子供の床屋 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)町《まち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)五|日《にち》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  町《まち》はずれに、大《おお》きなえのきの木《き》がありました。その下《した》に、小《ちい》さな床屋《とこや》がありました。円顔《まるがお》の目《め》のくるりとした男《おとこ》が、白《しろ》い上着《うわぎ》を被《き》て、ただ一人《ひとり》控《ひか》えていましたが、めったに客《きゃく》の入《はい》っているのを見《み》ませんでした。なんとなく、みすぼらしく、それに狭苦《せまくる》しい感《かん》じがしたからでしょう。  勇《いさむ》ちゃんも、年《とし》ちゃんも、学校《がっこう》へゆくときはその前《まえ》を通《とお》りました。 「怖《こわ》い顔《かお》をした、おじさんだね。」と、小《ちい》さい声《こえ》で勇《いさむ》ちゃんがいいました。 「僕《ぼく》のゆく床屋《とこや》はきれいだよ、鏡《かがみ》が五つもあるよ、ここは、一つしかないね。」と、年《とし》ちゃんが、いいました。 「僕《ぼく》、こんなとこは、いくら安《やす》くてもやだな。」 「もっと、きれいでなければね。」 「そうさ。」  二人《ふたり》は、学校《がっこう》から帰《かえ》ると、原《はら》っぱでボールを投《な》げて遊《あそ》んでいました。 「いいかい、カーブを出《だ》すよ。」 「オーライ。」  そのうちに、ボールはころがって往来《おうらい》のそばの深《ふか》いみぞの中《なか》に落《お》ちました。 「困《こま》ったね。」と、二人《ふたり》が下《した》を見《み》ていっているところへ、 「どれ、拾《ひろ》えないかな。」といって、顔《かお》を出《だ》したのは、思《おも》いがけない白《しろ》い上着《うわぎ》を被《き》た床屋《とこや》の主人《しゅじん》でした。 「待《ま》っていな、いま取《と》ってやるから。」と、主人《しゅじん》は、自分《じぶん》の家《いえ》へ走《はし》っていって長《なが》いさおを持《も》ってきました。そして、ボールをこちらへ寄《よ》せて取《と》ってくれました。 「ありがとう。」と、二人《ふたり》は心《こころ》からお礼《れい》をいいました。  主人《しゅじん》の姿《すがた》が見《み》えなくなると 「いいおじさんだね。」と、二人《ふたり》は、顔《かお》を見合《みあ》って、にっこりしました。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  その後《のち》、四、五|日《にち》たってからです、勇《いさむ》ちゃんは学校《がっこう》へゆくときに、年《とし》ちゃんに向《む》かって、 「僕《ぼく》、昨日《きのう》、ここの床屋《とこや》で頭《あたま》を刈《か》ってもらった。」と、床屋《とこや》の方《ほう》をふりむきながら、いいました。 「汚《きたな》くない?」 「狭《せま》いけれど、清潔《せいけつ》だよ。あのおじさんは、怖《こわ》い顔《かお》をしているけれど、やさしいよ。若《わか》いときは、軍人《ぐんじん》で、満洲《まんしゅう》へいったんだって、いろいろ戦争《せんそう》の話《はなし》をしてきかせたよ。」 「そうかい、僕《ぼく》も今度《こんど》から、ゆこうかしらん。」と、年《とし》ちゃんは、いいました。  二人《ふたり》は、この床屋《とこや》へゆくようになってから、おじさんと仲《なか》よしになりました。晩《ばん》になると、えのきの木《き》の下《した》に、縁台《えんだい》を出《だ》して、三|人《にん》は、腰《こし》をかけて、涼《すず》みながら、おじさんから、田舎《いなか》で釣《つ》りにいった話《はなし》や、また、夜《よる》川原《かわら》に火《ひ》をたいて、魚《さかな》を寄《よ》せて、網《あみ》ですくった話《はなし》などをききました。 「火《ひ》をたくと、魚《さかな》が寄《よ》ってくる?」と、勇《いさむ》ちゃんが、ききました。 「そうです、その川《かわ》は、小《ちい》さな川《かわ》でしたが、なまずの大《おお》きいのがいましたよ。」と、おじさんは、星空《ほしぞら》をながめて語《かた》りました。 「田舎《いなか》へ、いってみたいな。」と、年《とし》ちゃんが、いいました。  どこかで、ボーンと花火《はなび》の上《あ》がる音《おと》がしました。きっと、徳《とく》ちゃんたちが、原《はら》っぱで上《あ》げているのでしょう。けれど、そこへゆくよりか、おじさんの話《はなし》のほうがおもしろいのでした。 「私《わたし》の小《ちい》さい時分《じぶん》には、この、えのきの木《き》の実《み》をたまにして、竹《たけ》で鉄砲《てっぽう》を造《つく》ったものです。」と、おじさんは、夜風《よかぜ》に、さらさらと葉《は》のそよいで鳴《な》る、えのきの木《き》を見上《みあ》げました。 「あの、青《あお》い実《み》が、たまになるの?」 「いい音《おと》がしますよ。」 「こんど、僕《ぼく》にそんなてっぽうを造《つく》っておくれよ。」と、年《とし》ちゃんが頼《たの》みました。 「おじさん、僕《ぼく》にもね。」と、勇《いさむ》ちゃんが、いいました。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し]  二人《ふたり》は、おじさんに、竹《たけ》のてっぽうを造《つく》ってもらうことを約束《やくそく》しました。 「田舎《いなか》は、やぶへゆけば、いくらでも竹《たけ》があるが、ここでは、なかなか竹《たけ》がありませんね。」と、おじさんは、考《かんが》えていました。  きれいな、大《おお》きな床屋《とこや》へいって、この小《ちい》さな床屋《とこや》へこないほかの子供《こども》たちは、なんとなく、この縁台《えんだい》にきて、腰《こし》をかけて、おじさんから、お話《はなし》をきくのを遠慮《えんりょ》していましたが、いつのまにか、みんなおじさんと親《した》しくなって、この床屋《とこや》へくるようになりました。  おじさんが、子供《こども》が好《す》きだったからです。そして、しまいに、この床屋《とこや》は、子供《こども》の床屋《とこや》という、あだながつくようになりました。近所《きんじょ》の子供《こども》は、床屋《とこや》の前《まえ》をいい遊《あそ》び場所《ばしょ》にしました。おじさんは、いつも元気《げんき》で、小《ちい》さい店先《みせさき》で、子供《こども》たちの頭《あたま》を、ジョキジョキ刈《か》っています。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷    1983(昭和58)年1月19日第6刷 ※表題は底本では、「子供《こども》の床屋《とこや》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2015年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。