國譯史記列傳 司馬穰苴列傳第四 司馬遷 箭内亙訳註 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)司馬穰苴《しばじやうしよ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)百|姓《せい》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)孽  [#…]:返り点  (例)晉伐[#二]阿甄[#一]。 ------------------------------------------------------- [#中見出し]箭内亙による譯[#中見出し終わり] 司馬穰苴《しばじやうしよ》は田完《でんくわん》の(一)[#「(一)」は行右小書き]苗裔《べうえい》也《なり》。齊《せい》の景公《けいこう》の時《とき》、晉《しん》は(二)[#「(二)」は行右小書き]阿《あ》・甄《けん》を伐《う》ち、而《しかう》して燕《えん》は(三)[#「(三)」は行右小書き]河上《かじやう》を侵《をか》し、齊《せい》の師《し》敗績《はいせき》せり。景公《けいこう》之《これ》を患《うれ》ふ。晏嬰《あんえい》乃《すなは》ち田穰苴《でんじやうしよ》を薦《すす》めて曰《いは》く、『穰苴《じやうしよ》は田氏《でんし》の(四)[#「(四)」は行右小書き]庶孽《しよげつ》なりと雖《いへど》も、然《しか》れども其人《そのひと》、文《ぶん》は能《よ》く衆《しう》を附《つ》け、武《ぶ》は能《よ》く敵《てき》を威《おど》す。願《ねが》はくは君《きみ》之《これ》を試《こころ》みよ』と。景公《けいこう》、穰苴《じやうしよ》を召《め》して與《とも》に兵事《へいじ》を語《かた》り、大《おほい》に之《これ》を説《よろこ》び、以《もつ》て將軍《しやうぐん》と爲《な》し、兵《へい》を將《ひき》ゐて燕《えん》・晉《しん》の師《し》を扞《ふせ》がしむ。穰苴《じやうしよ》曰《いは》く、『臣《しん》は素《もと》卑賤《ひせん》なり、君《きみ》之《これ》を(五)[#「(五)」は行右小書き]閭伍《りよご》の中《うち》より擢《ぬき》んで、之《これ》を大夫《たいふ》の上《うへ》に加《くは》ふ。士卒《しそつ》未《いま》だ附《つ》かず、百|姓《せい》信《しん》ぜず。人《ひと》微《び》にして權《けん》輕《かろ》し。願《ねが》はくは君《きみ》の寵臣《ちようしん》・國《くに》の尊《たつと》ぶ所《ところ》を得《え》て以《もつ》て軍《ぐん》を監《かん》せしめば、乃《すなは》ち可《か》ならん』と。是《ここ》に於《おい》て景公《けいこう》之《これ》を許《ゆる》し、莊賈《さうか》をして往《ゆ》かしむ。穰苴《じやうしよ》既《すで》に[#割り注](君ヲ)[#割り注終わり]辭《じ》し、莊賈《さうか》と約《やく》して曰《いは》く、『(六)[#「(六)」は行右小書き]旦日《たんじつ》(七)[#「(七)」は行右小書き]日中《につちう》軍門《ぐんもん》に會《くわい》せよ』と。穰苴《じやうしよ》先《ま》づ馳《は》せて軍《ぐん》に至《いた》り、(八)[#「(八)」は行右小書き]表《へう》を立《た》て(九)[#「(九)」は行右小書き]漏《ろう》を下《くだ》して賈《か》を待《ま》つ。賈《か》は素《もと》(一〇)[#「(一〇)」は行右小書き]驕貴《けうき》にして、以爲《おも》へらく、將《しやう》、已《すで》に軍《ぐん》に之《ゆ》く、而《しかう》して己《おのれ》は監《かん》たり、(一一)[#「(一一)」は行右小書き]甚《はなは》だ急《きふ》にせずと。親戚左右《しんせきさいう》、之《これ》を送《おく》つて留飮《りういん》す。日中《につちう》にして賈《か》至《いた》らず。穰苴《じやうしよ》則《すなは》ち表《へう》を仆《たふ》し(一二)[#「(一二)」は行右小書き]漏《ろう》を決《けつ》し、入《い》りて軍《ぐん》を行《めぐ》り兵《へい》を(一三)[#「(一三)」は行右小書き]勒《ろく》し、約束《やくそく》を(一四)[#「(一四)」は行右小書き]申明《しんめい》す。約束《やくそく》既《すで》に定《さだ》まる。夕時《せきじ》、莊賈《さうか》乃《すなは》ち至《いた》る。穰苴《じやうしよ》曰《いは》く、『何《なん》すれぞ期《き》に後《おく》るる』と。賈《か》謝《しや》して曰《いは》く、(一五)[#「(一五)」は行右小書き]『不佞《ふねい》の大夫親戚《たいふしんせき》之《これ》を送《おく》る、故《ゆゑ》に留《とど》まる』と。穰苴《じやうしよ》曰《いは》く、『將《しやう》、命《めい》を受《う》くるの日《ひ》には則《すなは》ち其家《そのいへ》を忘《わす》れ、軍《ぐん》に臨《のぞ》んで約束《やくそく》すれば則《すなは》ち其親《そのしん》を忘《わす》れ、(一六)[#「(一六)」は行右小書き]枹鼓《ふこ》を援《と》ること急《きふ》なれば則《すなは》ち其身《そのみ》を忘《わす》る。今《いま》敵國《てきこく》深《ふか》く侵《をか》して、邦内《はうない》騷動《さうどう》し、士卒《しそつ》、境《さかひ》に(一七)[#「(一七)」は行右小書き]暴露《ばくろ》す。君《きみ》寢《い》ねて席《せき》を安《やす》んぜず、食《くら》うて味《あぢはひ》を甘《あま》しとせず。百|姓《せい》の命《めい》皆《みな》君《きみ》に懸《か》かる。何《なん》ぞ相送《あひおく》ると謂《い》ふ乎《か》』と、(一八)[#「(一八)」は行右小書き]軍正《ぐんせい》を召《め》して問《と》うて曰《いは》く、『軍法《ぐんはふ》に、期《き》して後《おく》れ至《いた》る者《もの》は何《なに》と云《い》ふ』と。對《こた》へて曰《いは》く、『斬《ざん》に當《たう》す』と。莊賈《さうか》懼《おそ》れ、人《ひと》をして馳《は》せて景公《けいこう》に報《はう》じ、救《すく》ひを請《こ》はしむ。[#割り注](莊賈ノ使者)[#割り注終わり]既《すで》に往《ゆ》き、未《いま》だ反《かへ》るに及《およ》ばず。[#割り注](穰苴)[#割り注終わり]是《ここ》に於《おい》て遂《つひ》に莊賈《さうか》を斬《き》り、以《もつ》て三|軍《ぐん》に徇《とな》ふ。三|軍《ぐん》の士《し》皆《みな》(一九)[#「(一九)」は行右小書き]振慄《しんりつ》せり。之《これ》を久《ひさ》しうして景公《けいこう》、使者《ししや》を遣《や》り(二〇)[#「(二〇)」は行右小書き]節《せつ》を持《ぢ》して賈《か》を赦《ゆる》す。[#割り注](使者)[#割り注終わり]馳《は》せて軍中《ぐんちう》に入《い》る。穰苴《じやうしよ》曰《いは》く、『將《しやう》、軍《ぐん》に在《あ》れば、君《きみ》の令《れい》も受《う》けざる所《ところ》あり』と。軍正《ぐんせい》に問《と》うて曰《いは》く、(二一)[#「(二一)」は行右小書き]『軍中《ぐんちう》には馳《は》せず。今《いま》使者《ししや》馳《は》す、[#割り注](軍法ニ)[#割り注終わり]何《なに》と云《い》ふ』と。正《せい》曰《いは》く、『斬《ざん》に當《たう》す』と。使者《ししや》大《おほい》に懼《おそ》る。穰苴《じやうしよ》曰《いは》く『君《きみ》の使《つかひ》は之《これ》を殺《ころ》す可《べ》からず』と。乃《すなは》ち其《その》(二二)[#「(二二)」は行右小書き]僕《ぼく》と車《くるま》の(二三)[#「(二三)」は行右小書き]左駙馬《さふば》の左驂《ささん》とを斬《き》り、以《もつ》て三|軍《ぐん》に徇《とな》ふ。使者《ししや》を遣《や》り還《かへ》り報《はう》ぜしめ、然《しか》る後《のち》行《ゆ》く。士卒《しそつ》の(二四)[#「(二四)」は行右小書き]次舍《じしや》・(二五)[#「(二五)」は行右小書き]井竈《せいさう》・飮食《いんしよく》より、病《やまひ》を問《と》ひ醫藥《いやく》するにいたるまで、身《み》自《みづか》ら之《これ》を(二六)[#「(二六)」は行右小書き]拊循《ふじゆん》し、悉《ことごと》く將軍《しやうぐん》の(二七)[#「(二七)」は行右小書き]資粮《しりやう》を取《と》つて士卒《しそつ》に(二八)[#「(二八)」は行右小書き]享《きやう》し、身《み》は士卒《しそつ》と粮食《りやうしよく》を平分《へいぶん》して、最《もつと》も其《そ》の(二九)[#「(二九)」は行右小書き]羸弱《るゐじやく》なる者《もの》に比《ひ》せり。三日《みつか》にして後《のち》兵《へい》を勒《ろく》す。病者《びやうしや》も皆《みな》行《ゆ》かんことを求《もと》め、爭《あらそ》ひ奮《ふる》つて、出《い》でて之《これ》が爲《た》めに戰《たたかひ》に赴《おもむ》けり。晉《しん》の師《し》之《これ》を聞《き》き、爲《た》めに罷《や》め去《さ》り、燕《えん》の師《し》之《これ》を聞《き》き、水《みづ》を度《わた》つて解《と》く。是《ここ》に於《おい》て之《これ》を追撃《つゐげき》して、遂《つひ》に亡《うしな》ふ所《ところ》の封内《ほうない》の(三〇)[#「(三〇)」は行右小書き]故境《こきやう》を取《と》りて、兵《へい》を引《ひ》いて歸《かへ》る。未《いま》だ國《くに》に至《いた》らず、(三一)[#「(三一)」は行右小書き]兵旅《へいりよ》を釋《と》き、約束《やくそく》を解《と》き、誓盟《せいめい》して而《しか》る後《のち》邑《いふ》に入《い》れり。景公《けいこう》、諸大夫《しよたいふ》と郊《かう》に迎《むか》へ、師《し》を勞《ねぎら》ひ禮《れい》を成《な》し、然《しか》る後《のち》反《かへ》つて(三二)[#「(三二)」は行右小書き]寢《しん》に歸《かへ》る。既《すで》にして穰苴《じやうしよ》を見《み》、尊《たつと》んで大司馬《たいしば》と爲《な》す。田氏《でんし》日《ひ》に以《もつ》て益〻《ますます》齊《せい》に尊《たつと》し。已《すで》にして大夫《たいふ》鮑氏《はうし》・高《かう》・國《こく》の屬《ぞく》、之《これ》を害《い》み、景公《けいこう》に譖《しん》す。景公《けいこう》、穰苴《じやうしよ》を退《しりぞ》く。苴《しよ》、疾《やまひ》を發《はつ》して死《し》す。田乞《でんきつ》・田豹《でんへう》の徒《と》、此《これ》に由《よ》つて高《かう》・國《こく》等《ら》を怨《うら》む。其後《そののち》、田常《でんじやう》が簡公《かんこう》を殺《ころ》すに及《およ》んで、盡《ことごと》く高子《かうし》・國子《こくし》の族《ぞく》を滅《ほろぼ》す。常《じやう》の曾孫《そうそん》和《わ》に至《いた》りて(三三)[#「(三三)」は行右小書き]自立《じりふ》し、因《いん》、齊《せい》の威王《ゐわう》と爲《な》る。兵《へい》を用《もち》ひ威《ゐ》を行《おこな》ふ、大《おほい》に穰苴《じやうしよ》の法《はふ》に(三四)[#「(三四)」は行右小書き]放《なら》へり。而《しかう》して諸矦《しよこう》、齊《せい》に朝《てう》す。齊《せい》の威王《ゐわう》、大夫《たいふ》をして古者《いにしへ》の司馬《しば》の兵法《へいはふ》を(三五)[#「(三五)」は行右小書き]追論《つゐろん》せしめ、而《しかう》して穰苴《じやうしよ》[#割り注](ノ兵法)[#割り注終わり]を其中《そのうち》に附《つ》け、因《よ》つて號《がう》して司馬穰苴《しばじやうしよ》の兵法《へいはふ》と曰《い》ふ。 太史公《たいしこう》曰《いは》く、余《よ》、司馬《しば》の兵法《へいはふ》を讀《よ》むに、(三六)[#「(三六)」は行右小書き]閎廓《くわうくわく》深遠《しんゑん》にして、(三七)[#「(三七)」は行右小書き]三|代《だい》の征伐《せいばつ》と雖《いへど》も、未《いま》だ其義《そのぎ》を竟《つく》す※[#こと、32-5]|能《あた》はず、其文《そのぶん》の如《ごと》きは、亦《また》(三八)[#「(三八)」は行右小書き]少《すこ》しく襃《はう》せり。夫《か》の穰苴《じやうしよ》の區區《くく》として小國《せうこく》の爲《た》めに師《し》を行《や》るが若《ごと》き、何《なん》ぞ司馬《しば》の兵法《へいはふ》の(三九)[#「(三九)」は行右小書き]揖讓《いふじやう》に及《およ》ぶに暇《いとま》あらんや。世《よ》既《すで》に司馬《しば》の兵法《へいはふ》多《おほ》し、故《ゆゑ》を以《もつ》て論《ろん》ぜず、穰苴《じやうしよ》の列傳《れつでん》を著《あらは》す。 [#中見出し]箭内亙による註[#中見出し終わり] [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 【一】苗裔[#「苗裔」に丸傍点]。後世の子孫。 【二】阿甄[#「阿甄」に丸傍点]。共に齊の邑。 【三】河上[#「河上」に丸傍点]。黄河南岸の地。 【四】[#丸傍点]庶孽[#丸傍点終わり]。庶は妾腹の子。孽は庶子の子。 【五】閭伍[#「閭伍」に丸傍点]。里門の兵隊。 【六】旦日[#「旦日」に丸傍点]。明日。 【七】日中[#「日中」に丸傍点]。正午也。 【八】表を立て[#「表を立て」に丸傍点]。木を立てて日影を計る也。時を知る爲也。 【九】漏を下し[#「漏を下し」に丸傍点]。滴漏を下して刻數を計る也。 【一〇】驕貴[#「驕貴」に丸傍点]。驕慢にして自ら貴ぶ。 【一一】甚だ急にせず[#「甚だ急にせず」に丸傍点]。大層急ぎて軍に行くに及ばず。 【一二】漏を決す[#「漏を決す」に丸傍点]。壺中の漏水を決し去るなり。 【一三】勒[#「勒」に丸傍点]。點檢部署すること。 【一四】申明[#「申明」に丸傍点]。かさねて明にす。 【一五】不佞[#「不佞」に丸傍点]。自己を謙して言ふ辭。 【一六】枹鼓[#「枹鼓」に丸傍点]。枹は大鼓のばち。 【一七】暴露[#「暴露」に丸傍点]。野宿する也。 【一八】軍正[#「軍正」に丸傍点]。軍中の法律を正す役人。 【一九】振慄[#「振慄」に丸傍点]。ふるひおそる。 【二〇】節[#「節」に丸傍点]。符節。使者の執りて信と爲す者。 【二一】軍中に馳せず[#「軍中に馳せず」に丸傍点]。軍中では馬を馳せざるが法也との意。 【二二】僕[#「僕」に丸傍点]。御者。 【二三】[#丸傍点]左駙馬[#丸傍点終わり]。左側の副馬。 【二四】次舍[#「次舍」に丸傍点]。宿舍。 【二五】井竈[#「井竈」に丸傍点]。井戸、かまど。 【二六】拊循[#「拊循」に丸傍点]。拊は撫なり、撫循はいたはることなり。 【二七】資粮[#「資粮」に丸傍点]。給料。 【二八】享[#「享」に丸傍点]。饗應。 【二九】羸弱[#「羸弱」に丸傍点]。つかれかよわいこと。 【三〇】故境[#「故境」に丸傍点]。古き境地。 【三一】兵旅[#「兵旅」に丸傍点]。兵隊也。兵旅を解き[#「兵旅を解き」に丸傍点]云云は、此れ所謂軍容、國に入らざる也。 【三二】寢[#「寢」に丸傍点]。正寢。 【三三】原文「因自立」は「自立因」の傳寫の誤なり、因は齊の威王の名なり。 【三四】放[#「放」に丸傍点]は倣と通ず。模倣する也。 【三五】追論[#「追論」に丸傍点]。後世より前代の事を論議する也。ここにては論議して編纂するをいふ。 【三六】[#丸傍点]閎廓[#丸傍点終わり]。宏大。 【三七】三代の征伐[#「三代の征伐」に丸傍点]。夏殷周三代の王者の征伐の仕方。 【三八】少し誇大に過ぐとの意。 【三九】揖讓[#「揖讓」に丸傍点]。遜讓の禮。 [#ここで字下げ終わり] [#中見出し]原文[#中見出し終わり] 司馬穰苴者。田完之苗裔也。齊景公時。晉伐[#二]阿甄[#一]。而燕侵[#二]河上[#一]。齊師敗績。景公患[#レ]之。晏嬰乃薦[#二]田穰苴[#一]曰。穰苴雖[#二]田氏庶孼[#一]。然其人文能附[#レ]衆。武能威[#レ]敵。願君試[#レ]之。景公召[#二]穰苴[#一]。與語[#二]兵事[#一]。大説[#レ]之。以爲[#二]將軍[#一]。將[#レ]兵扞[#二]燕晉之師[#一]。穰苴曰。臣素卑賤。君擢[#二]之閭伍之中[#一]。加[#二]之大夫之上[#一]。士卒未[#レ]附。百姓不[#レ]信。人微權輕。願得[#二]君之寵臣。國之所[#一レ]尊以監[#レ]軍。乃可。於[#レ]是景公許[#レ]之。使[#二]莊賈往[#一]。穰苴既辭。與[#二]莊賈[#一]約曰。旦日日中會[#二]於軍門[#一]。穰苴先馳至[#レ]軍。立[#レ]表下[#レ]漏。待[#レ]賈。賈素驕貴。以爲將已之[#レ]軍。而己爲[#レ]監。不[#二]甚急[#一]。親戚左右送[#レ]之。留飮。日中而賈不[#レ]至。穰苴則仆[#レ]表決[#レ]漏。入行[#レ]軍勒[#レ]兵。申[#二]明約束[#一]。約束既定。夕時莊賈乃至。穰苴曰。何後[#レ]期爲。賈謝曰。不佞大夫親戚送[#レ]之。故留。穰苴曰。將受[#レ]命之日。則忘[#二]其家[#一]。臨[#レ]軍約束。則忘[#二]其親[#一]。援[#二]枹鼓[#一]之急。則忘[#二]其身[#一]。今敵國深侵。邦内騷動。士卒暴[#二]露於境[#一]。君寢不[#レ]安[#レ]席。食不[#レ]甘[#レ]味。百姓之命。皆懸[#二]於君[#一]。何謂[#二]相送[#一]乎。召[#二]軍正[#一]問曰。軍法期而後至者。云[#レ]何。對曰。當[#レ]斬。莊賈懼。使[#下]人馳報[#二]景公[#一]請[#上レ]救。既往未[#レ]及[#レ]反。於[#レ]是遂斬[#二]莊賈[#一]以狥[#二]三軍[#一]。三軍之士皆振慄。久[#レ]之。景公遣[#二]使者[#一]持[#レ]節赦[#レ]賈。馳入[#二]軍中[#一]。穰苴曰。將在[#レ]軍。君令有[#レ]所[#レ]不[#レ]受。問[#二]軍正[#一]曰。軍中不[#レ]馳。今使者馳。云[#レ]何。正曰。當[#レ]斬。使者大懼。穰苴曰。君之使不[#レ]可[#レ]殺[#レ]之。乃斬[#二]其僕車之左駙馬之左驂[#一]。以狥[#二]三軍[#一]。遣[#二]使者[#一]還報。然後行。士卒次舍。井竈飮食。問[#レ]疾醫藥。身自拊[#二]循之[#一]。悉取[#二]將軍之資粮[#一]享[#二]士卒[#一]。身與[#二]士卒[#一]平[#二]分粮食[#一]。最比[#二]其羸弱者[#一]。三日而後勒[#レ]兵。病者皆求[#レ]行。爭奮出爲[#レ]之赴[#レ]戰。晉師聞[#レ]之。爲罷去。燕師聞[#レ]之。度[#レ]水而解。於[#レ]是追[#二]撃之[#一]。遂取[#二]所[#レ]亡封内故境[#一]。而引[#レ]兵歸。未[#レ]至[#レ]國。釋[#二]兵旅[#一]。解[#二]約束[#一]。誓盟而後入[#レ]邑。景公與[#二]諸大夫[#一]郊迎勞[#レ]師成[#レ]禮。然後反歸[#レ]寢。既見[#二]穰苴[#一]。尊爲[#二]大司馬[#一]。田氏日以益尊[#二]於齊[#一]。已而大夫鮑氏。高國之屬害[#レ]之。譖[#二]於景公[#一]。景公退[#二]穰苴[#一]。苴發[#レ]疾而死。田乞田豹之徒。由[#レ]此怨[#二]高國等[#一]。其後及[#三]田常殺[#二]簡公[#一]。盡滅[#二]高子國子之族[#一]。至[#二]常曾孫和[#一]。因自立爲[#二]齊威王[#一]。用[#レ]兵行[#レ]威。大放[#二]穰苴之法[#一]。而諸侯朝[#レ]齊。齊威王使[#三]大夫追[#二]論古者司馬兵法[#一]。而附[#二]穰苴於其中[#一]。因號曰[#二]司馬穰苴兵法[#一]。 太史公曰。余讀[#二]司馬兵法[#一]。閎廓深遠。雖[#二]三代征伐[#一]。未[#レ]能[#レ]竟[#二]其義[#一]。如[#二]其文[#一]也。亦少襃矣。若[#下]夫穰苴區區爲[#二]小國[#一]行[#上レ]師。何暇[#レ]及[#二]司馬兵法之揖讓[#一]乎。世既多[#二]司馬兵法[#一]。以[#レ]故不[#レ]論。著[#二]穰苴之列傳[#一]焉。 底本:「國譯漢文大成 經子史部第十五卷 史記列傳」東洋文化協會    1955(昭和30)年5月30日複版発行 ※底本では箭内亙による訳と註をそれぞれ「箭内亙による譯」「箭内亙による註」の中見出しのもと入力しました。 ※底本では「箭内亙による譯」中の註番号に該当する註をなるべく訳と同じページになるように囲み枠を作成して組まれています。 ※底本では原文はまとめて巻末に掲載されていますが、本テキストでは副題毎にファイル末に「原文」の中見出しのもと入力しました。 ※表題は底本では、「國譯史記列傳《こくやくしきれつでん》」となっています。 ※副題は底本では、「司馬穰苴《しばじやうしよ》列傳《れつでん》第《だい》四」となっています。 ※原文中の「狥」「狥」はそれぞれ訳中では「徇」となっています。 ※原文中の「侯」は訳中では「矦」となっています。 ※原文の返り点は、現在の学校教育で習うものとは、少し異なるところがあります。 入力:はまなかひとし 校正:みきた 2022年2月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。