相撲の稽古 岡本一平 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)大錦卯一郎君《おおにしきういちらうくん》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)大抵|抛《はう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#1字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)廻れ/\ ------------------------------------------------------- [#1字下げ]一、大錦の皮肉[#「一、大錦の皮肉」は中見出し]  今度は相撲の稽古を思ひ立ち師匠には大錦卯一郎君《おおにしきういちらうくん》を見立てた。何も素人の痩つぽち[#「つぽち」に傍点]を弄《いぢ》くつて貰ふのに斯程《かほど》の大力士を煩はさんでもよいのである。併《しか》し稽古の始めは大抵|抛《はう》り出されて許《ばか》り居るに決まつてる。同じ抛り出されるなら相手が無名の丸太ン棒であるよりは天下の横綱なる方が自尊心を傷《きずつ》ける程度が薄いといふものだ。大錦君は巡業の帰路上州高崎に居たのを訪《と》うて志を申入れた。大錦君が失笑《ふきだ》した。それでも承知して湯にも入れ晩餐《ばんめし》も一しよ[#「しよ」に傍点]に喰はうと言つて呉れた。新弟子にしては叮嚀過ぎた扱である。湯|殿《どの》には雲突く許りの力士が二人裸に締込みして待受けて居た。少しギヨツとした。湯|槽《をけ》から上つて来る自分を掴へ石鹸を塗り小判型の刷毛《はけ》で擦り始め自分は体量十五貫ある体格検査でも上の部だが側に相撲取りが寄ると誠に見栄えが無くなる。其のうち背中を共同で洗つて居た取的二人がつまらぬ[#「つまらぬ」に傍点]争ひを始めた。『ヤーイわれ[#「われ」に傍点]の手をモツとねき[#「ねき」に傍点]へ寄せんかい、邪魔になつて洗やへん哩《わい》』『ねき[#「ねき」に傍点]へ寄つたら洗ふ処有らへん哩』『どだい[#「どだい」に傍点]、こんな小《ち》つこい背中へ二人かかるんのが阿呆やい、足へ廻れ/\』で弟《おとうと》弟子が脚へ廻つた。脚とても同様小つこくて洗ふ処があらへん訳だ。随つて暇潰しに同じ部分を擦る、痛い、それに脚の刷毛《ぶらし》は背の刷毛よりも余程毛が硬相《かたさう》だ。夫《それ》も其筈《そのはず》一方のは横綱用の刷毛、一方はお客に使ふ素人用の刷毛だ。膚の触り具合から考へて此《この》硬い/\刷毛を平気で受ける大錦君の皮膚は少くとも馬より丈夫で無ければならない。 [#1字下げ]二、横綱と並んで[#「二、横綱と並んで」は中見出し]  大錦君の座敷には牛鍋の御馳走を筒袖の取的が二人|取賄《とりまかな》つて居る。『巡業のホリ[#「ホリ」に傍点](折[#「折」に傍点]といふ時の大錦の言葉癖)はこれ等が女房の役も三太夫の役も按摩の役も一手で引受けるんです』と大錦君が自慢気に言ふ。鬼の様な取的君が少しはにかむ[#「はにかむ」に傍点]。大錦君は下戸で四五杯も猪口を受けると全く紅くなる、それで居て飯もタント食はぬ。牛肉も半斤とは食はずして茶漬を普通《なみ》茶碗に四杯軽く流し込んだ。残つた大部分の牛肉は廊下を隔てた取的の部屋を選ばれた。取的の部屋が俄に賑《にぎやか》になる。それを眺めて大錦君が嬉し相に『あの時代には全く収入といふものが無いのですから師匠が気を付けて力になる食物をわざと、あゝやつて残してやるのです。』云々今の横綱も残肴《ざんかう》の恵によつて育まれた。牛鍋の残りに歓声を挙げ居《を》るこの未来の横綱達にも幸多かれと祝福してその夜は寝た。翌朝は大錦君と並んで二人曳の俥で場所入りする。巡業の掟として力士は力量、位置の如何《いかん》に拘らず二十八貫以上で無ければ二人曳きを付けぬ規則だ、さすれば十五貫の自分は十三貫だけサバを読んでる訳だ。それでも何でも馬鹿にいゝ気持ちだ。場所は市内の不動堂境内にある。櫓には型の如く撥《ばち》音爽かに、天下泰平、国土安穏の祈りを赤城山の峯の雪に轟かして居る。 [#1字下げ]三、四股や掛声[#「三、四股や掛声」は中見出し]  木戸を入ると地べたを掘り炉を拵へて一行幹部の年寄達が廻り焙《あた》つてる。大錦君は検査役入間川の側へ割り込むや早速鹿爪らしい議論を始めた。稽古の催促すると大錦君が気の毒さうに『実は巡業中の風紀に関する問題が起つたので一寸手を離せぬ誰か代りにさせますから』と小常陸《こひたち》君と若者頭雷ヶ浦とを呼んで自分を引渡した。二人は自分を不動堂の庫裡《くり》へ連れ込み締込みをさせて呉れた。『上州の空つ風つてそりやあ寒うごアすぜ』とシヤツと股引を着た上普通の取的は五まはりで済むうんさい[#「うんさい」に傍点](纏し)を七廻りしてあとはだらりと尻へ垂らす。いゝ形ぢや無いその儘土俵に引出された。雷ヶ浦は角技の精通者芝居道に於ける新十郎といふ格だ新弟子を扱ふ事にかけてこの上は無いといふ人。傍で仕方を示し教へる。土俵にしやがんで塵を切り、両手で開き掌の裏表を敵手に示すは種も仕掛けも厶《ござ》らぬといふ意進んで砂を両腋に塗り、四股を踏む。上体は真つ直にして足だけ高くあげよ。眼は一間先の土俵を見よ。砂を蹴る気持ちで脚を踏み下す時必ず足|尖《さき》よりせよ、踵は不可、踏んだ拍子に『ハツシー』といへ云々。夫が中々巧く行かないので散々繰返す。此時既に場内に満員の高崎の角狂連怪訝な顔をしてそろそろ湧き始めた。 [#1字下げ]四、三人相撲[#「四、三人相撲」は中見出し]  見物の声として『芝居の鼠イ! しつかり頼むぞ』といふのがある。シヤツと股引の縫ぐるみに締込みの尾を垂らし居る自分に対しての評である。又『小常陸イ、助太刀も遣つちまへ』といふのがある。雷ヶ浦を自分の助太刀と認めての評である聞えるかして向ひ合ふ小常陸君の臍がクツ/\笑ふ、誠に気が入らぬ。仕切り方は愈々以て難かしい。腰を割つて膝に力を入れる。両掌は軽く軽く握り広からず狭からず地に置く。顎を思ひ切つて引き、額越しに敵の眼を見る。素人は眼玉の筋が延びて無いから見えぬ。慣れると伊勢関の様なお出額《でこ》でも額越に見える。関取に打突《ぶつつか》るを鉄砲と称して居る。相撲道の言葉に『押さば押せ引かば押せ押すに手段なし』とあり押し方一つだ『両肘を堅く両脇につける。隙《す》くものは常に小石を挟んで慣らす、足並よく進んで額を関取の右肩へ持つて行く。』と以上右の実際を雷ヶ浦は小常陸君と協力して予の身体の上に施した。自分は雷ヶ浦の力で木偶《でく》の如く取扱はれ最後に頭を小常陸君の右肩へトント打突けられた。頭は暫く肉の中に埋まり頓《やが》て弾ね返される時|呼吸《いき》をすつかり切らした。兎に角これ丈けでも独立して出来る迄には半年以上かゝる。鉄砲の卒業は三段目以上がと聞いて打切りにした。小常陸君の部屋で昼飯を喰ふ。御馳走は葱鮪《ねぎま》だ。国ヶ岩君が香を嚊《かぎ》つけて『一杯|饗《よ》んで呉れ』と入つて来た。『これぢや食へんからのう』と差出す賄の上には塩鮭が一切れ佗しく戴つてあつた。 底本:「日本の名随筆 別巻2 相撲」作品社    1991(平成3)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「一平全集 第九卷」先進社    1929(昭和4)年8月9日発行 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:浦山敦子 校正:noriko saito 2023年9月6日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。