お面とりんご 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)町《まち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|銭《せん》 -------------------------------------------------------  町《まち》の方《ほう》から、いつもいい音《おと》が聞《き》こえてきます。  チンチン、ゴーゴーという電車《でんしゃ》の音《おと》のようなのや、プープーというらっぱの音《ね》のようなのや、ピーイ、ポポーという笛《ふえ》の音《ね》のようなのや、聞《き》いても聞《き》いてもその音《おと》がいろいろであって、どんなにぎやかなおもしろいことがあるのか、考《かんが》えてもわからないような気《き》がしました。  小《ちい》さな政《まさ》ちゃんは、白《しろ》いエプロンをかけて、往来《おうらい》の上《うえ》に立《た》ってその音《ね》を聞《き》いていましたが、ついその音《ね》のする方《ほう》へさそわれて、とぼとぼと歩《ある》いていきました。  そこは、ちょうど町《まち》のまがり角《かど》になっていました。車《くるま》がとおります。人《ひと》が歩《ある》いていきます。それは、ほんとうににぎやかなのでした。 「おまえひとりで町《まち》へいってはいけませんよ、道《みち》をまようとたいへんですから。」と、よくお母《かあ》さんのおっしゃったことばを政《まさ》ちゃんは思《おも》いだしたのでした。 「なんで、道《みち》などまようものか。」と、政《まさ》ちゃんは心《こころ》の中《なか》で強《つよ》くいいました。  ちょうどこのとき、あちらに子供《こども》たちがたくさんあつまって、なにかを見《み》ていました。きっとおもしろいものが、あったにちがいありません。 「なんだろうな?」  小《ちい》さな政《まさ》ちゃんは、そこまでいってみることにしました。  一人《ひとり》のおじいさんが、紙《かみ》でつくったお面《めん》を売《う》っていました。それをかぶると、しわだらけのおじいさんの顔《かお》が、おかしいひょっとこの顔《かお》にかわりました。あんまりおもしろいので、政《まさ》ちゃんはわらいました。政《まさ》ちゃんばかりではありません。見《み》ていた子供《こども》たちはみんなわらったのです。それだけでなく、おじいさんのひょっとこがぷっと息《いき》を吹《ふ》くと、口《くち》から赤《あか》い長《なが》い舌《した》がぺろりと出《で》て、その舌《した》が自由《じゆう》にのびたりちぢんだりしたのでした。もうみんなは、声《こえ》を出《だ》してわらってしまいました。 「さあ、このお面《めん》がたった三|銭《せん》ですよ。」と、おじいさんは顔《かお》からお面《めん》を取《と》ると、いいました。  見《み》ていた子供《こども》たちは、それがほしかったのでした。けれど、お銭《あし》を持《も》っていないものは買《か》うことができません。幸《さいわ》い、政《まさ》ちゃんはお母《かあ》さんからもらった三|銭《せん》がエプロンのかくしの中《なか》にありましたから、それを出《だ》して買《か》うことができました。政《まさ》ちゃんはよろこんで、お家《うち》へかえっていきました。  政《まさ》ちゃんはお面《めん》を持《も》って、おとなりの清《きよ》ちゃんのところへ遊《あそ》びにいきました。そして、ひょっとこのお面《めん》をかぶってぷっと赤《あか》い舌《した》を出《だ》してみせると、清《きよ》ちゃんもおばさんもびっくりしましたが、きゅうにおもしろがってわらいだしました。 「ねえ、お母《かあ》さん、僕《ぼく》にもひょっとこのお面《めん》を買《か》っておくれよ。」と、清《きよ》ちゃんが泣《な》きだしました。 「なんでも人《ひと》の持《も》っているものを、ほしがるものではありません。」と、お母《かあ》さんはおっしゃいました。  けれど、政《まさ》ちゃんよりもっと小《ちい》さな清《きよ》ちゃんには、ききわけがなかったのです。 「僕《ぼく》も、あんなお面《めん》がほしいんだよ。」と、いいました。 「政《まさ》ちゃん、いためませんから、すこし清《きよ》ちゃんにかしてやってくださいね。」と、おばさんは政《まさ》ちゃんにたのみました。  政《まさ》ちゃんは困《こま》ったけれど、清《きよ》ちゃんにかしてやりました。清《きよ》ちゃんはすぐにお面《めん》をかぶってみました。そして、ぷっと吹《ふ》くと、ひょっとこは赤《あか》い舌《した》をぺろりと出《だ》しました。政《まさ》ちゃんは、自分《じぶん》がするときは見《み》えなくてわからなかったけれど、清《きよ》ちゃんがすると、おもしろくてしようがなかったのです。 「もういい? こんど僕《ぼく》がしてみせるよ。」と、政《まさ》ちゃんはいいました。  しかし、清《きよ》ちゃんは、かりたお面《めん》を放《はな》そうとはしなかったのでした。  これを見《み》た清《きよ》ちゃんのお母《かあ》さんは、 「さあ、政《まさ》ちゃんにお返《かえ》しなさい。そのかわり、清《きよ》ちゃんにも買《か》ってあげますからね。」と、おっしゃいました。 「買《か》ってくれるの?」と、清《きよ》ちゃんはよろこびました。 「政《まさ》ちゃん、そのお面《めん》はどこに売《う》っていましたの?」と、おばさんはおききになりました。 「あっち!」と、政《まさ》ちゃんは町《まち》の方《ほう》をゆびさしました。  あの人《ひと》や車《くるま》のとおって、にぎやかな景色《けしき》が目《め》にうかんできたのです。 「そう、おばさんをつれていっておくれね。」と、おばさんはたのみました。  かぜぎみなので清《きよ》ちゃんは、すこしのあいだお家《うち》におるすいをすることにして、おばさんは政《まさ》ちゃんと町《まち》へいきました。 「どこで、政《まさ》ちゃんは買《か》ったの?」と、おばさんは政《まさ》ちゃんのあとからついてきて、いいました。  政《まさ》ちゃんは方々《ほうぼう》を見《み》まわしました。けれど、どこにもおじいさんはいませんでした。 「あすこにいたんだよ。どこへいったんだろうな?」と、政《まさ》ちゃんは頭《あたま》の毛《け》を風《かぜ》に吹《ふ》かせながら、ふしぎそうな顔《かお》つきをしていたのです。 「ああ、もうどこかへいってしまったんでしょう。」と、おばさんもさびしい顔《かお》つきをして、おっしゃいました。  その立《た》っていたそばに、果物店《くだものみせ》がありました。そして、りんごがたくさんならべられていました。おばさんはその店《みせ》に立《た》ちよって、りんごをお買《か》いになったのです。山《やま》のようにつまれているいちばん上《うえ》にのっていた大《おお》きな赤《あか》いりんごは、それはみごとでありました。政《まさ》ちゃんは、 「あのりんごをほしいな。」と、心《こころ》の中《なか》でいいました。  すると、おばさんは、 「あの大《おお》きいのも入《い》れてください。」と、そのりんごをゆびさしておっしゃいました。  赤《あか》い大《おお》きなりんごは、ほかのりんごといっしょにふくろの中《なか》へはいりました。  お家《うち》には、清《きよ》ちゃんがお母《かあ》さんのかえるのを待《ま》っていました。 「清《きよ》ちゃん、もうおじいさんがいないのですよ。こんどきたら、お面《めん》を買《か》ってあげますからがまんなさい。その代《か》わり、清《きよ》ちゃんのすきなりんごをたくさん買《か》ってきてあげましたよ。」といって、お母《かあ》さんはりんごをお出《だ》しになりました。  清《きよ》ちゃんはお面《めん》がなくてつまらなかったけれど、目《め》の前《まえ》にならべられた目《め》のさめるような美《うつく》しいりんごを見《み》ているうちに、わらいがしぜんと顔《かお》にあらわれてきました。そして、じっと見《み》ているうちに、その中《なか》のいちばん大《おお》きな赤《あか》いのをとりあげました。それは、さっき、店《みせ》にあるときから政《まさ》ちゃんの目《め》にとまっていた大《おお》きなりんごでありました。  これをごらんになったおばさんは、 「そのいいのは、政《まさ》ちゃんにあげるのですよ。」と、おっしゃいました。  清《きよ》ちゃんは、うらめしそうな顔《かお》つきをしましたが、 「清《きよ》ちゃんは、こんなにたくさんあるのですから。」とお母《かあ》さんにいわれると、よくわかって、持《も》っていたりんごを政《まさ》ちゃんの手《て》にわたしたのでした。  政《まさ》ちゃんはうれしいやらわるいやら、どうしていいかわからなかったが、清《きよ》ちゃんがりんごをくれたので、自分《じぶん》もよくばってはならないと思《おも》いました。そして、やはり清《きよ》ちゃんのほしいものをやらねばならぬと悟《さと》りました。で、だいじにして持《も》っていたお面《めん》を清《きよ》ちゃんにやりました。 「これは、政《まさ》ちゃんのだいじなのでしょう。」と、おばさんはおっしゃいました。 「清《きよ》ちゃんは病気《びょうき》なんだから、僕《ぼく》これをあげるよ。」と、政《まさ》ちゃんはいいました。 「まあ!」といったおばさんの目《め》には、なみだが光《ひか》りました。清《きよ》ちゃんの目《め》にも、なみだが光《ひか》りました。  町《まち》の方《ほう》からは、あいかわらずいい音《おと》が聞《き》こえていました。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷    1983(昭和58)年1月19日第6刷 ※表題は底本では、「お面《めん》とりんご」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2015年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。