きれいなきれいな町 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)子《こ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二|匹《ひき》 -------------------------------------------------------  あるところに、かわいそうな子《こ》どもがありました。かね子《こ》さんといって、うまれたときからよく目《め》が見《み》えなかったので、お母《かあ》さんは、たいそうふびんに思《おも》っていらっしゃいました。  あちらにいい目《め》のおいしゃさまがあるといえば、そこへつれていき、またどこそこにいい目《め》のおいしゃさまがあると聞《き》けば、そこへつれていきました。  けれど、どのおいしゃさまも、はっきりなおるとうけあった人《ひと》はなかったのです。 「お母《かあ》さん、わたしは目《め》が見《み》えなくても次郎《じろう》さんがあそびにきてくださるから、ちっともかなしくはありません。」と、かね子《こ》さんはいいました。 「ほんとうに次郎《じろう》さんは、やさしいいいお子《こ》さんですね。あんなにしんせつなお子《こ》さんはありませんよ。」と、お母《かあ》さんもおよろこびになりました。  毎日《まいにち》、次郎《じろう》さんはあそびにきてくれました。 「かね子《こ》さん、ぼく、おもしろいご本《ほん》をもってきたのだよ。いま読《よ》んであげるからきいていてごらん。」  そういって次郎《じろう》さんは、浦島太郎《うらしまたろう》のお話《はなし》を読《よ》んできかせました。 「かね子《こ》さん、おもしろい?」 「おもしろいわ、太郎《たろう》は助《たす》けたかめをにがしてやったのでしょう。」 「そうすると、かめがおれいにやってきたのだよ。どうかわたしの背中《せなか》にのってください、龍宮《りゅうぐう》におつれ申《もう》しますといったのさ。」といって、次郎《じろう》さんはご本《ほん》のきれいな絵《え》をながめていました。 「やあ、きれいだな。青《あお》や赤《あか》やでぬったご門《もん》があって、龍宮《りゅうぐう》ってこんなきれいなところかなあ。」と、次郎《じろう》さんは感心《かんしん》していました。  けれど、かね子《こ》さんには、その絵《え》がわかりませんでした。 「次郎《じろう》さん、どんなきれいな絵《え》がかいてあるの?」と、なみだぐんでききました。  次郎《じろう》さんは、かね子《こ》さんが目《め》の見《み》えないのに気《き》がつくと、 「ああ、悪《わる》かった。うらやましがらせるようなことをいわなければよかった。」と、後悔《こうかい》をしました。  そして、どうしたらかね子《こ》さんの目《め》がよくなるだろうと思《おも》いました。 「ねえ、かね子《こ》さん、泣《な》くのはおよし。ぼく悪《わる》かった、かんにんしておくれ。」 「いいえ、次郎《じろう》さんが悪《わる》いのではない。わたしの目《め》はなおらないって、お母《かあ》さんがおっしゃったので、かなしいのよ。」 「ぼく、どうかして見《み》えるようにしてあげるからね。」と、次郎《じろう》さんがいいました。  浦島太郎《うらしまたろう》は、かめを助《たす》けたために龍宮《りゅうぐう》へいって、おとひめさまにであったのだから、ぼくもこれから殺生《せっしょう》をしないことにしようと、次郎《じろう》さんは思《おも》いました。 「あっちからきたのは勇《ゆう》ちゃんらしいな。」  次郎《じろう》さんは、往来《おうらい》に立《た》ちどまって見《み》ていました。やはり勇《ゆう》ちゃんでした。もちぼうを持《も》ち、片手《かたて》にとんぼのかごをぶらさげていました。 「勇《ゆう》ちゃん、とんぼが取《と》れた?」と、次郎《じろう》さんはききました。 「むぎわらとんぼが二|匹《ひき》と、やんまを取《と》ったよ。」と、勇《ゆう》ちゃんは、とくいになって答《こた》えました。 「やんまを取《と》ったの?」  次郎《じろう》さんは、うらやましそうにかごの中《なか》をのぞくと、大《おお》きなやんまがいました。 「どこでやんまを取《と》ったの?」 「あっちの梅《うめ》の木《き》にとまっていたのだよ。」  黒《くろ》い目《め》のくるくるした、黄色《きいろ》なすじのある、いいやんまでした。  次郎《じろう》さんはふところから、浦島太郎《うらしまたろう》のご本《ほん》をだして、 「勇《ゆう》ちゃんは、こんな絵本《えほん》を見《み》たことがある?」と、ききました。  勇《ゆう》ちゃんは、きれいな本《ほん》だと思《おも》いました。 「見《み》たことがない。おもしろいかい?」 「これはおもしろいよ。見《み》せてあげるから、勇《ゆう》ちゃん、とんぼをみんなにがしておやりよ。」と、次郎《じろう》さんがいいました。勇《ゆう》ちゃんはびっくりして、 「いやだ。ぼく、せっかく取《と》ったのだもの。」と、目《め》をみはりました。  次郎《じろう》さんは、どうしたらとんぼを助《たす》けることができるかと考《かんが》えました。 「君《きみ》は、浦島太郎《うらしまたろう》が龍宮《りゅうぐう》へいった話《はなし》を知《し》っている?」 「知《し》っているよ。だけど、あれはおとぎばなしだろう。」 「うそのことは、本《ほん》に書《か》いてあるわけはないよ。これは浦島太郎《うらしまたろう》の絵本《えほん》だよ。これと、とんぼととりかえっこをしようよ。」と、次郎《じろう》さんがたのみました。 「この大《おお》きなやんまは、おしいな。」勇《ゆう》ちゃんはやんまをながめました。 「勇《ゆう》ちゃん、いいだろう?」 「じゃ、とりかえっこしてあげよう。」  二人《ふたり》は、絵本《えほん》ととんぼととりかえっこをしました。次郎《じろう》さんはとんぼを持《も》って、はらっぱの方《ほう》へ走《はし》っていきました。 「さあ、みんなにげていけ。もうけっして子《こ》どもたちにつかまるなよ。」と、浦島太郎《うらしまたろう》がかめをにがしたときのように、いいました。  次郎《じろう》さんは、かね子《こ》さんに、じゅず玉《だま》を取《と》ってあげようと思《おも》って、原《はら》っぱへ三りん車《しゃ》にのってやってくると、やはり三りん車《しゃ》にのった子《こ》が、一人《ひとり》であそんでいました。 「君《きみ》は、どこの子《こ》かい?」と、次郎《じろう》さんがききました。 「ぼくの町《まち》はこっちだよ。そうして、ぼくの名《な》は、とんぼこぞうというのだよ。」と、その子《こ》はいいました。 「おもしろい名《な》だね。」 「君《きみ》とぼくと、三りん車《しゃ》の競争《きょうそう》をしようよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「ぼくは、じゅず玉《だま》を取《と》ろうと思《おも》って、ここへきたのだよ。」と、次郎《じろう》さんは答《こた》えました。  すると、とんぼこぞうは、 「じゅず玉《だま》は女《おんな》の子《こ》の持《も》つものだぜ。」といって、わらいました。 「そうさ。ぼくは、かね子《こ》さんという目《め》のわるい、かわいそうな女《おんな》の子《こ》のために取《と》りにきたのだよ。」と、次郎《じろう》さんがいうと 「目《め》がわるいの? そんなら、いいお薬《くすり》があるよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「ある? どこに?」 「ぼくの町《まち》にいっしょにおいでよ。」と、とんぼこぞうが先《さき》になって走《はし》りました。  次郎《じろう》さんはその町《まち》がどこかと思《おも》って、つづいて走《はし》りました。赤《あか》い夕《ゆう》やけの空《そら》を見《み》ながら、二人《ふたり》がいくと、きれいなきれいな町《まち》にきました。たくさん、ちょうちんがついていて、にぎやかでした。 「おまつりがあるの?」と、次郎《じろう》さんがききました。 「おはぐろとんぼのお姉《ねえ》さんが、およめにいくのだよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「ここは、とんぼの町《まち》なの?」と、次郎《じろう》さんはおどろきました。 「とんぼの町《まち》だよ。めったに人《ひと》のこられぬところさ。君《きみ》はいい子《こ》だから、ぼくがつれてきたのだよ。」と、とんぼこぞうがいいました。 「どこに目薬《めぐすり》があるの?」 「あすこ……。」と、とんぼこぞうが、ゆびさしました。  いってみると、むらさき色《いろ》のびんがならんでいました。 「よくきくかい?」と、次郎《じろう》さんがきくと 「とんぼの目《め》をごらんよ。みんないい目《め》をしているだろう。」と、とんぼこぞうが答《こた》えました。 「どうぞこの町《まち》を忘《わす》れませぬように。」と、次郎《じろう》さんは、いくたびも神《かみ》さまにねがいました。  そうして、かえりには、しんせつなとんぼこぞうに、原《はら》っぱまでおくってもらいました。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷    1983(昭和58)年1月19日第6刷 ※表題は底本では、「きれいなきれいな町《まち》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2015年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。