朝の公園 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)朝《あさ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)五十|銭《せん》 -------------------------------------------------------  それは、さむいさむい朝《あさ》のことでした。女中《じょちゅう》のおはるは、赤《あか》いマントをきた、小《ちい》さいお嬢《じょう》さんをつれて、近《ちか》くの公園《こうえん》へあそびにきました。そこはもう、朝日《あさひ》があたたかくてっていたからです。公園《こうえん》には、ぶらんこがあり、すべりだいがありました。もう子供《こども》たちがあつまって、笑《わら》ったりかけたりしていました。  小《ちい》さなお嬢《じょう》さんは、ひとりであそんでいました。おはるはベンチに腰《こし》をかけて、もってきた少女雑誌《しょうじょざっし》を読《よ》んでいました。いなかにいるときから、本《ほん》を読《よ》むのがすきでありましたので、こちらへきてからも毎月《まいげつ》のお小《こ》づかいの中《なか》から雑誌《ざっし》を買《か》って、おしごとのおわったあととか、ひまのときにはとり出《だ》して、読《よ》むのをたのしみにしていたのであります。  いま、おはるは、その雑誌《ざっし》にのっている、少女小説《しょうじょしょうせつ》をむちゅうになって読《よ》んでいました。あわれな家《うち》があって、感心《かんしん》な少女《しょうじょ》が病気《びょうき》の母親《ははおや》と弟《おとうと》をたすけてはたらく話《はなし》が、かいてありました。しばらく、雑誌《ざっし》に目《め》をおとしてかんがえこんでいると、ふいになきさけぶお嬢《じょう》さんの声《こえ》がきこえました。おはるは、はっとして立《た》ちあがりました。見《み》ると、お嬢《じょう》さんはすべりだいからどうしておちたものか、泣《な》いているのです。 「まあ、どうなすったのですか?」と、おどろいてとんでいきました。  が、おはるがとんでいくよりも先《さき》に、みすぼらしいはんてん着《ぎ》の男《おとこ》がかけよって、お嬢《じょう》さんをだきおこしてくれたのでした。 「おお、いい子《こ》、いい子《こ》。」といって、その男《おとこ》はなだめていました。 「ありがとうございました。」と、おはるはお礼《れい》をいって、 「お嬢《じょう》さん、ころんだのですか、どこか痛《いた》くって?」とききますと、ちょっとおどろいたばかりとみえて、べつにけがはなかったようすです。  おはるは、安心《あんしん》しました。そして、さっきの男《おとこ》の人《ひと》をみると、むこうのベンチにもどって、ゆうべからこうしてじっとしているらしく、両腕《りょううで》をくんでうつむいているのでした。 「きっと、とまるところがなかったんだわ。」  おはるは、このごろ、宿《やど》がなくて公園《こうえん》で夜《よ》をあかすあわれな人《ひと》のあることをきいていました。それで、その人《ひと》もそうであろうと思《おも》ったのです。  おはるはお嬢《じょう》さんをだいて、むこうがわのベンチに腰《こし》をおろしました。そして思《おも》いだしたように、ときどき、そのあわれな男《おとこ》のようすを見《み》ていました。男《おとこ》はそんなことに気《き》のつくはずもなく、いつまでもじっとしてうなだれていました。 「しごとがないのだろうか? それとも、年《とし》をとっていて、しごとができないのだろうか?」  いろいろのことを考《かんが》えながら見《み》まもっているうちに、いつか自分《じぶん》の父親《ちちおや》のすがたが、目《め》にうかんできました。気《き》のせいか、あの男《おとこ》のすがたのどこかにお父《とう》さんと似《に》たところがあるようです。 「きょうだいもない、子供《こども》もない、ひとりものなのかしら?」  そう考《かんが》えているうちにおはるは、故郷《こきょう》ではたらく両親《りょうしん》のすがたが、まざまざと目《め》に見《み》えるような気《き》がして、この暮《く》れにはなにかお父《とう》さんやお母《かあ》さんのすきそうなものをおくってあげようと思《おも》ったのでした。 「さあ、おうちへかえりましょう。そしてまたあとであそびにまいりましょう。」といって、おはるはお嬢《じょう》さんの手《て》をひいて、おうちへかえりかけました。  公園《こうえん》の花壇《かだん》は霜枯《しもが》れがしていて、いまは赤《あか》く咲《さ》いている花《はな》もありませんでした。けれど、黒《くろ》いやわらかな土《つち》からは、来年《らいねん》さく草花《くさばな》の芽《め》が、もうぷつぷつとみどり色《いろ》に頭《あたま》を見《み》せていたのです。公園《こうえん》を出《で》るとき、おはるはもういちどふりむいて、あのルンペンのような男《おとこ》を見《み》ました。男《おとこ》は、やはり動《うご》かない置《お》きもののように下《した》をむいて、じっとしていました。  ちょうどその日《ひ》の、昼《ひる》ごろのことです。おはるがおつかいに出《で》ると、公園《こうえん》のそばで子供《こども》たちが、いまルンペンらしい男《おとこ》が、たおれていたのを巡査《おまわり》さんがつれていったと話《はな》していたので、おはるは、もしやさっきお嬢《じょう》さんをだきおこしてくれたしんせつな男《おとこ》ではないかと思《おも》ったので、 「あんた、その人《ひと》を見《み》たの?」と、子供《こども》の一人《ひとり》にききました。 「見《み》たよ。はんてん着《ぎ》でみじかいズボンをはいて、黒《くろ》いぼうしをかぶっていたよ。」と、その子供《こども》はいいました。 「まあ! その男《おとこ》は死《し》んでしまっていたの?」  おはるは、たしかにさっきの男《おとこ》であるとわかると、きゅうに頭《あたま》の中《なか》が、かわいそうな気《き》もちでいっぱいになりました。 「さむいのになにもたべないので、おなかがすいてたおれたんだって、巡査《おまわり》さんがいっていたよ。だから、死《し》にはしないだろう。」と、その子供《こども》はこたえました。 「どこへつれていかれたの?」 「さあ、どこだか。」  子供《こども》たちはすぐにそんなことはわすれてしまったように、たこをあげたり鬼《おに》ごっこをしたりしていました。  おはるは、用事《ようじ》をすまして、おうちへかえると、自分《じぶん》がしまっておいたお給金《きゅうきん》の中《なか》から、五十|銭《せん》銀貨《ぎんか》を一|枚《まい》とりだしました。そして、紙《かみ》につつんで交番《こうばん》の巡査《おまわり》さんのところへもっていきました。 「どうかこれを、公園《こうえん》でたおれたきのどくな人《ひと》にあげてください。」といって、さしだしました。  巡査《おまわり》さんはふしぎそうにおはるの顔《かお》を見《み》ていましたが、おはるが今朝《けさ》からの話《はなし》をしてきのどくでならないからといいますと、巡査《おまわり》さんもうなずきながら、 「感心《かんしん》なお志《こころざし》です。たしかにとどけてあげます。どんなに喜《よろこ》ぶかしれませんよ。」といって、こころよくひきうけてくださいました。 底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社    1977(昭和52)年8月10日第1刷    1983(昭和58)年1月19日第6刷 初出:「台湾日日新報」    1935(昭和10)年12月28日 ※表題は底本では、「朝《あさ》の公園《こうえん》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2015年5月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。