西洋だこと六角だこ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)年郎《としろう》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|番《ばん》 -------------------------------------------------------  年郎《としろう》くんは、自分《じぶん》の造《つく》った西洋《せいよう》だこを持《も》って、原《はら》っぱへ上《あ》げにいきました。  原《はら》っぱには、木《き》がなかったから、日《ひ》がよく当《あ》たって、そのうえ、邪魔《じゃま》になるものもないので、すこしの風《かぜ》でもたこはよく上《あ》がりました。  きよ子《こ》さんに、たこを持《も》っていてもらって、年郎《としろう》くんは、 「いいよ。」と、あちらから合図《あいず》をして、放《はな》してもらうのです。風《かぜ》があると、たこはおもしろいように、ぐんぐんと空《そら》へ上《あ》がるのでした。広《ひろ》い原《はら》っぱには、おおぜいの子供《こども》たちがきて同《おな》じように、いろいろの絵《え》だこや、字《じ》だこを上《あ》げていました。 「僕《ぼく》のが、一|番《ばん》だこだよ。」と、威張《いば》っているものもあれば、それに負《ま》けまいと思《おも》って、糸《いと》をどんどん繰《く》り出《くだ》しているものもありました。  年郎《としろう》くんは、どうも自分《じぶん》の造《つく》った西洋《せいよう》だこが、調子《ちょうし》が悪《わる》かったのです。尾《お》を長《なが》く長《なが》くしなければ、すぐにくるくるまわって落《お》ちてしまうし、あまり尾《お》を長《なが》くすると、重《おも》くて、なかなか上《うえ》へはあがらないのでした。 「だめよ、年郎《としろう》さん、こんなに尾《お》を長《なが》くしては。」と、とうとうきよ子《こ》さんは、しびれを切《き》らして、いいました。  年郎《としろう》くんは、うらめしそうに空《そら》を仰《あお》いで、ほかのたこがよく上《あ》がっているのをぼんやりとながめたのです。 「あ、あの六|角《かく》だこは、僕《ぼく》のによく似《に》ているなあ。」と、遠《とお》くの方《ほう》で、知《し》らない子《こ》が上《あ》げているたこを見《み》つめていいました。 「どのたこ?」と、きよ子《こ》さんも、年郎《としろう》くんが、ながめている空《そら》の方《ほう》を見《み》たのです。なるほど、年郎《としろう》くんの大事《だいじ》にしていた六|角《かく》だこが上《あ》がっています。真《ま》ん中《なか》にどろがついているのや、尾《お》に赤《あか》いひもと白《しろ》いひもがついているのや、すべてに見覚《みおぼ》えがありました。 「どうしたんでしょうね。」と、きよ子《こ》さんは、目《め》をみはりました。 「飛《と》んでいった僕《ぼく》のたこを拾《ひろ》ったのだと思《おも》うよ。」と、年郎《としろう》くんは、自分《じぶん》の上《あ》がらない西洋《せいよう》だこのことなど忘《わす》れてしまって、ただ熱心《ねっしん》によく上《あ》がっている六|角《かく》だこを見《み》つめていました。そして、このあいだ、糸《いと》が切《き》れて、飛《と》んでいったたこは、とうとう追《お》いつかれなくて、町《まち》の方《ほう》へ落《お》ちてしまったのを思《おも》い出《だ》していました。 「なんだか年郎《としろう》さんのたこらしいわね。」と、きよ子《こ》さんが、いいました。 「きっと、僕《ぼく》のたこだよ、あの子《こ》、拾《ひろ》ったのだ。」 「年郎《としろう》さん、きいてごらんなさい。」 「だって、ちがうと悪《わる》いな。」と、年郎《としろう》くんは、考《かんが》えていたのです。 「尾《お》もよく似《に》ているわ。」  こう、きよ子《こ》さんがいったので、年郎《としろう》くんは、ついに、その子供《こども》のそばへいって聞《き》いてみる気《き》が心《こころ》の中《なか》に起《お》こったのでした。  年郎《としろう》くんときよ子《こ》さんは、六|角《かく》だこを上《あ》げている子供《こども》のところへきました。そして、年郎《としろう》くんは、 「このたこ、どこかで拾《ひろ》ったのでない?」と、その子供《こども》にききました。  たこを上《あ》げていた子供《こども》は、わざと年郎《としろう》くんの顔《かお》を見《み》ないようにして、上《うえ》の方《ほう》を向《む》いてたこを見《み》ながら、 「このたこは、お父《とう》さんに買《か》ってもらったのだ。」と、いって、答《こた》えました。  そういわれると、年郎《としろう》くんは、 「僕《ぼく》のたこによく似《に》ているけれどなあ。」と独《ひと》り言《ごと》をいうばかりで、どうすることもできなかったのでした。 「きっと、あの子《こ》、うそをいっているのよ。」と、きよ子《こ》さんは、こちらへくるといいました。 「僕《ぼく》と同《おな》じたこを町《まち》で買《か》ったんだろう。」と、年郎《としろう》くんは、答《こた》えたのです。  この付近《ふきん》では、この原《はら》っぱへきてたこを上《あ》げるよりほかにいい場所《ばしょ》が、ありませんでした。だから町《まち》の子供《こども》も、そうでない子供《こども》も、みんなここへきてたこを上《あ》げたのであります。しかし、このことがあってから、あの町《まち》の子《こ》はどうしてかこの原《はら》っぱへ姿《すがた》を見《み》せなかったのでした。  年郎《としろう》くんが、お母《かあ》さんから、新《あたら》しいたこを買《か》ってもらって、原《はら》っぱで、いつもたこを持《も》ってくれるきよ子《こ》さんと、そのたこを上《あ》げて遊《あそ》んでいると、いつかの子《こ》が、だいぶ破《やぶ》れた六|角《かく》だこを持《も》って、年郎《としろう》くんのそばへやってきて、 「ごめんね、僕《ぼく》はうそをいったのだ。このたこは飛《と》んできたのを拾《ひろ》ったのだから、君《きみ》にお返《かえ》しする。」と、あやまって、頭《あたま》を下《さ》げました。 「やはり、僕《ぼく》のだったんだな。」  やさしい年郎《としろう》くんは、こうしてあやまられると、怒《おこ》ることができませんでした。 「いいよ、僕《ぼく》は、新《あたら》しいのを買《か》ったから、このたこは、君《きみ》にあげるよ。」と、いって、そのたこを町《まち》の子供《こども》に与《あた》えたのです。町《まち》の子供《こども》は、きまりわるそうにして、そのたこをもらってゆきました。  それから、またその町《まち》の子《こ》は、毎日《まいにち》のようにこの原《はら》っぱへきて、六|角《かく》だこを上《あ》げるようになりました。年郎《としろう》くんの新《あたら》しい龍《りゅう》の字《じ》のたこは、たびたび一|番《ばん》だことなって、大空《おおぞら》からみんなのたこを見下《みおろ》ろしましたが、前《まえ》にたびたび一|番《ばん》だことなった六|角《かく》だこは、どうしたのか、このごろは下《した》の方《ほう》でぐるぐるとまわって、よく高《たか》くは上《あ》がりませんでした。 「あの子《こ》、たこを上《あ》げるのは下手《へた》ね。」と、きよ子《こ》さんが、いいました。 「あのたこは、癖《くせ》があって、むずかしいんだよ。僕《ぼく》が、教《おし》えてやろうよ。」  年郎《としろう》くんは、自分《じぶん》のよく上《あ》がっているたこを、きよ子《こ》さんに持《も》たせておいて、 「君《きみ》、糸目《いとめ》を上《うえ》にしなければだめだ。」と、いいながら、町《まち》の子《こ》の方《ほう》へ飛《と》んでゆきました。 底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社    1977(昭和52)年9月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「小学文学童話」竹村書房    1937(昭和12)年5月 初出:「台湾日日新報」    1937(昭和12)年3月11日夕刊 ※表題は底本では、「西洋《せいよう》だこと六|角《かく》だこ」となっています。 ※初出時の表題は「西洋凧と六角凧」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2016年9月9日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。