うつく》しい小《こ》ばこを持《も》ってきて正吉《しょうきち》くんにくれました。  ところが、正吉《しょうきち》くんのるすのときでありました。お母《かあ》さんが、 「なんだろうね、この茶《ちゃ》だんすのあたりで、ガサガサいうのは?」と、おっしゃいました。  とき子《こ》さんがわらいながら、 「昼間《ひるま》からねずみは出《で》ませんから、なんでもないんでしょう。」と、いいました。 「いいえ、さっきからガサガサといっていますよ。」  そうお母《かあ》さんにいわれてみると、とき子《こ》さんも、さすがにうすきみ悪《わる》くなりましたが、なんでもないのだと思《おも》って茶《ちゃ》だんすの上《うえ》を見《み》たり、戸《と》をあけて中《なか》を見《み》たりしました。茶《ちゃ》だんすの上《うえ》には、自分《じぶん》がきのう弟《おとうと》にくれてやった美《うつく》しい小《こ》ばこがありました。 「ねえ、お母《かあ》さん、正《しょう》ちゃんが、なんかこのはこの中《なか》に入《い》れたのではないでしょうか?」 「さあ、あの子《こ》のことだからわかりませんよ。」  とき子《こ》さんは小《こ》ばこを取《と》ってふたをあけて見《み》ますと、中《なか》からまっ黒《くろ》な虫《むし》が出《で》てきました。 「かわいそうに、かぶとむしがはいっていますのよ。」 「まあ、そうなの!」  そのはこの中《なか》には白《しろ》ざとうが入《い》れてありました。  ちょうど、そこへ正吉《しょうきち》くんがかえってきて、お姉《ねえ》さんにしかられると、 「だって、かぶとむしは、くらい地面《じめん》の穴《あな》の中《なか》にはいっているだろう。」と、答《こた》えました。 「じゃ、このはこは、かぶとむしのお家《うち》のつもり?」 「ぼく、かぶとむしが大《だい》すきだから、美《うつく》しい御殿《ごてん》にしてやったのだよ。」 「はこの中《なか》では、息《いき》ができないでしょう。かぶとむしには、このはこが御殿《ごてん》ではなくて、牢屋《ろうや》なのよ。さっきから苦《くる》しそうにもがいていたわ。」と、お姉《ねえ》さんがいいました。 「もがいていた?」と、正吉《しょうきち》くんは目《め》をみはりました。  そして、正吉《しょうきち》くんは、かぶとむしをにがしてやろうと、森《もり》の中《なか》へいきました。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷    1983(昭和58)年1月19日第6刷 ※表題は底本では、「ちょうせんぶなと美《うつく》しい小箱《こばこ》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2015年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。