寒い夜の自我像 中原中也 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)Ⅱ ------------------------------------------------------- [#3字下げ]1[#「1」は中見出し] きらびやかでもないけれど、 この一本の手綱をはなさず この陰暗の地域をすぎる! その志明かなれば 冬の夜を、われは嘆かず、 人々の憔燥のみの悲しみや 憧れに引廻される女等の鼻唄を、 我が瑣細なる罰と感じ そが、わが皮膚を刺すにまかす。 蹌踉めくままに静もりを保ち、 聊か儀文めいた心地をもつて われはわが怠惰を諫める、 寒月の下をゆきながら、 陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、 わが魂の願ふことであつた!…… [#3字下げ]2[#「2」は中見出し] 恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、 おまへの魂がいらいらするので、 そんな歌をうたひだすのだ。 しかもおまへはわがままに 親しい人だと歌つてきかせる。 ああ、それは不可ないことだ! 降りくる悲しみを少しもうけとめないで、 安易で架空な有頂天を幸福と感じ做し 自分を売る店を探して走り廻るとは、 なんと悲しく悲しいことだ…… [#3字下げ]3[#「3」は中見出し] 神よ私をお憐み下さい!  私は弱いので、  悲しみに出遇ふごとに自分が支へきれずに、  生活を言葉に換へてしまひます。  そして堅くなりすぎるか  自堕落になりすぎるかしなければ、  自分を保つすべがないやうな破目になります。 神よ私をお憐れみ下さい! この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。 ああ神よ、私が先づ、自分自身であれるやう 日光と仕事とをお与へ下さい! [#地付き](一九二九・一・二〇) 底本:「新編中原中也全集 第二巻 詩Ⅱ」角川書店    2001(平成13)年4月30日初版発行 ※底本のテキストは、著者自筆稿によります。 ※()内の編者によるルビは省略しました。 ※「わが」と「我が」の混在は、底本通りです。 入力:きりんの手紙 校正:hitsuji 2021年9月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。